悪影響
サマリはおぼつかない足取りで色街に進んで行く。道中では何度もすれ違う人とぶつかりその度に謝るサマリ。
その姿を追うティターニは、ドジな姿を見る度に胸中に罪悪感が広がっていく。それは同じく後を追うブットルも同じである。
——なんだか、騙した私が悪人みたいに感じてくるわ。
——ティターニは十分悪人だよ。
——それはどういう意味かしら? ブットルこそ本当の悪人でしょう?
サマリを追う中での軽口の応酬が 伝達魔法を通じて行われる。
——にしても、サマリってかなりのドジっ子なのによく五剣帝になれたわね。あっ、また転んだ。
——そうだな。まぁ。あの豪剣たるナレン・ビデンの妹だから、やはり強いんじゃないか? 血が同じだと似るのかもな? 俺は戦争孤児だから兄弟はいないが、あっ、またまた転んだ。
——別に、血が繋がっているからといって。全てが似るとは限らないわ。
ティターニの物言いが妙によそよそしく感じたが、ブットルは気にせず尾行を開始する。
よくやく色街へと侵入したサマリはそこでも右往左往しながら、目的地の研究所に向って行く。
「うぅぅぅ。本当にいいのでしょうか? 巡回の任務をせずにいいのでしょうか? シンラさん優しいけどなんか怖いんだよな。あの目、苦手なんだよな〜。うぅ〜本当にこんな事してていいのかな?」
ティターニの口車に乗せられていこう、悩みながらも歩みを止められないサマリである。
サマリ・ビデンはよくいえば真面目一辺倒といえる。
姉の後ろに隠れていた故に、決断力を欠く場面が多い。
実力は申し分ないのだがこういった、一人で決断が必要な事態には弱さが見える、結果ティターニの強引な嘘にも判断ができずに流されてしまう。
——あれが研究所か? 研究所というよりは貴族が住む屋敷に近いな。
——そうね。無駄に大きな屋敷ね。
サマリは色街内の奥地まで進むと大きな建物の前で足を止める。
門扉の前には屈強な海人族の男が二人。
サマリは門番二人と挨拶を交わす。少しの会話の後、一人は屋敷に入り数分後に赤肌色の海人族の女性を伴って現れた。それは五剣帝・二の剣。ナレン・クゥオートである
——やはり強者は佇まいから違うわね。
——今は仕掛けるのは止めてくれよ、戦闘狂じゃあるまい——いや、何でもない。
ブットルはティターニに視線を送る途中で言葉を止める。
こういう事は本人が気づいてい無い傾向がある為、変に指摘し揉め事になっても面倒だと器用貧乏の男は悟った。
五剣帝の二人にブットルは再度視線を移す。
シンラは規則正し黒い軍服を着用し、赤色と緑色の格子柄の羽織を肩に掛けている。赤肌色と白い髪がなんとも似合っており、それが美しさを際立たせていた。
距離を置いている為、五剣帝の二人の会話は聞こえない。
第一目的である研究所に到着した時点で目的は完了している為、二人の会話を無理に聞く必要はないとティターニとブットルは感じている。少し気になるといえば、妙にシンラがサマリへのボディータッチが多い事だ。
ともかく話し合いは終わったようで。サマリは顔を顰めたまま、来た道を戻って行く。
おそらく、シンラに問題ないから戻るようにと言われたのであろう。サマリは混乱した様子で振り返り研究所を見た後に去っていく。
サマリが去った事を確認したシンラも屋敷の中へと入っていく。
「さて、行きましょうか」
「あぁ。サマリは完全に立ち去ったようだしな。でもどうするんだ? 何か良い策があったり——」
「こういう時は正面突破に限るわね」
ブットルは軽い眩暈を覚える。
「待ってくれ。今の発言はとても暴蘭の女王とは思えないぞ。隠密に行った方が良くないか? 例えば窓から侵入して中の様子を見て——」
「そうね。でもうかうかしていられない事もたしかよ。コーガがアクアの元に行って、真相を聞いたら戻って来る。その前には行商エリアに戻って巡回していた体を装わないと——」
「それも、そうだが」
「それに、亜人帝国の時も同じような事があったの、その時は綾人と貴方の親友が無茶をやったせいで、道が開けたといってもいいわ。でも私はバカ二人とは違うから,もちろん常識の範囲で行動を起こすけどね」
ブットルは空上綾人と親友の獅子人が、無茶をする場面が安易に想像でき、それにティターニが少なからず影響を受けている事も悟った。
瞑目し、思案する——確かに現状を打破するには大きな何かを起こさなきゃ駄目だ。そういった意味であればティターニの行動は良い起爆剤だな。悪影響を受けているとはいえ暴蘭の女王の二つ名を持つ者だ。そうそう下手な事を——。
「——せえええぇぇぇぇい!」
隣を見ると声を張り上げ、黒と白の二振りの短剣を振りかざすエルフがいた。
スキル 羅刹
効果:絶対的な一撃で相手の命を奪う、奪われた命は悪鬼により永遠に弄ばれる。
全長三メートルの、三日月型の赤黒い斬撃が屋敷に飛んでいく。
「え?」
ブットルは阿呆のように呟いた後しばらく固まった。
——建物の破壊音が辺りに響く。
斬撃によって半倒壊された屋敷からは大量の海人族が表に出る。
「ティ、ティターニ?」
「なに?」
予想外に予想外を上塗りしたような行動の為、ブットルの声は若干に上ずってしまう。この行動には慎重という言葉とは真反対であり、荒事を好んで引き起こしているように見えた。
これではまるで、空上綾人である。
「いや、ティター。どうしてそんなにおどけた顔ができるんだ? な、何をしているんだ?」
「何をって、怪しいやつを炙り出す策よ。ちまちま時間を仕掛けていられないでしょ?」
「ティターニは、アレだな。悪影響を受けまくってるな」
ブットルもある意味で腹を括る。
おそらく、今後もこういった事が続くであろうし、常時巻き込まれていくのだろうから慣れておこう——との考えに至ったからだ。
そんな水王の決意に首を傾げ、どうしたのかしら? 的な視線を送るティターニ。
本人が気付いていないだけで、相当に悪影響を受けている事は確かである。
両名は再び影場に隠れ屋敷を見る。
屋敷から出た、白衣を纏った海人族達が半倒壊した屋敷を見つめている。その中には五剣帝・二の剣。シンラ・クゥオートの姿もあった。
他は誰もいなかった。研究員とシンラのみである。
シンラは建物から視線を逸らし周囲を見る。唇を噛みながら腰に下げられた白い刀を握る。
「様子を見る限り、守りは二の剣と門番のみのようね」
「そうだな——大事な何かを隠すにしては、少し戦力が乏しいな。だが、逆を返せば知られたくないから警護を一人にし、情報の拡散を防いでいるともいえるな。さて、どうする?」
「向こうさんはやる気みたいね。でも身バレするのは不味いわね。これを被って応戦しましょ。亜人帝国で戦った奴が被っていた面だけど、使えそうだからとっておいてよかったわ」
ティターニは己のポーチ袋から面当てを取り出す.
「なんだが、緊張感に欠けるお面だな」
「私もそう思うわ。でも顔がバレるよりはマシでしょう」
「確かに」
ティターニとブットルは面を被り、屋敷前——シンラの前に飛び出す。
「な、何だ貴様らは! シンラは怒りでおかしくなりそうです! お前らがこれの犯人ですか!」
シンラの指先は半倒壊の屋敷を指している。建物に攻撃された怒りよりも目の前に現れたふざけた面を被る二人に怒りを覚え怒号を飛ばす。
ティターニとブットルの顔には、何とも緊張感のないウサギの面が付けられていた。
急に現れたウサギ面を被る怪しい者に、猜疑心と怒りが向くのは自明の理といえる。




