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私の望みはひとつだけ

 好きだ。好きです。食べてしまいたい。


 放課後のパソコン室で、ボーッとモニターを見ている先輩を遠目でチラリと見ては、少しずつ眼に焼きつけている。その部屋には結構人が入っているはずなのに、とても静かで、誰かがキーボードを叩く音も聞こえてこない。かろうじてサーバーが低く唸る音が聞こえてくるだけだ。

もう一度、じっと先輩を見つめる。


『カッコいい!』


 キーボードを打つ指は細く美しく、モニターを見つめる眼差しは鋭いが、奥には優しい光が潜んでいるように見える。いつの日かその瞳が、私をおさめてくれる日が来るのだろうか。

 私も誰かから見つめられている。私が足を組みかえる度に、私がふわふわとした黒髪をかき揚げるごとに、誰かの感嘆の声や喉を鳴らす音が聞こえてくる。


「りくちゃんだ」


 また他の誰かの視線がからみつく。

 私目当てに放課後には多くの男の子がパソコン室に集まってくる。


「ああ、一度近くに寄ってみたいな」


「かわいい、かわいいよ」


「匂いを嗅いでみたいなぁ……」


 まるで赤ん坊が母親の乳を求めるような目線で。私の顔や足や胸を、蜘蛛の糸でからめ取るように見つめてくる。なんでそんなことになっているかというと、それは私が美少女だからだ。謙遜はしない。「女の子は、ちょっと自分がかわいいと思ってるくらいが丁度いい」と、お父さんがいつも言っていた。

 

 別に男の子をたぶらかしているわけじゃない。そんなことするわけない。そうするのが楽しい。と言う子もいるだろうけど、もし一つ一つの目線に答えていたら、きっと私の意思とは関係なく、興味のない男の子たちのおもちゃにされてしまう気がするから、私はその目線に答えるつもりはない。先輩さえ、手に入ればそれでいいのだから。

 

 でも人の心は見ているだけでは手に入らない。いくら好きだといっても相手は人間で、宝石や観葉植物じゃないのだから、このまま見ているだけでは何の進展も得られないし、なにより私が満足出来ない。

それに暦はもう立春を過ぎた、つまり二月。高校三年生である彼は間もなく卒業を迎えるのだ。

 

 学校を去ってしまったら、もうこっそりと垣間見するという、私の日々の生きがいすらも失ってしまう。どうしようかとスカートの裾を握りながら考える。声をかけてみようか、ううん、そんなこと出来ない。これまで入学してから二年間、何度も試みようとしたけど駄目だった。昨日出来なかったことが、ある日突然ふらっと出来るようになる訳がない。


 どうしようか。そんな毎日煮え切らない思いをこの教室で巡らせている。大切な青春の時間をこんなとこで使ってしまうのはもったいない。と友達曰く「先輩よりも遥かにカッコいい」男の子達を紹介されたけれど、別に何の興味も湧かなかった。それほど私の心は先輩一色なのだ。もし先輩をデートに誘えたらどこに行こう? どんな場所が好きなんだろう? そんな風にいつもの妄想を繰り広げていた矢先、

突如『ドゴン』とパソコン室のドアが凄い勢いで開かれたのだった。


「まーた、こんなとこで呆けた顔してますねぇ!」


 入ってきたのは後輩の『辻野みら』だった。少し強引でせかせかしているが、優しくて顔は可憐。私に特に恩も義理もあるわけでもないのに、なぜか自分の面倒をいつも見てくれる『凄く変な』女の子だ。彼女は、そこらにいる男子生徒を押しのけ、つかつかと私の近くまで歩み寄って、肩を強く掴んで言った。


「りく先輩! わたし、大変なもの見つけちゃいました!

                見せてあげますからついて来てください!」


「みらちゃん? 急にどうしたの?」


 普段から慌ただしく、何かあるとすぐ真っ赤になって、ぴょんぴょんと飛び跳ねて物事を訴えるような彼女だが、今日は少し青ざめたような顔色をしている。


「今日はわたしとご飯食べに行きましょう! 大事な話があるんです!」


 そう言うと、みらは私のセーターの裾を強く引っ張る。


「ストップストップ。ちぎれるって! 一体どうしたの?」


「ここじゃ言えない話なんですよ!」


 まるで、子供が遊園地ですぐにでも遊びたいのに、モタモタと歩いている親を見るような顔をして、彼女は私をせかした。

 それでも、私は特別慌てることはない。実はこんなことは日常茶飯事で、彼女は何かと一大事だと騒ぎ立て、私を強引に連れ出すような変な子なのだ。この間はUFOが落ちたと言われ、それを探しに真夜中の鞍馬山に登らされたし、その前はスパイに追われていると言われ、彼女の運転する原付で名神高速を疾走するハメになった。ここまでされて結局私達の身には何も起こっていないのだから、多分彼女は虚言癖でも持っているんじゃないかと思うときもあるけど、でも優しい女の子だ。


 ……それにしたって。いくらなんでも、ここまで強引な彼女は珍しく、やはり普通ではないことがうかがえた。一体何があったというのだろう?


「みらちゃん、私まだここにいたいんだけど……今じゃなきゃダメ? そんなに大事な話なの?」


「ちょー大事です! りく先輩に相談するかどうか、累計二百時間はかけました! 時給八百円とすると十六万円ですよ! 高校生が欲しいもの程度ならなんでも買えます!」


「わかった、わかったわよ……」


 そこまで言われては仕方ない。私もさすがに折れることにした。あとどれくらい見ることができるのか分からない先輩の姿に、後ろ髪をひかれつつもみらとご飯を食べに行くことにするのだった。


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