ロジェを追放したパーティーは、深層を探索する
ロジェの仲間だったアラン、シルファ、ベンディの三人がバーデルの迷宮を探索している。アランは革鎧に腰に下げた長剣、シルファは魔法使いのローブに魔法を補助する杖、ベンディは全身鎧に大盾と戦棍を装備している。
「そういえば、ロジェがゼダール大森林に行ったそうだ」
アランが他のパーティーメンバーに話しかける。
「冒険者の墓場って言われてる、あの? 本当なら、ついに気でも狂ったのかしらね」
「……」
シルファとベンディはアランの言葉に少し懐疑的な態度だ。
「冒険者の間で少し噂になっている。先日パーティーを追放されたロジェが大量の保存食と消耗品を買い込んで西から街を出たってな」
「……なるほど。確か、ゼダール大森林には迷宮があると言われていたな。それを探しに行ったのか」
「バカよね、別に金に困っているわけでもないでしょうに。自分の身の丈ってやつを理解してないんでしょうね、かわいそう。それとも自殺志願者なのかしら? どちらにしろ、愚かだけど」
そう言ってシルファは小馬鹿にするようにキャハハと小さく笑った。
「まあ、すでに仲間でもない私たちには、彼がどこで野垂れ死のうが関係のないことだ」
「そうね。あんなやつのことなんてどうだっていいもの。それより早く深層に行きましょ。やっと私たち、Aランクになれたんだから」
迷宮の「深層」は、Aランク以上の冒険者のみが探索することを許される。迷宮は「深層」と「浅層」で断絶されていて、「深層」では「浅層」よりはるかに強力な魔物が出現する。迷宮によって差はあるものの、「浅層」は20階層ほどというのが一般的だ。バーデルの迷宮では、「浅層」は25階層ある。
「もうすぐ、転移魔法陣のところに着く」
アランが迷宮の地図を見ながらつぶやく。アラン達のパーティーは25階層まで来ていた。
アラン達がたどり着いたのは行き止まりだった。目の前には、複雑怪奇な紋様が刻み込まれた魔法陣だけがある。
「ここだな。よし、ベンディ、シルファ、私の順で転移しよう」
転移魔法陣は一度に複数人で運用することはできない。魔力を流した人だけを転移させるためだ。転移先のすぐ近くに魔物がいることも考えてこの順番だ。
「わかったわ」
「……ああ。まずは、俺か」
まずは、ベンディが魔法陣の上に立ち、魔法陣に魔力を流し込む。魔法陣が発光し、ついでベンディの周囲が光り輝いて目で見ていられないほどの光量となる。
アランとシルファが目を開けたときには、ベンディの姿はなくなっていた。
「次は、私ね」
シルファも同じ要領で転移し、最後に残ったアランも転移する。
「ここが「深層」か……。見た目は変わらないね」
転移先も、今までの迷宮のつくりと同じだった。同じような材質の壁に、同じくらいの幅の通路。アランの下には先ほどのと同じ魔法陣が描かれてある。
「そろったわね。さっさと進みましょ。アラン、深層の地図を出して」
「ちょっとまってくれ……よし、進もうか。……以前はロジェが地図を持ってルートを決めていてくれてたんだけどな」
ロジェがいたときは、地図を持ってのパーティーの先導や、魔石を回収、運搬などの雑用は彼の仕事だった。
「別に大したことじゃないでしょ」
「まあな」
「……今回探索するのは、21層だけだったよな?」
「ああ。地図も深層は21階層分だけしか持ってきていない。」
ベンディが確認をとり、リーダーであるアランがそれに答える。
一行が、深層を進んでいく。先頭はベンディ、それに次いでシルファ、アランと続いている。
「あー。魔道具が眠っている宝箱とかないかしらね」
「マッピングが済んでいる21階層じゃ、空じゃない宝箱は見つからないだろうな」
シルファの言葉に、アランが苦笑する。
「止まれ」
ベンディの声で雰囲気が一変する。アランは地図をしまい、腰に下げた長剣を引き抜いた。
「この角を曲がった先にリッチがいる。幸いこちらにはまだ気づいていない」
Aランクモンスターのリッチは、魔法を使えるアンデッドだ。アンデッドゆえになかなか死なず、魔法を使えるために攻撃能力も高い。加えて知能も高く、戦いにくい相手だ。
「……シルファが魔法で援護しながら、俺とベンディが突撃して近距離で仕留める。いいな?」
アランの言葉に二人がうなずく。
アランとベンディは角から顔を出すと、すぐさま全速力でリッチの方へと駆けだした。
一拍遅れてリッチが気づく。突撃する二人に向かって攻撃魔法を発動しようとするが、二人の後ろからシルファの魔法が放たれ、リッチはそれに対処せざるを得なくなる。
リッチが防御魔法でシルファの魔法を防いでいる間に、二人とリッチの間の距離が縮まる。
「はああっ!」
軽装のアランが先にリッチの元へとたどり着き、両手に持った長剣を横なぎに払う。リッチの腕が大きく切り裂かれるが、アンデッドであるリッチにはほとんど効いていない。
リッチの足がアランの腹に食い込む。蹴られたアランは5メートルほど吹き飛んでいった。
「アラン!」
シルファが悲痛な声で叫ぶ。
リッチは<魔力操作>で身体を大きく強化しているので、ひょろひょろとした見た目に反して怪力だ。近遠どちらも隙が無い。
アランと入れ替わるようにしてリッチの前に立ったベンディは、右手に持った戦棍をリッチに向けて叩きつける。防御するように掲げたリッチの腕は容易くへし折れ、戦棍は胴体に深く食い込んだ。
リッチが大きく後退する。ふつうの魔物なら致命傷だが、リッチはまだぴんぴんしている。
人体の可動域を無視した大ぶりな攻撃がベンディを襲う。
左手に持った大盾を構えて、リッチの攻撃を受け止める。少し後退するが、しっかりと受け止めきった。
「ベンディ!」
大声を上げてベンディを呼ぶシルファの声には、アランの時のような悲痛さは感じられない。
意図を察したベンディは、後退してリッチから遠ざかった。
シルファが持つ杖の先には、彼女がすっぽり隠れるくらいの巨大な火球が形成されている。ベンディの動きに合わせて、火球が放たれる。
リッチのもとへと向かった魔法は、着弾して小規模な爆発を起こす。
アンデッドには火の魔法がよく効くが、火球はリッチには届いていなかった。リッチの前面には、魔力で作られた土の壁がそびえ立っている。シルファの渾身の攻撃魔法は、リッチに防がれてしまった。
だが、土の壁の側面からアランが回り込んでいた。
アランが持つ長剣に魔力が流される。高温で赤熱化した刀身が、リッチの体を両断する。リッチの上半身が地面に倒れこむ。
まだリッチは死んでいない。
アランは長剣をリッチの頭に突き立て、そのままかき回す。魔法を発動しようと挙げられていたリッチの腕が力を失って落ちる。
やがてリッチの体が魔力に戻り、体の中に埋め込まれていた魔石がその姿を現す。
「これがAランクの魔物か」
ベンディが口を開く。
浅層と深層では出現する魔物の種類が全く異なり、浅層ではランクB~Eまでの魔物しか出ない。アラン達のパーティがランクAの魔物と交戦するのはこれが初めてだ。
「……強かったわね」
苦々しく思う気持ちをにじませてシルファがつぶやく。
「リッチは強かった。こちらが先手をとれたから問題なく勝てたが、次はこうはいかないかもしれない」
アランがリッチとの戦いを振り返る。
「ああ。一筋縄ではいかないな。だが、この様子であれば3対1なら問題ないだろう。もし一度に2体以上が襲ってきたら危ないが」
「大丈夫じゃない? そんな不運なこと、めったに起こらないでしょ」
「そうだけど、一応気を付けておこう。今日はいつもより早めに切り上げようか」
「わかった」
「……アランがそういうなら」
少し不満をにじませながらも、シルファが肯定する。
「よし、休憩は十分だな。探索を再開しよう」
リッチとの戦いからしばらくたった後、迷宮探索が再開された。
「アランのその剣、やっぱりすごいわよね」
「そうだろう? 刀身の赤熱化に加えて、火球を打ち出す魔法も使えるからな。だいぶ高価だったが、奮発したんだ」
初心者であるEランクの頃からロジェとパーティーを組んでいた彼らはまだ知らない。迷宮で複数の魔物と同時に遭遇するのは珍しくもなんともないことを。
次回はざまあ展開です。