101.くるみ鳥にくるまれています
「えぇ、レティーシア様になら、くるみ鳥をお見せしても問題ありませんよ」
くるみ鳥に関する私の問いかけに、ボドレー長官は頷いている。
「レティーシア様には今日こうして足を運んでくださったお礼に、お好きなくるみ鳥の羽を20枚ほど、差し上げたいと思うのです」
「そんな貴重な羽を、私がいただいてもよろしいのですか?」
金銭に換算すると、結構なお値段になるはずだ。
くるみ鳥の羽は1枚で、平民一月分の食料と同じくらいの金額で取引されている
ただでさえ高価な品だけど、加えて私の魔力と相性の良い羽を選んで、となると、私にとってかなり美味しい話になってくる。
「いえいえ、これでも足りないくらいですよ」
ボドレー長官が声を落とし呟いた。
「……先ほどは、うちのリディウスがやらかしましたからな。くるみ鳥の羽を受け取ってもらえないと、逆にこちらが困るんですよ」
羽をあげるから、どうかリディウスさんとのもめごとを無かったことにしてくれということだ。
ボドレー長官の背後で、オルトが祈るようにこちらを見ている。
「わかりました。リディウスさんもそれでよろしいです……」
言葉を切り、巨大な水色のもふもふを見つめた。
張本人であるリディウスさんは、水色のくるみ鳥にがっつりと埋もれている。
返事の声も出せない密着具合のようだ。黒い頭が肯定をあらわすように上下していた。
……脱力する光景だけど、先ほど彼本人からは謝罪を受けている。
元々、こちらに大事にするつもりも無かったので、素直にボドレー長官の話を受け入れることにした。
「……くるみ鳥の羽、ありがたくいただきますね」
「助かります、レティーシア様」
「羽をいただくくるみ鳥は、どのように選べばよいでしょうか?」
この場にいるくるみ鳥の数は、ざっと20羽ほどだ。
くるみ鳥の主食は魔力で、人間は常に、微量の魔力を体から垂れ流している。
私はお兄様達にビシバシビシと鍛えられたのと、前世の記憶が戻った影響もあって、魔力のコントロールには自信がある。
手から魔力を放出しながら一羽一羽、くるみ鳥に触って魔力の相性を確認すればいいのだろうか?
「少しお待ちください。今、くるみ鳥たちを呼び集めますね」
ボドレー長官が、懐から取り出した鈴を鳴らした。
先ほど、壁に下げられた鈴でくるみ鳥を呼び集めたように、何種類かある鈴で指示を出しているようだ。
「よしよし、いい子だ。こっちに集まれ集まれ~」
鈴の音に惹かれるように、くるみ鳥たちが嘴を揺らしてやってくる。
ピンクに水色、薄紫にクリームイエロー、そして白。
色とりどりのもふもふ達が、ちょこちょこふわふわと寄ってきて――――
「え? 近い? 近い近い止まって――――!」
「レティーシア様⁉」
傍らのルシアンとキースの気配が硬くなる。
咄嗟に暗器に手を伸ばすルシアンを制止していると、視界が黄色一色になった。
「わふっ⁉」
「ぴっ!!」
ぽふん、と。
私の体が、黄色のくるみ鳥に衝突した。
それなりの速度だったけど、ふわふわとした羽毛のおかげで衝撃は軽いようだ。
バランスをとろうと伸ばした手のひらが手首まで、くるみ鳥の羽毛に埋まっている。
「ど、どうしたのあなた?」
「ぴいぃっ‼」
顔を上げると、頬を羽がくすぐった。
私のつむじへとこすりつけるように、大きな嘴が押しつけられている。
クリームイエローのくるみ鳥に、文字通りくるまれているようだ。
どうも私のことが、私の魔力が、かなりのお気に入りのようだった。
もふもふほわほわと羽毛が気持ちいいけど、前が見えなくて困ってしまう。
「おやおや、レティーシア様ご無事ですかな?」
少し驚いたような、ボドレー長官の声が聞こえた。
「くすぐったいだけですが……」
どうしよう?
くるみ鳥から身を離そうと、試しに力を入れてみる。
しかし遠ざかった分だけ、すぐさま体をすり寄せられてしまう。
「あの、一旦、放してくれないかしら?」
「ぴっ!!」
嫌です!!
と言うように、くるみ鳥が高く声を上げた。
私を離すまいとするように、ぐりぐりと強く体を押し付けてくる。
「わわっ⁉」
「レティーシア様、失礼いたしますね」
腰にルシアンの手が添えられる。
体をすり寄せてくるくるみ鳥を、ルシアンと二人で支えた。
「こらっ、やめい! やりすぎだやめんかい!!」
りんりんりん、と。
叱るように幾度も、ボドレー長官が鈴を鳴らしている。
くるみ鳥は最初無視していたが、やがて堪忍したように私を解放した。
「ぴぃ……」
いいところで邪魔しないでくれ、と。
そう言わんばかりのじっとりとした視線を、くるみ鳥がボドレー長官へと向けている。
その姿にどことなく既視感を覚えるのは、いちご料理を取り上げられた、いっちゃんの姿が重なるからかもしれない。
「なんだあの鳥、いきなり抱き着いてうらやましい……。レティーシア様、失礼いたしますね」
何やら小声でルシアンが呟くと、乱れた私の髪の毛を素早く整えていく。
ありがたい。
ぼそりと耳に入った、「今夜は鶏肉料理にしませんか?」という呟きは、聞かなかったことにしていく。
ルシアンに髪の毛を直してもらいつつ、軽くドレスをはたき皺を伸ばしておいた。
「レティーシア様、大丈夫でしょうか? くるみ鳥が驚かせてしまい、すみませんでしたな」
「ご心配なく。くるみ鳥の習性については知っています。この子、私の魔力がお気に入りなんですね」
今もすぐ近くに控える、黄色のくるみ鳥を見上げた。
ひょこひょこと、頭を不規則に動かしこちらを見ている。
私の髪を整えるルシアンの手に、視線と動きが釣られているようだ。
「いきなり抱き着かれびっくりしましたが、近くで見ると一層かわいらしいですね。この子は、どの方に懐いているのですか? 元気が良くて、食事の時が少し大変そうです」
「いえ、それが、誰にも懐いていないんですよ」
「え……?」
周りを見回す。
ボドレー長官の言葉を肯定するように、オルトが頷いている。
「こいつは随分と、魔力のえり好みが激しいくるみ鳥のようでして……。うちの魔術師は全員、お眼鏡に叶わなかったみたいです」
「……食にこだわる子なんですね」
どうやらこの子は、偏食家のくるみ鳥のようだ。
魔力は基本的に、地、水、火、風の4属性に分類することができる。
……例外として、私から元婚約者を奪ったスミア、光の魔力の持ち主などもいるが、それはこの際置いておく。
人間はたいていの場合、地水火風の4つが混じりあった魔力を持っているが、人により4つの割合は異なっている。
くるみ鳥の魔力の好みも、おおむねこの4属性に従い分けられると聞いていた。
この魔術局には、何十人もの魔術師が勤務中のはずだ。
当然、4属性ともそれぞれ、強い魔力の持ち主がいるに違いないのに、その誰もが、このくるみ鳥の好みに合わなかったようだ。




