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死神とドグマ  作者: 結城 光
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賽子の予言

 三人は、女の後ろ姿を必死で追いかけた。

 正確な時刻は分からないが、恐らく、午前2時は過ぎているだろう。


 人も疎らな街を、放火魔の女と、三蔵と、大聖と、秋山が連なるように等間隔で全力疾走している。

 歳のせいか、三蔵の脚の回転が次第に緩まり、失速していく。


 とうとう膝に手を着いて止まってしまった三蔵を横目に、大聖と秋山は女を追いかけた。


 墨を落としたような空に、三人の白い息が舞い上がっていく。

 心臓が胸の内側で暴れ、乾いた空気を大量に吸い込んだ喉はカラカラになっていた。


 ようやく女の足が止まったのは、新宿大ガードの下だった。

 行き交う車のヘッドライトが断続的に三人を照らしている。

 女は息を荒げながら、尚も挑発的な笑みを口元に浮かべながら、大聖と秋山を見つめている。

 

 女から10メートルほど距離を取って、二人も足を止めた。

 全身から汗が吹き出し、ガード下を吹き抜ける寒風が火照った身体を心地良く包み込んだ。


「あんたたち、しつこいね、ゴキブリみたい」


 女が肩を上下させながら言う。


「どうして、こんなことするんだ」


 秋山が苦しそうな表情で言った。その口調には、怒りが込められていた。


「……現世での肉体と霊魂の共存」


 女は目を見開き、歯を剥き出しにした。


「どういうことだよ……」

「そのためには、あんたたちみたいな霊能力者が邪魔なのよ。これは、尊い犠牲なの」


 大聖は、拳を握りしめて歯を食いしばった。自分の頭に血が上っていくのがはっきりと分かる。

 母さんが、尊い犠牲?

 

 女に殴りかかろうと一歩踏み出すより早く、秋山が声を張り上げた。


「ふざけるな! お前は、罪の無い人間を殺した……ただの殺人犯だ!」


 秋山の声は、怒りで震えていた。彼の正義感が、女の発言を許さなかったのだろう。


「罪の無い……だったら、罪の無い霊をこの世から消し去ることは正義?」

「黙れ!」


 クスクスと女の笑い声が反響する。


「俺はお前を絶対に許さない……お前が母さんを殺したんだ……」


 女はぴたりと笑いを止め、目を丸くして大聖を見た。


「母さん……ああ、あなたが三上三蔵の息子ね。あなたのお母さんも、もちろん、尊い犠牲よ。だって、あなたのお母さんを殺したら、三上三蔵の方からのこのこ姿を現してくれ──」


 走り寄ってきた秋山が、女の胸ぐらを掴んだ。


「三蔵さんと大聖君が、どんな思いをしたのか、お前には分からないだろ!」


 そう言いながら、秋山は女を壁に叩きつけた。

 怒りと憎しみに支配された秋山を、大聖は茫然と見ていることしかできなかった。


「お前なんて……お前なんて!」


 秋山が叫んだその瞬間、女が突然、首を押さえて苦しみ始めた。

 まるで、溺れているように、眼を剥いて、口をパクパクとさせている。


 秋山自身も、何が起こったか分からない様子だった。


「あんた……私に何を……」


 女は苦しみの余り地面に這いつくばり、口の端から涎を垂らしながら言った。


「秋山さん、そいつに何したんだよ?」


 大聖が問いかけても、秋山は怯えた様子で首を振るだけだった。

 

 女は、両手で首を押さえ、両足をじたばたさせてもがいている。喉が閉まっているのか、詰まった排水溝のような音がする。


 女の瞳孔が開き、身体が脱力する。

 口から滴っていた涎は、泡になっていた。


 三蔵が二人に追いつく頃には、女は絶命していた。


「おい……これはいったいどういうことだ」


 立ち尽くす秋山の肩を掴んで三蔵が詰問した。


「私は、ただ……掴みかかっただけで……」


 消え入るような声で秋山が答える。


 今回は、ストーカーを誤って殺してしまった時とは異質な、事故とは呼べない状況だった。

 秋山が掴みかかって、声を荒げた途端に、女は苦しみだした。

 非現実的な状況に、辻褄を合わせるとすれば……。


「……秋山さん……もしかして、霊能力を使った?」


 大聖の問いに、秋山は明らかに動揺していた。


「いえ、私はただ……」

「女を、殺してやろうと思ったのか?」


 秋山は、答えなかった。図星だったからだろう。

 三蔵は俯いて、首を数回横に振った。全てを察したように、呆れた様子で、煙草に火を点けた。


「先日の、ストーカーの件から引っかかっていたんだけどな……蓮は、覚醒しちまったんだよ」

「どういうことだよ」

「蓮の力は、人に殺意を向けるだけで殺してしまう。そういう危険な力に変容しちまったんだ」


 秋山は、膝から崩れ落ちた。

 今度こそ、確実に、自分が人を殺したという罪悪感に苛まれ、絶望していた。


「お前はもう帰れ、疲れただろ。後のことは任せろ」


 三蔵は、秋山の肩を抱き、慰めるように言った。


 大聖は、秋山と初めて会った時のことを思い出した。

 二つのサイコロが示す未来は「死」と「醒」つまり、誰かの死と、能力の覚醒。

 紛れもなく、今、眼前で起こったことを示していたのだ。

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