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170.懐かしいモノと人と


目が覚めると陛下が凍っていた。


「……はい?」


二度見しても陛下は凍ったままだ。

 体の前で組まれた両腕の肘から先、指先に至るまでが、がっつりと氷に包まれていた。


「…………」


 寝ぼけているのかと瞼をこすっても、陛下は平然とした顔で、両腕を凍り付かせていた。


 夢かな?


 目覚めたつもりがまだ夢の中なのかと思い、試しにほっぺを引っ張ってみた。


「いひゃいわね……」

「……おまえは一人で何をしているのだ?」


 氷に両腕を包まれたまま、陛下が訝しげにしている。

 私が非常識なことをしているかのような反応だけど、どう考えてもおかしいのは陛下の方だ。


「その氷、幻じゃないですよね? 寒くないんですか?」

「本物だし冷たいぞ」


 平然と陛下が答えた。

 試しに氷に触ってみるとひんやりとしている。堅い感触が返ってきた。


「どうして氷が陛下の両腕に? 今すぐ溶かしますから、動かないでいてもらえますか?」

「案ずるな。自分の意思でやっていることだ」

「……はい?」


 目が点になった。

 隙間なく氷に包まれていては、しもやけどころでは済まず激痛が走っているはずだ。

 なのに自分の意思でやっているということは……。


「……陛下、被虐趣味に目覚められたんですか?」


 戦々恐々、ごくりと唾を呑み込み尋ねた。


 世の中いろんな趣味嗜好の人がいるのは知ってるけど、氷漬けプレイは上級者すぎた。

 内心ちょっとかなり引いていると、陛下が眉を寄せた。


「やめろ。私にそんな変態趣味はない」

「えぇぇ……?」


 わけがわからず、私の頭の中に疑問符が乱舞していた。


「じゃぁどうしてそんなことをして……?」

「腕が動かないよう抑えるためだ」

「???」


 腕を凍り付かせれば動かせない、と言う理屈はわかるけど。


 そもそもどうしてなんで、腕を動かしちゃいけないんだろうか?


 困惑していると、陛下が横を向き視線をそらし呟いた。


「これは治療のためだ」

「治療?」

「そう治療だ。私の腕も、振りすぎで実は筋肉痛になっていた。だから冷やしたということだ」

「……どう見ても冷やしすぎでは?」


 かっちこっちの氷漬け。

 氷の中は零度以下、凍傷一直線のはずだ。


「案ずるな。先祖返りの私は冷気に強い耐性を持っている。これくらいでちょうど良い」

「先祖返りって、そういうものなのですか……?」

「そういうものだ」


 横を向いたまま、陛下が頷いている。


 先祖返りってすごい。


 そう感心しながら、私は陛下の横顔を眺めていたのだった。



◇ ◇ ◇



「グレンリード陛下、レティーシア様、ようこそお越しくださいました」


 出迎えは、貴婦人のにこやかな微笑みだった。

 本日滞在する館の住人であり、これから会食を行う相手だ。


 ヴォルフヴァルト王国の王都を出発し、雪解けと共に進んでいった旅路は、私の故郷エルトリア王国内へと到達していた。


「懐かしいですわね……」


 並べられた料理を前に呟く。

 懐かしいけど嬉しくはない。

 口元が引きつらないよう、意識して微笑を浮かべた。


「レティーシア様は美食を好むと聞いておりますわ。わが屋敷の料理人達が腕によりをかけ作った料理を、どうぞお楽しみくださいませ」

「えぇ、いだだきますね」


 気持ちは嬉しいけど……。


 口へと押し寄せ蹂躙する香辛料の暴力。

 上等の牛肉のはずが、ただただ辛く舌を痛めつけるようだ。


 香辛料は多ければ多いほどよい。

 そんな風潮が、祖国の貴族の食卓を支配しているのだった。



◇ ◇ ◇



「うぅ……まだ舌がピリピリしてる」


 用意された部屋で、私は果実水を飲んでいた。

 館の主人、バーゲル伯爵夫妻のもてなしは手厚かった。

 使われた食材は高級だったけど、味付けがとにかく強烈だ。


「でも陛下、涼しい顔してたわね……」


 鼻が良い陛下に、あの香辛料は厳しかったはずだ。

 けれど表情に出すことも態度がおかしくなることもなく、バーゲル伯爵夫妻との歓談をこなしていた。さすがである。


 一方の私は、会食はどうにかにこやかに終えることができたけど、今は軽くグロッキー状態だ。


 転生してから十七年近く、この国の料理を食べて慣れていたけど……。

 慣れていても美味しいとは思えなかったし、離宮ではジルバートさんの作ってくれた料理を食べていた。

 そこからの落差のせいで、なおさら今日の料理はキツイ気がする。


「陛下は今も、あの辛い料理を食べられてるのかしら……」


 会食の後、男性同士の社交の一環として、バーゲル伯爵らと酒を飲み交わしているはずだ。

 その場で出るおつまみも十中八九辛いもの。お気の毒だった。


《ニンゲンって大変なんだねー。ボクのごはん少し食べるー?》


 座る私の膝に手を乗せ、フィフが言葉を伝えてきた。

 フィフの食事は茹でて軽く塩を振っただけの鶏肉。

 いっちゃんも苺ジャムのせのパンと、先ほど私が食べた料理よりよほど美味しそうだ。


「ありがと。でも、フィフ達がお腹を空かせてしまったら嫌だし、遠慮しておくわ」


 頭を撫でてやると、フィフが自分の皿へと向かっていった。


「こきゅんっ!」

「きゅきゅきゅんっ!」


 フィフの隣にはもう一匹、四本の尻尾を持つ二つ尾狐がいた。

 旅の間、二つ尾狐が自分だけではフィフが寂しいだろう、と。

 イ・リエナ様から預けられたフォスだ。

 まだ一歳になったばかりと若く、主人となる相手も決まってておらず身軽なため、この機会にヴォルフヴァルト王国の外を見させて勉強させてやって欲しいらしい。


 フィフと同じく、無邪気だが賢い性格の子だ。

 世話も苦にならず、もふもふの毛皮は旅の間の癒しの一つになっていた。


「ぴぴっぴ!」


 ぼくもごはんちょーだい、と。

 ぴよちゃんが私をくるんできた。


 クリームイエローの羽毛に包まれ、視界がぴよちゃんで覆われている。

 極上の羽毛が気持ちいいが、息がしづらく苦しくなってきた。


「ぴよちゃん、待って。ちょっと息をさせ……」


 羽毛から顔をあげ、私は固まっていた。


 ユリウスお兄様だ。


 なぜここに⁉


 窓の向こうベランダに、懐かしくも恐ろしい、ユリウスお兄様が立っていた。


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