ソニアと新迷宮を探索する
「下に降りよう」
地下への階段を見つめながら、ソニアはそう言った。俺たちは今、迷宮の地上部分の小さい部屋の中にいる。
迷宮の存在をソニアが確認して、あとは帰るだけになったはずなのに、ソニアは迷宮の中に潜ろうとしていた。
「え、なんで?」
疑問をソニアにぶつける。
「お宝を見つけるために決まっているだろう?」
さも当然のように彼女は答えた。全く悪びれる様子もない。
「勝手に新迷宮を探索するのは良くないと思うけど」
自分のことは棚に上げて、一応は注意する。
「そんなもの建前だろう。どうせ誰も咎めない。ギルドマスターだって見て見ぬふりをしてくれるさ」
「それはわかるけど……」
自分がそうだったからな。でも、もっとこう、申し訳なさそうにというか。堂々と言うべきじゃないというか。
ソニアが目を細める。
「いい子ぶっているが自分はどうなんだ? 一人で見つけたときは一先に探索しなかったのか?」
図星だ。彼女は勘が鋭い。この前もギルドマスターの心の内を見事に言い当てていた。
「……してないよ」
否定するものの、ソニアは疑う視線を崩さない。
「本当に?」
「本当だよ。俺一人じゃ今の状態の迷宮には潜れない。<魔力索敵>があっても危険すぎる」
こちらを見る目が一層細くなる。本当のことを言え。言外にそう主張しているかのようだ。
平然と装っているが、心臓の鼓動はこれ以上ないくらい速まっている。
「まあそういうのなら、そういうことにしておこう」
胸をなでおろす。
今度は俺の言うことを信じていないようだが、これ以上追及するのはやめたようだ。
「それで。ついてくるのか、ついてこないのか。私は一人でも行くが、お前はどうする?」
有無を言わせないその口調に、素直に彼女の質問に答えてしまう。
「……ついていく」
なんだか強引に二択を迫られた気がする。誘導されたようで不本意だが、結局こうなるだろうなとは思っていた。どうせ俺には何か言うことができるだけの資格がないのだし。
「よし。これで私たちは共犯者だな」
ソニアは満足そうにうなずいた。最初の頃は感情が読み取りづらく不気味だったが、親しくなってくると意外と感情豊かなのだと気づかされた。
その言い方だと俺はすでに罪を犯しているがな……
「迷宮で得られたものは山分け……といきたいところだが、魔道具についてはどうする? 魔道具を換金することはあまりしたくないんだが」
かたやSランク、かたやBランクの底辺にも関わらず、対等にこだわるみたいだ。彼女が「すべて私のものだ!」と言っても俺は否とは言えない。
彼女の誠実さ、真面目さも嘘ではないのだろう。……少々強欲なだけで。
「二つ見つけられたら一つずつ。一つしか見つからなかったら、ソニアのものでいい」
俺はすでに一つ手に入れているし、それくらいでちょうどいい。
「いいのか、それで。あとでやっぱり欲しかったといってもあげないぞ?」
「俺はこのあと多額の懸賞金をもらえるからな。ソニアに刺されることの方が怖い」
冗談交じりでそう言うと、彼女はお手上げとでも言いたげに肩をすくめた。
「心外だな。私がそんなことをするような人間に見えるか?」
「ああ、そう見えたよ」
「……今からでも刺し殺してやろうか?」
そういってレイピアを抜こうとするソニアの目は笑っていない。え、まさか本気?
「いや、冗談だよ冗談! レイピアを抜かないでくれ!」
慌てて冗談だと訂正しても、彼女の動きは止まらない。ゆっくりとレイピアの刀身が姿を現していく。
「ちょちょ待って待って! 謝るから! ごめんごめんだからそのレイピアを納めてくださいお願いします」
そこまで言ってやっと彼女は半ばまで抜きかけていたレイピアを納めた。
危なかった。彼女と戦えば一瞬で殺されてしまうだろう。
「そんなに慌てるな。軽い冗談じゃないか」
「ぬぐっ」
言葉が詰まって変な音が口から漏れ出る。彼女に綺麗に意趣返しされてしまった。彼女の笑みがこちらを馬鹿にしているような気がするのは気のせいか?
「……さて。では、新迷宮を探索しようか」
ソニアの顔からはこちらをからかうような笑みは消え失せていた。切り替えが早い。
なんだか釈然としないが、ソニアとの新迷宮探索が始まった。
◇
淡く発光する奇妙な素材でできた通路を進んでいく。ある種幻想的な光景だが、迷宮には毎日のように潜っていたので何の感慨もわかない。ずっと代わり映えのない退屈な景色だと、緊張を維持するのも難しいというものだ。
現在は第3層にいる。前回一人で潜ったときは、早々に魔道具が見つかったので1層までだった。今回はSランク冒険者のソニアがいるので安心して潜っていられる。
さすがSランク冒険者と言うべきか。すでに何度も魔物と遭遇しているが、いずれも瞬殺だった。浅層の魔物ではとても彼女の相手にはならないらしい。
通路の先に魔力の反応。この魔力は……オークだ。Dランクで大した脅威ではない。
「この角を曲がったところにオークがいるぞ」
「そうか」
魔物がいることを告げたが、ソニアは眉一つ動かさない。いくら弱い魔物と言っても、少しは気を引き締めたり緊張したりするものだが、彼女は自然体だ。少なくとも、そう見えるし、そうとしか思えない。
角を曲がっても、彼女はゆったりと歩き続ける。
オークがこちらの存在に気づき、奇声を上げながら近づいてくる。醜悪なオークが存分に肥え太った体を震わせながら迫ってくる様は、慣れていてもいくらか気圧されてしまう。しかし彼女はわずかに身じろぎもせず、腰のレイピアの柄に手をかけてオークを迎え入れる。
レイピアの間合いにオークが入りそうになったとき、ソニアの腕がぶれる。
次いでオークの頭がはじけた。文字通り、オークの頭は肉片となって後ろに飛び散り、首の上から先がなくなったオークはよろめいて崩れ落ちる。
今のは突きだろうが、速すぎて見切れなかった。ソニアが動いたと思ったらすでにオークの頭は消えてなくなっていた。威力も細いレイピアから繰り出されたものとは思えなくらいだ。
オークの魔石を拾いあげた彼女は、腰の後ろについているポーチにそれを入れると何事もなかったかのように再び歩き始めた。
これがSランク冒険者の強さ、か。
彼女が敵に回ったらと思うとぞっとしない。今のところ親密な関係を築けてはいるものの、いまだ彼女には図り切れない部分がある。
ソニアの機嫌を損ねないようにしよう。
そう心に固く誓いながら、すたすたと前に進んでいく彼女の後姿を追った。




