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死神とドグマ  作者: 結城 光
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陽の為に

 同日、6月16日

 東京都港区、某所


 月人と倭は、凍えるような空気が立ち込める地下室を出た。

 留魂室に向かう途中の分岐した通路の先にあるこの部屋は、主に、背教者や、教団の活動の妨げになる人間を拘束しておくために使用されている。広さは四畳ほどで、四方がコンクリートに覆われいて、その空間には、トイレはおろか、窓すら無い。

 一度この部屋に入れられた者は、久留須の許可がない限り、どんなことがあろうと外に出していけない規則があるため、長時間の拘束により精神に異常を来たす者も珍しくはない。


「さすがに疲れたな」


 倭は扉に取り付けられた縦に三つ並んだサムターンをひとつずつ回しながら言った。

 閉じ込めておいた霊能力者が偶然にも霊能力で開錠してしまうことを防ぐために、ご丁寧に鍵が三つも取り付けられているのだ。

 もっとも、霊能力を用いて開錠する場合は、鍵の構造を正確に頭に思い浮かべる必要があるため、偶然で開いてしまうことすらあり得ないのだが。


「とりあえず、()()に報告しに行こうか」


 倭が声を発する度に、口から白い煙が出る。近くに留魂室があるため、漏れ出た冷気によって地下一帯の空気が異常に下がっているのだ。

 二人が階段を上がる度に、乾いた足音が不気味に木霊する。

 鉄製の扉を開くと、施設は清潔感の漂う雰囲気に戻った。


 一階にある大広間に続く扉が閉ざされている。一般信徒はこの大広間で、毎日朝と夜、二時間ずつ久留須の額に入った巨大な写真に祈りを捧げる。今はその最中だろう。


 二人は四階まで上がり、例によって倭が先に久留須の部屋の中に入り、月人が続いた。


「失礼します。三上大聖の件で、ご報告に参りました」


 部屋に一歩足を踏み入れた所で立ち止まり、月人が言うと、薄闇の奥でソファに座る影が微かに動いた。


「……日河美久が錯乱状態になり事務所に火を点け、その隙に逃げようとした三上大聖とその助手を捕らえた」


 事の次第を説明しようとしたとき、月人の言おうとしていたことを久留須が先に言った。

 まるで、心の中を読まれているかのように。


「ご苦労だったな。三上大聖には私が直接尋問するとしよう」


 月人と倭は、久留須に手を煩わせてしまうことへの謝罪として、深々と頭を下げた。

 上級幹部ともあろう者が、こんな簡単な仕事で失態を晒すとは……。


「倭は疲れているだろうから、今日は休んでいなさい。月人は少しここに残ってくれ。頼みたいことがある」


 倭はもう一度頭を下げ、速やかに部屋を出ていく。頭の悪い倭でも、久留須の前では最低限の礼儀は弁えている。


「月人、近くに来てくれ」


 月人は、言われるがまま久留須の元へ歩み寄った。ソファに座る久留須の姿が、ようやく確認できる。

 久留須の外見は、月人とさほど歳が変わらないように見えるほど若く美しいが、実際のところ、彼が何歳なのかは誰も知らない。


 久留須の右手が、ゆっくりと月人に差し出される。

 何万人もの人と魂を救ってきたその尊い手を取り、月人の霊気を分け与える。

 月人の霊能力は、無常のものに生命力を与える「命の霊能力」と呼ばれる力で、月人が発する霊気を受け取ったものは、命の期限が引き延ばされるのだ。

 年に一度、月人は久留須にこうして霊気を送り、久留須の命を引き延ばし続けている。


「いつもすまないな。月人」

「いえ、お役に立てて光栄です」


 久留須は、月人の眼を見て、何かを読み取ると、嘲るようすに鼻を短く鳴らした。


「三上大聖とその助手は、三上三蔵のことを本当に知らないんだね?」

「……ええ。飽くまで憶測に過ぎませんが」

「それならそれで良い。三上大聖を始末するだけでも、十分な成果だからね」


 三上大聖を始末……。

 月人は、必死に自分の胸奥を空にしようとした。同情の念が込み上げそうになったからだ。

 幸い、それを読み取られることはなかったため、久留須に一礼し、踵を返して足早に部屋を出た。


 自分が行っていることは、果たして正しいことなのだろうか。

 霊を祓うことは、人の命を奪うことと同等であることへの迷いが、月人の心に生まれていた。


 月人は首を振る。

 こんな愚かな思想は、捨てるべきだ。陽を救うためには、教団に忠義を尽くさなければならない。

 もう一度自分に言い聞かせ、月人は歩き出した。

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