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もう一つの密会②


 エルフという種族が激減したのは三百年前まで遡る。

 子供を授かりにくい体質というのはあるが、それはあまり関係が無い。やはり三百年前が引き金といえる。

 

 エルフは美男美女が多い。その端麗な容姿に佇まいなどから、美の終結と謳われていた。


 エルフは自らの種族に誇りを持っていた為、他の種族。ひいては同じ亜人族ですら軽視する傾向があった。

 故に亜人帝国を離れ、自らの種族のみで森と共に暮らす事を選んだ。


 唄を歌い。作物を耕し。獣を狩る。

 だれかの祝い事の時は全民で盛大に祝い。悲しい時は共に泣き。絆を深めていく。

 全てが家族であり、全てが親、子供、兄弟、姉妹といえた。


 中にはそんな暮らしや、深い馴れ合いに嫌気が差し、森を出ていくエルフもいた。

 だが、それはほんの数名である。多くのエルフの民は森で過ごす事を選択していた。


 そんな暮らしが永遠に続くと思っていたエルフの民だったが、その事件は唐突に起こった。


 ある日、何の前触れもなく。森に暮らす全てのエルフが殺された。

 皆、眠るように静かに、苦しまずに心臓を一突きされ、死んでいた。

 皆の顔はこれから一日の始まりを迎えるような健やかさがあった。


 エルフの森に通う行商人が第一発見者である。


 彼はいつも通りに商品を売りに、エルフの森へと赴く。

 基本は自給自足のエルフだが、文化や芸術の触れ合いを大事にしており、内側からの発生だけでは限度があるので、行商人を招き、流行りの唄や詩、絵画、骨董、などの道楽を外から仕入れていた。


 訪れた行商人はいつものように絵画や骨董を売るためにエルフの森に訪れる、だがいつもと雰囲気が違った。どうにも静かだと思ったらしい。静かすぎて気味が悪いと思いながらも森を進む。


 そして何の前触れもなく、数多くの、本当に多くのエルフ達が、地面に横たわっている姿を発見した。


 彼は最初、何かの儀式をやっているのかと思ったほど高尚な気配が周囲に満ちていたと言った。

 それは実際に見た者ではないと、感じられない感覚なのかも知れない。


 横一面に並べられたエルフの体には出血が無い。痣など暴力の形跡も見られ無い。

 先に述べたように、本当に眠るように死んでいたのだ。


 この事件は、エルフ大虐殺と名付けられた。


 だが虐殺と呼ぶには死の種類が違う。森を出たエルフが当初そう説いた事から発端となっている。


 エルフにとっては虐殺以外の言葉が見当たらないのである。

 森を出たエルフ達は閉鎖的な日常に疑問を持ち、外に出ただけに過ぎない。

 よって同じエルフ同士を嫌っていたわけでは無い。

 

 全てのエルフは友であり、家族である。

 故に家族が全て殺されたというのは虐殺という言葉でしか表現できなかったのだ。


 犯人は未だに捕まっていない。


 何かの意図で、集団で自らの命を絶ったという話もあったが、種族に誇りを持つエルフにそれはあり得無いと、残ったエルフ達は反論した。 


 こうしてエルフの長い、あまりにも長い犯人探しが始まった。

 手掛かりは皆無である。


 百年、二百年、三百年と時が過ぎ、親から子へ、そして孫、ひ孫へと犯人を突き止めるという意思は脈々と引き継がれていくが、三百年も前となると犯人を探し出す。というよりも真実を知るという考えが強くなっていく。


 三百年前の出来事はもはや現実味が無い。


 大祖母は、犯人を突き止め、殺されたエルフの無念をはらす事がエルフの悲願であると孫に伝えていくが、現実感はない。なぜならそれを語る大祖母でさえ昔の出来事と捉えていたからだろう。


 犯人を探し出すよりも真実を突き止める。今を生きるエルフ達はそう捉えている。


 ティターニ・Lもその一人である。

 どこか自分には関係の無い事のように思っているのが本音だが、幼い頃より——犯人を捕まえろと——言われ続けた為に、常に心の片隅にあり。それが時折ちらつく程度の感覚であった。




 ——あの日までは——。




「お姉さま。わたし、天使の声が聞こえるようになりました」


「え?」


 少し舌ったらずで、悪戯好きの子どもを思わせる幼い声がティターニの耳に届く。

 振り向くティターニは今よりも髪が短く、顔も幼い少女である。

 場所は屋敷の中、赤い絨毯がひかれている廊下。読書をする為に部屋を移動した際に声をかけられた。


「えへへ、お姉さま。わたし凄い? 天使の声が聞こえるようになったんですよ!」


 振り向くと末妹の嬉々とした表情があった。ティターニは困惑しつつ、同じ目線になる為に膝を折る。


「天使の声が聞こえるの?」


 ティターニの問いかけに勢いよく首を縦に振り、姉を見つめる瞳は褒めて褒めてと輝いている。


「私には聞こえないわ。きっと良い子にしか聞こえないのね。姉として誇りに思うわ」


 ティターニは末妹の頭を撫でる、すると照れ笑いしながら大好きな姉へと抱きつく。

 いつまでも甘え癖が治らない末娘に少し困りながらも、もう一度優しく頭を撫でる。


「天使の声が聞こえる事を、他の誰かに話したの?」


「いえ! お姉さまが最初です。まだお母様やお父様にも言ってません! 一番にお姉さまに伝えたかったの!」


「一番に選んでくれたの? 嬉しいわ、ありがとう。そっか——じゃあ、私と約束しない?」


「やくそく?」


「えぇ。天使の声が聞こえたという事は、私以外の人に言ってはならないという約束よ。どう、守れそうかしら?」


「誰にも? お父様やお母様にも言ってはダメなの?」


「えぇ。二人だけの秘密よ」


「レダお姉さまや、セルロスお兄様や、他のお兄様やお姉様にも言ってはならないのですか?」


「勿論よ。秘密だもの、二人で内緒にしていましょう」


 末妹は少し困った顔をしたが大好きな姉との約束を守ると決め、大きく首を動かし、了承の意を送った。


「偉いわ。じゃあ今日から二人だけの秘密ね。また天使の声が聞こえたら私に言うのよ。さて、私はこれから読書をするけれども一緒にどうかしら? 今なら小熊のペディの大冒険を読み聞かせしてあげるわよ」


「行く! ティターニお姉さまの読み聞かせ、大好きなの!」


 もう一度姉に抱きつくと、早く早くとティターニの手を引っ張り催促する末娘。


「もう、そんなに焦らなくても私はどこにも行かないわよ。転ぶから落ち着いて歩きなさい」



 ——マリアンヌ。



 姉に名前を呼ばれはにかむ女の子は、天真爛漫を絵に描いたような美少女であった。

 小麦色の肌に銀色の髪と瞳。ダークエルフという存在である。


 マリアンヌは天才であった。

 何が? と言われると全てがと答えるのが正解だ。


 学問、運動、音楽、全てに素養があり、全てに過大な成果を上げている

 家族の皆が将来のマリアンヌに期待した。ティターニも自分より遥かに優秀な末妹の将来を楽しみにしていた。


 故に天使の声が聞こえるという言葉は、幼さ故の戯れだろうと思った。

 家族に知られ、もしも——天才故に感性が際立ちすぎて幻聴が聞こえる。などといった騒ぎに発展すればマリアンヌの将来に影が差すのではないか? ティターニはそう思い口止めをした。


 というのは建前であり、実際の理由は天使という言葉がどうにも嫌な予感がしたからだ。

 マリアンヌはそれ以降、天使と口にする事はなかった。



 ——十五歳になる、あの日になるまでは——。



「マリアンヌ、その花、どうしたの?」


 ある日、マリアンヌは大量の花束を抱えて帰ってきた。

 姉の質問にマリアンヌはこう答えた。


「ティターニ姉様。もうすぐ、大祖母が亡くなるので前もって花を用意致しました。死という別れは悲しいですけれど、きっと来世で、また私たちは家族として再開できますわ」


「え?」


 大輪の笑顔でそう告げたマリアンヌは花を抱えたまま、自室に向かう。

 ティターニは混乱し、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 その翌日に大祖母が亡くなった。


 悲しみが広がる中、マリアンヌだけは凛とした表情を崩さぬまま大祖母の遺体を見つめており、その横には大量の花が添えられていた。



ーーー



 ある嵐の晩であった。


「マリアンヌ、何をしているの?」


「ティターニお姉様! 今日から明日に掛けて屋敷を出てはいけません。マリアンヌからのお願いです! 皆にも、お父様とお母様、他の兄妹達にも外に出ないよう伝えてください!」


「待って! どこに行くのマリアンヌ! どうしたというのです! それにその格好——」


 簡易の鎧を身につけ、大きな外套。腰には剣。手には弓矢を持つマリアンヌにティターニは声を荒げた、普段はドレスしか身に纏っていないはずが、どうしてか今は冒険者のような格好をし、またそれが様になっている。


 ティターニの不安は膨れに膨れ、もう破裂してしまいそうであった。

 マリアンヌがどこか遠く行ってしまいそうだ。そう感じた。


「小鬼の集団がこちらに接近しています。冒険者と共に連携して全てを殲滅致します。奴らを今見逃すわけにはいきません、脅威となる前に潰す。それが——」


 背中越しで語る末妹の言葉をティターニには理解ができない。

 小鬼? 冒険者? 脅威? 一体何を言っているのだろう。


 マリアンヌは姉の静止を待たずに外へと飛び出す。最後の言葉をティターニは聞き取る事ができなかったが、もしかするとこう言っていたように思う。



 それが——天使の言葉です——と。



 その日は家族でマリアンヌの話し合いが行われた。

 ティターニは父と母、他の兄弟達にマリアンヌが幼い頃に、天使の言葉が聞こえる。という事を言っていた事実を打ち明けた。


 家族の皆は困った顔をし、マリアンヌが一度帰ってきたら話し合おうという結論に至り、皆が帰りを待った。

 

 嵐は一向に落ち着く気配を見せずに激しさを増していく。まるでティターニの心を表しているようである。



 マリアンヌはその日、帰ってこなかった。

 家族は彼女の無事を祈り帰ってくることを祈った、祈る対象は神や天使ではない。

 むしろ天使はマリアンヌを惑わせる危険な存在であった。

 


ーーー



 マリアンヌが帰ってきたのはさらに一週間後。その日も嵐であった。

 帰ってきたその日に父、母、他の兄妹達が死んだ。

 皆安らかな顔をしていた。


 眠るように静かに、苦しまずに心臓を一突きされ死んでいた。

 皆の顔はこれから起きて、一日の始まりを迎えるような健やかさがあった。

 父、母、兄妹達の死体は大広間に、横一列に並べられていた。


「マ、マリアンヌ!」


 遺体の近くに立つマリアンヌは悲しみの中にも、どこか凛とした表情をしていた。

 名を呼ばれ、ゆっくりと振り向く、銀色の瞳が捉えたのは、怯えている姉の姿。


「——お姉様」


「お父様とお母さま、それに兄妹の皆が——」


 ティターニは震える足に鞭打ち歩き——今の今までを思い起こす。




 嵐の音がうるさく。胸騒ぎがして起きた時刻は夜中。

 どうにも眠れず部屋を出る。いまだ帰って来ないマリアンヌの部屋を訪れようとした際に物音がした。

 向かってみると、そこにマリアンヌがいた。

 出ていった時の服装のままであり、冒険者のような格好であった。

 すぐに名を呼び掛け寄ろうとしたが、マリアンヌの足下にいる家族の皆に視線がいく。




「マ、マリアンヌ!」


「皆、死んでおります。お姉様」


「え?」


 そう答えることしかできなかった。


「マリアンヌ。う、嘘を言ってはいけません。皆、ね、寝ているのでしょう? お父様もお母様もお寝坊さん、ね」


 ティターニは自分でもよく分からない事を言っていると思いながら、おぼつかない足取りで皆の元に近づいていく——。


「そ、そんな——」


 家族は死んでいた。


「マリアンヌ。これはいったいどういう事なのですか? あなたが帰ってきたら、皆が死んでいるなんて、まるであなたが皆を、家族を、殺した犯人だと疑われてしまうわ——」


 ティターニは努めて冷静であったが、涙がとめどなく流れている。


「犯人。といった観点で考えれば私かもしれません。ですが魂を奪ったのは別の人物です」


「え?」


 またしても、ティターニは聞き返すことしかできなかない。


「天使様です。天使様にお父様とお母様、兄妹の魂の浄化のお手伝いをしてもらいました」


 ティターニはその言葉を聞いても理解ができず、ただ泣く事しかできなかった。

 ただ分かったのはマリアンヌはもう、自分の知っているマリアンヌではないということだけが理解できた。

 別人となった末妹は独り言のように独白を始めた。


 ——天使様の声が聞こえるのです。


 始まりの言葉は、ティターニが悩み、いつまでも心の片隅から離れずにいた一言であった。


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