兆し
ティターニは荒い呼吸を吐く。
魔力が枯渇気味になるまで攻撃魔法を展開した為である。下手をすれば魔力を使い切り、動けなくなる可能性もある中で大胆な攻撃手法で攻める。
荒い呼吸はシンラもそうである。
次々に襲いかかる攻撃魔法を血に変える。皇を使うと体に影響などは無い。あくまで母を求める怨念が魔法を血に変えている。
だが、緊張感がシンラの体をどんどんと重くする。
もし、皇の力が失われたら、迫る大量の魔法を自身の力だけで切り伏せねばならない。
それができるのか? 相手も疲弊しているが、攻撃魔法は終わる気配が無い。
このままではやがて——と考えていた時に、その時は来た。
先読みで見た二秒先の未来でそれは起こった。
「皇!」
風の矢が血に変換されずシンラの脇腹を掠める、次には足元にも同じく風の矢が掠めた。
軍服の脇腹は裂かれ、薄く血が滲む。
——不味い、このままでは! と思ったが先読みが見せる未来には、攻撃魔法が襲いかかってこない。
見るとエルフは膝を付き、疲弊をべったりと体全体に貼り付けていた。
——勝った! 持久戦をシンラは持ち堪えたのだ。
先読みで見た未来通りの現状が訪れた。
一条の風の矢は血に変換されず脇腹を掠める。次には足元にも風の矢が掠める。
自身の軽度の裂傷を負うが攻撃魔法は迫ってこない。エルフは息も絶え絶えの状態で膝を付く。
シンラははやる気持ちを抑えエルフに駆ける。
皇がいつものような血を渇望はしていない、それを不思議に思いながらも、まずはエルフの首を跳ねる。それから考えようと意識を切り替えた。
エルフの元までたどり着き有無を言わさずに白刀を掲げる。
先読みの未来ではこのまま振り下ろせば勝負はつく。首と胴体は離れる未来を見た。
「これで終わりだ!」
意気揚々な言葉にのせ、刀を振り下ろした。
「あなたがね」
その声は背後から——ぞわり——と全ての感覚がその声を拒絶した。勿論エルフの声である。
だが目の前に、当の本人が膝をつき項垂れている。
シンラの思考は麻痺するが、振り下ろす刀の起動を止めることもできず、皇の刃がエルフの首に当たる。
——と同時に満開の花々が散る。ティターニの体は花となり、宙を舞う。
「どっ——」どうなっているんだ! と叫ぶ前に鋭利な刃が喉元に当てられた。
先読みのスキルではエルフの首を斬り落とし、その生首を掲げる自分の姿が写っているのに——。
「勝負ありね」
荒い呼吸と共に背後から告げられ、シンラは目だけで後ろを見る。
震える声音を抑え、安直の質問をぶつける。今の二の剣にはそんな言葉しか吐き出せない。
「き、きさま、な、何をした⁉︎」
「私の有能なスキルが貴女の先読みのスキルに幻覚を見せたのよ」
スキル:絶対女王
効果:法則性を問わずどんな相手にも攻撃が通る。
この効果の説明文の通りである。
どんな相手というのは何も人間だけではない、相手のスキルにも攻撃が通るのである。
これがティターニの強さの理由である。
シンラに剣撃で敵わないことをティターニは重々承知している。
亜人帝国での兎族キャロのように、森羅万象を使い蘭を咲かせても無意味だろう。その動作に入る前にティターニの首が跳ぶ。
それほどまでに二の剣の剣筋と先読みのスキルは驚異であった。
ならば、先読みのスキルに幻覚を見せ、本来と違う未来を見せれば正気はある。
それが暴蘭の女王が導き出した答えであった。
絶対女王のスキルは己が不利な状況でのみしか発動が許されない。そういう縛りがある。故に常軌を逸した攻撃魔法の多重展開をし、自らを追い込んだ——。
「という理由よ。ご理解いただけたかしら?」
「で、でたらめだ——」
「それはそうよ、だって私、暴蘭の女王だもの」
不遜な態度とは今のティターニを指すのだろう。
シンラの喉元に当てる短剣は僅かに震えている。よく見れば膝が笑い、立っているのも必死のように見える。
膨大な量の攻撃魔法の重ねがけ。スキルの超稼働の反動と縛りが身体に表れる。
海国で二番目に強いと言われる二の剣に勝つ代償である。
一対一よりも一対多を多く経験したティターニがシンラよりまさっていた部分は、圧倒的な戦闘の回数である。
真剣勝負は相手が一人の為、数て先まで相手の行動を読み、先の先をとることに特化している。
そこだけの観点で見ればティターニの負けである。
だが相手は幾万の場数を踏んだS級冒険者である。
一対多では、相手の動きが全くと予想できないので、その場その場での即興力が試される。
ティターニの即興力がシンラの先を読む力を上回った勝利である。
「さて、貴女には聞きたい事があるのよね。二の剣。貴女たちはあの建物で何をしているの?」
シンラは起死回生の一手を考えるが喉元の短剣がそれを許さない。
そもそもエルフの問いかけには答えられない。だが答えなければ喉元を切られ死んでしまう。自分が死んだ後きっとこのエルフは地下の、あの正体を見てしまう。
それは、この場所を託されたアクアを裏切ることになってしまう。それだけは、それだけは——なんとしても避けなければならない!
「皇!」
絶望的な状況でもシンラは足掻く、それは武に精通するものならば当然だが、今の彼女を突き動かすのは、アクアへの絶対の忠誠である。例え自身の命を賭してでも守るもべき価値があるもの。
母を欲する赤い赤子を呼びこの状況を打破しようと目論む。
起死回生の一手に賭けたシンラの叫びだが、ティターニは身構える様子も無い。
その理由は当然——。
「貴様! 皇をどうした!」
共にいるブットルが対処したという考えがあったからだ。
「ボロボロじゃないか? 大事ないか?」
「擦り傷程度だわ」
二人に近づくのは水王ブットル。
いつものように飄々とした態度だがどこか疲労が窺える。極級魔法はブットルの体力を大きく削った。
「あの赤子達なら、きちんと成仏させてやったよ。あんな悪趣味なものは笑えないな——」
「き、貴様! な、何てことを、アクア様より授かった刀を——」
「黙れ。俺は怒っているんだ」
ブットルから膨大な魔力が放出されると、圧力に耐えきれずに兎の面は砕け散り、蛙顔の素顔が晒される。無機質な目は釣り上がっており、怒りがある。
それを見てティターニはクツクツと、煽るように笑いだす。
「この能面男を怒らせるなんて、あなた、よっぽど悪いことをしたのね。私が取り持ってあげるから早く何を隠しているかいいなさい」
「三秒待つ、その間に考えろ、この国の闇を全て話てもらう——三——」
ブットルのカウントダウンが始まった。
シンラはこの窮地を脱出する術を持ち合わせていない。
二人を巻き込んで自決を図ろうと試みるが、刀しか振ってこなかった自分にはその手立ては無く。あっとしてもエルフと蛙族がそれを許さないだろう——頭をよぎるのはアクアの顔——。
——アクア様。
「——二、一。——」
———————————————————。
ブットルの口から一と言葉が出た時と、シンラの中でアクアの顔がよぎった時にそれは起こった——。
大地が揺れた。
「な、なに?」
「わ、分からん」
突然の出来事にティターニは当惑し疑問をはなち、ブットルが返す。
海国が揺れる。地震ではない。ある一カ所からである。揺れは波紋のように四方に広がっていく。
その箇所は——シンラが守る研究所である。
あわあわと焦る一団がいた。
それは戦いに巻き込まれないよう離れた場所に待機していた研究員たちである。
研究員の一団は誰も動けずに固まっており、顔に絶望が貼り付けてあった。まるでこれから世界が終わってしまうという絶望である。
「いけない! ヒルコ様だ! 先頭の余波に共鳴してしまったんだ! お前達、何をしている早く沈めて来なさい。今目覚めさせるわけにはいかない!」
シンラは研究員に激を飛ばした。その声は切迫しており。自分の死よりも発した命令のほうが優先度が高いようである。
「ヒルコ?」
ティターニの言葉は地面に落ちる。どうにも不安を掻き立てる響きであった。それは水王も同じある。
大地はもう一度揺れ、二人の不安を掻き立てていく。




