会いたい気持ち
誰かに会いたいと思うなんていつぶりだろうか。
私は、今、混乱している。
大混乱だ。
…私は基本、孤独を愛する人で。
言ってしまうとですね、まあ、ぼっちなんですよ。
友達付き合いが面倒で、一人で行動するタイプでね。
だというのに、このどうしようもない、焦燥感?
無性に、幼馴染に会いたいと思うこの欲求は何なんだ。
食後のプリンを一人ぱくつきながら、私は一人、故郷に思いを馳せている。
…珍しいことも、あったもんだ。
―――事の発端はというと。
「ねえねえ!ちょっとこっち来て!!この人知ってる?!」
夕食の支度で忙しい、私を呼ぶ声がした。
くそう、枝豆はゆであがりのタイミングが重要なのに今呼ぶのか!!
慌てて旦那のところに行くと、テレビには旦那が毎週撮っている、祭りをテーマにした番組が映っていた。
そこには。
「ギャー!!知ってる!!思いっきり知ってる!!!」
小学校時代の同級生が映っていたのである。特別仲が良かったわけではない、だが、同じクラスになったことは何度もあるし、小学、中学と同じ学校に通った幼馴染。…よく見ると、何人か知ったような顔をしてるやつがいる!!一気に思い出される、小学生時代の思い出。
名前を紹介されたおじさんたち。
名前を見て、一瞬で少年時代の顔が浮かぶ。
どう見てもおじさんだ。
どう見ても子供には見えない。
けれど、子供のころのイメージしか、私の中にわいてこない。
テレビは、遠く離れた私の故郷を映し出していた。
昔通った駄菓子屋は大きなビルになっていた。
昔通った水路は、コンクリート張りになっていた。
昔通った雑木林がわざとらしい古民家になっていた。
昔の名残を感じるのは、私があの場所を知っているからに違いない。
明らかに違う風景が映っているのに、確かにあの場所は。
昔仲の良かった友達と通った場所。
昔、皆で通った道。
お菓子の取り合いしたり、道路にチョークで線路を書いたり。
ケンカもしたし、仲直りもした。
宿題もして、自由研究もして、虫も取って、笑って、泣いて。
あの場所に確かに存在している、私の思い出。
あの場所で私は、たくさんの仲良しと、ともに時間を過ごし、成長した。
いつしか共に遊ぶことはなくなり、大人になって。
遠く離れて、今の今まで、まるっと忘れていた、記憶。
それが、こんなにも色鮮やかに思い出されるのか。
それは、こんなにも私を思い出に浸らせるのか。
今まで故郷を離れてから、一度も同窓会に参加したことがない。
参加するチャンスが、なくなってしまったのだった。
私の故郷に、私の片鱗は微塵もない。
だからこそ、こんなにも。
たまたまテレビに映った同級生を見て、望郷の思いが湧いて出たのかもしれない。
懐かしい幼馴染に、会いたいと思ってしまった。
今日の今日まで、名前すら忘れていたというのに。
たった3人、同級生の姿を見ただけなのに。
中学生までの思い出が、一気に自分の中によみがえる。
あの子は今何をしているだろうか。
あの子は今しあわせだろうか。
あの子は今も笑っているだろうか。
あの子は。
あの子は。
あの子は…。
会いたい気持ちが、次から次へとあふれ出す。
これは、年を取ったという事なのか。
しかし、私には、連絡する手段は何一つ、ないのだった。
故郷は遠く、私の手元には卒業アルバムすら残っていない。
…夕焼けが街を彩る画面で、番組が終わった。
オレンジ色に染まる、今の風景。
けれど私の胸には、子供のころに見た夕焼けの風景が思い出されていた。
夕焼けに染まる、海辺の町。
なんだか、無性に夕焼けが見たくなった。
ちょうど、夕焼け空が見える時間か。
「ちょっと、散歩に行ってくる。」
…オレンジ色が、見たくなったから。
なんだか無性に、夕焼けが見たくなった。
変わってしまった風景に。
昔の風景が重なったのは。
あの時見たのと同じ、夕焼けが、新しい風景を染めたからに違いない。
夕焼けは年月を重ねても、変わることはない。
変わらない夕焼けがあるから、思い出は色あせることなく、思い出せるのだと。
いつも見に行く、夕焼けポイントは、幹線道路にかかる、大きな歩道橋。
今日も、いつもと変わらない、奇麗な夕焼けが見える。
けれど、今日は。
格別に思い出補正がかかっているから。
あの日見た、海辺の風景。
変わった風景に、変わらなかった夕焼けの色。
遠く離れた、故郷の夕焼けと同じ色が、ここにある。
思い出が、私の中でグンと大きく、ひろがってゆく。
目の前に広がる、いつもの夕焼けが。
…あんまり綺麗で、目頭が熱くなった。