172.いっちゃんが怯えています
「これがこの国の王都か」
ユリウスお兄様とお会いした数日後。
私たちはついに目的地、エルトリア王国の王都エディルシアへと到着していた。
北部に鎮座する王城から放射線状に広がる石造りの町並みが、馬車の窓の外に広がっている。
王都エディルシアは歴史の長い都市だ。
起源は千年以上前に遡り、今も街中や周辺には遺跡が残っている。
陛下にも機会を見て、観光をしてもらうつもりだ。
「もう少し馬車を走らせると、貴族街にあるうちの屋敷に到着ですね」
長い歴史を持つ我が公爵家の屋敷は大きかった。
領地にある本邸と遜色なく、王都の一等地に建っておりとても立派だ。
一か月弱の王都での滞在の間、陛下はうちの屋敷で過ごしてもらうことになる。
式典に向け各国の要人が集まってきており、国が保有する迎賓館にも余裕がないため、うちの屋敷を使ってもらうことになったのだ。
……他にもいくつか、理由はあるのだけどね。
馬車は懐かしい町並みを進み、公爵家の屋敷へと向かっていく。
お父様、元気にしてるかな?
娘思いのお父様は私が嫁ぐ際、それはもう別れを惜しんでくれていた。
一年ぶりの再会に胸を躍らせていると、
「うにゃっ⁉」
窓を見るいっちゃんの尻尾がぶわりとなっている。
なにごとかと、私と陛下は窓を覗いた。
よく晴れた春の日に似つかわしくない、黒々とした威圧感を放つ存在が立っている。
「……魔王か?」
「いいえ私の父です」
見た目は完全に魔王か何かだけどね……。
目元鋭く視線だけで人を殺せそうな、そんなお顔をしている。
怖がるいっちゃんを宥めつつ、私は止まった馬車から降り立った。
「お父様、お久しぶりです。お体は変わりありませんか?」
「ここのところ調子がいいぞ。レティーシア。おまえの方もつつがないようで何よりだ」
お父様の眉間の皺が深まり瞳はより鋭く、凶悪さが増していった。
プレッシャーが半端なくて怖いが、これがお父様なりの笑顔だ。
笑うと雰囲気が和らぐどころか逆効果、悪人顔になるお父様だったけど……。
ここまで威圧感を出しているのは初めてのような?
「グレンリード陛下も、こたびは我が屋敷を滞在先にと選んでいただきありがとうございます」
お父様が陛下へと顔を向けると、威圧感が五割増しになった気がする。
陛下は涼しい顔をしているが、気の弱い人間なら逃げ出してしまいそうな怖さだ。
「あぁ、我が妃、レティーシアともども世話になるぞ」
我が妃、と陛下が告げたところで。
お父様の威圧感が倍プッシュ、更に強くなった。
……これはあれかな?
おまえに娘は渡さん! 的なやつっぽい?
政略結婚とは言え私、既に陛下の下に嫁いでるんだけどね……。
「お父様、お待ちください」
苦笑しつつ、陛下とお父様の間に入った。
「陛下はヴォルフヴァルト王国で、私にとてもよくしてくださっています。ご恩に応えるためにも、こちらに滞在される間は、快く過ごしていただきたいですわ」
「……あぁ、もちろんだ。一国の王たる陛下をお迎えする栄誉に浴すことができたのだ。グラムウェル公爵家当主として、心よりもてなさせていただこう」
お父様の威圧感が和らいでいく。
相変わらずお顔は怖いけど、これがお父様の平常運転だ。
陛下とお父様、私の三人で屋敷内の応接間へ向かいお茶を楽しむ。
お父様も出会いがしら以降は威圧感をダダ洩れさせることもなく、理知的かつ威厳ある姿で振る舞っている。
陛下もお父様も、あまり笑顔は浮かべられないお人柄だけど、雰囲気は終始和やかだった。
「では、私は先に下がらせてもらおう。親子二人で積もる話もあるだろうからな」
陛下のお心遣いをありがたく受け取り、私はお父様へと向き直った。
「お父様、あらためて。こうしてまたお会いできて嬉しいわ……!」
「私の方こそだ。向こうではどうだった? 食事はきちんととれているか? 不自由はしていないか? いじめられたりはしていないか? もしおまえを陥れるものがいるのならば私が――」
矢継ぎ早にまくしたてるようにするお父様。
先ほどまでの威厳は消え失せ、じっとこちらを見つめている。
「もう、お父様ったら。私なら大丈夫よ。お兄様達にこってり鍛えられてるもの。やられたら倍返しだし、できるだけ私が危ない目に会わないよう、陛下もお心を配ってくださっているわ」
「できるだけ? つまりいくらかは、危険なこともあったのか? 怪我はしていないか?」
私の肩をつかみ首元や手を見て、怪我がないか確認するお父様。
もともと家族への愛情は深いお方だったけど、更に親ばかになった気がする。
国をいくつも超え嫁がせた私のことが、それほど心配だったのかもしれない。
「怪我なんかしてないわ。陛下以外にも、あちらの国でよくしてくれた方はたくさんいるもの。ちょっとした騒動に巻き込まれたくらいで、他は毎日楽しく、あらっ?」
「ガルドシア様、失礼いたします」
扉が鳴らされ、長年うちの公爵家に仕えてくれている老執事が顔を出した。
室内の会話を遮る形で踏み入ってくるのは珍しく、お父様の顔が険しくなっていく。
「何事だ?」
「ご来客です。ヴェルタ殿下がいらしております」
「……そうか」
重くため息をつき、眉間の皺を深めるお父様。
「まず私が応対する。しばらく玄関でお待ちいただ――――」
「御機嫌よう。グレンリード陛下はこちらかしら?」
開かれた扉から、堂々とした足取りで入ってくるヴェルタ殿下。
第二王妃を母に持ち、王太子フリッツ殿下の異母姉にあたる姫君だった。
ヴェルタ殿下は金のまき毛をなびかせ、瞳と同じ青色のドレスを翻している。
髪も化粧も一分の隙も無く豪奢に仕上げられており、紅い唇には勝気な笑みが浮かんでいた。
「あら、グレンリード陛下はどちらにいらっしゃるの? この私がやってきたのよ? 早く会わせなさいよ」
「ヴェルタ殿下、お待ちください」
お父様がたしなめるよう口を開いた。
「グレンリード陛下は、先ほど到着されたばかりでお疲れでいらっしゃいます。また日を改めて、お会いする機会を探してください」
「そんなの待てないわよ。この屋敷にいるんでしょう? さっさと会わせなさいよ」
ヴェルタ殿下は引かない様子だ。
自国の王族相手では強引に追い返すことも出来ず、お父様もやりにくいようだった。
「申し訳ありませんが、本日はお帰り下さいませ」
代わりに私が、ヴェルタ殿下に応対することにする。
「本日、ヴェルタ殿下とグレンリード陛下がお話しする予定は入っておりません。陛下はしばらく、王都に滞在される予定です。いずこかの日にまた、お言葉を交わすことはできるはずですわ」
「私に出直せというの?」
手に持った扇をぴしりと鳴らし、ヴェルタ殿下が不機嫌を露にしている。
「この私に、よくそのような口が聞けたわね? たかが公爵家の娘が不敬よ」
「今の私は、グレンリード陛下の王妃でもありますわ」
「王妃? ただのお飾りでしょう?」
鼻で笑うヴェルタ殿下の青い瞳が、嗜虐的な光を輝かせた。
「追放同然にこの国を追い出され、お飾りの王妃の座にしがみつくしかない惨めな女が、よく生粋の王族たる私に意見する気になったわね?」
広げた扇の陰で、くすくすと笑うヴェルタ殿下。
私への侮辱に魔王のごとき顔になったお父様を恐れる様子がみじんもないあたり、ある意味大物だった。
「陛下との会談を望むのでしたら、手順を踏んでいただくようお願いいたしますわ。王族同士の交流であればこそ、格式と手順は守られるべきでしょう?」
「馬鹿にしてるのかしら? たかがお飾りの王妃のあなたが、王族の心得を私に説くなんて、思い上がりも甚だしいわ」
イライラと、ヴェルタ殿下は私への敵意を丸出しにしている。
政治上の関係と、そしてとある過去により、ヴェルタ殿下は私を嫌っていた。
私からすれば理不尽極まりないことだけど、王族である以上無視も難しいのが現状だ。
「あいかわらず可愛げのない、不愉快極まりない物言いね。そのように思い上がった性格だから、弟からも嫌われ捨てられたのではないかしら?」
「フリッツ王太子殿下が私を嫌っていることは、今関係ありませんわ」
「そうかしら? あのぼんくらな弟の心ひとつ、つなぎとめることができなかったあなたなんかじゃ、グレンリード陛下にもうとましく思われているはずよ。そんなあなたが、グレンリード陛下の意思を代弁する資格なんてないでしょう? 陛下もきっと、すぐにでもあなたを王妃の座から追い出したいと思われているはずよ」
「陛下はそのような方ではございませんわ」
はっきりと断言しておく。
陛下がそのお心の底でどのように、私を思われているかはわからないけれど。
料理を喜んでくれたのは嘘ではないはずだし、王妃として尊重してくれているのは間違いない。
少なくとも目の前のヴェルタ殿下のように、個人的な感情で喚き人の扱いを決めるような方ではないはずだ。
「たかがお飾りの王妃のあなたに、グレンリード陛下の何がわかるというのかしら?」
ヴェルタ殿下が声を荒げた。
「そこをどきなさい。グレンリード陛下と直接話をしてくるわ。陛下もきっと、あなたに嫌気がさしているにちがいな――――」
「黙れ」
「ひっ⁉」
喉をひきつらし、ヴェルタ殿下が扇をとり落とした。
グレンリード陛下だ。
騒ぎを聞きつけたのか、陛下がこちらへ向かってきた。




