冥送士として
建物から男の遺体が運び出され、警察と三蔵が何やら話している。
秋山は虚ろな目で立ち尽くし、誰が見ても話ができる精神状態ではなかった。
「とりあえず、帰るぞ」
警察との話を終えた三蔵が寒さに首を竦めながら言った。
「いいのかよ? 事情聴取とかあるんじゃねえの?」
「いいんだよ。さっきも言ったろ。警察は霊能力者に手出しできねえんだよ」
慣れた手つきで煙草に火を点けながら三蔵は言った。
「それに、俺は警察に顔が利くんでな」
秋山の肩を担ぐようにして、三蔵は歩き出した。
「幽霊や霊能力者の存在を警察が認めちまうと、色々と都合が悪いんだとよ」
「……じゃあ霊能力者は何しても許されるのかよ?」
「そういう時の為に、俺らがいるんだよ。目には目をってやつだ」
どうやら、警察と冥送士は秘密裏に協力関係にあるらしい。確かに、超能力紛いの力を持った相手に下手に手出しをするのは、警察にとっても都合が悪いはずだ。
三人が三上心霊事務所に到着する頃には、日没の時間になっていた。
昼間でさえ薄暗かった事務所内は、互いの表情がはっきりとは見えないほどに暗くなり、遠目からだとあらゆる物が輪郭でしか認識できないようになっていた。
ソファに秋山を寝かせて、三蔵と大聖は窓側のソファに並んで腰かけた。こうして肩を並べて話をするのは、何年振りのことだろうかと、大聖は感慨に耽っていた。
「放火魔は、霊能力者に強い恨みを持っているらしい。ここ最近起きている不審火の被害者は、全員何等かの霊能力を持っている人間だ」
「……でも、母さんは普通の人間だろ?」
三蔵は、思い詰めて閉口した。
足の上に乗せて組んだ指先を、落ち着きなく組み替えたりしている。
「……俺たちが狙いだったのか」
二人は目を合わさず、正面を向いたままだった。
目線の先には、目を閉じて横たわる秋山が居る。眠っているのかどうかは判然としない。
「冥送士は、誤解や逆恨みを生みやすい職業だ。悪霊ではない霊だとしても、俺たちは祓うことができる……けれど、俺はそのことを悪いことだとは思っていない」
暗闇の中で、三蔵の火種が蛍のように淡く光った。
「霊にとっての現世は、人間にとっての水中のようなもんだ。本来自分が居るべきではないその空間に、留まれば留まるほど苦しくなる……そこから解放して、救ってやるのが俺たち冥送士の仕事だ」
「母さんが死んだのは、仕方のないことだって言いたいのか?」
「そうは言ってない。起きてしまったことを悔やむより、放火魔を一刻でも早く捕まえて、次の被害者を出さないことが先決だろ?」
まただ。いつだって父は物事を俯瞰している。冥送士にとっては大切なことかもしれないが、家族の死を悼まずに仕事を優先する父の人間性を疑ってしまう。
「三蔵さん……すみません……」
秋山が掠れた小さな声で言った。
「蓮、お前はいつも俺の言うことを聞かないな……。まあ、これで俺も胸の蟠りが無くなった。放火魔を追うことに専念するぞ」
三蔵が吸い殻の山に煙草を押し付けると、事務所内は完全な闇に飲み込まれた。