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ん?


 研究員は慌てふためくを絵に描いたような勢いで、研究所に戻っていく。

 半倒壊された建物はふとした衝撃で壊れてしまうかもしれないが、そんなものは関係無いとばかりの様子である。


 シンラも同じ様子であり、ティターニの拘束を無理やり解こうと暴れ回る。

 動く衝撃で喉元は切れ、血が流れるがそんなものはお構いなしである。

 その形相は修羅の如くであり、研究員とシンラの様子を見て、ただならない様子——是が非でもヒルコという何かを目覚めさせてはいけないと感じる。



 地面の揺れが止まると—— ドクン——と脈動の音が周囲に響く。


 ——ドクン。


 ——ドクン。ドクン。


 ——ドクン。ドクン。ドクン。


 その鼓動は心音に似ており、生き物の余波に似ていた。



「あ、あなた達、一体何をしているの!」


「うるさい! さっさと離せ! お前もこんな所で死にたくないだろ!」


「な、何を意味不明な事を言っているの!」


「うるさい! さっさと離せ!」


 不安に駆られたティターニは、その動揺を隠せないまま二の剣に詰問するが、それ以上の激昂で返され言葉が詰まる。


 ティターニはシンラの激で言葉が詰まったわけではない。

 二の剣たるシンラはティターニを圧倒する程の強者である、その強者があっさりと死という言葉を放ったので次の言葉が告げられなかった。


「ちょっと待ってくれ! この奇妙な感じは何だ⁉︎ こんな気味の悪い感覚は初めてだぞ」 


 水王はらしくもなく動揺する。

 数多くの修羅場を潜り抜けた男が混乱するのは稀であり、それほど周囲に響く心音が不気味なものとなる。




 —————————————————!!!!!!!




 次いで悲鳴である。

 否、悲鳴ではないのかもしれない。甲高い鳥の鳴き声にも近く、女の金切り声にも近い、ともすれば見知らぬ異界の者の叫びにも聞こえる。


 悲鳴が止むとシンラは絶望に顔を歪ませる。

 ティターニとブットルの言いようのない不安はどんどんと膨らんでいく。

 そしてこの事態に混乱の促進剤が投下される。



「キキキキキキッ——」



 猿に似た声が響いた。

 ティターニ、ブットル、シンラがその声に発生源に顔を向けると——。


「——尾行して正解だったな。あそこにいるのが精と生の集合体とのヒルコとやらか? 随分と薄気味悪いな。アスモデアの旦那も厄介なリクエストをするもんだ」


 黒いボロ布を纏った魔人族の姿。そしの周囲には、ゴブリン、オーク、オーガ、リザードマン、一つ目巨人などの数多くの魔物が(ひしめ)きあっていた。


「お前は、昨日の——」


 モンスターの群れの中心立つ魔人族の男は、猿に似た声と猿に似た顔であり、

 それは昨日ティターニに接触した者である。


 場に響く心音が早くなる、早く、早く戦闘を繰り広げてくれと急かしているようだ。


「キキ、興奮しているのかヒルコ? 気味が悪い奴だぜ。よしお前ら、さっさとヒルコを確保するぞ、邪魔するような奴らは殺せ」


 魔人族の男が命令すると、研究所に向かって大群が押し寄せる。

 魔物の進路上にはブットル、ティターニ、シンラの三名がいる。


「ど、どうして、この場所に魔物が大量にいるんだ」


「さて、どうしたものかしら? タイミング良すぎるわね」


「そうだな。推測するに俺らも尾行されていたのか」


「そう考えるのが自然ね——」


 迫る魔物は鼻息を荒くしながら道中の障害者たる三人を殺しに掛かる。


  ティターニはため息を吐きながら、口元を動かし攻撃魔法を生成する。

 ブットルも同じように攻撃魔法を展開し数十名のモンスターを滅する。

 あっさりと急所を射抜かれるモンスターたちは砂塵に変わっていく。だが次から次へと溢れ出す魔物に二人は目配せをした。


「数が多いわね。これは流石に不味いかしら?」


「そうだな、どう動くかを早急に考えよう」


「貴様ら早く私を離せ! さもないと死ぬんだぞ!」


「あなたが隠している何かを話せば、さっさと離すわよ。あの悲鳴は何? あなた——いえ、アクアはあの研究所で何をしようとしているの⁉︎ さっさと言いなさい! 私だってあの魔人族に聞きたいことがあるのだから」


 シンラを押さえたまま魔人族を睨む。

 ティターニは昨日死んだはずの男が目の前にいる事に苛立ちを見せる。

 組み伏せられたまま、相変わらず激昂するシンラは暴れまわり押さえるティターニの体力を奪う。

 研究所から聞こえる叫びは止む事なく周囲に響く。それを聞く魔人族の男は薄ら笑いを浮かべる。


 ブットルはティターニ、魔人族の男、シンラ、研究所を順繰りに見やり——どうしたもんか——と考えを巡らせながら迫る魔物に水魔法で撃退するが、圧倒的物量で迫る暴力の塊に対処が追いつかなくなる。


 その間にも魔物は増え、研究所を囲うような形で攻め出す。

 そうなると、ブットル一人では手に負えない。否——厳密には手に負える。それこそ水王の最大攻撃魔法である、狂水竜(メイルストロム)の顎(ゲネイオン)を使用すれば有象無象の魔物など取るに足りないが、使用の際に膨大な魔力を使用するので、この先の読めない状況では使用は不味い。


 ブットルが判断に迷っている間に、魔物の先頭が研究所に到着する。増える魔物の勢いは徐々に増していく。



 ————再度けたたましい悲鳴が周囲にこだますると同時に、大きな爆発音が押し寄せる魔物に被弾する。


混沌の中に、さらに混沌の起爆剤たる一団が現れる。


「敵は悪魔の使い、魔人族だ! 天使様の御心にままに!」


 その声は研究所の奥からである。声に応えるように雄叫びが上がる。

 続いて現れたのは、人族、亜人族、海人族、精霊族、そしていやに背が高く肌が土色の地底人まで含めた男女の集団であった。


 皆上下白の服で統一されており、自然と高潔のイメージが先行される。

 雄叫びを上げながら五十人弱の白の集団は左右に展開、それぞれに武器を掲げ、魔法を使用し研究所に押し寄せる魔物を駆逐していく。

 

 その勢いは圧倒的で次々と魔物を殲滅していく。

 戦闘を指揮するのは老齢の猫人の老婆、同じく老齢の海人族の男、その姿は八本足の蛸である。

 二人の間に小柄な人族の少女が立ち、全体の指揮をとっている。この三名を軸に見事な統率で場を制圧し始めた。

 

「あれは、天使の使徒というやつか?」


「ブットル? 何か知っているの?」


「あ、いや。知っているほどでもないが、にしてもますます状況が読みにくくなったな、どう動く?」


 どこか誤魔化すような物言いだったが、ティターニは敢えて深堀はしない。

 それよりもブットルが言うように、本当に読めない状況になってきたからだ。


 前方では魔人族の男が苦虫を噛みしめた表情となり、魔物を囃し立てるように迎撃に向かわせている。


 研究所を挟んだ後方では、白の集団が次々と魔物を駆逐し、徐々に前進を始め出す。

 迫る魔物のみに攻撃をするブットル、今も組み伏せているシンラは離せと叫んでいる。


 研究所一帯は戦闘音と魔物の咆哮、白集団の雄叫びが響くが、それにも負けないほどに研究所から発せられる奇妙な悲鳴が、耳にへばり付く。


 優先事項は研究所から聞こえる悲鳴。そして死んだはずなのに生きている魔人族の男、白の集団、本来なら今すぐに研究所に向かいたいがそうなるとシンラの拘束を解かねばならない。

 

 暴れる二の剣を押さえ込むので精一杯であり、仮にティターニがシンラを押さえている間ブットルが研究所に向かっても良いが、それでは迫る魔物への対応が疎かになり、万が一の可能性もある。


 決断は早いほうが良いが、どうにも妙案が思い浮かばずに沈黙が続いてしまう。それでも決めねばならないと意を決し、ティターニ、ブットル、双方が各々の考えを告げようとした時である。



 ——————。



 静寂である。一、二秒の静寂。



 戦闘音も、奇妙な叫びも、魔物の咆哮も、白集団の雄叫びも止んだ。

 何が起きたのか、それはこの国で一番強い人物が現れたのだ。


「魔物の血はいつ見ても小汚いわ」


 五剣帝・一の剣。アクア・スカイラである。


 ティターニとブットルは顔を向ける。

 魔人族、白の集団、の丁度対角線上に現れた一の剣。三角形で結ばれた構図の真ん中にティターニとブットルはいる。


 アクアが一歩踏み出すと、断末魔が響きわたる。多くの魔物の首から上が宙に浮き、赤黒い血の池を作る。


 生首となった魔物は何事かも分からず奇声をあげるが、それが断末魔となって辺りに響いたのだ。

 刀の一振りでこの状況を掌握するその力は圧巻の一言。


 アクアの後方左右には、四の剣・サマリ・ビデンと五の剣・コーガ・モトブがおり、その後ろには隊列を組んだ憲兵達。


 ティターニとブットルは目配せし、即座に逃げの一手を取る。


「アクア様!」


 シンラの叫びは拘束が解かれたと同時であった。

 コーガとサマリがアクアの側にいる時点でティターニの嘘は見抜かれている。


 街を破壊した謹慎中の身でアクアが隠している何か(・・)の場所に自分たちがいるのは立場が悪い。

 アクアのさじ加減一つで海国を敵に回し、牢獄に放り込まれることは安易にあり得る。


 逃げる方向は、魔物ひしめく魔人族ではなく、もちろんアクアらの海国の国防たる方角ではない、この場合は敵か味方か不明だが、一番危険が少ない白の一団に向かう。


「猫婆! 蛸爺! 五剣帝と憲兵が来たよ、ここは邪魔をしないように彼らの命令に従おう、無用な争いは控えて!」


 白の集団で指揮をとる、猫人の老婆と海人族の蛸爺に、人族の少女が指示を出す。

 少女は灰色の髪を揺らし、同じく灰色の瞳で周囲を見渡す。


「あいよ!」


「任せろ!」


 少女の指示に威勢の良い返事を返し、猫婆は左翼を、蛸爺は右翼にそれぞれ命令を出し、五剣帝や憲兵の邪魔をしないよう隊列を展開していく。


 中央に立つ少女は若いなりにも、堂々とした立ち振る舞いに、ティターニとブットルは関心を寄せる。

 コンタクトを取るならあの少女と、段取りをつけ始めるなか——。


「おらおら! さっさと死ねよ! クソ雑魚共!」


 どうにも粗野な声がティターニとブットルの耳に届く。

 その声は聞き覚えがあり、目線を動かし声の主を探してしまう。


綾人(・・)君! あまり深追いしちゃダメだ! 戻って、僕の護衛をお願い!」


「おうよ! 飛鷹の護衛は俺に任せておけ」


 小柄な少女がそう叫び、粗野な声の少年がそう返す。




 ………。




 ん? 




 ティターニとブットルは本日何度目かの顔を見合わせる。

 再度声の方角に視軸を向けると、そこには間違いようのない男がいた。


 金色の髪、どこか人を小馬鹿にした物言い、幼さの残る顔立ちだが、幾多の視線を乗り越えた顔は戦士といってよい。あいも変わらず武器は己の拳のみ。


 異世界に飛ばされて以来こだわり続けるスカジャンを脱ぎ、今は白色の上下の服を着ている。


「——えっと、ちょっと、まって、急に目眩がしてきたわ。ねぇ、ブットル。今はどこかに身を隠してこの場をやり過ごしましょう」


「奇遇だな、ティターニ。俺も、そう、思っていた」


 両者はそれ以降無言のまま、身を隠せる影場へ移動し、ある一名に視線を向ける。


「はっはっ〜! 弱すぎて話にならねぇな! 魔物共よ!」


 天使の使徒に混じり拳を振るう空上綾人(・・・・)は嬉々とした表情で、声高らかに叫んでいた。


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