102.偏食家のくるみ鳥に気に入られたようです
「食にこだわる子なんですね」
魔力の分類について思い出し、黄色のくるみ鳥を見上げていると、ボドレー長官が興味深そうにしていた。
「こいつは、なかなかに珍しいくるみ鳥ですよ。通常、ある程度の好き嫌いはあっても、成鳥するまでにくるみ鳥は、何人かのお気に入りの魔術師を見つけ懐くものですからな」
見た目ヒヨコの、まるまるとした体に小さな翼のくるみ鳥だが、これでも立派な成鳥だ。
生まれたては鶏ほどの大きさで、人間の背丈に並ぶ頃に成鳥になるらしい。
「こいつも一応毎日、うちの魔術師から魔力を貰っていますが、特定の相手はいませんでした。毎日気まぐれに、『とりあえずこの人の魔力もらっておくか~』といった様子で、その時々に近くにいた魔術師に抱き着いていたんですよ。そんなこいつが、ここまで誰かに懐くなんて……」
初めて見ましたよ、と。
私と黄色のくるみ鳥を、ボドレー長官が観察していた。
「レティーシア様の魔力は火属性でしたな?」
「はい。我がグラムウェル家は火属性の家系で、私にもその血が強く出ています」
魔力というのは外見と同じように、ある程度遺伝するものらしい。
私とお兄様達4人のうち、三人は火属性の魔力を多くもって生まれている。
残る一人、クロードお兄様は地属性だが、それも母方から継いだものだった。
「ここの魔術局にも何人も、火属性の魔術師の方はいらっしゃいますよね?」
「えぇ、もちろんです。ですがおそらく、レティーシア様ほど強い魔力の持ち主はいな――――」
「いるわけがない」
リディウスさんが、ボドレー長官に被せるように口を開いた。
「先ほどの見事な魔術展開を見れば一目瞭然だあれ程の規模の魔術を瞬時に展開した腕前と発現した術式の整った美しさは技術はもちろん極めて稀な強い魔力の両方があって初めて成しえるものだ素晴らしいものですよレティーシア様」
「あ、ありがとうございます………」
怒涛の勢いでまくし立てるリディウスさんに、とりあえずお礼を言っておく。
話が魔術方面に及んだ途端に饒舌になるあたり、根っからの魔術オタクのようだ。
抱き着かれていた水色のくるみ鳥を振り切ると、速足でこちらへやってきた。
「レティーシア様さえよろしければぜひもう一度先ほどの魔術を、いえあれだけではありません火属性だけでなく地属性や風属性の魔術もしかとこの目で見させていただき――――ぐっ⁉」
「リディウス落ち着け。今レティーシア様は長官とお話しているところだ」
しゃべり続けるリディウスさんの口に、オルトさんがマントを押し当て塞いだ。
魔術局の制服であるマントの、思わない活用方法だった。
「……ごほん。うちのリディウスが失礼いたしました」
ボドレー長官が咳ばらいをし、会話を再開していく。
「くるみ鳥が懐く相手は基本的に、魔力の相性が良い相手です。相性の良いくるみ鳥の羽は、魔術師にとって極めて有用な魔術触媒になります。レティーシア様にはきっと、こいつがぴったりでしょうな」
「この子の羽を、いただけるということでしょうか?」
「はい、そのつもりですが……」
ボドレー長官が、黄色のくるみ鳥を見上げた。
私とボドレー長官の会話の間もずっと、くるみ鳥は私を見つめている。
視線があうと、軽くスキップするようにその場で飛びはねた。かわいい。
もふもふぴよぴよとした姿は、癒し効果が抜群だ。
「……レティーシア様は、もふもふとした生き物はお好きですか?」
「は、はい! もちろんですわ」
こちらの心を読んだかのような問いかけに、つい返答の力が入ってしまった。
表情には出していないつもりだったけど、色々と漏れていたのかもしれない。
「それはよろしいことです。……レティーシア様さえお嫌でなかったら、このくるみ鳥を離宮で飼っていただけませんか?」
「この子を?」
「……ぴっ?」
鳴き声をあげた、黄色のくるみ鳥を見つめる。
抜け落ちた羽ではなく、生きたくるみ鳥そのものとなると、小さな屋敷が立つくらいの金額が対価として必要なはずだ。
「この子はかわいらしいですが、さすがに一羽まるごとは……」
「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ。こちらにも十分、うま味がある話ですから」
どういうことだろか?
首を傾げていると、ボドレー長官が説明を始めた。
「これは公にしていないことですが……。くるみ鳥は相性の良い人間の魔力を摂取させた方が、抜け落ちる羽の数が多くなるんですよ。どうも、羽はくるみ鳥にとって魔力の取り込み器官であるようで、一定量の魔力を吸収すると役目を終え、新しい羽へと生え変わるようなんです」
「なるほど……。そんな生態があったんですね」
確かにそれは、あまり大声ではいいにくそうな事実だ。
広く知られれば、くるみ鳥の羽を大量に採取しようと、際限なく魔力を注げと要求する人間が現れそうだった。
「普通の鳥と比べると、くるみ鳥の抜ける羽の数はそこまで多くありません。通常、一日に10から20枚といったところですが……。このくるみ鳥は数枚抜けるかどうかです。羽の抜けすぎは負担がかかりすぎますが、ある程度定期的に羽が抜けた方が、くるみ鳥の健康にもいいですし……」
「……お金にもなる、ということですね?」
「はは、お見通しですな」
ボドレー長官が大きなお腹を揺すり笑った。
魔術の研究には、とかくお金がかかるものだ。
資金繰りについて、ボドレー長官も苦労しているのかもしれない。
「私がこのくるみ鳥を飼う代わりに、抜け落ちた羽については、そちらにお譲りするという形ですか?」
「えぇ、そのようにしていただけたらありがたいです。もちろん、全部羽をちょうだいするわけはありません。6対4の割合で、レティーシア様にお渡しするつもりです」
「4割もいただいていいのですか?」
「いえいえ、違いますよ。こちらの取り分が4割で、レレィーシア様が6割になります」
「……そんなにもいただいてよろしいのでしょうか?」
「レティーシア様の元ですごすのが、こいつのためでもありますからな」
ボドレー長官が目を細め、黄色のくるみ鳥を見ている。
ただの魔術触媒の提供元としてではなく、くるみ鳥のことを可愛がっているようだ。
くるみ鳥の方も、愛情を注がれているのを理解しているのか、ボドレー長官に穏やかな目を向けている。
「わかりました。でしたらこの子のことは、うちの離宮に迎えさせてもらいますね」
頷くと、こちらの言葉がわかっているのか。
黄色のくるみ鳥が嬉しそうに、ぴぃと鳴き声をあげたのだった。




