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死神とドグマ  作者: 結城 光
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冥送士の資質

「三蔵さん、何も言わずに出て行かないでくださいよ」

「すまん。例の放火魔を追いかけるのに夢中でよ……」


 扉を閉めて事務所の中に足を踏み入れた三蔵は、大聖の姿を見て、目を丸くして停止した。


「お前、ここで何してる?」

「……どうして母さんの葬式に来なかったんだよ」


 三蔵は、どこか寂しそうに目を伏せた。一人で何かを抱え込んでいる様子だった。


「……帰れ」

「帰る所なんてねえよ。帰るべき家も、着るべき服も、頼るべき家族も、灰になっちまったんだよ」


 大聖は、唇を噛み締めて、拳を固く握りしめた。そうしていないと、声を上げて泣き出してしまいそうだったからだ。

 三蔵は深く息を吐き、トレンチコートのポケットからシガレットケースを取り出して、手巻き煙草を一本抜いてマッチで火を点けた。

 しんと静まり返った部屋に、マッチを擦る音と、煙草が燃焼する音だけが響いた。


「母さんを殺したやつは、俺が捕まえる。だからお前は安全な場所に居ろ」

「安全な場所? どこだよ、それ。そいつは未だに逃げ回ってるんだろ?」


 三蔵は、大聖を見つめたまま黙った。その眼は、息子の身を案じる父の眼だった。


「……息子さんは私が守りますよ。三蔵さんは、放火魔を追ってください」


 不器用な親子に堪り兼ねた秋山が口を開いた。


「だめだ。助手のお前に何ができる」

「秋山さんは、少なからずあんたよりは頼りになるよ」


 寒さのせいか、感情のせいか、大聖の声は震えていた。


「……勝手にしろ」


 三蔵はそう呟いて、台所に行き、ヤカンに水を入れて火にかけた。

 秋山が嬉しそうな表情で大聖を見る。


「良かったですね」

「母さんを殺したやつの正体を、俺も知りたい。俺にできることがあれば、言ってくれ」

「そっちの方は三蔵さんに任せておきましょう。彼は一流の霊能力者です。心配ありませんよ」


 三蔵は、事務所の入り口の横の壁に設置された電気のスイッチを何回か押して、舌打ちをした。

 どうやら、電気を止められているらしい。そんなに儲かっていないのか。


「冥送士の父を持つ大聖君も、やはり霊能力を持っているんですか?」

「さあ、人より霊感は強いみたいだけど、よく分からない」


 秋山は何かを思いついたように机の上を物色し始めた。

 無数に置かれたコーヒーの空き缶の一つを、机の手前に置きなおす。


「じゃあ、簡単にテストしてみましょう。手を触れないで、この缶をベコベコに潰してみてください」

「……無理だろ。どう考えても」

「いいから。目の前の缶だけに意識を集中させて。想像力を働かせるんです」


 大聖は、秋山の隣に座り、言われた通りに缶を見つめた。

 握り潰す時のように、缶の両側に圧力が掛かり、凹んで括れた缶を頭に思い浮かべる。


 奥歯を噛み締め、拳を握ると、ブラックコーヒーが入っていた黒い空き缶は、音を立てて凹んだ。手を使って潰すより、より強い負荷が掛かり、人の手では不可能なほど深く凹む。


 大聖は、驚いて目を見開いた。


「さすがです。初めて霊気を使う人で、いきなりこんな芸当はできませんよ。三蔵さんの優秀な血を受け継いでいる証拠ですね」


 バランスを失った空き缶が、ひとりでに倒れる。目の前で起こったことが、にわかには信じられない光景だった。


「そんな子供騙し、誰だってできる。蓮、例のストーカー被害の依頼はちゃんと断ったのか?」


 台所から三蔵が言うと、秋山はばつが悪い表情をした。


「いえ、まだ断っていません……三蔵さん、乗りかかった船ですよ? 協力しましょうよ」

「だめだ。ストーカーを更生させるなんて、警察の仕事だろ」

「そうかもしれませんけど……放っておけませんよ」


 湯気の立つカップラーメンの容器を持った三蔵が、二人の向かい側に置かれた窓側のソファに腰かける。


「いいか。生霊だけは冥送士の管轄外だ。これ以上首突っ込むな」

「……私は冥送士ではありません。三蔵さんがやらないなら、私は勝手にやります」


 三蔵はもう一度「だめだ」と言って麺を啜った。

 曇天も相まって、時間が経つにつれて部屋の中はどんどん暗くなっていた。まるで、三人の心情を表しているいるようだった。


「親父だって、放火魔のことを追いかけてるじゃねえか」


 三蔵の手が止まった。痛いところを突かれたようだ。


「そいつのことだって警察の仕事だろ」

「……警察はな、霊能力者には手出しできねえんだよ。生霊は別だ。霊を生み出した人間さえ改心させれば、霊体も消滅するんだ。そんな雑用、警察に任せておけばいい」


 三蔵の口調に、歯切れの悪さを感じた。きっと、三蔵も不本意なのだろう。


「……ちょっと外の空気を吸ってきます」


 そう言って秋山は立ち上がり、事務所から出て行った。

 三蔵と二人きりになった途端、居心地が悪くなったので、大聖も秋山の後を追って事務所を出ることにした。

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