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死神とドグマ  作者: 結城 光
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超自然研究会

 6月6日

 東京都渋谷区、豊雲(とよくも)女子大学


 無駄に広い講義室に、間延びした終鈴が鳴り響いた。前方で真面目にノートを取っている生徒の姿は少なく、殆どの生徒は後方でスマートフォンを弄ったり、居眠りに耽っていた。

 天野叶(あまのかなえ)は大きな欠伸をしてから曲がった背筋を伸ばした。講義の終わりを心待ちにしていた生徒たちが談笑しながら講義室を出ていく。叶は人混みが苦手なので、少し待ってから出ていくことにした。

 スマートフォンをリュックのサイドポケットから取り出し、電源ボタンを押す。ロック画面は、叶の好きな海外ドラマの主人公の女の子が、両の掌をこちらに向けて何かを叫んでいる画像だ。超能力を使っているシーンで、叶のお気に入りの場面だった。

 メッセージの通知が来ていたので、ロックを解除してメッセージアプリを開く。

 連絡先を交換した人間は「ともだち」として登録されるのだが、表示されている42人の中で本当のともだちは何人いるのだろうか、と一瞬考えたが、無駄なことだと悟って画面を操作した。

 通知は、複数人でチャットができる「グループチャット」で行われていたものだった。そのグループの名前は、叶は所属しているサークル名の「超自然研究会」となっている。

 サークルのメンバーは叶を含めて6人居て、一回生は居らず、二回生が叶ともう一人、三回生が一人、四回生が三人から成っていて、かなり影の薄いサークルだった。

 あまり印象の良くないサークル名とは裏腹に、話す内容は明るいものが多く、「あそこのスイーツが美味しかった」とか、「あの映画が面白かった」など幽霊や超常現象とはあまり関係のない話題ばかりだった。

 今日もそんなくだらない話が繰り広げられているのだろうと、超自然研究会のグループチャットをタップする。


『ねえねえ、詳しい場所は分からないんだけど、新宿でやってる怪しい占いって知ってる?』


 三回生の歩実(あゆみ)が珍しくオカルトな話題を振っている。


『なにそれ? ていうかそもそも占いって全部怪しいでしょ』


 四回生の良子(りょうこ)がごもっともなことを言う。


『それを言ったらお終いじゃん。どうやらその占い、人の寿命を占ってるらしいよ』

『あ、知ってますそれ。友達から聞いたんですけど、その占い師、私と叶の二個上で、中学高校が一緒だった人らしいです!』


 叶と同級生の日河美久(ひかわみく)が言った。


『マジか! じゃあ調べてきてくれない?』


 歩実が言う。


『了解しました! 叶と行ってきます!』


 美久の返信のあと、歩実が親指を立てた絵文字を送ったことでチャットは終わっている。

 いつの間にか美久と一緒に件の怪しい占い師とやらを調査する羽目になっていることは遺憾であったが、美久と出掛けること自体は楽しみだった。


 スマートフォンをリュックに仕舞って、すっかり人の居なくなった講義室を出る。

 午後8時を過ぎると、生徒たちは一通りの講義を終えて帰宅するので大学内を歩きやすくなる。叶は雑踏に辟易(へきえき)としなくてもよい夜が好きだった。

 1日何も口にしていないことを思い出し、大学からほど近くにあるカフェ「イナセ珈琲」に向かう。

 6月に入ってから突然気温が上がり、湿気を孕んだ外気が叶の額に汗を浮かばせ、体に張り付くティーシャツにうんざりしながらイナセ珈琲に到着する。

 自動ドアを抜けると人口的な冷気が身体を包み込み、不快な汗がすっと引いた。

 ホットドッグとアイスティーを注文して、窓際の席に座る。店内はやはり同じ大学の生徒が多かった。

 窓の外では車のヘッドライトが目まぐるしく往来している。

 ホットドッグを一口齧ったところで、リュックのサイドポケットでスマートフォンが震えた。

 画面には「美久」と表示されている。慌ててアイスティーで口の中の物を流し込んで、着信に応答する。


『あ、もしもし叶? チャット見た?』


 聞きなれた美久の低い声が受話口から聞こえてきた。低く掠れた特徴的なハスキーボイスは、酒焼け声なんて周りには馬鹿にされているが、叶は美久の声に色気すら感じていた。


「うん、見たよ」

『話が早いね。今どこにいる?』


 超自然研究会が集まる時には大抵この場所を使うので「イナセ」と言うだけで美久には伝わった。


『オッケー。じゃあ今から向かうね』


 電話を切ってから10分ほどで美久は店に来た。

 白のティーシャツに黒のロングスカートというシンプルな恰好だったが、年中ジーンズ姿の叶からすると、美久の長い艶のある黒髪も、さり気なく付けたアクセサリーも、憧れの対象だった。ブラックコーヒーを注文しているところもかっこいい。

 美久は叶の隣の席に座り、髪を耳に掛けた。三日月のような形をした銀色のイヤリングが店内の照明を反射してきらりと光った。


「棚崎美命って覚えてる?」


 ストローに一度口を付けてから美久は叶に訊ねた。棚崎美命。叶たちとはふたつ歳が離れていたが、変わった名前だったので憶えていた。身長が高く、容姿も整っていたため女子からはそれなりに持て囃されていたはずだ。


「うん、なんとなく憶えてる。結構イケメンじゃなかったっけ?」

「そうなんだよね。でもさ、なんとなくいつも暗い表情してなかった? 一人でいる時多かったし」

「そんなに注目してなかったからそこまではわかんない」

「そっか。私、結構あの人のファンだったから鮮明に憶えてるんだよね」

「……まさか、棚崎美命が例の占い師?」


 叶の問いに、美久は片方の口角だけを器用に上げて怪しい笑みを浮かべた。


「そのまさか。今から捜しに行くよ」


 美久はコーヒーを一気に飲み干して席を立つ。少し迷った結果、叶はホットドッグもアイスティーも半分以上残した状態で店を出た。


 広尾商店街を抜けて、東京メトロ日比谷線の広尾駅で電車に乗り、15分ほどで新宿に到着した。

 勢いで棚崎美命捜しを始めたが、副都心である新宿でたった一人の人間を捜すのは容易なことではなかった。


「今日はもう居ないのかな」


 叶はやんわりと諦めることを促したが、美久は「どこかにいるはず」と言って捜し続けた。

 それから2時間以上捜し続けても見つけられず、さすがの美久も諦めていた。

 ガードレールに腰かけ、ハンバーガー屋でテイクアウトしたソフトクリームを食べながら、彼女は残念そうにうな垂れた。

 叶は視界の隅に指紋が付いていることに気付き、眼鏡を外してティーシャツの裾でレンズを拭いた。大きな黒縁の丸眼鏡が、自分の陰気さの象徴だろうと肩を落とす。それでも、着脱が楽だからという理由でコンタクトレンズに変えることはしないし、ドライヤーをかけるのが楽だからという理由で髪型はショートカットだし、動きやすいという理由で年中ジーンズだし、自分でも自分が嫌になるほど女らしさが無かった。

 眼鏡を掛けると、ぼやけていた視界は明瞭になった。


「叶っていいやつだよね」


 深い藍色の空を見上げながら、唐突に美久は言った。


「急にどうしたの?」

「私がサークルに誘った時も、二つ返事で入ってくれたでしょ? 叶はオカルトなんて全然興味ないのに。今日だってそう。棚崎美命のことなんてどうでもいいはずなのに、嫌な顔ひとつせずに付いて来てくれた。ありがとうね」


 そう言って美久は微笑んだ。美久の言う通り、叶はオカルトのことも、謎の占い師のこともまるで興味はなかった。けれど、美久の好きなものは叶も一緒になって追いかけたかった。美久に勧められたオカルト映画やドラマ、小説などは全て目を通した。おかげで、今となっては叶の携帯のロック画面には超能力少女がいる。


「そんな、お礼言われることなんて……」


 それが親友でしょ。その言葉を口にするのは気恥ずかしくて、喉元にある言葉を唾液と共に嚥下(えんか)した。


「もう遅いし、帰ろうか」


 美久は立ち上がって駅に向かって歩き出した。叶も少し遅れて彼女の後を追った。

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