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死神とドグマ  作者: 結城 光
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神からの啓示

 同日、6月16日


 異様な寒気と、激しい頭痛によって、大聖は目を覚ました。未だにぼんやりとする頭で状況を確認する。

 大聖は、鉄製の椅子に拘束されており、椅子の脚と自分の足が縄のような物で括られている。両腕は、冷えた椅子の背の部分で組んだ状態で縛られているようだ。

 椅子の脚と地面が金具で固定されており、動かないようになっている。

 首だけを動かして辺りを確認するが、無機質なコンクリートの壁と床と天井が、暗にこの空間から脱出できないことを示しているように感じた。

 冷え冷えとした室内には、窓ひとつなく、天井で灯った蛍光灯がぼんやりとした明かりを発して、寂しげにこの空間を照らしているだけだった。当然、現在の時刻は分からない。

 大聖の右側、普通ならば手の届く位置に、鉄製の扉がある。この部屋の出入り口だろう。

 鍵は無く、ノブが付いているだけのシンプルな扉だった。


「目が覚めたんですね」


 背後で堀田の声がした。

 首を捻って見ると、大聖と同じように、椅子に括り付けられている堀田の後ろ姿が僅かに見えた。どうやら、ふたりは背中合わせの形で拘束されているようだ。



「堀田さん、どうなってんだ」


 こめかみの疼痛に顔を歪めながら堀田に訊ねる。


「私もさきほどまで気を失っていたものですから、何がなんだか……」

「たしか、事務所に三人組が押し入ってきて、火を点けられて……そっからの記憶がはっきりとしねえ」


 坊主頭の青年と、黒野月人と、日河美久……。


「所長は背後から黒野月人に鈍器のような物で殴打されて気を失いました。私は恐らくもうひとりの青年によって絞め落とされ、気が付いた時にはこの部屋です」

「……あいつらの目的はなんだ?」


 

 この時、ふたりは薄々現状を理解しつつあった。自分たちが何者に捕らえられ、何故拘束されているかを。


「……例の宗教団体ですかね?」


 堀田はそう言って、深い溜め息を吐いた。


「と、いうことは……私たちは……」

「ああ、このままだと殺されるだろうな」


 大聖の背後で、がたがたと椅子が揺れる音がした。恐らく、堀田が暴れているのだろう。大聖は目を閉じ、打開策を考えた。


「殺されるう、殺されるう」


 堀田がぶつぶつと呟いている。


「ちょっと静かにしてくれ。この状況を打開する術を考えるんだ」

「そんなこと言ったって、身動きも取れないんですよ?」


 また椅子が揺れる音がする。


「静かに、足音が聞こえないか?」


 大聖の声で堀田は動きを止め、沈黙が訪れると、扉の向こうから、コンクリートの上を歩く革靴の音が微かに聞こえてくる。

 足音は徐々に近くなり、遂には扉の前で止まった。

 二人は、深い静けさの中、所々が錆に侵された鉄の扉に釘付けになった。


「嫌だ! 死にたくない!」


 堀田がまた暴れ出す。経年劣化しているであろう椅子がぎしぎしと軋んだ。


 がちゃんと錠が外れる音が、等間隔に三回鳴り響いた。

 室内側の扉には鍵穴やサムターンは存在しないため、外側にだけ取り付けられているのだろう。

 この部屋は、人間を閉じ込めておくための部屋であることを再認識する。平静を装っていた大聖も、手は汗ばみ、心拍数は少しずつ上がっている。


 ドアノブが回される音がして、扉がゆっくりと、甲高い悲鳴のような音を上げながら開く。

 扉の外側は、全くと言っていいほど明かりはなく、塗りつぶしたような闇の中から、黒い背広に黒いネクタイを締めた長身の男が現れた。

 見た目から推察するに、年齢は二十代前半くらいに見える男は、濡れたような黒髪を額の中央で分け、雪のように白く無垢な肌と、鋭い眼が印象的だった。


 男は、入口の辺りで暫くふたりを見つめ、優しく微笑んで頷き、扉を閉めた。


「初めまして。私の名前は久留須。君は、三上大聖君だね?」


 明らかに年下の見た目の男に「君」付けされることに違和感があったが、それどころではない。

 久留須。初めて聞く名前だった。


「あんたが噂の教団のボスか」


 久留須はまた微笑み、ゆっくりとした歩調でふたりの元へ歩き出した。彼が一足歩く度に、背後で扉の鍵がひとつずつ閉まっていく音がする。


「長い歴史が証明してきたように、人間は、失敗を繰り返す生き物だ。そして、性懲りもなく繁殖し、錆びついた車輪を回し続ける……。そんな人間の愚かさに見兼ねた神が、我々に特別な力を与えてくださった」


 得意げに語る久留須を、二人は呆気に取られて見ていた。


「私は、その啓示を逸早く悟り、この教団を立ち上げた」

「その啓示とやらは、人殺しを示唆するお告げだったのか?」


 大聖が嘲るように言うと、久留須は呆れたように首を振った。


「より多くの魂を救うためにはそうせざるを得なかったのだよ。人間は死せば現世に居ることを許されない、そんな考えは人間のエゴに他ならない。私には、全ての魂を現世に留めるという大義がある」


 反吐が出るような物言いだった。大聖の腹の中で、怒りが沸騰していく。


「死んだ人間がこの世に留まり続けることがどれだけ苦しいか、あんたに分かるのか?」

「……永遠の孤独に比べれば、そんなものは大したことではない。まあ、どれだけ話したところで、君たちの理解を得られないことは分かっている。時間の無駄だ」

「ああ、同感だ」


 久留須は、口元に微笑を浮かべたまま、堀田に近寄る。堀田の体が、恐怖で震えていることが、椅子が軋む音で伝わってくる。


「……死が怖いのだね? 可哀想に。けれど安心していい。私は慈悲深い。私の目を見て、今までの愚行を心から悔い改めれば、私は君を許そう」


 弱者を憐れむような、不気味な響きのある声音で久留須は堀田に語り掛けた。

 堀田の奥歯がかちかちと鳴る音が聞こえ「あ、あ……」と声にならない呻きを発している。


「ほら、君の心は疾うに答えが出ているじゃないか。彼に気をつかう必要はない。言ってごらん」

「堀田さん、だめだ!」


 大聖の声が部屋に反響する。


「私は……私は……」


 堀田の掠れた声が背後でする。大聖は祈るように心の中で叫んだ。

 俺たちの今までしてきた行いは、間違っていない! 屈したらだめだ!


「私は……!」


 堀田は、意を決したように涙声を大きくした。


「今までしてきたことを、愚行だとは思わない! 間違っているのは、あなたたちだ!」


 静まり返った部屋に、堀田のすすり泣きが余韻として流れ、久留須が深い溜め息を吐いた。


「……残念だ。君のことは助けてあげようと思っていたけれど、仕方がない。実に残念だが、死んでもらうよ」

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