つまらぬものが増えた
深夜のコンビニでひきこもりを見た。
足が枝のように細い。多分、うんと勇気を出して頑張って深夜のコンビニくらいしか行けないような子なんだろう。異様に人の目を気にしてくる。こちらを見返してくる。何年も髪を切っていないようなもじゃもじゃ頭で、近代的な原始人のようだった。会計を終えたその子の手には、少年誌があった。たぶん、どうしても読みたくなって、それを買いに来たのだろう。不登校の子は、小遣いなんかはどうしているのだろうか。早く健全な道に戻ってほしい。私が解決できるわけもなかったので、自分の目的に戻る。タバコは最後にレジで頼むとして、軽いつまみとお茶でも飲むことにする。
ふと、本棚にある小説が目に入った。いつの頃からなのか、コンビニでは漫画や新聞だけでなく、小説も置いてあるようになった。殺人事件簿といったミステリーや、需要があるのか分からない官能小説。コンビニで小説など、誰が買うのだろう。ふと、コンビニに置かれた小説に異質なものを感じて、何冊かカゴに入れた。帰ってからも数時間起きていようと思っているので、そのときに読むのだ。
自宅に戻ってから、まず風呂に入った。自宅といっても、家賃三万の狭いアパートだ。コンビニで買った冷たいお茶を飲んでから、小説を手に取った。『亡霊は白ワインを呑まない』という、ハードボイルド小説だった。ジャンルはなんでもよかった。ただ、なんとなく小説が読みたい気分だった。現実を忘れて静かに小説を読みたいときもある。もしかしたら面白いかもしれない、という淡い期待もあった。
最初はこんな文章から始まっていた。
『まるで、詩を書き終えた詩人が、ノートにペンを置くような仕草だった。その男は、手にしたハンカチに丁寧にナイフを包んだ。』
ハードボイルド小説というのは、こういった感じで『その男は』とか『まるで~のようだった』とか恰好良く文章をまとめる。それは悪いことではないのかもしれない。しかし、この小説があまりにハードボイルドに仕上げよう、仕上げようとしているのが、あまり露骨ではっきりとして全然おもしろくなかったので読むのを止めた。小説は多少なりとも気取っているのは仕方ない。だがこの本は、『気取り』の塊であった。
『亡霊は白ワインを呑まない』
幽霊がワインなんか飲むか。気取ったタイトルにも憤った。
本についていた帯には、こう書かれてあった。
『なんだこれは。鬼才・高屋鯨仁も思わず唸った、異色の才能。端正な文体で謳い上げた大傑作!』
どこが傑作なんだ。そういえば、大抵の本の帯には『傑作』とか『最高傑作』とか、そういうふうに書かれている。世の中の小説のほとんどは最高傑作なのか。
つまんねえよ、と毒づいて、買ってしまった、そのつまらぬ本の処分を考える。漫画にしておけば、少しは楽しめたかもしれないのに。
心の中の声が、ほらね、やっぱり、と言う。
最近の映画はつまらぬ。小説も映画も、漫画もつまらぬ。どれを見ても傾向が似たり寄ったりで、目の覚めるような斬新なモンがない。
漫画も映画も小説も好きだったが、最近は似たり寄ったりなつまらんものが増えた。見る価値の無いものが増えて、意気消沈している。
似たり寄ったりで芸術性が無く、新作のカップラーメンくらいの価値しかない。新作として扱われているうちは話題になるが、少し古くなればもう、誰も目を留めない。商品的な価値に偏りすぎている昨今のそれら。
こんなものがどうして生まれるのか。こんなものを売り出そうとした奴もおかしい。
私はおかしいと思っているが、世間はその異常性を受け入れているのか、それとも気がついていないだけか。
おかしいと思っているのは、私ひとりだけである。要は、ひとりよがり。誰も斬新なものを求めていない。どっかで見たことあるようなものでも。
おむつをして学校に通うのが恥ずかしかった。みんなになんとかばれないように必死に隠そうとした。おむつのふくらみを隠すためにズボンを緩く履いたりもした。
十代でおむつを強いられたのは自律神経失調のせいで、尿意を感じる前に漏らしてしまうのだ。今はもう治っているが、小学校・中学校の頃はずっとおむつをしていた。
学校でおむつをしているのがばれないはずがなかった。水泳の授業のときの着替えでばれた。心配は的中し、みんなの恰好のいじめの的となった。
クラスから浮いているのを親に悟られないために、集合写真は笑顔で映った。
だから、ばれなかった。
世の中には、おむつをしないと学校に通えない子もいるのだ。私は、学校生活に何の楽しい思い出もない。臨海学校も、学校に泊まった思い出も、みな辛いだけだった。同級生が楽しそうにはしゃいでいるのを見て、隅っこで小さくなって、この時間をどうやり過ごすか考えているだけだった。
早朝の縁側で目にする。スズメたちが庭で遊んでいるという光景。スズメは色々気にしながら生きているのだろうか。エサをついばむとき、なんか考えておるのだろうか。スズメを題材にした絵を描こうと思ったが、私がそんな絵を描いても全然相手にされないと思ったのですぐにやめた。
どんな絵を描いても誰も買ってはくれない。絵を描きながらレンタルビデオ店でアルバイトをしている。私は四十二歳だ。今は色んな生活様式や人生の価値観があるから一概にはいえないが、この年になればもう定職についてなければならないと思う。老後のこともあるし、突然すっぱりと死ねればいいのだが、命ある限り生きなければならない。
良くも悪くも。
生きるの死ぬのはさておいて、私はいつも明日とか来週とか、ほんの先の未来のことを考えている。アルバイトの時給は九百五十円。月の給料は十三万ほどだ。家賃にガス代と電気代を払い、携帯電話を使用している代金を払えば貯金などできない。正確には五千円ほどは貯金ができる月があるけれども、そんなわずかな貯金など、家電を買い替えればすぐに消える。
貧困は、ずっと自分の影のように私につきまとってくる。
そういえば、働いていなかったときは十六円くらいしか持っていないことがあったなあ。そのときは、十円でも百円でも欲しかったものだから、一日中道を歩いたり側溝を探したりして、小銭拾いをして回ろうかと思ったこともあった。今はそこまで貧困ではないけれど。お金のない時期は常にあった。
私の絵は売れない。油絵がいけないのか。しかし、私には油絵しか描けない。他の絵など、興味も沸かない。有名な絵画というのは、おそらく一般の人が見てもただの絵だろう。もちろん、有名でない名画は多い。写真と絵は当然、違う。写真はその風景をそのまま写した『新聞』みたいなもので、絵画というのはその人の目を通して心に送られ、手先で再度練り合わさせられた『映画』なのだ。もちろん、一枚の絵にストーリーは存在する。画家がどんな意図で構成した絵の配置なのか。なぜそれを・その筆致で・描いたのか。それらを静かに読み解く。その時間は、まるで上等なコーヒーをドリップする時間に似ていて、私の心に清らかな滴がしたたっていくように感じる。
物語が好き。生きていることがすでに物語であり、生きていることは輝きの一瞬一瞬なのだから。
その人が、その、真っ白な画布に、最初に筆を置いた位置を知りたいと思う。その位置を知ることができれば、その絵画の本当の物語を理解できるから。
『砂漠に生きる』
という絵を描いた。先週の金曜日に描きあげた絵だ。胴体と顔のバランスが悪いシマウマが、砂漠に立っている、という意味不明な絵。一見、意味不明にみえる。しかし、その絵には砂漠という過酷な環境でも生きようとするシマウマの葛藤と努力が描かれている。どういう理由かわからないが、砂漠で生きることになったシマウマは頭を巨大化させて、ラクダになろうとしているのだ。つまり、本来の自分の生息場所とかけ離れた環境でも生きようとすることは、現代の就職難や過酷な社会活動にも似ている。シマウマを通して、現代社会の内なる可能性を示しているのだ。今日はこの絵が、きちんとその物語を伝えきれているか、じっくりと鑑賞しているところだ。描きあげてから不安になる。この構図で本当に良かったのか。シマウマではなく、他の動物のほうがよかったのではないか。以前に描いた『自転車と鰐』も、まったく理解されなかった。今回の作品も、おそらくは誰もその絵に隠された深い意味を読み取ってはくれないだろう。
一時間ほど『砂漠に生きる』を眺めていたが、だんだん奇をてらいすぎた絵のような気がしてきて、これは失敗だと思った。そして、見るのをやめた。
その日の午後のことだった。玄関から声がして、それが日本放送協会の回し者でないことを確認してから出てみると、赤い服の女がいた。
似たようなおばさんが、二人いた。姉妹なのだろう。
おかっぱみたいな髪型で、数珠のように長い真珠のネックレスをしていた。六十近いようなおばさんだった。身なりからして、羽振りのよさそうな老女だった。
「おたく、稲田さん?」
おばさんが言った。
「そうですが」
と答えると、
「ちょっと入っていいですか」
「ええと、なんの用でしょう」
「申し遅れました。私たち、大蔵幸与、幸恵と申します。私たちね、稲田さんの絵の大フアン」
と言って、私の脇をすり抜けるようにして、家に侵入してきた。私の絵の大ファンと聞いて、少しだけ心が浮き立った。
「え! これ新作? そうなの?」
おばさんたちは、居間にあった『砂漠に生きる』を見るなり、叫び声に近い声を上げた両手を祈るように合わせて、私の絵の正面に立った。
「それは、先週出来上がった絵でして、題は『砂漠に生きる』です」
私の説明を聞いているのかいないのか、食い入るように絵を見つめている。
「そう、これこれこれこれ! これ、まさしくこの絵! あんたの絵にはパワーがあるわ。全てを惑わすパワーが。あなたの絵を初めて見たとき、熱が出ました。脳が歪んで鼻水として流れ出るかと思いました。私の脳があなたのインスピレーションを受け止めきれなかったのね」
昨今では映画でしか聞くことのない女言葉を使って、おばさんは話した。おそらくは、会社勤めなどはしていないか、もしくは私と同じ画家なのか。
「稲田さん、最近絵をお売りになった?」
「いえ。私の絵は全然売れなくて」
「それはよかった。この絵、買わせていただくわ」
私の絵を、わざわざ押しかけてきて買うと言っている。
私は激しく動揺して、
「あ、ちょっと待ってください。今、お茶を入れますので。あ、でもコーヒーしかないや。インスタントとかでいいですか」
「なんでも結構。いただくわ」
「すみません。適当なとこに座ってください」
私は二人にいつも飲んでいるインスタントコーヒーを出した。
「死ぬまで私たちのためだけに絵を描いていただきたいの。ほかの連中には絵を一切売らないでほしいの」
大倉さんは、そう言った。二人が私のアパートまで押しかけてきたのは専売契約をする目的だったのだ。
私は嬉しかった。絵を買ってもらえる。少なくとも、私の絵を理解してくれる人が二人もいることが嬉しかった。
嬉しさが一段落したところで、私は具体的な交渉を始めた。
「それで、額のほうは……。あんまり安いと暮らしていけなくなってしまうのですが」
「それじゃあ、その絵ですけれど、こんなとこでどう?」
姉の方の幸代さんが、指を一本立てた。
「一万?」
現実的には、私の絵の値段はそれくらいだ。
「一万円って。わたしたちを馬鹿にしていますの? わたくしたち、そんな水の滴みたいな単位でお金使ったことないのよ。一億円でよろしい?」
ばしっ、とミカンみたいな大きさの輝きの塊が脳内で閃光を放った。喜びという光だった。
「一億……?」
「もう少し出しましょうか。一億と二千万」
「それでいいです。十分でございます」
私は値段を下げられないうちに承諾した。嘘みたいな値段だ。本当に払ってもらえるのか。しかし、この二人からは金の臭いがする。私がスーパーに行ったり、パチンコに行ったり、回転寿司に行ったりしてもこういう人種は見当たらない。庶民の感覚とはずれた人間の臭いがするのだ。有り体に言えば、金を苦労して得ていない人種。金の方からやってくるような人種。富豪という肩書きのある人。
「小切手より現金の方が庶民の感覚に合ってるかしら。後から、使いの者に絵を取りに来させますから、お代はそのときにお支払いいたしますわ。それでは、絵の方、よろしくおねがいします。それから、私たちの額よりも高く絵を買うと言って他の方からそういう話をされたら、すぐに連絡してくださる? その倍の額で買わせていただくから」
そう言って、ソファから腰を上げた。ゆっくりとした動作が上品だと思った。姉妹はもう一度、『砂漠に生きる』に正対して、
「どこに置く? 階段の壁にしようかしら。でも、正面からきちんと見えるところがいいわねェ」
なんて言いながら、帰っていった。
絵が売れたことと、その額に、私は震えていた。もし今の話が本当なら、今日中に一億二千万が手に入る。
どうしよう。
いや、そんなうまい話があるか。
私は、姉妹の使いの者を待った。
数分後、玄関のチャイムが鳴った。作業着の男たちが来るのかと思ったが、そうではなく、ワイシャツにネクタイ姿の、品の良い女性だった。本当にあの姉妹の召使いのようだった。
召使いの女性は、丁寧な態度で大きなトランクを机に置き、
「ご確認ください」
トランクを白く細い指で静かに開けた。中には、万札がぎっしり入っていた。召使いの女性は、私が本当に一億二千万あるか確認するのを待っているようだった。
幻想を見るようかのようだった。夢の中のようだった。現実感のないまま、札を数えることにした。
一束が百万。それが十束で一千万。百束で一億。ということは、百二十束あればよいということになる。まるで小学生の算数だが、大金を前にした私には、目の前の勘定が難しかった。
頑張って数えた。すると、百万の束が百五十あった。
「ちょっと多いんですが」
私が言うと、召使いの女性は、
「大倉は、納得いただければ稲田様にお納めくださるように申しておりました。多い分は、感謝の気持ちだと」
「ありがたくいただきます。はい」
召使いの女性が帰った瞬間、勤めていたレンタルビデオ店に電話を入れ、「もう行きません」と退職の意を告げた。
目の前には札束の山。アントニーン・レオポルト・ドヴォルザークの、『新世界より』が流れていた。
金というものは無ければ困るが、ありすぎても困ると言うことは無い。困ることはないといっても、それが幸福だとは思わない。
大倉姉妹に絵を提供し始めた頃は、私の絵一枚につき一千万という、私の絵に完全に不釣り合いな値段で買い取ってくれた。それが嬉しくて、というか簡単に金が増えるのが嬉しくて、絵を描いては提供し、描いては提供し、を繰り返した。大倉姉妹は、大草原の真ん中にパン焼き機が置かれている、というような不自然な絵を好んだ。
私の財産は一兆円にもなった。サラリーマンが一生のうちに稼ぐ分の何倍だろうか。
もう時給いくらでアルバイトに行かなくていいし、自分の好きなことをして暮らせばいいのだ。
金の魔力に酔っていた頃は滅茶苦茶に遊んだ。少しでも欲しいと思ったものはすぐに買った。
豪邸を買った。最初は優越感があった。
ただ、それにも飽きてきた。どんなに贅を尽くしても私が寝られるのは一つのベッドだし、支払いのことを考えなくてもいいというのも、当たり前になってしまうと何の幸福感もなくなる。明日の飯に困らない日本人が、飯が食えるそのことを幸福に思うだろうか。
金を得て思うのは、やっぱり金があっても別に幸せじゃないということ。金のない人にとっては羨ましいことかもしれないが、いざ金に困らない生活を手に入れても、それでいつまでも幸福感に浸れないということなのだ。
金があっても、老いて死んでいくのは決定事項だしね。
毎日暇だから暇を潰そうと旅行に行ったり、新しいことを始めようとするけどね、その、時間を埋めるというのが苦痛になってくる。
なんか純度が低いというか、それが暇つぶしである以上、今やっている行為に没頭できない。目の前の娯楽に集中できない。
やはり、何か枷みたいなものが欲しくなる。自由過ぎるというのは逆に窮屈なんだね。
時間の無い中で時間をやりくりする。これが自由というものなのかとも思い始めた。
金はある時間はある、でも私にないのはやりたいこと、生きがい。
絵を描くことは生き甲斐だった。絵が私の人生だと思った。今もそれは変わっていない。しかし、絵というのはそう毎日毎日描いていられるものでもなく、描き続けるとだんだんその絵に飽きてくる。新鮮味がなくなってくる。その絵を仕上げるのさえ面倒になってくる。だから、息抜きに他のことをする必要があるのだ。
例えば通販で数百万使って、届いた端から使わずに全部捨てたらどんな気持ちがするだろうかとか、実際にやってみたけど全然面白くない。味気ない。空虚である。空洞的である。味のないワカメでも噛んでいるような気持ちになるので、そういった金持ちにしかできないことをするのは早々にやめた。
世間の金持ちは、自分が金持ちであることを示すために虎を飼ったり純金のプールを作ったりしているようだが、よくあんな空しいことをするもんだと思う。
世界一周ってのも考えたけど、宿を探して飯食って景色見てっていう単純作業になっちゃうから。まあ旅行ってのは色んなことが起こるから悪くはないかもしれんけど。
しあわせですか、あなた今。っていう歌があったけど、本当の幸せっていうのは自分が幸せだと感じることだと思うよ。こうだから幸せって感じること。それが幸福の正体なんだね。
家でテレビを見ている。
「今年は平均気温が低く、野菜の値段が高騰。街の人々の声は……」
すると、東京の街中に映像が切り替わり、カメラを向けられた二人の通行人が大写しになっておる。
「~特にトマトがいつもより高いので、なるべく他の野菜で我慢するようにしてます。どうしても必要なときは安い店で、まとめ買いとか」
今に始まったことではないのかもしれないけれど。
ニュースを見れば東京。全てが東京基準。東京に住む人間の意見が全てなのか。田舎じゃ、野菜は値段を気にするほど高くないし、スーパーに行けば地物野菜が地元野菜コーナーに並んでいる。東京の便利さを求めて都会へ出て行っておいて、なぜかそんなことの心配をしている。
安い野菜を捨てて、都会に行ったくせに。そんな馬鹿馬鹿しいことをいちいち取り上げてニュースにする、報道というプロパガンダの塊である胡散臭い連中も嫌いだ。
都会には全てがある。ゆえに何もない。ただ空虚なだけだ。空虚な東京に住むことに、どんな意義があるのか。
中学校までは、東京で暮らしていた。中学の同級生たちに、私がおむつをしていたことを暴露されるのが恐ろしかったので、高校は他県に行ったのだ。寮のある高校だった。都会で暮らしていた日々を思うと、まるで魂の輝き方が違った。友人は素晴らしい奴らばかりだったし、そのとき初めて、学校生活が楽しいと思った。しかし、ただ一人だけ、嫌な奴がいた。
見知らぬ番号から電話がかかってきても出ない。しかし、何度もかかってくる。何かの督促か? それとも、何かを買わせようというのか。後ろめたいことは何もないはずなので、出てみることにした。
「わたしね、伊勢田という者ですが」
電話をかけてきた主は、落ち着いた声の老人だった。
「下木優多という奴を知っていますか?」
久々に聞いた、嫌いな奴の名前だった。
「え。それは、知っていますけど。あいつがどうかしたんですか?」
「私、下木の住んでたアパートの大家なんですが、下木の奴、死んだんですよ。いや、部屋で死んでるんですよ。それで、誰でもいいんですけど遺体を引き取りにきてほしいのですが、親族にも連絡つかないんですよ。それで、奴のケータイに入っている連絡先に片っ端からかけたんですけど、誰も出なくてですね。まあ、5人くらいしか入ってなかったんですけど」
「死んでから、1週間経ってましてね。だいぶ傷んでいましたよ。腐ってました」
「どんな死に方だったんですか?」
「なんだか知らないですけどね、とにかく、こっちへ来れませんか」
下木のことは嫌いだったし、別に供養してやりたいとか、遺体に手を合わせたいと思ったわけではない。しかし、暇なのでなんとなく行くことにした。
「それはいいですけど」
と私は返事をした。
「遺体はアパートに置いてあります。一応綺麗にして消臭とかしてもらったから臭いはないですよ」
寝耳に水という感じだったが、大家さんにアパートの場所を教えてもらい、まーくんの死んでいるというアパートに行った。
まーくんは不細工な男だった。当時はまだ中学生なのに、白髪交じりの坊主頭に眼鏡をかけて、ニキビ面。潰れたニキビの赤い痕。団子っ鼻で目つきが気持ち悪い。陰湿で、少女を強姦しそうな顔つきをしていた。いつも安い石鹸の腐ったような臭いがしていた。身長は百五十センチくらいで、毛深くて足の毛が密林のようであった。見た目は悪くとも、人となりがよろしければ愛されるものを性格は見た目よりも悪かった。屁理屈たれで、なにかというと「いや、頭悪いでしょ」とか「頭おかしいでしょ」と言うのが口癖だった。
腐れ縁なのだろうか。
ずっと昔に読んだ小説の中で、
「私にこの刀を売ってほしい」
「この刀で何をするのか」
「年をとってきたから、この刀で妄想や迷いを断ち切るのだ」
というやりとりがあったのを思い出した。
ああ。妄想を刀で断ち切る。小説家はすぐにそういう理解しがたいことを言う。というか、小説に書く。小説家はそういうのをもう止したほうがよろしいと思う。会話と、人物の考えることが嘘臭い。現実的ではないのだ。小説は、昔から何も進歩していない。かつての文豪が、気取ることを止めなかったから、それを延々と引きずっているのだ。小説と傲慢は常に同居している。インスタ映えなんて低俗な言葉があるが、小説家は文章に「映え」を求める。自分がいかに賢く、深く物事を捉えているかを誇示したいのだ。
小説は高尚な学問なのか。昔はそう思っていた。今は違う。小説は暇人の娯楽だ。心の栄養になる小説を探している。今もなお。
まーくんの話に戻るが、あやつは本当に変な妄想に取りつかれたような男で、常に私の良心に付け入るようなことをしてきた。まーくんに財布を盗まれたり、勝手に携帯電話を使われたりした。一体どこにかけたのか、高額な請求がきた。
腐れ縁を断ちたい。会ってしまうことが不運なのかもしれない。
会ってよかった。その出会いはなによりも尊い。
憎い人間に会うことの方がはるかに多い。
フィクションのようにはいかない。
ならばせめて。河原で安い豚肉の入ったやきそばを食べたい。
下木優多。中学時代にはまーくんと呼んでいた。奴の死んでいるというアパートにたどり着いた。車で一時間ほどのアパート群が並んでいる地域だった。
さきほど電話をしてきた伊勢田さんという方は、柔和な印象で、眉毛の太いおじさんだった。アパートの前で私を待っていた。
「どうも」
私は会釈をした。
「遠くからすみません。それに、さきほどはどうも失礼しました」
「稲田といいます。それで、まーくんの方は?」
「中にいます」
そのぞんざいな言い方からして、まーくんに対して同情していないというか、可哀そうと思っていない印象が見て取れた。私も、まーくんのことは全く可哀そうと思っていなかったので、似たようなものだ。
案内されて階段を上った。まーくんの住んでいるという狭いアパートを入った。ビニール袋とかエロ雑誌とか、テイクアウトした牛丼の容器とかを強引にかきわけて布団が敷かれていた。布団の上に遺体があった。顔は薄い布を被せられて見えなかった。おそらくそれがまーくんだと思う。まーくんの顔面など見たくもないので、布の存在はありがたかった。
「で、どんな感じで死んでたんですか?」
「はい、全裸でしてね。股間を握りしめて死んでいたんですよ」
「ふーん。そうなんですか。それは気持ち悪い死に方でしたね」
「ご友人ですか?」
「ええ。中学のときの同級生です」
「そうですか」
「仲は良くなかったんですけどね。まーくんはとんでもない奴でした。女の子とまともに喋れないくせに、幼女は強姦しようとするし、毎月エロ漫画を買うために万引きするし」
「お顔、綺麗にしてもらったので、最後に見ますか?」
「まあ、どっちでもいいようなもんだけど。まあ見ときますか」
私が言うと、大家さんは布を取った。すると、そこにはあのぶさきもまーくんの顔があった。確かに、まーくん本人だった。年をとっていたが、当時のお面影や、私が気持ち悪いと思っていた部分は残っていた。
「なんて不細工な顔なんでしょう。私もね、こいつに居座られるの嫌だったんですよ。お隣さんの道具勝手に使うし、夜中に騒ぐし、変な大声出すし」
大家さんはやや乱暴にまーくんの顔に布を被せた。
「どんな風に騒いでいたんですか?」
「ああ、いつか出てってもらうために、録音してあるんです」
伊勢田さんは、記者が使うようなボイスレコーダーを持ってきて再生した。すると、まーくんの汚い声が溢れだした。
『俺、かっこいい。俺、かっこいい。あっ、いく! うっうっうっでるでるでるでる! ああああ! え。マジウケるんだけど! 納得のいく返答を求めます! パチンコたのしいー! 盲腸になるでマジ。普通に考えて頭おかしいでしょ。熱効率を考えたら蓋をしろよマジ。これだから情報弱者は。あ。だからそれは、改善していきたいと思います。ああああ! 最高マジ、イクー!』
まーくんはまだ喋っていたが、伊勢田さんはそこで停止ボタンを押した。
「これね、深夜の二時くらいなんですよ。一人で喋ってるんですよ」
「気が触れてますね。薬かなにかやってたんですか?」
私は思ったそのままのことを言った。
「これ、いつものことなの。早く出てってほしかったのに。小説家になるとか言って、一日中部屋に閉じこもってましたね。結局なれなかったみたいだけど」
「じゃあ、まーくんはなんの仕事してたんですか?」
「コミュニティがどうとかわけのわからないこと言ってね。クリエイティブな仕事をしてる、とか私には言ってたんですけど、日雇いのバイトしてたみたい。作業着着てリュック背負って、とぼとぼ帰ってくるところよく見たもん」
「まーくんの遺体、どうするんですか? 葬儀とかも親族いなかったらどうするんです?」
「そこなんだよねー。うちのアパートで死んだ人いないからさー。親族いなかったらどうするのかな。でも、葬儀はやらなくても、火葬さえすればいいわけでしょ? 許可証もらって。したら、お骨はどこに収めるのかな」
「無縁仏専用の墓に入るんじゃないですか」
正しいのか分からないが、思ったことをそのまま言った。
「そうかもなあ」
それ以上話がなくなったので、我々はしばらく黙った。
ややあって、私は言った。
「とりあえず一緒に、まーくんの親族探しましょうか」
大家さんは感じの良い方で、歳は離れてはいるが、好感が持てた。そこで、数日後、大家さんと飲む運びとなった。
「知り合いの大家から聞いた話なんだけど、遺品は処分して金に換えてもいいそうなんだよね。その金で、遺体の葬儀とか火葬代にしてもいいそうだ。でも、まーくんて金になりそうなもの持ってなかったでしょ。エロ本とか参考書じゃねえ」
「火葬許可証だけもらって燃やしちゃえばいいんじゃないですか? そのへんで燃やしちゃったほうが、まーくんの最後にはふさわしいですよ」
最初はこんな感じでまーくんの処遇について話していたが、酒が入ってくると、過激な愚痴が始まった。
「だいたいさあ、あんな根暗な奴がアニメだか漫画だか描けるの? 最近の若いのはああいう陰湿な人間しかいないのかよ。気持ち悪い。アニメ見ても、異常なのが多いでしょ? 血が出たり、ひとがいっぱい死んだりしてさあ。あんなの見て育ったら、虫を殺す感覚で人を殺すようになるよ、子供がさ。まーくんだって、どこ見てるかわからないような目をしてたよ。ああ、気持ち悪い」
私も酒が入っていたので、まーくんの悪口を言った。
「まず、見た目が異常だよね。若いのに、なんであんなに白髪多いの? それに不細工だし、坊主頭できもい眼鏡で、身長150センチで、ニキビ面で、毛虫眉毛。声の出し方も気持ち悪い。喋り方も陰湿できもい。なんか、汚い場所に住んでる虫みたい。石とかひっくり返すと出てくるやつみたい」
大家さんは、
「つーかさ、家賃払ってない月あんだよね、実際。あれはどうすんの? 誰が払うの?」
「年齢的に、まだ親が生きてるでしょ。だいぶ年寄りかもしれないけど。絶縁してるだけで。探して取り立てればいいでしょ」
「うーん。そう? そうすれば楽かな」
「そうだよ」
私が言うと、
「じゃあさあ、一緒に行ってよ」
「いいよ、別に。行ったって。どうせ金は有り余ってるけど暇しかないんだよ」
「いいよねーあんた。変な絵ェ描いて大金もらって、一生遊んで暮らせるんだから」
後日、私は大家さんとまーくんの実家探しをすることになった。
他人、関係なくねえ?
そう思うことがある。
同じ芸術のひとつとして、漫画や映画や小説を尊敬して、興味を持っていた。しかし、映画も小説も漫画も、私の心に響かなくなった。心を打つ作品が減ってきたように思う。私の場合、どんなジャンルの本でも読む。うっかり新しいものに手を出せば、『人類滅亡をかけた戦い!』『熟年の不倫を描いた〇〇氏の問題作』『異世界転生でなんたらかんたら』。
もうだめだと思う。こんなものをいくら見てもインスピレーションは刺激されない。というより、体が気怠くなって、感性が死ぬ。
時代がイージーに流れすぎている。動画を見るだけで、簡単にプロの知識が手に入る。
時代の合言葉は『〇〇するだけで簡単に〇〇できる』。書き手は『その辺のそこそこ売れてる本を真似するだけで簡単にデビューできる』となるのか。読む方なら『この本を読むだけで簡単に感動できる』が妥当か。
だめだ。狂っている。
ただ、自分の絵を見て、インスピレーションを刺激されるときがある。自分の方向性は、他人に媚びることが目的ではないのだ。似たり寄ったりな作品の群れ。もはや商品と呼んでもいい。新発売のカップラーメンに等しい。それらは才能ある人が作っているのではなく、プレゼンテーションが上手な人が作っているから売れるのだ。流行に合わせて売れる商品を出す。それは商人の考え方。私は芸術家。世間の流行などは一切気にせず、自分の戦場で戦い続けなければ一流ではない。
おい稲田。富豪の大倉姉妹が気に入るような絵を描きまくって金を得ている人がなにを言うのか。それは反省するしかない。貧乏で金が欲しかったのだから。私は大倉姉妹の奴隷になっていた。
世間がどんなものに熱狂していようと、私は自分の絵を描くしかないのだから。
新しい絵を描こうと思う。あの姉妹の好みとは違う、自分が鑑賞するための純粋な絵を。
一枚でいい。生涯に一枚。私の人生を象徴する、そんな絵画。
自分の墓に飾り、死んでから眺めるための、そんな一枚。
まーくんの親族探しはまず、まーくんの携帯電話にある連絡先にかたっぱしから電話をかけていくことから始まった。まーくんの履歴にはバイト先くらいしか入っていない。この四十二年間、何をやっていたのか。
「まーくんは人の目を見て喋らないような根暗な子だったんです。女の子とは話すことすらできなかった。今まで、屁理屈をこねながらなんの人間関係も作らずに生きてきたんでしょうね」
見ると、TAKESIという名前が入っている。
「この、たけしってのはなんでしょうね。友達かなんかでしょうか。かけてみましょう」
私が言うと、
「お願いします。私よりも話が上手ですし、稲田さんならこの状況もわかりやすく説明できるし」
と言ったので私はそのTAKESIという番号に電話をかけた。
「ういー。なに?」
と男の声がした。寝起きのような声だった。
私が返事をすると、その男はやや警戒した。私が事情を話すと、
「えー? まーくんのヤツ、死んだの? マジで? 一万貸してるんだけど」
「ええ。それで、親御さんとか、親族の方を探してるんですが」
「そりゃあ高校の同級生だから親も知ってるけど。でもねー」
「なんですか?」
「親も迷惑だと思うけどな。まーくんて、勝手に家を出て行って、親の家財とか勝手に売って金作ってたんだから」
「そのお金は、何に使ったんですか?」
「なんか知らんけど。たぶんゲームとか、パチンコじゃね?」
「それで、まーくんの親御さんの住所を教えてもらえますか?」
私が言うと、その男は渋々住所を教えてくれた。
「葬式には行かれるのですか?」
私が言うと、急に暗い声になって、
「え、それは。別に自分はどうでもいいけど」
そういえば、この男もまーくんの同級生だった。ということは四十二歳前後。その年で、この話し方か。
「今、ニコ動見ながらゲームやってんだけど。もういいでしょうか?」
男が言ったので、
「たけしさんは何をされてる方なんですか?」
「え? 無職だけど。会社サボってたらクビにされたわ。まあ、もう十年前の話だけど」
少しだけ興味が湧いたのでもう一つだけ質問をしてみた。
「では、今はどうやって生活をされてるんですか?」
「え? 普通に親と暮らしてるけど。親の年金で生活してるけど」
すると母親なのだろうか、電話の向こうで老婆の声がした。
「たけちゃーん。お掃除するから部屋に入れてよー。それとごはんなにがいい?」
「ママちょっと待ってて。今知らない人とお電話してるところだからね」
男が老婆にそう答えた。少々気味が悪くなったので、
「突然お電話してすみませんでした。失礼します」
と電話を切った。
まーくんの同級生という妙な男に住所を教えてもらい、その場所を訪ねた。
薄汚いようなアパートが並んでいる、ジメジメした団地だった。そこに、安さだけを重視して作られたようなみすぼらしい印象の平屋があった。表札には、『下木」とあった。間違いない。錆び付いた傘立てが玄関にあった。何が植えられていたのか知らないが、小さな花壇には湿った土だけが残っていた。今は猫の便所にでもなっているのだろう。
「ごめんください」
すると、家の中で足音がして、ややあって玄関があいた。
現れたのは、まーくんに似た、というよりもほとんど同じ顔の母親だった。もう、七十くらいの年だろうか。老いさらばえた、汚い婆だった。玄関の扉に顔を半分隠して、こちらを覗いていた。
「え、誰?」
老婆が警戒したように言った。
「下木優多君の親御さんですね?」
「え、別にそうだけど」
早く帰ってほしいというような声色だった。
「家賃なんてありませんよ。出ていくつもりもありません」
老婆は我々を何かと勘違いしているようだ。
「私、優多君が住んでいるアパートの大家ですけど……」
伊勢田さんが言った。
「あ。それが何か」
この老婆は、とにかく私たちと会話するのが嫌なようだ。鬱陶しいといわんばかりの態度だった。
「ていうか、迷惑だからもう帰ってほしいんだけど。近所迷惑なんだけど。マジウケる」
なんなんだ、この婆は。昔のまーくんにそっくりだ。親だから当然か。過去のまーくんにされたことが鮮明に蘇ってきて、つい、頭に血が上った。
「あんたの息子が死んだんだよ。それで、まーくんに勝手に死なれて大家さんが大迷惑してるんだよ、さっさと遺体を取りに来い!」
少々怒鳴ってしまった。すると、まーくんの母親はその声に怯んだのか、目を丸くして後ずさりした。
「いや、自分は別に」
と、無内容なことを口走り、
「え、自分は別にいいけど……」
と根暗で会話能力も低いようなオタクのような声で言った。その、弱いくせに妙に高飛車な態度で、こちらが少し強く出ると下がってしまう様子が、ますますまーくんに似てきて頭に来たので、
「なにが別にいいんだよ。優多の奴が死んだんだよ。言ってることがわかってるのか! 遺体を取りに行けと言ってるんだよ」
すると、婆は、壊れたように頭を何度も下げて、
「あ、さーせん。さーせん。だから、はい、それはもう、取りに行きます。あ、」
「お前もあの息子とそっくりだな。私はブサキモまーくんと中学で同級だったけど、あいつに奪われた五万円、お前が払え!」
「あ、払います払います。あ」
婆は走って中へ引っ込んだ。それから、封筒を持ってきた。
「払えばいいんでしょ払えば。こんな金くらいで死んでくれよマジ」
婆はそう吐き捨てた。
「まーくんの死体が腐るから早く取りに行け。そんで、燃やすかなんかしろ」
かっとなった私は、封筒をひったくってから吐き捨てた。
「よかったですね、ホント」
まーくんの母親の家を出てから、私たちは街中をふらついていた。
「ありがとう。嫌な思いをさせてしまって悪かったねえ」
伊勢田さんが言ったので、
「いえ。まーくんの恨みをぶつけることができてよかったです。まーくんには金を奪われたり、騙されて仲間外れにされたりして、さんざん煮え湯を飲まされましたから」
「じゃあ、気持ちよく復讐できたんだね」
伊勢田さんは含みのない表情で言った。
「はい。良い復讐ができました」
「それは良かった。今日は素晴らしい日だよ」
「ところで、もしよかったらどこかでうまいものでも食べながら、一杯どうです?」
「よいねえー。復讐記念に暇人同士、徹底的にやるかね?」
「へえ」
私が時代劇の百姓のように言うと、
「そいじゃあ、そこの店でどう?」
伊勢田さんが指さした店は『焼き鳥・酒・創作料理 小味亭』
そこそこの長居は許されそうだったので、そこに入ることにした。
焼き鳥の味もそこそこで、平日だったせいか人気がなく、心地よく飲み食いができた。
まーくんは死した。屁理屈と貧困、それに容姿と性格が酷いせいで哀れな死を迎えた。私はまーくんに勝利したと言ってもよかった。
我々はそこでまーくんへの復讐を遂げたことを祝い、まーくんに完勝したことを誇らしく思い、お互いを称えた。まーくんのことは、もう思い出すまい。
数時間後、すっかり幸福感に満たされた我々は、お勘定をすることにした。もちろん、私が全て払う。レジの前で、自分の財布から金を出そうと思ったが、まーくんへの復讐祝いで飲み食いしたのだ。まーくんの母親から頂戴した金を使ったほうが洒落が効いていると思い、あの婆が差し出した封筒を取り出した。
中には千五百円しか入っていなかった。あのときすぐに中身を確認しておけばよかった。
「どうしたの? 稲田君」
「いえ。なんでもないです」
封筒の金を全て使い、不足分は自分の財布の金を出した。
「これからどうするんです?」
店を出たのち、私たちは深夜までやっている適当なスナックに入った。適当な酒とチーズなんかを当てに飲み食いしつつ、私は伊勢田さんに尋ねた。伊勢田さんはこう答えた。
「まあ、家賃収入でなんとかなるからね。今のとこやることはないなあ」
伊勢田さんも暇なのだ。時間だけを持て余している暇人。そのへんの空気よりも必要とされない人間。私も同じようなものだ。
「どっか行きますか? 二人で。せっかく時間もあることですし」
「それは、いいねえ」
「明日はどこか、テーマパークみたいなところでもどうですか? 私たちのような年寄りが行くところではないかもしれませんけど、どうせ誰も気にしちゃいません。人目を気にするだけ無駄ってもんです」
「誠に君は面白い奴だなあ。いいよ。付き合うよ。私のアパートの203号室が空いてるから、しばらくそこ使うといいよ。帰るの面倒でしょ」
「明日は早いですよ。運転も面倒だから、一日タクシーを雇いましょう。人生は楽しいよ。やったね」
ということで、あてもない旅をする運びとなったのである。
県を二つまたいで到着したのは、平日のテーマパーク。
まず、駐車場が野球でもできそうなくらいにがらがらであった。当然、人はまばらだった。
私たちがたどり着いたのは文字のテーマパーク。ロボットのテーマパークとか、食文化のテーマパークなら客が来そうなものなのに、寄りによって文字。なんの楽しさも与えてくれなさそうな、そんな場所だった。
最初からここに来たかったわけではない。色々吟味してその場所に行く、という旅行初心者のようなことはせず、上級者ぶっていい加減に場所を選択したのがまずかった。
看板にはこう書かれてあった。
『当テーマパークには歴史的に重要な書物が展示してあります。よってペットボトルの持ち込みは禁止とさせていただきます。写真撮影・食べ歩きはご遠慮ください』
少々げんなりした。テーマパークというよりは、学習の場といった方がいいかもしれなかった。
げんなりしていることを悟られたくないので、
「さあ、行きましょうか。貴重な書物があるんですって」
と元気よく言った。
入場料千五百円を払い、館内に入った。冷房が効いていた。
「まず、どこから見ますかね?」
伊勢田さんに尋ねながらふと見ると、巨大な亀の甲羅に文字がびっしりと刻んであって、それが展示してあるのが見えた。伊勢田さんも同じものを見ていた。
「あれ、なんだかおもしろそうだよ」
と、二人で近寄ってみると、悪くはなさそうである。巨大な亀の背に彫り込まれた文字に、墨のようなものが流してある。亀甲文字が生まれた時代の物であることは分かった。しかし、説明文がないのでただそれだけで、ありがたみが理解できなかった。
二人で文字をじっと見ていたが、やがてそれにも飽きて、
「向こうへ行ってみましょう」
と私が言った。
入口付近は明るいのだが、進むにつれてお化け屋敷のような、暗い展示場所になっていく。窓のない通路が、明るすぎない程度にライトアップされている。
ヲシテ文字、というのがあった。これには説明文があった。
『神代文字は、漢字が伝来する以前に古代の日本で使用された多様な文字、文字様のものの総称である。日本最古の文字であるとされる。』とあった。
〇や△□を組み合わせて書かれたような文字だった。
「ふむ。日本人のルーツですな。それが今の我々が使う、文字の大元であるわけだ。これを考えて、ちゃんと読むことができたのかねえ」
伊勢田さんは興味深そうにヲシテ文字を眺めていた。
「そもそも、こんな時代に文字を残す必要があったんでしょうかね。言葉だって、どんなことを喋っていたのか分かりませんよ。今みたいに、言葉で溢れた世界じゃなかったわけでしょ?」
「うーむ。やっぱり君は芸術家だけあって、着眼点が鋭いね。あっ、観覧車があるんだって」
パンフレットに目をやった伊勢田さんが言った。
「乗ってみますか」
観覧車。そんなものに乗ったのは小学生の頃だった。あれから一回も乗っていない。観覧車の乗り心地がどんな感じだったか、忘れてしまった。
「観覧車の一番高いところから、なにか文字が見えるんだって。クイズだよ! 正解者にはオリジナルシールプレゼントって書いてある!」
伊勢田さんは子供のように浮かれていた。その調子で浮かれていてほしいと思った。
やはり観覧車があった。パンフレットに嘘はないようだ。人はまばらだったが、数人が並んでいた。券売機で観覧車の券を買って、係員のいる観覧車の乗り場へ向かった。観覧車のゴンドラというのか、あの人が乗る一個一個の箱に、人が乗り込んでいく。観覧車のゴンドラは人が乗るときでも止まってはくれない。タイミングよく乗り込まなければない。そんなに早く動いているわけではなのだけど、緊張する。なぜ、子供の乗り物に緊張するのか。私の幼少期からの体質で、無駄なことにも緊張してしまうのだ。いつか治るだろうと思っていたけど、この年になっても治らない。映画館にいるときや、知らない人に電話をかけるときでも心臓の鼓動が早くなってしまう。今さら悔やんでも仕方ないこと。仕方ないことほど、諦めきれない。
私と伊勢田さんの後ろに、六十歳ほどの男女が並んでいた。それだけならなんということもないのだが、その二人、非常にいちゃいちゃしていた。
手をつないで、頬と頬をくっつけて、体を密着させていた。なにかぼそぼそと小声で囁きあっているのである。その女というのが、金髪でサングラスを頭にのせ、ピアスをいくつもあけている。身なりは若いのに、顔はしぼんだナスのような猿顔の老人で、バランスがとれていない。年相応の髪型をすればよいのに、なんとも気持ちが悪い。しかも若者のように彼氏か旦那か知らないけれど、隣の男と喃語をしているのだ。
伊勢田さんはどう思うのだろうか。ふと隣を見てみたが、伊勢田さんは背後の老人カップルなどお構いなしで、自分がこれから乗る観覧車に夢中だった。私も、それに倣って自分がこれから乗る観覧車を見つめることにした。
やがて係員の誘導があり、観覧車に上手にのることができた。
我々の後ろに並んでいた、もう六十は過ぎているだろうという熟年のカップルがゴンドラの中にいるのが見えた。妙に密着していて、その恰好からしてどうやらキスをしているようなのである。なんだか、汚いものを見せられたような気分がして目を逸らした。
喉が渇いたので自販機で水を飲もうと思った。ジュースではなく、水がよかった。自販機はそこかしこに点在していたので、その一つに歩み寄った。水。確かにあった。だが、値段を見て止めようと思った。二百円と高いのだ。他の飲料はというと二百五十円。どれだけ値段を吊り上げれば気が済むのか。喉が渇いていたが、ここの経営者の策にのせられたくなかったので、買わずに唾を飲んでおいた。
「水買うんじゃなかったの?」
伊勢田さんが聞いてきたので、
「二百円だったんです」
というと、
「そりゃまた、あんまりな値段だ。ぼってるね」
と的確なことを言った。
「あそこの屋台になんか売ってるから、そこでご飯にしよう」
伊勢田さんが言った。見ると、テーブルがあちこちに並んでいて、屋台が三つ四つ並んでいる。
『本格旨辛ジューシーチキン』
という旗が立っていて、見るからにうまそうなチキンの写真が大きく出ている。腹が結構減っていたので、ボリュームのある肉が食いたかった。渡りに船とばかりに、
「旨辛チキンセット二つください」
「ありがとうございます。二点で六千円です」
「え、そんなにするのか。じゃあ私はもっと安いのでいいよ。このチキン単品だけで」
伊勢田さんは言った。
「いいじゃないですか。せっかくですし。私が払いますから」
私は支払いを済ませた。
客は少なかったので、旨辛チキンセット二人分はすぐにできた。数分後、店員に呼ばれて注文したものをとりに行った。
白い箱を二つ渡された。正方形で、二十センチ四方の箱だった。スタイリッシュという文字が頭に浮かんだ。
「この中にうまいチキンが入っているんでしょうね。さあ、食べましょう」
私たちは、席について箱を開いた。
小さめの唐揚げ二個とフライドポテトが入っていた。中身が貧相なせいで、箱の隙間の方が多い。
「これで一人三千円? 酷くないか」
伊勢田さんは言った。
「何か、入れ忘れたんでしょうか?」
「スーパーのお惣菜以下だ」
私もそう思った。いや、惣菜の方がもっと安くて量が多い。
騙されたことがわかっても、食わないわけにはいかない。
普通の唐揚げとややしんなりしたポテトを黙って食った。
食べ終えてから白い箱を捨てた。箱代が高かったのかもしれない。もう、帰りたいという気持ちの方が強くなっていた。伊勢田さんも同じだった。
二人で無言のまま出口の方に向かうと、
『約百万年前の前期旧石器時代に古代宇宙人が石板に書いたとされる文字。特殊なインクを用いて書かれたとされており、色褪せがない。学者の間では、人類の行く末が書かれていると言う人もいる。』
石板に、どこの文字ともわからない文字が彫ってあった。たしかに宇宙人ならこういう文字を書いても納得できる。
「はあーなるほど。宇宙人がそんな昔に地球まで下りてきて、こんな文書を残していったんだなあ」
伊勢田さんは、騙された後でも、関心を持つ気力を残していた。
さっきの熟年カップルが顔を寄せ合って記念撮影をしていた。
人間は死して過去を残す。まーくんは死して穢れを残した。
まーくんは小説家になろうとしていた。少年向けの小説を書いて、金儲けをしようとしていた。まーくんの家にあったパソコンに、書きかけの小説があった。タイトルは『異世界で美少女服従チートスキルを次々習得! 下剋上~テンヨの通夜出し』長ったらしいタイトルで、最近の流行に便乗してアニメ化を狙っていたのだろうことはすぐに知れた。
なんのことやらようわからん。
文章は本当に下手くそで、内容もそのへんの没原稿となんら変わりは無い、駄作だった。
小説や漫画で作品を残そうとしたことは無い。私は画家なのだから、絵を描くことで精一杯なのだ。
小説を書こうと思ったことはある。実際に書いた。だが、素人が小説を世に出してはいけないと思い、世に出さなかった。それは小説の世界に対して失礼なことだからだ。
意外なことに、漫画には素人が入る余地がない。絵がうまいか下手かなんて、素人でもはっきり分かる。元から絵心のある人でさえ素人の付け焼刃では漫画は描けない。だから、必ず勉強は必要だ。コマ割りの方法や絵の構成、建物のパースが必要になってくる。少女漫画では場所を理解させるのに必要最低限な背景しか描かれてないのは、少女漫画の作者が人物の顔ばかり描いてきたからだ。漫画に要求される技術は多い。ストーリー構成と画力。これは描いて描いて描きまくる練習が必要になる。それはプロの技術だ。
しかし、小説は違う。文章さえかければ、見よう見まねで結構書けるのである。センスがあればそこそこの物は書けてしまうのだ。パソコンか原稿用紙があればなんとかなる世界。
文章が上手いか下手かは、美しい文章の流れや美しい言葉を知らなければわからない。
素人の参入が容易であるがために、素人が小説を書く業界に成り下がった。
あんなにレベルの低い世界は、小説の世界だけだ。禁則処理もできないような素人がしゃしゃり出て、一部の人間にちやほやされる。素人が絶対に真似できない、猿真似さえ許さないような遥か高みに立つ、それこそ奇跡のような文章を生む小説の達人はどこへ消えたのか。
おい。素人。小説を汚すな。
赤ちゃんと老人。
赤ちゃんはこれから大きくなる。それは老化とは言わない。成長という。では老化とは何か。成長とどこが違うのか。たぶん、成長が止まった時点で老化が始まるのだ。今の能力をできるだけ維持しながら衰えていく。それならば、新たなことを始めたりして別の能力を養えば、一生老化せずにいられるはずなのだ。少なくとも、肉体的な老いは来るが、精神の老いはやって来ないはずなのだ。
人間の一生は短い。人間は生きているときよりも、死んでいる時間の方が長い。生きている期間が八十年。それから死ぬとしても、永遠に死に続けなければならない。であるならば、生きている時間はもっと濃密に何事かをすべきなのだ。
何を成せば自分の人生に有益なのか。それを探すために人生の半分ほど使う。正解を知るのはもっと後だ。
人間は生き続け→やがて、死に続ける。
一生を費やし、その道を極めた作品を世に出したとしても、その作品の価値を決めるのは世間で、それを評価するのは素人だ。そういう世界に生涯を費やす価値はあるのか? たまに思ってしまう。
審美眼のない素人が、作品を面白いのつまらんのと、どうこう言う世界。それが人に見せるものの世界なのだ。
優れた作品も、人が認めなければ駄作。売れさえすれば良い作品の仲間入りができる。作品の浮き沈みを決するのは広告代理店だ。
『これが売れる』思想が小説の品格を貶めた。
本が売れない時代だからね。編集者としては売れるものを出したい。当然だ。だからといって、本は商品として売り出すものとは違う。
小説は需要に対しての供給を行ったら絶対にダメだと思う。昔は文学という教養として、人の心を潤すものだった。商品として扱われたら小説に未来は無い。
ちゃんとしたものを書ける人が一握りしかいない。実は日本の文学は、世界的に見ても相手にされていない。レベルが低いと思われているのだ。その証拠に、世界の名作家という話をすると、日本人の名は出てこない。
〝こんなことばっか考えて、私は一体何がしたいんだ〟
否定に次ぐ否定。だが、それは闇雲に他人の作品を貶めたいわけではない。真剣に芸術を考えているからこその怒りなのだ。それでも、どれだけ怒っても、その怒りは埋められない。自分の中で消化不良を起こして、自分の描く絵の豊かさや風味を濁しているに過ぎない。
自分が面白いと思った本を読んだらいいじゃないか。他人やつまらん作品など気にしなければいいじゃないか。
人の生涯は短い。歴史に名を残さない人間が九割。一割は歴史に名を刻む。何をしたのか分からぬが、歴史に名を刻んだ人。私は名を刻むことができない。百年後には、ここにいたことさえ、誰も知らない。
百年後にはただの風となって→さまよっている。
それとも死後の世界で暮らすのか。自分が生まれてから死ぬまでの一切合切を映画館で眺め、終わったらまた振り出しから眺める。死後の映画館で暮らすのか。
生き方を変えようとして、自己啓発本なんぞを読んでみようと思うことがある。書店に行き、生き方を変えるきっかけを作ってくれそうな本を読む。しかしこれがなんともちょうど良いものがない。
『時間を無駄にしない十の習慣~これをやっていないとあなたは時間を無駄にしつづける』
と、こういうタイトルがついている。なんだか一刻も早く読まないと損な気がして買ってしまったが、内容はというと『分刻みで行動する癖をつけよう』とか『ながら族はだめ』とか『酒を飲む癖をやめよう』とか『ギャンブルはやめよう』といった程度のものだった。それくらいのことは一般人でも考えている。わざわざ紙に印刷して本にして売り出さなくともよい。その本は燃えるゴミの袋に突っ込んでそのまま死んでいただいた。本というものは、そもそもゴミ箱に入れるもんじゃないことくらい知っている。しかしその本は激烈に私を怒らせたのだ。
十二月。冬なのに遠足。
伊勢田さんの娘が作ったお弁当を持って。
どこでもいいから遠足に行きたいと伊勢田さんが言い出したのは十二月になってからだった。私も暇だったので、季節外れの遠足に行っても良いと思った。
季節外れなのがいい。どうせ、私と伊勢田さんは世界から隔絶されたような暇人なのだ。学校には当然通わない。仕事にも行かない。社会に属していない原始人のような人間なのだ。どうせなら暇人にしかできないようなことをすべきだ。流行の隅っこで生きるべきなのだ。
約束の日、伊勢田さんはどこから引っ張りだしてきたのか古めかしい大きな重箱を手にしていた。
「どうしてもお弁当がいいって言ったんだよ。コンビニのおにぎりじゃ雰囲気出ないでしょ。娘が馬鹿にしながら作ってくれた」
伊勢田さんの娘は、そろそろ四十になるそうだ。豪華な昼食ができてよかった。重箱を見て、小学生の頃の運動会を思い出した。
伊勢田さんのアパートから電車に乗って、さびれた無人駅で降りた。売店なんかない。自販機さえない。ただ、待合室があるだけの駅だ。駅から一歩出ると、信号さえないような田舎。そこから三十分ほど歩いた。
ちょっとした山。登山道とかハイキングコースなどではない。名前もないような開けた山道だ。地名くらいはあるだろうが、それがわからない。
「子供の頃を思い出すなあ」
保育園に通っていた頃。友達とみんなで遠足に来た場所だ。まさか四十にもなった自分が、また同じ山に登るとは思ってもみなかった。
あの頃は、つまらぬものなどなかったように思う。見るもの全てが新しく、季節の移り変わりさえ斬新だった。夏しか鳴かないセミの声を不思議に思い、雪が積もると町や道が神秘的な景色に見えた。
木々がまばらに生えていて、冬の弱々しい太陽が見えたり隠れたりしていた。枯れ葉が木々の根本を覆うように散らばっている。まだ緑色の雑草も生えていた。我々はなだらかな坂を、景色を楽しみながら登っていく。
「あ、ヤギがいる」
どこかの家に飼われているのか、小屋の中にヤギがいて、こちらを睨んでいた。
どうりで動物園のような臭いがするわけだ。
「目が意外と怖いんだね」
伊勢田さんは言った。ヤギは不機嫌そうな目をしていたが、伊勢田さんが触ってもおとなしくしていた。
「もうちょっと歩くと、丘に出たような気がします。変わってなければ、芝生があるんで、そこでお昼にしましょうか」
「あと何歩くらい?」
ふざけて聞いてくるので、
「五百歩くらい」
と言っておいた。息が白い。着込んでいるから体は暑いくらいだが、指や鼻は氷のように冷たい。いくら暇とはいっても家に帰りたくなってきた。
自分の言ったことが本当にあっているか確かめるために歩数を数えてみた。百二十歩を過ぎてから数えるのをやめた。
あとは黙々と歩いて頂上に着いた。歩く音と、服のこすれる音だけが心地よく響いていた。意外にも、自分は歩いているんだ、とはっきり自覚するのは久しぶりだ。歩いていること。それを嬉しく思うことが不思議だった。
遠足から戻ってきてから、また伊勢田さんのアパートに厄介になった。別に自宅に戻ってもいいけれど、もう少し旅行気分を味わいたかったのだ。
今、私はそのへんを散歩している。
老人が散歩をしている様子を見て、散歩の何が面白いのだと思ったことがあった。しかし、実際にその辺をそぞろ歩いてみると、これがなかなかいい。景色を楽しむということ、季節を五感でじっくりと堪能できること、こういうところが素晴らしい。季節の移ろいを感じることは、生きているということだ。自然の様子を観察して、自然と同様に自分も少しずつ変化しながら生きているのだということを実感できる。
突然、私の携帯が鳴った。
「大倉です」
「どうかしました?」
「あら。どこかおでかけですの?」
その言葉に嫌な予感がした。なぜか私の不在を知っている。
「今、出てまして。大丈夫です。ちゃんと絵は描きます」
すると、幸与だったか、幸恵だったかもう忘れたけれど、そのどちらかがとんでもないことを口にした。
「今ね、あなたの部屋に上がらせてもらってますの。どうしても待ちきれなくて、絵の新作ができてないか見に来ました。あ、言い忘れておりましたけれど、合鍵作ってもらったんです。この絵を見て、稲田さんの描く新世界の扉を開いた、その向こうにある景色を拝見しました。もう、言葉になりませんわ」
私の生涯をかけた絵ともいえる作品は、すでに完成していた。
「あっ、それは違うんです」
「何か言ったかしら。この絵、もう完成なんでしょ? いただくわね。お代はテーブルの上に置きます」
「ちょっと待ってください、その絵は違うんです、」
電話が一方的に切れたので、もう成す術がなかった。大倉姉妹は、すぐにあの絵を運び出す用意をするのだろう。絵はもらわれていってしまった。
生涯をかけた絵を奪われたはずの私の心中は、意外にも落ち着いていた。徐々に焦りが到来するのをむずむずと感じながらも、散歩を続けることにした。