私、ものすごく窮地に追い込まれました。
次の日は、学校へ行く足取りが重かった。校門を入り教室に向かう途中、いつものように、多くの男の子にじっとりとした目で見られる。すれ違いざまには私の胸を、階段を上がると下段から私の足を覗き込まれている。
今までは、そんなものはほとんど気にしていなかったけれど、この中の誰かに、例のサイトを知られていたとしたら。私は操られるように、その人と恋に落ちることになってしまうのだ。そんな気持ちがあるから、男の子の視線をより一層気持ちの悪いものに感じてくる。
やっぱり、少しでも早く犯人を突き止めて、そのサイトが広まるのを阻止しなければならない。私は、それ以前にせめてもの抵抗として、顔に勉三さんがかけているようなグルグルビン底眼鏡をかけるという、現代女子高生らしからぬ格好で学校に来たが、それでも特に私の容姿を損なわせることはなく、視線は集めてしまうようで、効果は薄いようだった。
朝礼が終わり、数学、社会、国語……と私の気も知らないで時間は淡々と流れていく。授業もまったく頭に入らずに聞き流すことしか出来ない。昼休みを挟んで五時間目の授業は、古典の宿題のレポート提出だった。早いうちにやっていて良かった。昨日は動揺してしまって何も出来ずにいたから、宿題もノータッチで授業を迎えるところだった。
そして授業が始まって早々、クラスの不良っぽい男の子が、先生と言い争っている声が聞こえてきた。
「おまえ、このレポート。どっかから剽窃しただろ!」
「剽窃なんて古い言葉使わないで、コ・ピ・ペ! って言って下さいよー」
「お前、ふざけんのもいい加減にしろよ!」
「先生、今や知識は世界中で共有できる時代です。つまり、ネット上にある知識はみんなのものなんです。コピペというのも、このネット社会を活かした、良い方法だと思いますけどね!」
「だまれ! この野郎! 口ばっかり達者になりやがって!」
ここで教師の鋭いげんこつが入る。本当に馬鹿な男の子だな。と思う。こういう子が教師に食ってかかっていって、周りも笑ってはいる。でも実はみんな不良の子を心の底では馬鹿にしている。ただ退屈な日常の清涼剤として、この茶番をただ単に盛り上げたいだけだ。
私も自分のレポートを出そうと、教卓の方に向かうと、何か下半身に違和感があるのに気がついた。周りもなんだかざわめいている。どうしたのかな。と思い自分の足元を見ると。なんと、大量のトイレットペーパーが落ちていたのだ。
「あれ、田中りくの服から、なんか落ちてきたよ?」
「と、トイレットペーパーなんじゃないか……あれ」
大失態だ! 私はいつも心が不安定になると、トイレットペーパーを胸からお尻まで、身体中に巻きつけてミイラのように眠る。そうするととっても心が安らいでぐっすり眠れるのだ。いつもならちゃんと朝忘れずにその残骸を捨てているのに、今日はあまりにも呆けていて、そのまま学校に来てしまったのだ!
「こ、これはですね……あの、その……」
一生懸命、言いわけを考えようとしても、あまりにも奇妙な癖のせいで、どう言えばいいか全く思い浮かばない。そんなことしている今も「田中さんって、大人しそうに見えて実はかなり変わってるのかな?」とか「なんか、見てはいけないものを見ちまった気がする」と教室がどんどん、なんともいえない神妙な空気になってしまった。
「おトイレに行ってきます!」
いたたまれなくなり、私は慌ててそのトイレットペーパーをかき集め、クラスメイト達の引き笑い声を背に教室を退室する。
最悪だ。こんなことお父さんにもバラしたことないのに……。どんな顔して教室に戻ったらいいか……混乱させた頭を落ちつけようと、意味も目的地もなく廊下をつかつかと急ぎ足で歩く、とりあえずトイレで頭を冷やそうと個室に入って歩いていたその時だった、どこからともなく
『アチィ! アツイ! アツイ!』
という、奇妙な声が聞こえてきた。どこから声がしたのだろう。と振り返っても誰もいない。気のせいだろうか? 辺りを見回しながら、真っ赤になった顔を手であおいでいると『アッチィーゼコノヤロー』という声が今度はハッキリと、頭の後ろのほうから聞こえてきた。
「だれ? だれかいるんですか?」
『ダレモイナイゾ!』
「うそ! 絶対いますよね……」
『バレチマッタヨウダナ!』
実に不思議な体験だった。授業中の廊下は誰もいないのに、その機械音声のような、オウムの人真似のような声は確かに私と会話をしているのだ。
『マァ、マチャンコセイジンニバレタカラッテドウッテコトハナイ……』
「あ、あなた……一体どこから話かけてるんですか!」
『オレカ? オレハオマエノアタマノナカカラハナシカケテイル』
頭の中から? 誰だか知らないけど、こんな凄く奇天烈なことを言う人が二十一世紀にもなってまだいるのか。それは、よくSF映画で見るテレパシーみたいなものなのだろうか。
「あの、良く分からないんですが、その機械音声みたいなしゃべり方、凄く聞き取りにくいんですけど……」
『そうか……その方が臨場感があっていいと思ったんだがな。てか、お前凄い順応性だな』
そういうと、その声は実に聞き取りやすいまるで、洋画吹き替えの声優さんみたいな、もしくはナレーターさんの声みたいに聞き取りやすいネイティブジャパニーズに変わった。この指摘は正しい判断だったと思う。いつもみらに振り回されているせいもあって、こういう不測の事態の対応には慣れているのだ。
『ったく、人が気持ち良く寝てるときに……いきなり頭をフットーさせるのはやめてくれってんだよ、あつくて起きちまったじゃねぇか』
「寝てるって、どこで寝てるんですか」
『そりゃ、お前の頭の中に決まってるじゃねぇか』
「そんな、勝手に……」
『ま、悪いけどお前の身体は、前から私の家として使わせてもらってるんだ』
「あんまり、変なこと言い続けるなら、つ、通報しますよ!」
『おっと、無駄な抵抗はやめといた方がいいぜ! 我々ビーコンマンにかかれば、発展途上星のマチャンコ星人など、まったくもって相手にならないからな』
……どうやら、この声の持ち主はベーコンマン(?)と言い、私達地球人のことをマチャンコ星人と呼んでいるらしい。
「ベーコンマンさん……あなたたちは誰なの? どうして姿が見えないの?」
『ビーコンマンだって言ってるだろ! 我々は宇宙でもトップクラスの能力を誇る、研究者気質な星人なのさ。体はお前たちより遥かに小さいが、図体ばかりデカくてマヌケなお前たちとは違い、俺達は凄く頭がいいのさ』
「そりゃ、結構なことですけど。頭の中にいるのは迷惑なのでてってください!」
『ふふふ……そういう訳にもいかないんだな、これが。そうだ一つ、良いことを教えてやろう。『田中りく攻略サイト』それを作ったのは他でもない我々なのだ』
「な、なんですって……」
『これでお前も、俺を簡単に追い出すわけにはいかなくなったなぁ!』
確かに、あのサイトはとてもじゃないが、人間が作れるようなシロモノではない。URLが存在しないとかそれ以前に、人とは違う狂喜が滲み出ていたような気もする。
『我々の仕事はあらゆる生物の頭の中に侵入し、そいつが今まで見てきたことや行動してきたことをインプットし、その優れた頭脳で分析することさ。その結果生まれたのが、お前が見たサイトなのだよ』
「いつから、そんな破廉恥なマネをしているの!」
『研究を始めたのは、大体三年くらい前だ。サイト自体は、まだ開いてからそんなに日にちはたっていない。あくまでまだテスト期間だからな。このサイトを見つけられる人間もかなり低い確率で設定してある。まぁ、今のところ興味なくサイトを去っていく人間がほとんどのようだな』
「そ、そんなの作って、何が目的なの?」
『おっと、敵にそれ以上伝える義務はない。どうせ言ったとしてもマチャンコ星人には、とても理解出来ない理屈だからな。まぁこれは侵略行為なのだから、貴様達マチャンコ星人が損をして、我々が得をすることには違いないがな! はっはっは!』
そういってビーコンマンは、頭の中で大きく笑った。ふんぞり返って威張っている、その姿が容易に想像できる。
『言っておくが、我々に頭脳で勝とうなんて思わないほうがいい。お前らと我々の知識の差を……そうだな、マチャンコ星人が分かるように置き換えよう。そうだな……細かい偏差を抜けば、ちょうどビーバーと人間くらいの差がある! 絶望したか?』
ビーバー。確かにアホっぽい動物だが、その知識レベルってどの程度なのか全然イメージ出来なくて、いまいち例えとしてどうなのか。本当にビーコンマンは頭が良いのか。色々と疑問符がついたところだったが、そんなことはどうでもいい。
私、ものすごく窮地に追い込まれました。




