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死神とドグマ  作者: 結城 光
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動き出す歯車

「……少々お待ちくださいませ」


 堀田が受話器から顔を離して、首をこちらに向ける。


「所長、依頼です」


 あの日、堀田を助けていなかったら、自分はどうなっていたのだろう。

 大聖は首を振り、雑念を脳内から追い出した。

 煙草をもみ消し、ゆっくりと煙を吐いて立ち上がり、受話器を受け取って耳に当てる。


「お電話代わりました、三上です」

『あの……冥送士は、どんな霊でも祓うことができるとお聞きしたのですが』


 受話口から、遠慮がちな男の声が聞こえてくる。


「ええ、ちなみに、どんな?」

『元恋人です……俺のことをずっと見守ってくれてるらしくて……楽になってほしいんです』


 祓えないことはないが、少し厄介な案件だった。以前にも、同じような依頼があり、快く引き受けたものの、冥送を行う直前で依頼人が「やっぱり祓わないでほしい」と駄々をこねたことがあった。

 ここは、慎重になったほうがいい場面だろう。


「うちは完全紹介制でやってまして、我々が信頼できる方からの紹介でないとご依頼を受けるわけにはいかないんです」


 少々強い口調で牽制して、相手の出方を窺う。


『一応、祈さんの紹介ですね。名刺を貰いました』


 思いもよらない人名が男の口から出て、大聖は絶句した。十四年間止まっていた歯車が、軋みながらも動き出そうとしているのだ。

 この依頼を受ければ、父、三蔵の居場所が分かるはずだ。しかし、今更父に会って何を話す?

 ぐるぐると目が回ったような感覚に陥り、受話器を握る手に汗が滲んだ。大きく息を吐き、唾を呑み下す。答えはひとつしかないのだから、迷う必要はない。


「なるほど、分かりました。では、明日にでも事務所に来られますか? 住所は名刺に書いてあるはずです」

『……では、明日の昼頃お伺いします。よろしくお願いします』


 受話器を置くと同時に、堀田が歩み寄ってくる。


「酷く動揺していましたけど、誰からの紹介だったんです?」

「……親父だよ」


 やはり堀田にとっても予想できない人物だったらしく、ぶるぶると顎の肉を震わせて驚いた。


「でも、どういう風の吹き回しでしょうかね」

「さあな、親父はいつも、何をするにも急なんだよ」


 その時、事務所の扉が勢いよく開かれた。


 同日、6月15日

 東京都渋谷区、豊雲女子大学


 退屈な講義が、いつもより退屈に感じた。あることが気がかりで、講義に全く身が入らない。

 叶は、前の生徒の背中で隠すように、スマートフォンを操作した。

 メッセージアプリを立ち上げ、美久とのチャット画面に移動する。


『明日は、学校来る?』


 昨夜送ったメッセージの返信は、まだ来ていない。

 やはり、三日前に歩実が霊に取り憑かれた一件で、責任を感じているのだろうか。スマートフォンを持つ手に力が入った。のうのうと講義を受けている自分が、薄情者のように感じてくる。

 それに、ここ最近、非日常的なことが身の回りで起こり続け、ただでさえ学校どころではないのだ。

 幽霊や、霊能力なんて、どうでもいい。また、平凡で穏やかな日常に戻りたい。

 もう一度、美久の屈託のない笑みが見たい。

 美久が元気になってくれるのであれば、どんなことでもしてあげたい。


 叶は、美久を元気づける方法を必死に考えた。

 けれど、頭に浮かんでくるのは美久の好きなオカルトだった。


「やっぱり、それしかないか……」


 叶が独り言ちるのと同時に、講義の終わりを告げる終鈴が鳴り響いた。

 意を決して、講義室を出る。人混みなど気にしている場合ではなかった。まだいくつか講義が残っているが、駅に向かって歩く。

 叶が目指す場所は、新宿。実に安直な考えだと自分でも思ったが、無い知恵を絞った結果、棚崎美命に接触することしか思い浮かばなかった。

 もし、彼と出会うことができれば、美久が元気を取り戻してくれるかもしれない。


 東京都メトロ日比谷線を用いて15分ほどで新宿駅に到着し、西口に通じる出口から駅を出た。

 以前、美久と共に安曇高彦のトークライブを観たあとに会った、あのスーツ姿の男は、棚崎美命のことを何か知っている様子だった。

 あの男に会うことができれば……。


 しかし、西口地下広場には、棚崎美命はおろか、あのスーツ姿の男すら居なかった。自分は、なんて無力なのだろう。悔しさから、涙が零れそうになる。

 他に方法を探そう……。涙を拭って、踵を返すと、背後に見覚えのある男が立っていた。


 無精髭を生やし、パーマ頭で、丸眼鏡を掛けた……。


「あ! 安曇高彦!」


 思わず大きな声が出てしまった。

 安曇は目を見開いて身体をびくっと驚かせた。


「えっと……どこかでお会いしましたっけ?」


 首から一眼レフカメラをぶら下げ、メモ帳を片手に、安曇は目を細めて首を傾げた。


「いえ……あの、以前、トークライブを観たことがあったので……」

「ああ、なるほど。ありがとうございます」


 それから、二人の間に気まずい沈黙が流れ、居たたまれなくなった叶が立ち去ろうとすると、安曇は呼び止めた。


「ここで何してたんです?」

「ちょっと、人探しというか……」


 そこまで言って、叶は肝心なことを失念していたことを思い出した。

 安曇は、オカルト雑誌のライターだ。安曇なら、棚崎美命のことを知っているかもしれない。


「人の寿命を占う占い師を探していたんです」


 安曇は顎に手を当て、髭を数回撫でた。それから、眼鏡のテンプルを押し上げた。


「棚崎美命なら、最近、ここで占いはしていないみたいだよ」

「やっぱり、ご存じなんですか」

「うん、業界じゃ結構有名な話だからね……代わりといっちゃなんだけど、面白い話があるよ」


 すっかりオカルト好きな人間と勘違いされてしまったらしい。叶は溜め息を吐きそうになったが、いつか、美久に土産話として話すことができるかもしれないので、一応聞いてみることにする。


「霊感のある人間にしか受けられない占いっていうのが、ここで行われているらしいんだ」

「それって、どんな占いなんですか?」


 興味本位で聞いてみる。


「詳しいことはわからない。こうして足繫くここに通ってはいるんだけど、まだ一度も会ったことがないから。噂では、黒いスーツに身を包み、サイコロを使って人の運命を占っているらしいんだけどね」


 黒いスーツ……抽象的すぎる気もするが、思い当たる節はあった。


「私、会ったことあるかもしれないです、その人と」

「ええ! 本当かい? 詳しく話を聞かせてもらえないかな?」


 安曇は、おもちゃを買い与えられた子供のように無邪気な笑顔を見せた。根っからのオカルトマニアなのだろう。


「話せるようなことはあまりないと思いますけど……何せ一瞬だったので」

「十分だよ。今から事務所に来てくれないか? と言っても、自宅なんだけど」


 少し迷ったが、棚崎美命に関する情報を訊き出す良い機会だと思い、安曇に付いて行くことにした。

 どうして自分はこんなことをしているんだ、と我に返りそうになったが、美久のためだと言い聞かせるように、叶は深く頷いた。

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