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密会の続き


「おい! いい加減離してくれよ! 話すことは全部話したんだ! オイ! 聞いてるのかよエルフの姉ちゃんよ!」


 過去から現在へと意識が戻るとティターニの瞳に色が戻っていく。

 魔人族の男は手首を捻られ、地面に組み伏せられている為、余裕のない声を出している。


 組み伏せているのはもちろんティターニ。

 過去を——末娘を——マリアンヌとの別れを思い出した後はいつも、苦虫をかみしめたような顔になってしまう。


「もう一度言いなさい」


「えぇ?」


「もう一度、ベルゼに——骸骨マスクになんて言われたのかを、言いなさいといったのよ」


「あぁ! ちゃんと聞いとけよ、いだだだだっ! 痛い、分かった、分かったからこれ以上肘を曲げないでくれ、折れちまう」


 ギリギリと音がしそうな程に男の手首は捻られ、曲がってはいけない方向に曲がっていく。男の叫びは静まり返った夜の海国によく響いた。


「だから、エルフの大虐殺は、あれは、天使の口車に乗せられた哀れなエルフの仕業だよ! あんたにそう言えって、骸骨マスクを被った大男に言われたんだよ! それと天使の使徒と名乗る集団にそのエルフがいるんだってよ!」


「——くっ!」


 ティターニは何かを言おうとしたが、何も言えなかった。唇を噛み、眉根を寄せ、目を怒らせるがこれが怒りの感情なのか、戸惑いの感情なのか、それとも哀れなエルフという言葉への何らかの感情なのか、当の本人もわからずに、ただもう一度、喉からくぐもった声を出した。


 それでもティターニの冷静な脳は働き、天使の使徒という単語は捉えた。


「おぇ〜痛ぇ〜。乱暴だな、エルフってのはよ!」


 腕に力が入らず、だらりとなった所で男は抜け出し悪態を吐く。


「——マリアンヌ」


 四肢に力が入らずに手足がだらりと下がる。

 そのまま倒れこみそうになるが、それだけはなんとか堪えた。

 ここで地面にへたり込んでしまえば末妹の人生全てが無意味に感じてしまったからだ——こみ上げてくる激情は止められず唇からは名が溢れでた。


 男はまだ何か文句を言っているが、その言葉はティターニには届いていない。

 今は空を見上げることで溢れ出る感情を抑えている。


 ベルゼの言葉を完全に信じたわけではない。だが、あまりにも的確に自身の知りたかった事を言われてしまい。思考が定まらない。

 じっと手を見る。

 幼い頃に幾度も繋いだ、小麦色の小さな手。

 記憶が想い起こされる。

 あの日、あの告白を受けた日。

 両親と兄妹が殺された日、三百年前の大虐殺の告白を受けたあの日。

 差し伸べられた手を拒絶し逃げたあの日。

 あの時の叫ぶ末妹の姿は別人に見えた。

 逃げて、逃げて、逃げた。

 気がついたら夜が明け、荒野に一人佇んでいた。

 そして泣いた。悲しみの涙なのか、怒りの涙なのかは分からなかった。ただ泣いた。 

 それからは無我夢中で生きた。これまでの人生とはまったく違う人生となった。

 楽器を奏でる美しい手は短剣を握り、美しさを際立たせるドレスは鎧になり、花を愛でる瞳からは獲物を狩る狩人となった。


 多くの選択肢の中から最も過酷な冒険者を選んだのは、やはり——。


 もう一度、マリアンヌと会う為。


 雷蘭の姫の二つ名に追いつく為に、暴蘭の女王となり、少しでも近づく為に自らの命を危険に晒す日々を生きた。

 エルフの大虐殺の真相を追えばいずれ出会えると信じ行動した。結果、今ここにいて己の手を見る自分は——。


「おい! 俺はもう行くぞ!」


 男が再度悪態を吐く。

 己の焦点が定まっていなかったのだろう。男はティターニの顔にに手の平を近づけ左右に振っている。

 ティターニは男の手の平をじっと見つめた。

 その手は、どうにも妙であった。瞬間に全てを理解した。直ぐに己の不甲斐なさに笑いが込み上げてきた、いや、実際に声を上げて笑った。

 どうして末妹の名を聞いただけで、こんなにも悲劇のヒロインとなってしまったのか、自分はそんな殊勝な女ではない。

 昔とは違う。

 何故ならティターニ・Lは世界で七人しかいないS級冒険者の一人。暴蘭の女王なのだから。


「な、なんだよ。急に笑い出して、きみが悪いな、俺はもう行くぞ!」


 急に笑い出したティターニの奇行に男は難色を示し立ち去ろうとした。


「ねぇ、あなた——」


 エルフの一言でその足は止まる。


「——どうして、そんなに気配を消すのが上手いのかしら? 一般人がそんな事できるはずないでしょ。この間抜け」


 ——キキキッ。 


 背を向けていた男からは猿のような笑い声が聞こえた。


「それにその手、一般人と呼ぶにはあまりにも血の匂いが濃いわよ——!」


 言葉尻に合わせてティターニの短剣が水平に振るわれる。その速度は電光石火である。

 だが男の行動は短剣よりも早かった。


 自らの腕を心臓に突き刺し大量の吐血をした。

 短剣の起動は急遽止まり、ティターニの本能が警告を鳴らした為後退する。


「キキキッ。上手くいかないもんだな。()()()()()ってところか。俺はココらで引かせてもらうぜ、最後にもう一つ良い事を教えてやる。お前といつもいる亜人族の蛙族(グルヌイユ)には気を付けろよ、あいつは何かを知っていながら隠しているぜ」


 言い切ると男は絶命した。


 ティターニが周囲を確認するが怪しい気配は無い。

 死体に近づくとそこには、魔人族ではなく人族の男の死体となっていた。見た事もない男である。


 舌打ちを一つして思考を巡らせる。


 自分の知らない所で何か大きな事が動いているのだろう。とティターニは推測するが、海国が実際にどう危険で、悪魔や魔人族がどう関わっているのかが明確では無い以上、答えはでない。


 おおよその辺りをつけて推測するが、先ほどの魔人族の言葉が気に掛かる。


 ——亜人族の蛙族には気を付けろよ、あいつは何かを知っていながら隠しているぜ。


 直接問いただすべきかどうか、少しばかり迷いが生まれている。

 仮にブットルが何かを隠していたとして。それを暴く事によって発生するリスクはどれほどのものになるのか。


 本来のティターニは慎重に慎重を重ねる性格である。

 綾人と行動する事で変化が生まれたが、今はその変化を与える人間がいない為、昔の癖で慎重になっている。


 それは本人も自覚しており——。


「あまり考えても仕方ないわ。それに今は憲兵を呼ばないとね」


 地面に倒れている男に一瞥を送りティターニは憲兵を呼びに行く。

 考える事は色々とあるが、それよりも今も戻らない阿呆のせいで、大きな溜息が出る。

 こうしてティターニの手応えがあったのか、無かったのかよく分からない一日が過ぎていった。


 キキキッ——と猿に似た、不快感を感じる魔人族の声は今も脳内に響いていた。


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