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もしかしたら彼は凄くカッコいいのかもしれない

 放課後に入って、私は一人で美化委員の作業をしていた。

 マスターキーを使って教室を一部屋ずつまわって、窓の戸締りの確認をしたり、キチンと教室が掃除されているかをチェックし日誌につける仕事だ。高校一年生の教室はわりと綺麗だが、学年が上がるにしたがって汚くなっていく。環境への慣れが堕落を呼んでいるのだろう。自分の教室である二年二組の教室を確認しているときに、しばらく大人しくしていたビーコンマンが再び話しかけてきた。


『おい、暇だ。相手しやがれ』


「いま、忙しいんです。寝てたらいいじゃないですか」


『我々の性質上、長い時間暇を持て余せないんだよ』


「じゃあ、あの……私の頭の中って快適ですか?」


『ああ、快適だよ。食事に関しても心配ない。マチャンコ星人の女の頭は美味としても知られているからな』


「はぁ? 食べているんですか! なんか、凄いバカになりそう。私来年受験生なんだからやめてください!」


『別に、脳みそを直に食ってるわけじゃねーよ。それにお前は、中身はないかもしれないが、メスマチャンコの中では顔や身体が良いんだから、その顔を沢山の奴に捧げて生きたほうがいい。そうだ、マチャンコ星人相手のアイドルなんてどうだ? まぁ、お前の頭ではトップを取るのは無理だろうがな』


「はぁ、私には向いてないと思いますよ……」


 誰かの書きのこした黒板の落書きを消しつつ、私はビーコンマンと話している。傍からみたら独り言に見えるかもしれないが、脳に住んでいるくせに私から彼と話すときは、口に出して話さないと伝わらないみたいだから仕方がない。


 落書きを消し終わり、振り返って教室を見回すと、なんとそこにはこっちを訝しげに見つめている鬼頭晋介の姿があった!


 私はあまりにも驚いてしまい、のけ反りすぎて、黒板に頭をぶつけてしまった。どうして、こんなところに……心臓の鼓動がおかしなリズムで刻まれている。私の反応に鬼頭くんもびっくりしたようで、目をまん丸に見開いている。


「大丈夫? なんかびっくりさせたようだけど……」


「き、きとうくん? いつの間にそんなところにいたの?」


「別に? ずっといたけど」


 そんな馬鹿な。確かに、教室のドアは閉まっていて。私は美化委員が持つマスターキーでカギを開けたはずだ。この扉は教室の内側から開けることが出来ない。じゃあ彼はずっと教室に閉じ込められていたのだろうか。


「カギ閉まってたよ?」


「教室の隅っこで、地べたに座り込んで一人オセロをしてたんだ。誰も気づかなかったのか、いつの間にか閉じ込められたみたいだけど、どうせ美化委員が開けてくれると思ってたから、そのまま待ってたんだ」


「そうなんだ……でも、なんでそんなことしてたの?」


「近いうちに大きな大会があってね。絶対に負けられない大会なんだ。それで、集中力を高める為に毎日一人オセロをするんだ。一人オセロってのは、要するに自分対自分の勝負で、今までの自分に向き合えるっていうか、僕にとって凄くいい練習になるんだ」


 鬼頭くんは、手に持っているオセロのコマをジャラジャラと鳴らしている。『オセロって、マチャンコ星人にとってどういう意味があるんだ?』とビーコンマンが聞いてきたけど、答える訳にはいかないので、無視を決め込む。


「驚かせるつもりは、なかったんだ。ごめんね」


「別に、気にしてないよ」


 優しそうに微笑んでくれたけれども、どうしてもその顔に虫唾が走ってしまい、うまく目を合わせることが出来ない。でも、普段は話したこともない鬼頭くんも、何か覚悟を背負っていて、その表情は気持ち悪いけれど、哀愁を誘っていて、守ってあげたいような気分にもなる。


「これ、落としてたよ……なんというかびっくりするところから落ちてきた」


「あ……それは!」


 鬼頭くんの持っていたのは、トイレットペーパーだった。

 二日連続の失態だ。私はまたその切れ端を落としてしまったようだ。心が不安定になってたせいで二日連続でミイラごっこをやって、ビーコンマンのお喋りがうるさすぎて、二日連続で回収するのを忘れてしまった。しかもよりによって拾われた相手は鬼頭くん。もう、頭が沸騰しそうである。


「見なかったことにするよ。昨日も大変そうだったね……でも、気にすることはないよ、誰でも隠したい失敗の一つや二つはあるんじゃないかな」


「……そう、だよね。心配してくれてありがとう」


「実は僕もね、思い出すだけでも叫びたくなるくらい、心の奥にしまっておきたいことがたくさんあるんだ。それから逃げるためにオセロをやっているのもあるかもしれない」

「そうなんだ……鬼頭くんにとって、オセロは凄く大切なものなんだね」


「うん、でもたまに熱中しすぎて、勉強とか疎かになっちゃって、親とかに『そんな、お金にもならないような、無駄なものやってなんになるの!』とか言われたりするんだけどね」


「うーん、お金になるものにしか、価値がない。ってのはちょっと横柄かなって思うけど。私も、オセロ嫌いじゃないし」


 鬼頭くんは微笑して、床に置いてあったオセロ盤を拾い上げ、それを指で撫でた。


「で、ずっと親を説得する為に『オセロをやることはどんな価値があるのか!』って考えてたけど、いくら考えても答えはでなくて。でも、ある日、吹っ切れたんだ」


「吹っ切れた?」


「こないだ、飼っていた犬が死んじゃったんだ。ふらっと歩道に飛び込んできた車が、あっという間に僕がリードを持っていた犬を飲み込んでいった。その時僕はたまたま運よく助かったんだけど……怖かったな。命って思ったよりアッサリ失われてしまうんだなぁ、って思ったんだ。で、どうせ明日にでも死ぬかもしれないんだから、もっと欲深く生きようかなって。だから僕は好きなことで頑張ることにしたんだ」

 

 複雑な表情をして話す彼に、私はどんな言葉をかけようか悩んだ。少し張り付いた空気をゴクンと飲み込み私は話す。


「……楽しそうな人生になりそうね。そういう欲深く生きる人って私憧れちゃうな」


「きっと、楽しいよ。あ、田中さん。今度僕とオセロ勝負をしようよ!」

「ふふっ、負ける勝負はしたくないの」


 そう言って鬼頭くんは、トイレットペーパーを丸め、バスケのスリーポイントシュートのようにゴミ箱に向かって投げる。そして、綺麗な放物線を描いて見事にゴミ箱に吸い込まれていった。もしかしたら彼は凄くカッコいいのかもしれない。夕日に照らされるその姿をみて、私の心に小さな火が点ったことを、自分でも確かに気づいてしまった。


 ちょっと良い感じの雰囲気になってしまった。

 しかしそんな時、私はお腹がヒヤッとする感覚に襲われたのだった。

 嫌な予感だ……冷静になってよく物事を思い出してみると、鬼頭くんがとった


『教室で私が来るまで待ち、自分のオセロに対する向き方を告白する』


 という行動は、全てあのサイトに載っているものだったのである。


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