予想外
同日、6月15日
東京都港区、三上心霊事務所
「お前、自分が何をしたか分かってるのか?」
日河美久の胸ぐらを掴みながら、月人は珍しく怒りを露わにした。拳を固く握り締め、歯を食いしばってどうにか殴りつけるのを堪えた。
こいつのせいで、計画が台無しだ。
突然、日河美久はまるで何かに取り憑かれでもしたかのように笑い出した。焦点の合っていない目と、大口を開けたその形相は、完全に狂っていた。
「堀田さん! 走れ!」
三人の虚を突いて、三上大聖と助手の中年男が走り出した。
「追いかけるんだ!」
月人は身を翻し、三上大聖を追った。しかし、追いついたところで、自分よりも体格の良い相手を抑えつけることができるだろうか。
霊能力を使うか? いや、走りながら使うのは難しい。
三上大聖を追いかけながら考えていると、ふと、事務所に入る前のことを思い出した。
倭から渡されたスラッパーが、ズボンの右ポケットに入っている。三上大聖との距離は2mもないので、届くはずだ。
暴力で解決させることに抵抗はあったが、背に腹は代えられない。
月人は、スラッパーを取り出し、三上大聖の後頭部めがけて、振り上げた。
「危ない! 所長!」
月人の背後で中年男が叫び、三上大聖は声に反応して振り返った。
渾身の力で振り下ろされたスラッパーの先端は、三上大聖のこめかみの辺りに直撃し、鈍い音と共に沈むように倒れた。
背後で倭が中年男を捕獲し、太い腕を使って頸動脈を締めあげている。
初めのうちは手や足を振り回してもがいていたが、脳に血が行き渡らず、中年男は数十秒で意識を失くした。
こんなはずではなかったのに……。
「車に運ぶぞ」
倭が、気絶した中年男の上体を持ち上げ、引き摺りながら月人に言った。
月人は頷き、三上大聖の両脇に腕を差し込み、持ち上げた。しかし、成人男性を運ぶのは容易なことではなかった。
日河美久が点けた火は徐々に大きくなっていて、既に煙が室内に充満し、視界を遮っていた。
煙の中に、日河美久のシルエットが見えたが、構っている場合ではなかった。
建物周辺は人通りが少ない場所だったので、倭と月人が人間を引き摺っているところを目撃されることはなかった。
バンのトランクに三上大聖と中年男を放り込み、結束バンドを使って手足を動かせないようにしておく。
「おい、あの女はどうする?」
倭は煙が噴き出す窓を助手席から見つめながら言った。
月人は、黙って車を発進させた。