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再開?


「では、明朝に指定いただいた場所にお伺いさせていただきます」


「はい。よろしくお願い致します。皆様で海国の中心地にある会議場までお越しくださいませ。お待ちしております」


 飛鷹とアクア。両代表は互いに別れの言葉を告げその場を離れた。


「いや、万事上手くいったね。飛鷹、あんたの堂々とした姿は立派だったよ。百点満点じゃな。マリアンヌ様に見せてやりたかったよ」


 明日の五剣帝との今後の話し合いに向け、一団は隠れ家へと戻る。その道すがらの猫婆の評価である。


「ありがとう。猫婆さん。マリアンヌ様、褒めてくれるかな?」


「きっと、褒めてくれるさ。よくやった飛鷹! 誇りに思うぞ」


「わわ、ちょっと蛸爺ちゃん」


 蛸爺は飛鷹の頭に手を置き、わしゃわしゃと強引に撫で始める。

 少し乱暴だが、それでも嬉しく思う飛鷹。それからも天使の一団は口々に飛鷹の功績を褒めそやした。


「えへへ、皆。ありがとう! あれ? 綾人君?」


「ん? おう。どうした?」


「なんか元気ないようだから大丈夫かなって?」


「え? そう」


 綾人の僅かな変化に気付き飛鷹は首を傾げる。


「というか誰なんだマリアンヌ様って?」


「あ、そっか綾人君は、あの時いたけど——書き換える時に改竄したから——」


「ん? 飛鷹?」


 飛鷹はばつが悪そうに俯き小声となる。その仕草に綾人が首を傾げる。

 どうにもはっきりとしない態度に綾人が声を掛けるが、返答は歯切れの悪いものだった。


「今度、ちゃんと紹介するね」


「お、おう」


 無理な笑顔に不可解に感じながらも綾人は短く返答する。

 飛鷹よりも綾人が今気になっているのは——。


「なんだ綾人、明日に事でも考えて気を張っているのか?」


「何言ってんだい蛸爺。この男がそんな玉かい。綾人あんたはまだまだ半人前だけど、将来きっと大物になるよ。この猫婆が言うんだから間違い無いよ。立派になって将来は飛鷹を支えてやるんだよ」


「まぁ、支え合うのは天使の使徒としてじゃなく、男と女としてでもな! 儂の夢は二人の子供を抱っこすることだからの」


「なに言ってんだいこの爺は、初心な二人にする話題じゃないだろうに」


「そ、そうだよ! 猫婆の言うとおりだよ、蛸爺はなに言ってるんだろ。ね? 綾人君。綾人君? 本当に大丈夫? さっきから考え込んでいるようだけど」


「え? あ、わりぃ。明日の会議が気になるってのもあるけど、どうにもあの女がな——でも、いいや。あんまり考えてもしょうがねぇしな、天使の使徒として明日は会議が無事終わるように気を配っていけば問題無しだし」


「うん! 綾人君は幹部候補生だもん。頼りにしてるよ」


「おう! 立派に努めて、天使様に貢献してみせるぜ!」


 その後も談笑しながら天使の使徒は隠れ家に向かう。その最中で綾人の頭に何かがぶつかる。


「ん?」


 それは、小指の爪半分ほどの石である。


「ん? なんだ?」


 それがもう一度頭に当たる。


 ここで無駄に感の良い男は感づく——誰かが俺を誘っていると。

 周囲を見渡しても敵意を感じない。



 ——もしかしたら五剣帝の、あの女が跡をつけているのか? 



 綾人の直感では一の剣は信用できない。もしかしたら危害を加えるのではないかと考えが浮かぶ。

 再度周囲を確認しても気配は無い、皆を危険に巻き込む前にと行動を起こす。


「あっ! 俺、忘れ物があったわ! 先戻っててくれ! もしかしたら遅くなるかもしれないけど気にしないでくれよな!」


 実に下手な芝居である。


「え! 綾人君?」


「飛鷹! 悪い、先に行ってくれ。遅くなっても心配しないでくれ」


 進行方向の逆である色街へと向かい始める綾人に、飛鷹は声を掛けるが、聞く間もなく走っていく。


「これ! 色街に戻って何しようと言うんじゃ。そういうのは飛鷹とせぇ」


「蛸爺の言う通りじゃ! 綾人、子供なら飛鷹とじゃぞ!」


「ちょ、ちょっと! 蛸爺と猫婆さん何言ってるの! 僕と綾人君はそんな関係じゃないよ、それに僕は、——ごにょごにょ——とにかく僕と綾人君はそんな関係じゃないから!」


 飛鷹は身振り手振りで抵抗する。

 それがおかしいのか周囲の者達が笑い出す。天使の使徒の雰囲気はまるで家族である。中には手を繋ぐ男女や、肩を小突き合う男達、喋りに興じる女性同士も見え、一人一人の絆の深さが垣間みえる。


「俺と飛鷹はバディだろ! お前の背中を守るために俺はこの世界にきたんだからよ!」


 そう言って立ち去る綾人の背中を、六堂飛鷹はどこか寂しげな目で見つめた。




―――




 しばらく走った後に綾人は足を止める。

 場所はうらぶれた路地裏。色街とスラムの境。周囲には綾人以外誰もいない。後ろを振り返り、仲間(天使の使徒)がいない事を確認する。


「出てこいよ! 用があるんだろ? 悪りぃけど俺らの邪魔するようなら腕っ節で黙らせぇ——」


「なにイキってるのよ、このスカタン」


 どこからともなく現れたティターニは豪快なドロップキックを綾人の後頭部におみまいする。

 少々イキり気味に挑発していた綾人は二、三回程空中で回転し土煙を上げながら顔面で着地した。


「ティターニ。少々やり過ぎじゃないか? 気持ちは分かるが」


「なに言ってるのよブットル。あの超絶にイキっていた顔を見なかったの? 自分が正義のヒーローか何かと勘違いしている顔よ。間違いは正すべきだわ」


 続いて現れたブットル。口ではティターニの行動に釘をさすが助けに入る気はないようだ。

 

「さっさと起きなさい綾人、いえ。さっさと起きなさいバカ人。あなたには言いたいことがたくさんあるのよ」


 土煙が海風で流されると、地面に片頬をつき、足を空に向けた情けない姿の空上綾人がいた。

 三名は数週間ぶりの再開を果たす。



 「——ルード? バカを発見したわ。今すぐ私たちの場所に来れる? 場所はブットルに聞いて」



 脳内伝達を敢えて口に出す辺りに怒りが現れている証拠である。

 ブットルはその雰囲気に口を挟まない方が懸命だと判断し、脳内伝達でルードに場所を伝えだす。


「てめぇ! いきなり蹴るとかどこのアタオカだよ! ぶっ殺すぞ!」


「あなたがあまりのバカだから蹴ったに決まってるでしょ。今までどこにいたのよ綾——バカ人。答えによってはタダじゃおかないわよ。さっさと立ち上がりなさいバカ。いつまで天に足を向けているのよこのバカ」


「バカ人ってなんだよ! よくそこまでバカバカ言えるなお前! 会話の中にバカってつけなきゃ死ぬ病気なのかよ⁉ 初対面の女にバカバカ言われる覚えはねぇよ!」


「あなたのその返答、なんだか出会った当初みたいっ——ん? ちょっと待って。ちょっと待って! 今なんて言ったの?」


「あぁ⁉︎ 会話の中にバカってつけなきゃ死ぬ病——」


「そこじゃないわバカ、その後よ」


「てめぇ! またバカって——」


「いいから言いなさい!」


 ティターニの剣幕に綾人は物怖じし黙ってしまう。

 起き上がりざまに「んだよ、こいつ」と微妙な声量で文句を垂れた後に睨む相手に向き合い言葉をぶつける。


「初対面の女にバカバカ言われる覚えはねぇよって、言ったんだよ! ——って、な、なんだよ、その顔は」


 ティターニは一年分の頭痛が一気に押し寄せたような顔をしていた。

 考えるポーズでエルフは一度深呼吸する。


「あなた、今、私とは初対面と言ったのかしら?」


「は⁉︎ そう言ったじゃねぇかよ! その長い耳は飾りかよ、なんだよこの、女さっきから」


「なるほどね。バカだと記憶能力も欠如するのね。一回半殺しにした後で回復魔法を掛ければ記憶も戻るのかしら、ショック療法という方法でいきましょう」


「待て、ティターニ。そんな方法では治らないだろ、とりあえずその短剣を収めてくれ」


 二人の間に強引に入るブットルは空上綾人に向き直る。


「綾人、俺を憶えていないか? ブットルだ」


「ん? いや、覚えてねぇよ。っつか今初めて会ったろ?」


「——そうか。先ほどは後ろのエルフが乱暴してしまってすまない。変わって謝罪する。すまないが何点か質問があるのだが答えてくれるか?」


「あ? まぁ、いいぜ。後ろの人と違ってアンタいい人そうだしな。よろしく、ブットル」


 ティターニのこめかみに青筋が浮き立つ。ブットルは咳払いをし質問を始めた。


「フルネームを教えてくれ」


「空上綾人だ」


「うん、ありがとう。綾人と読んでいいか?」


「いいぜ。後ろの女はダメだけどな」


「やはり一度半殺すべきかしら——」


「ティターニ。すまない此処は俺に任せてくれ。綾人。君は天使の使徒なのか?」


「あぁ。そうだぜ。誇り高い天使の使徒だ」


 僅かにティターニの様子がおかしいことにブットルは視線を送る。

 向けられた視線にため息を吐きながら「天使という言葉が嫌いなのよ」と素っ気なく答え、続けて——との言葉にブットルは綾人に向き直る。


「綾人にとって天使の使徒であるのは誇りなのか?」


「まぁな、俺の夢は天使の使徒として一番になることだからよ」


「そう。なら安心しなさい。あなたは世界一のバカよ。そこは自信をもっていいわよ」


「ティターニ——綾人はいつから天使の使徒なんだ?」


「いつからって、いつからだったかな? 気付いたら?」


「なるほど。天使の使徒になる前は何をしていたんだ?」


「何って? アレだよ、アレ。アレ? 俺、何してたっけ? 天使の使徒の前はちょっと憶えてないな。もしかしたら生まれた時から天使の使徒だったとか⁉︎」


 屈託なく笑う顔は。ティターニとブットルのよく知る顔である。


「生まれた時から天使の使徒か。凄いな」


「おう! まぁな」


「生まれはどこなんだ?」


「え?」


「生まれだよ。綾人の故郷を教えてくれ」


「俺の故郷は、俺の、ん? どこだっけ? あれ? ちょっと思い出せないわ、どこだったかな? え〜と——」


「いや、無理に思い出さなくていいさ。では質問を変えよう。この海国にはどういう目的で来たんだ」


「あぁ、それは答えられるぜ。海国は悪魔に狙われているんだよ。天使の使徒の仕事は悪魔とそれに加担する魔人族を退治する事だからよ」


「なるほど。使命を果たしにきたのか」


「そういうこと。ブットルも天使の使徒に入るか?」


「いや、遠慮しておくよ。それよりも退治する悪魔はどういった奴なんだ」


「悪魔か? それは——それは。ん? 悪魔? えっと、悪魔は敵で、ぶっ殺す相手で、それで、ん? なんで殺すんだっけ? えっと、悪いことをしたんだよ、そうだよ悪魔は悪い奴なんだよ。多くの人を殺したんだよ、そうだ、だから俺はぶっ殺すと決めたんだよ、アイツを、この手で、ぶっ殺す、アイツを——」



——ベルゼ。



「あれ? 俺いまなんて言った? というか頭が痛てぇ。ブットル。質問はもう終わりでいいか? なんか急に頭が痛くなってさ」


「あぁ、構わないさ。質問に答えてくれてありがとう。それと頭痛なら俺が治してやろう。回復魔法を施してやる」


「じゃあ、頼むわ」


 ブットルの指先が綾人のおでこに触れると、水色の波紋が現れる。


 ——ブットル、どう? 魔法かしら?


 ——あぁ。暗示や催眠ではないな。記憶の書き換えに近い魔法だ。


 ——やったのは天使の使徒かしら?


 ——間違いなくそうだろうが。少し気になる事がある。記憶の書き換えを行ったものに悪意を感じないんだ。


 ——つまり?


 ——綾人の記憶を書き換えた者は、綾人を危険から守るような術式を取り込んでいる。危険が迫ったら逃げろ。自分の命を優先しろ。とかだな。


 ——そう。洗脳なんかとはまるで逆ね。それよりも解除できそうなの?


 ——今、やってはいるが、少し複雑だな。悪意が無いから逆に厄介だ。本来の人格に沿うように記憶の改変が行われている。時間がかかるな。一旦眠らそう。


 伝達魔法(テレキス)での会話を終えると、ブットルは睡眠魔法で綾人を眠らせる。


「はれ? なんだか、眠く——早く皆のとこ、飛鷹の所に行かなきゃ——」


 綾人のまぶたが閉じられていく。


「そうか。俺が連れてってやりから安心しろ。今は眠ればいいさ」


 ブットルの声が子守唄に聞こえた綾人は眠る。

 その顔はまだ幼さが残る十代の顔であった。


「どうするの? 私はショック療法をお勧めするけど」


「それは単にティターニが綾人に暴力を振るいたいだけだろ」


 ブットルは億劫気味に返答しつつ綾人を背負い、歩き出す。その後ろをティターニが追う。


「俺の推測だが、綾人の今まで生きてきた記憶に制限が掛かっている、だから昔の、この世界にきた記憶を思い出せない。だが人格はそのままだ。記憶の枝葉にゆるやかな綿が絡まっている状態だ。その綿を外せば記憶が戻るはずだ」


「もしくは魔法を施した者を始末するか」


「そうだな。だが言ったように悪意を感じない。綾人を守るかのような魔法の掛け方だ。そんな事をわざわざするのは——」


「綾人と何らかの関係がある人物。正確に言えば日本にいた時の誰かということかしら?」


「そういう事だ。だからくれぐれも物騒な事はしないでくれよ」


「このボッチキングにも知り合いがいたのね」


「ルードと合流しよう。それに五剣帝からも近々狙われるだろうし。一旦は姿を隠そう」


「あら? その言い方だと私が悪いように聞こえるけど、かなりの進展はあったじゃない。アクアが隠す化物。とバカの確保。これだけでも今までの無益な日々とおさらばできて素敵じゃない」


「まぁ。そうだな」


 ティターニに賛同するブットルは担ぐ綾人に視線を送る。

 探しに探していた人物は実に気持ちの良さそうな寝息を立てていた。


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