戦闘狂
——不味いわね。
ティターニは再度そう呟く。
一閃と共にティターニの顔を隠す兎面の、鼻から下が地面に落ち美姫が半分外気に晒された。
落ちた半分の面は靴底によって砕かれる。憎らしげに踏み砕いたのは二の剣・シンラの足。
一歩踏み込んだ所にたまたま、兎面が落ちただけに過ぎないのだが、どうにもわざとらしさがある
ティターニへと踏み込んだシンラは返す刀で右に持つ白い短剣を弾いた、弾かれた短剣は宙を舞い地面に突き刺さる。
シンラは今、右下方から左上方へと刀を振った事により、状態が前のめりになっている。
エルフは黒の短剣をしならせ、シンラの首元に短剣を向かわせるが、その攻撃は失敗に終わる。
燕返しの要領で返す刀が黒の短剣の起動を止め、押し返し、弾く。黒の短剣も宙を舞い、地面に突き刺さる。
ティターニは両手の得物を失う。その刹那に皇の刺突が喉元に迫る。
状態をそらし回避するが、残ったウサギの面が刺突の餌食となり砕け地に落ちる。
後転し距離を置くティターニの額から一筋の血が流れる。
「ふざけた面で顔を隠しているから、どんな醜悪な顔かと思ったけれど、アクア様とシンラの次には良い顔をしていると高評価を上げてやります」
シンラは残った面に足を下ろし踏み砕く。
それは安易にこれから先、お前もこうなると理解させる行為である。
息を切らすティターニの美姫が外気に晒されている。
二振りの短剣は左右の離れた場所。取りにいく前にシンラの猛攻で足を止められるだろう。
一度深呼吸をする。
——不味いわね。
今度は言葉に出して呟いた。
今の状況は確かに不味い。絶望的ともいえる。
技量の差は明らか。自身の体には傷跡それと肩が上がり呼吸が荒い。方や二の剣は無傷で息も乱れていない。
刀を構えるシンラが詰め寄り、必中を繰り出す。数秒先には白刀がティターニの首に当てられる。
刀を防ぐ短剣は手元にない。不味いを通り越して危険を告げる鐘の音が永遠と鳴り響いているが、ティターニは——笑っていた。
その表情を垣間見たシンラの背筋に冷たい汗が滲む。
迫る刀を前にしてもティターニは笑う。エルフは今こう考えている——不味いわね。こんなにも、こんなにも心躍る戦いは久しぶりだわ。
ニヤリと笑う戦闘狂がいた。
当初から不味いと感じていたのは、自分が負けそうな危機敵状態をいっているのでは無い。
先頭に夢中になり過ぎて、本来の目的。海国の闇を暴くという目的を忘れそうだったからだ。
——端的にいえば、情報の源たるシンラを殺すほどに戦いに夢中なりそう。という危惧感。
シンラと戦い始めてから心の躍動を抑えていたが、それはこの瞬間を持って決壊したようだ。
ティターニの口元が僅かに動くと、足元に水色の魔法陣が展開。瞬時に地面から現れたのは氷。
それも、巨大な塊。刀とティターニとの間に現れた氷は壁となる。
「そんなもので!」
白刀は分厚い氷の壁を紙切れのように両断し再度、ティターニの首元を狙う。
氷の壁など二の剣の前では無意味である。
「いえ、これで十分よ」
エルフの言葉がシンラの左耳に届く。
真横に一閃された白刀は標的を斬れずに空を斬る。
シンラの視線が右に移行、と同時に無駄のない動作で体の向きを変え、上方から下方に一閃。
だが、そこには斬られる筈のエルフの姿はなく。また空を斬るのみとなった。
——おかしい。シンラの眉根が寄る。
氷の壁を出現させたのは、ミスリードたる誘導であり。わざわざ声を出したのも下手な挑発であると想定ができる。
気配は右にあり、先読みのスキルでは右に向きを変え、真上から振り下ろす一刀でエルフの体を斬る姿が見えていた。
だが現実は違う。
真上から落とした刀は空を切るのみに終わり、標的であったエルフはいない。
考えている間に周囲に土煙が立ち込める。もうもう上がる砂塵により視界が遮られる、
次には四方の土が隆起し囲まれるが二の剣は動じない、刀を胸の位置で水平にし一回転。土壁は刀が掲げられた高さで切断。
シンラはエルフの姿を探す——前に、真上より矢の嵐が降る。
刀で矢を全て切り落とし、再度土壁に一刀。囲いを破壊すると四方を囲む四つの風の刃。
緑色で三日月形の刃はシンラが舌打ちを出す間もなく襲う。
「皇!」
白刀を真上に掲げると、ブットルが放った魔法と同じく、風の刃は全てが血に変わり地面を赤に染める。
「先ほどから、無駄な攻撃を止めてさっさとシンラに殺されろと言ってやります!」
「あら? 無駄じゃないわよ。こちらの準備はできたもの」
シンラの激にティターニが答えると砂塵が消え、視界が明瞭になる。
「どういうつもりだ」
「どうって。あなたをやっつけるすべだけど。足りなかったかしら?」
ティターニはシンラと距離を取った場所に立っている。
腕を組み、指先で髪を払う。どこか余裕のある態度にシンラの怒りは増していく。
「シンラに魔法は効かない。皇が全て血に変えるから無意味だとシンラは言います」
「そう。じゃあ得意の先読みで少し先を見てみたら、私の魔法で貴方が負ける未来が見えるわよ」
その言葉にシンラは鼻で笑う。
ティターニの背後には数多くの、大袈裟にいえば無数の魔法が展開されている。
氷刃、氷柱、氷塊。土の刃、土柱、土塊、風刃、風矢、風塊、などなど。背後にある無数の攻撃魔法は、ティターニの縦横の何十倍にも展開され、今もなを増えている。膨大な魔力の消費に流石の暴蘭の女王も額に汗を流す。
余裕がないのはみて取れる、だが、それは——二の剣も同じと言えた。
口の乾きを自覚した。あんな膨大な量の魔法を皇で血に変えられるのか?
怨念の刀——それが皇である。
色街では多くの赤子が無念の死を遂げる。赤子に善悪はない、だが本能で母を求める。そこに漬け込むのが皇である。
赤子の求める母性に皇は夢を見せる。それは永遠と母に逢えないという責め苦、求める赤子は怨念に囚われ、母との繋がりである血を欲する。血を求めるが血が無い。ならば物理以外の何かを血に変えれば良い。
そうして怨念の刀——皇が誕生する。
シンラは前方を睨む。圧倒的攻撃魔法を展開するエルフに動揺する。そっと皇に指先を這わせる。アクアより授かった刀で負ける事は許されない。覚悟を決め先読みのスキルを発動する。
だが一つ不安な考えが浮かぶ、先ほどの間合いに入った時。
先読みのスキルが外れ、一刀が空振りに終わった時。どうして一、二秒の未来が見える先読みと、現実が外れたのか——。
「やっておしまい」
だが、考えるまもなくエルフの言葉と同時に攻撃が始まった。
待機していた攻撃魔法は我が我がの勢いでシンラに迫り出す。
考えるよりも先にこの場面を切り抜ける為にいつものように刀の名を叫ぶ——。
「皇!」




