新迷宮を探しに行く
(さて、どうするか……)
俺は宿屋のベッドに寝転がって、今後のことを考えていた。ほとんどの冒険者は宿屋で夜を明かすが、個室を持てる冒険者はそう多くない。大半の冒険者は大部屋で雑魚寝……それを考えると、個室で一人物思いにふけることができるのは貴重だろう。
迷宮からの帰りに、急にパーティーを追放されてしまい、今後の予定はまっさらになってしまった。
時間をおいて冷静になると、あの時の俺はだいぶ感情的になってしまっていたのだと思う。もっと理性的に対処できていればあるいは…………いや、過ぎたことを考えるのはやめよう。考えるべきは、これからのことだ。
とりあえずの選択肢としては、一人で迷宮探索が最も無難だろう。冒険者は迷宮を探索して、狩った魔物から得られる魔石を主な収入源としている。魔石は様々な魔道具の動力源として使われていて、今の生活には欠かせないものだ。
一人で探索するのは危険だが、安全マージンを十分にとっても一人分の食い扶持くらいなら稼げる。そのうち俺を受け入れてくれるパーティーも見つかるだろう。
だが、それとは別に俺には一つ考えがあった。今まではパーティーメンバーがいたから実行できなかったが、一人の今なら。
(早速明日から取り掛かろう。今日はもう寝るか)
ランプの底にはめられている魔石を外す。魔力源を失ったランプの明かりは消えて、部屋は暗闇に包まれた。
◇
翌日。
道具屋で買い込んだ大量の消耗品と食料を背負って、俺は迷宮都市の西に位置するゼダール大森林へとやってきていた。
ゼダール大森林は魔物の出現率が異常で、誰も近寄らない。竜がいるという噂すらある。だが、ここに俺の目的とするものがあるはずだ。まだ、誰も見つけていない未知の迷宮が眠っているはずだ。
未知の迷宮を発見すれば、莫大な懸賞金がもらえる。迷宮にはそれだけの価値がある。なんといっても生活に欠かせない魔石を半永久的に得ることができるのだ。迷宮は、金脈、いやそれ以上の価値がある。
未知の迷宮がここにあることがわかる理由は簡単だ。
魔物は迷宮でしか生まれないのだ。迷宮の外で見つかる魔物はすべて、迷宮からあふれ出てきたものたちだ。魔物が多数出没するゼダール大森林のどこかに迷宮が存在する可能性は、かなり高い。
森のなかを歩いて進んでいく。
冷汗が流れる。森中、魔物だらけだ。
俺には、遠く離れた魔力を感知する能力がある。その魔力源の大まかな位置、魔力の質などがわかるのだが……迷宮外とは思えないくらいの魔力反応だ。
探知した魔力反応を避けるようにして進んでいく。パーティーにいたときも俺がみんなを誘導して、魔物との遭遇を調整していたのだが、あいつらは大丈夫だろうか。まあ、魔物を倒していたのは紛れもない彼らの実力だから問題ないとは思うが。
俺は当たり前のように生まれつきこの<魔力索敵>を使えるのだが、周りはそうでもないらしい。あいつらに打ち明けたら、あのざまだった。
<魔力索敵>で魔物を避けつつ、迷宮から発せられる魔力を感知し、そこを目指す。これが俺の戦略だ。
今までにも決して少なくない数がこの森で探索をしている。が、広大な森林から迷宮を見つけるのは不可能に近く、魔物の脅威もあって散々な結果に終わっている。
俺はその両方の問題を他人にはまねできない方法でクリアしている。勝算は十分あるはずだ。やってみる価値はある。そう言い聞かせてはいるが、不安はぬぐえない。
「本当にここに迷宮があるんだろうな……?」
そもそも迷宮がここにあるという確証がないのだ。もしなければ、俺の戦略は全く意味のないものになる。
森の中に入ってから、既に数時間は過ぎている。だが、迷宮らしき魔力の反応は感じられない。迷宮があればその中にいる膨大な数の魔物がひときわ強力な魔力反応を放つはずだ。それは、パーティーで迷宮に潜り込むときにいつも経験している。その感覚が、今はない。
「まだ近くにはないか……」
思わず独り言がこぼれる。
焦ってもしょうがない。二週間程度は何とか持つくらいの食料は持ってきている。帰りのことを考えても一週間くらいは探索できる。
「帰り道がわからなくなることだけは避けないとな」
俺の背よりはるかに高い木々がずっと続いている、ゼダール大森林では今自分がどこにいるかすぐに見失いそうになってしまう。方角を示すコンパスを固く握りしめる。これが俺の生命線だ。
途中、魔物に遭遇するトラブルなどはあったものの、それ以外は特に何事もなく三日が過ぎてしまった。迷宮の手がかりはまだ何も見つかっていない。
俺の心の中の不安は、膨らんでいく一方だった。
本当に迷宮はあるのか? すぐに出発してしまったが、もう少し作戦を練ってからの方が良かったのではないか?
ゼダール大森林は広すぎて、とても一度の探索では網羅しきれない。今まではコンパスを片手に真西の方角に向かって進み続けていたが、もっと効率のいい探し方をしないと見つけられないのではないか?
でも、どうやって? 迷宮を探す方法があるなら、とっくに誰かがやって見つけているだろう。
思考を巡らせている間も、警戒は怠らない。進む先に魔力の反応を感じたので、その魔力を避けるように迂回する。
そこら中に魔力の反応があるので、魔物との遭遇を避けるのも楽ではない。
ふと、気づく。魔力反応の分布にはわずかに偏りがある。
「左……南の方が北の方より魔物の数が多いな」
わずかな違いだが、意識してみるとはっきりとわかる。魔物の密度は迷宮に近くなればなるほど大きくなっていくだろうから、迷宮は南方にある、のか?
立ち止まって逡巡する。
このまままっすぐ歩き続けても迷宮にたどり着けるとは思えない。
「左に、進もう」
90°進路を変えて、真南の方角に向かって歩きだす。これなら、歩いた時間からおおよその帰るべき方角がわかるはずだ。
しばらく歩き続けるものの、状況は特に変わらなかった。だが、気のせいかもしれないが魔物の密度はやや大きくなった気がする。俺の感覚が正しければ、正しい方向へ進んでいるはずだ。
さらにもう数時間ほど歩き続けて、確信できた。明らかに最初の頃と比べて魔力の反応が増えている。変化は少しづつなので気が付きにくいが、初めのころと比べるとだいぶ違う。
こぶしを握り締める。
やっと手ごたえを得られた。やっぱりここに迷宮はある!
足取りにも力が入る。体が軽くなったようだ。
それから二日ほどは、ひたすら魔力の密度が大きいほうへ向かって進み続けていた。そしてついに、迷宮からでていると思われる魔力反応を捉えた。
よし! と思ったのもつかの間、背後から魔力反応が迫っていた。
魔物がすぐそばまで来ている!
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