168.無邪気と無邪気で爆走中
「今日の料理は鍋、だと?」
狼ぞりに乗り、お兄様の家でお酒を楽しんだ日の翌週。
約束通り、私は陛下の下を訪れていた。
「鍋、とは一体なんだ? いや、鍋を使い作る料理だということはわかるのだが……」
陛下にはピンと来ていないようだ。
王都周辺生まれの貴族や上流階級の人間は、みんなで鍋を囲んで食べることもないから当然だった。
「ちょっとややこしいですけど、その場で鍋に具材を入れ煮て、みんなで食べる料理のことです。今日は豚肉や白菜を入れた鍋にしたいと思います」
ルシアンが持ってきてくれた鍋道具一式を並べていく。
使うのは土鍋だ。私が『整錬』で作ったお手製。
試行錯誤を繰り返し、土の配合などこだわって作ったため、保温効果が高く柔らかでぬくもりを感じる肌触りに仕上がった自慢の品だ。
ここのところ少し暖かくなってきたとはいえ、まだまだ朝晩は冷え込んでいる。
鍋料理で、陛下にも暖まってもらいたかった。
「まず最初は、私が具材を並べさせてもらいますね」
陛下にお出しする料理なので、見た目にも力を入れていきたい。
鍋料理の見た目のコツは、ある程度具材を先に盛り付けてからスープを入れることだ。
静かにスープを注げば、具材が散らばらず綺麗に仕上げることができる。
まずは鍋の底に、白菜を敷くように置いていく。
火に近い底に入れておくことで、硬い芯の部分もしっかり火が通り、軟らかく食べやすくすることができる。白
菜を土台代わりに、上に他の具材を盛っていくのもやりやすかった。
続いて白菜の葉っぱ部分や大根やニンジン、ネギなどを全体の彩りを見ながら並べていく。
根菜類は少し火が通りにくいので、事前に下ゆでをしてあった。
おかげで柔らかくスープを吸いやすくなっているし、水分が出すぎて鍋の味を薄めすぎることもないはずだ。
「そのオレンジ色の具材は人参か?」
「そうです。花の形に飾り切りにしてあります」
白菜とネギの緑に人参が映えて、花が咲いているみたいにしてあった。
「花畑のようで可愛らしいな」
陛下にも好評のようで幸いだ。
私は菜箸で具材の位置を整えると、スープを入れていった。
自家製のコンソメをベースに、塩こしょうを加えた洋風の味付けだ。
陛下は今回が鍋デビューなので味付けはシンプルめに、癖が無く食べやすいようしてある。
並べた具材が崩れないようスープを注ぎ終えると、魔術で火を出し鍋の下にある炭に着火。
ほのかに炭が赤くなり、パチパチと燃え始めた。
少し温まったらエノキなどキノコ類を投入。菜箸で具材の位置を調整しつつ煮込んでいった。
ふわりと立ち込める湯気と香り。
スープがフツフツと沸騰してしばらくしたら、豚バラ肉を最後に入れていく。
「今度はバラの形にしてあるのだな」
「ふふ、わかっていただけ嬉しいです」
薄切りにした豚バラ肉はくるくると巻いて、薔薇のように仕上げてあった。
こちらの方が、鍋からも取りやすいはずだ。
陛下は箸が使えないので、スプーンとフォークでも食べやすいよう、他の具材も取りやすい形にしてあった。
見守るうち、肉はすぐに温まり、白く色づいていく。
「そろそろですね……。はい、どうぞ。火傷しないよう、少し息をふきかけてからいただいてください」
「あぁ、いただこう」
小皿にバランスよく具材を盛りつけ、陛下へと手渡す。
自分用のもちゃちゃっとよそい、ふぅふぅと息をかけてから口に運んだ。
シャキシャキとした白菜に、スープの染み込んだ人参。
根菜類は庭師猫たちが栽培したもので、スープともよくあっている大根は透明。つやつやとスープをまとい輝いていた。
肉を噛めば肉汁とスープが口の中に広がり、私はほうと息をついた。
「熱いな。だが美味い。体の中から温まっていくな」
陛下もはふはふと、熱くなった息を吐き出しながら鍋を堪能してくれているようだ。
鍋の第二陣は、陛下の好きなよう具材を入れていってもらうことにする。
茹で具合を確認しとりわけ用の端で小皿によそっていき、心ゆくまで陛下に食べてもらった。
締めはチーズを入れ味を変え、スープごと飲みごちそうさまだ。
「ふぅ、美味しかったですね」
「あぁ、鍋とはいいものだな」
「気に入ってもらえてよかったです。今度また、他の味付けの鍋もお出ししましょうか?」
「頼む。楽しみにしているぞ」
鍋を終え温かく重くなったお腹をかかえつつ、陛下と話し合いを始めた。
主な話題は、今度のエルトリア王国行きについてだ。
具体的な日程や必要な手続きなど、陛下と相談し確認していく。
「私の周りからはルシアンと数人の侍女と護衛、それにジルバートさんを連れていく予定ですわ」
この国とエルトリア王国は、食の好みが異なっている。
料理作りの参考にしたいからと、ジルバートさんも同行することになったのだった。
「それとこの国の兵士も何人か、追加の護衛としてお貸いただけますか?」
「わかった。普段離宮の警備に当たらせている、おまえと馴染みのある兵をつけておこう」
「助かりますわ」
「当然のことだ。……万が一おまえに何かあっては、悔やんでも悔やみきれないからな」
「陛下……」
思わず胸がどきりとしてしまった。
陛下の声が、思いのほか真剣だったからだ。
嬉しい。
嬉しいけど、勘違いしてはいけなかった。
陛下は表情こそ氷のように冷ややかだが、心根は優しいお方だ。
顔に出さずとも周りの人間には気を配っているし、お飾りとはいえ今の私は陛下の王妃だった。
私に何かあれば、陛下のお名前も落ちてしまうため、より気にかけているということだ。
感謝しつつ、私は話を続けていった。
「さきほどの者達に加え、離宮からはいっちゃんとぴよちゃん……あ、ぴよちゃんはわかりますか?」
「おまえに随分と懐いていた、黄色のくるみ鳥のことだろう?」
「そうです。ぴよちゃんも一緒に、連れて行っても大丈夫でしょうか?」
「きちんと面倒が見られるなら問題ない」
「わかりました。注意しておきますね」
くるみ鳥の主食は魔力だ。
ぴよちゃんは私の魔力を気に入っていて、置いて行ったら暴れるか、盛大にすねるに違いない。
お腹さえ膨れていれば比較的言うことが聞いてくれるので、連れていくことにした。
「おまえが連れて行くのはそれで全員か?」
「一緒に行くのは今お伝えした者達だけですが、ついでにクロードお兄様と画家のヘイルートも、私たちのあとを追ってエルトリア王国に向かうと言っていました」
私と陛下の行く先にはお触れが出され、危ないことがないよう、野盗や盗賊の取り締まりも強化される予定だ。
治安向上のおこぼれを受けようと、私たちから少し遅れて商人など、旅人が一時的に増えることになる。
お兄様は職場である蔵書局から式典に合わせ呼び出しを受けているらしいし、身軽なヘイルートさんもちょうどいいからと、エルトリア王国に向かうことにしたようだった。
「私の側からは以上ですわ。陛下の方からは何かありますか?」
「旅の途中、おまえに任せたいことがある」
「なんでしょうか?」
「イ・リエナの伴獣だ。……入ってこい」
陛下が合図をすると、控えていたメルヴィンさんが扉を開いた。
「御機嫌よう、レティーシア様。お久しぶりですわぁ」
艶やかな赤い唇に、イ・リエナ様が微笑を浮かべていた。
去年の秋に巻き込まれた陰謀の後始末のせいで、イ・リエナ様は忙しくしている。
顔を合わせるのは一月ほどぶり。横には伴獣である、五本の尻尾を持つ二つ尾狐のフィフがいた。
フィフは尻尾を揺らしながらこちらに近づき、腕に頭を押し付けてきた。
《レティーシア様こんにちは~。元気にしてたー?》
小さな男の子のような声が、頭の中に直接響いてくる。
二つ尾狐は実は幻獣。魔力を使うことで、声を届ける力を持っていた。
尻尾の数で力の強さが違うようで、尻尾が五本あるフィフは、触れ合った人間に声を聴かせることが可能だ。
《ボク、旅についていきんだけど、レティーシア様はいかがですか~?》
「フィフと一緒に旅をするの、私は歓迎ですけど……」
飼い主であるイ・リエナ様に視線を向けた。
「どうかしら? 妾からもぜひお願いしたいわぁ」
「本当に私でいいのですか?」
獣人にとって伴獣は家族も同然、とても大切な存在である。
伴獣を預けることは、これ以上ない信頼の証だった。
「レティーシア様とグレンリード様だからこそよ。この意味、レティーシア様ならもちろんおわかりになるでしょう?」
身分が上の相手に、自ら伴獣を預けるということ。
それ即ち、心よりの忠誠を誓うということだった。
「ケルネル元公爵の企んでいた陰謀への鮮やかな対処、お二人共お見事でしたわぁ。もしお二人がいなかったら、妾もフィフも、こうして今王城にいられなかったかもしれないもの」
《そうだよその通りだよ感謝してるよー》
イ・リエナ様の言葉に、フィフも同意してくる。
「あの時レティーシア様がミ・ミルシャへ告げた、厳しくも筋の通った言葉、そして今までこちらの国にこられてからの振る舞い……。他国の生まれの方であろうと信頼するに足ると、判断をするのに十分なものでしたわぁ」
言葉と共に、イ・リエナ様が優雅に片足を引き頭をさげ、最上級の礼を捧げた。真似をするように、フィフもお辞儀をしている。
「お二人に忠誠を。この国の未来のためにどうぞ、妾とフィフを役立ててくださいませ」
「あぁ、その忠誠を受け、期待させてもらおう」
陛下が鷹揚に頷いている。
私も頷き、イ・リエナ様へと礼を返した。
「私も陛下と同じ思いです。イ・リエナ様の忠誠に応えられるよう、旅の間フィフの面倒を見させていただきますね」
《やったー! 面倒見てもらっちゃうねー!》
フィフがパタパタと尻尾を振っている。かわいい。
「ふふ、感謝いたしすわレティーシア様。妾の代わりに、フィフをエルトリア王国で連れて行ってくれて助かりますわぁ」
イ・リエナ様はじきお妃候補の一人だ。
国内のパワーバランスを考え国外に出ることは難しいが、エルトリア王国について興味があるのかもしれない。
フィフは人の言葉を理解するほど賢く、それでいてほとんどの人間に対しては、犬猫と同じくらいの知能だと認識されている。
フィフの前でうっかり本音をこぼす人もいそうだし、情報収集役としてはなかなかに優秀な選択かもしれなかった。
「旅の間はレティーシア様達を主と思って、ちゃんと言うことを聞いておいてねぇ?」
《お任せだよ、よろしくね~。ボク、きっとレティーシア様のお役に立つよ。ニンゲンのほとんどは、ボクらの尻尾に夢中だからね~》
「ふふ、その方たちの気持ち、私もよくわかりますわ」
二つ尾狐は滑らかな金色の毛並みと、もっふりと魅力的な尻尾を持っている。
国の内外問わず人気が高く、それでいてこの国の外には滅多に見かけないため、希少価値が高くなっていた。
そんな二つ尾狐の中でも、フィフは一際立派な尻尾を持っている。
性格は無邪気で人間の子供のような喋り方をするけど、見た目は優美かつ気品たっぷりだ。
国王としての威厳溢れる陛下の隣に侍っていも全く見劣りせず、一幅の絵画のようになっていた。
「それではレティーシア様、フィフについていくつか、気に留めていただきたいことをお伝えしておきますねぇ」
フィフの世話の仕方を、イ・リエナ様から順番に教えてもらっていく。
旅に出る前に念のためお試し期間が必要、ということで、さっそく今日から離宮で、フィフを預かることになった。
《こんにちはお邪魔するねー!》
離宮に到着した馬車から降り、フィフがてってってと歩いて行った。
まだ地面には雪が残っているけど、まったく気にしていないようだ。
もともと雪狐賊と一緒に、ここより更に寒い地方で暮らしている生き物のため、これくらいはへっちゃらのようだ。
フィフは軽く庭を一周すると、玄関の前にちょこんと座った。
雪のついた足で建物の中に入らないよう、イ・リエナ様がきちんと躾けているようだ。
タオルで足を拭き中に入れてやると、きょろきょろしながら廊下を歩きだした。
「ここんっ?」
すんすんと鼻を動かし、匂いを確かめるフィフ。
ぱっと顔をあげると、奥へと一目散に走りだした。
「こっきゅーーんっ!」
「ぴいっ⁉」
廊下の奥にいたぴよちゃん。
フィフはジャンプすると、ぴよちゃんの羽毛に顔を埋めきゃっきゃとしている。
「ぴぃ? ぴぴよぴぴぴぴ……」
最初戸惑っていたぴよちゃんだったけど、満更でもない様子だ。
フィフの尻尾が気になるのか、動きに合わせ顔を左右に向けていた。
「ぴよちゃんとは、この様子なら大丈夫そうね。……いっちゃんはどうかしら?」
後ろへと振り返り声をかける。
廊下の曲がり角から顔だけを出して、いっちゃんが様子を伺っていた。
「にゃにゃぁ……」
少し考えるようにしてから、小さく頷くいっちゃん。
肉球でフィフを、次に私を指し示してきた。
「……私がきちんと面倒を見るなら自分はそれでいい……であってるかしら?」
「にゃっ!」
いっちゃんが今度は大きく頷いている。
警戒心の高い性格のいっちゃんだけど、私のことはそれなりに信用してくれていて嬉しかった。
「ありがとね、いっちゃ……あれ?」
いっちゃんがいきなり頭を引っ込めてしまった。
どうしたんだろうと思っていると、
「失礼いたしますっ!」
「きゃっ⁉」
肩に力がかかり引き寄せられた。
ルシアンだ、と気づくと同時に目の前を、ぴよちゃんとフィフが駆け抜けていった。
「きゅっこ――――んっ!」
「ぴよっぴ――――っ!」
ぱたぱたばたばたと、勢いよく二匹が廊下を走っていった。
二匹でじゃれあううちテンションがあがって、追いかけっこを始めたようだ。
「危ないですね。お怪我はありませんか?」
「ありがとう、大丈夫よ。……あの二匹、相性は悪くなさそうではあるけど……」
むしろ、相性が良すぎるのかもしれない。
無邪気と無邪気があわさった結果、二匹は爆走するもふもふの塊になっていた。
「……フィフの世話と躾け、しっかり頑張らないとね……」
気を引き締める私の横で、
『全くその通りですねにゃ』
と言うように、いつの間にか近くにいたいっちゃんが頷いていたのだった。




