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死神とドグマ  作者: 結城 光
37/44

危機

 同日、6月15日

 東京都港区、三上心霊事務所


 乱暴に開かれた扉の向こうには、坊主頭でがっしりとした体躯の青年が立っていた。敵意を剥き出しにした鋭い眼光を大聖と堀田に向けながら、歩み寄ってくる。


 続いて事務所に入ってきたのは、どこか見覚えのある若い女だった。

 この女はたしか……。大聖は脳内の引き出しから記憶を探る。

 女の艶のある長い黒髪が、天野叶の隣で俯いていた女の頭部とリンクした。確か、日河美久とかいう女子大生だ。

 しかし、大聖は釈然としなかった。大聖の記憶にある日河美久の姿は、陰気で、絶望に浸っている哀れな女子大生という印象だったが、今目の前に居る日河美久は、不敵な笑みを顔面に湛えて、悠然と事務所に足を踏み入れている。


 目の前の光景を理解する前に、もうひとり、事務所に入ってくる者が居た。

 目鼻立ちがはっきりとした、その美青年にも見覚えがあった。青年の顔は印象的だったので、思い出すことに苦労はしなかった。

 以前、大聖に冥送の依頼をしてきた、黒野泉の息子であり、亡くなった黒野陽の兄である、黒野月人だ。

 黒野月人の登場により、大聖は更に混乱することとなった。

 大聖が冥送士になってから、今ままでに起こってきた出来事の全てが、複雑に絡み合い、ひとつになろうとしていることを、大聖の直感が訴えかけてきている。


「お久しぶりです。三上大聖さん」


 黒野月人が言う。初対面の時に受けた友好的な印象とは対照的な、冷徹な声音だった。


「……どういうことだ?」


 室内に張り詰めた緊張感のせいか、凍り付いたように体が強張った。


「まあ説明はあとにして、早速本題に入らせてもらうが、三上三蔵の居場所はどこだ?」


 坊主頭の青年が、噛みつくようにどす声で大聖に詰問した。

 青年は、標的を気弱そうな堀田に定めたようで、じりじりと距離を詰めている。


「私も所長も、居場所は知らない」


 青年の片方の眉がぴくりと動いた。どうやら、大聖と堀田が嘘を言っていると思ったらしい。

 青年と堀田の距離は、既に3メートルもない。


「手荒なまねはしたくありません。教えていただけますか?」


 黒野月人は、至って冷静に、この状況が何事でもないような表情のまま大聖に質問をする。あからさまに臨戦態勢をとる青年よりも、こういうタイプの方が厄介だ。


「本当に知らない。お前らの目的はなんだ?」

「あなた方が僕たちの目的を知る必要はありません」


 黒野月人が言うと、青年がまた一歩堀田との距離を縮める。

 大聖と堀田の間にはデスクがあり、助けに行くのは困難な状況であり、大聖本人も油断は許されないため、身動きを取ることはできない。


 大聖の額に、一筋汗が伝う。

 下手に身体を動かさずに、頭の中で打開策を探る。

 霊気を用いて二人を隔てるデスクを吹き飛ばし、あからさまに武闘派である青年を抑えつけることを考えたが、時間が掛かりすぎる。これ以上堀田を危険に晒す訳にもいかない。


 ふと、黒野月人の隣に立つ日河美久を見る。

 俯き加減で黙ったままの日河美久の三白眼から、恨めしい念が放射されている。

 ぞくりと背中が粟立ち、足が竦む感覚があった。大聖の本能が、日河美久が放つ恐ろしい何かに怯え、危険信号を発している。


 直後、黒野月人が大聖の背後で何かが起こっていることに気が付き、日河美久に掴みかかった。


「やめろ!」


 黒野月人に胸ぐらを掴まれた日河美久が正気の沙汰ではない甲高い笑い声を上げた。

 大聖が振り向くと、床に貼られたグレーのタイルカーペットから細い煙が立ち上り、その中で、小さな火が揺らめいていた。

 状況からして、日河美久が霊能力で発火させたことが推察できる。

 まさか、日河美久も霊能力者だったとは……。

 そんなことを考えている暇はない。


 黒野月人と青年が日河美久に気を取られている今がチャンスだ。


「堀田さん! 走れ!」


 大聖は叫びながら、出口の扉を目指して走り出した。

 一足遅れて、堀田も腹の肉を弾ませながら必死に走る。

 背後で何かを叫ぶ黒野月人の声と、日河美久の狂った笑い声が聞こえるが、自分の鼓動と息遣いが鼓膜に響いてうまく聞き取れなかった。


 もうすぐ、扉に手が届く。堀田は付いて来ているだろうか。


「……所長!」


 少し後ろで堀田の声が聞こえ、大聖が咄嗟に振り返るのと同時に、側頭部に強い衝撃が加わり、視界が暗くなった。

 遠い意識の中で、黒野月人の荒い息遣いと、大聖を呼ぶ堀田の声が木霊した。

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