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死神とドグマ  作者: 結城 光
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お土産

 同日、6月9日

 東京都荒川区、イーリス西日暮里


 叶は自室で読書をしていた。幼い頃から変わっていないシングルベッドの上、端の方で季節外れの羽毛布団が蹲っている。

 部屋の中央には、白いラグマットの上に木製のローテーブルが置かれているが、机上は化粧品や勉強ノートの山、空いたペットボトルや缶などで雑然としており、使用できる状態ではない。

 四段に分けられた本棚の二段目までは少女漫画で埋め尽くされており、三、四段目は美久に勧められたホラー漫画や小説が占拠し、入りきらなかったものは本棚の上に積み上げられている。

 壁に背を預けて(ページ)を捲る叶は、目を数回瞬かせたあと、ベッドに膝をついて自分の頭上にある窓の外を見た。

 建物のひとつひとつから灯りが漏れ、眼下の道路には街灯や車のヘッドライトが光の粒となって輝いている。

 枕元に置かれたスマートフォンの電源ボタンを押す。時刻は午後9時になったばかりだった。

 美久に半強制的に渡された安曇高彦の著書「悪霊が及ぼす人間への害」を読み始めてから2時間が経過していた。


──悪霊が人間に取り憑くと、精神が崩壊し、自傷行為に始まり、最悪の場合自殺してしまうこともある。

 そのようなことが延々と書かれているが、叶は本の内容よりも他のことが気がかりだった。


 メッセージアプリを起動し、美久とのチャット画面を確認する。

 チャットは、本を読み始める前に叶が送った「気を付けてね」で終わったままだった。


 東京都青梅市にある、最恐と呼び声高い心霊スポット「旧深渕(ふかふち)トンネル」に超自然研究会のメンバーである美久と歩実が調査と称した肝試しに行っている。叶も誘われたが、面白半分で心霊スポットに行くことは罰当たりであると断っていた。


 本を閉じる。こんな本を読んでいるから不安になるのだ、と投げ捨てるように枕元に本を置いた。

 ベッドから出て、ローテーブルの傍まで行き、腰を屈めて机上を物色し始めた。


「確かこの辺に」


 独り言ちながら、制汗剤や財布や美久からプレゼントされたネイルポリッシュを床に置いていく。

 化粧鏡を退かした時、叶が小学校の頃から宝箱として使っている長方形の桐箱が出てきた。箱を開けると、積み重なった思い出の上に、一枚のプリクラがあった。

 超自然研究会の中でも特に仲の良い美久と歩実と共に撮ったものだ。懐かしさから、思わず口元が緩む。


 歩実は叶と美久よりも二学年上だが、分け隔てなく二人に接してくれていた。元々人付き合いが得意ではなかった叶も直ぐに歩実と親しくなり、美久を交えた三人で頻繁に遊ぶようになった。

 プリクラを撮影したのは約1年前、叶と美久が一回生の時の物で、二人は遠慮がちにピースサインをしている。


「あれ……」


 叶は指先でプリクラを数回擦る。

 中央に写った歩実の顔を覆う形で、薄墨(うすずみ)を落としたようなシミが付着していた。箱の中に入れた時には、こんな汚れは付着していなかったはずだ。

 擦った親指の腹を確認するが、汚れが落ちた様子はない。今度は強く擦ってみるが、やはり変化はない。今しがた読んでいた安曇の著書に「写真の中の人物に何かしらの変化が起きた時は不幸の兆候」という一文が脳裏を過った。


 部屋の隅に置かれていた扇風機の風に煽られて、壁に貼り付けてある超能力少女のポスターが棚引いた。

 いつも通りの沈黙が急激に不気味さを帯びて叶の背筋を撫でた。


 ベッドの枕元で充電ケーブルに繋がれたスマートフォンを手に取り、再びメッセージアプリを起動する。やはり美久からの返信はない。

 叶の胸奥にある(もや)杞憂(きゆう)であることを願いながら、通話ボタンを押した。

 画面が呼び出し中に切り替わり、スマートフォンを耳に当てる。呼び出し音が鳴っている。五回目の呼び出し音のあと「もしもし」と美久の上機嫌な声が受話口から聞こえてきた。


「美久、大丈夫? なんともない?」


 スマートフォンを握る手に力が入った。


『どうしたの? 平気だよ。今帰ってるとこ』

「歩実さんも大丈夫?」

『え? 歩実さん? 今は運転してくれてるけど……そっちこそ、大丈夫?』


 少し離れた位置で「誰と電話してるの?」と歩実の声が聞こえてくる。美久が「叶です」と答える。


『叶? 深渕トンネルめっちゃ良かったよ。叶にお土産があるから楽しみにしてて』


 歩実が言うと、美久が「お土産ってなんですか?」と歩実に訊く。

 少し間を置いてから、受話口から美久の「やばい」という声が聞こえてくる。歩実が美久に何かを見せたのだろう。


『こっちは大丈夫だから、またね』

「ちょっと──」


 叶の返答を待たずに通話が切れた。不安感は拭えないが、ひとまず美久と歩実が無事ということが分かったので、無意識に力の入った体を脱力させた。

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