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もう一つの密会


「なるほどね」


 ティターニはそう呟いた。どんな国にも光の側には闇がある。


 海国とて例外では無い。行商人や観光客などで明るく賑わう大通りは華やかだが、裏では人身売買。奴隷。浮浪者。戦争孤児。流れ者が多数いる。色街の目と鼻の先にそれらが集まるスラム街はある。華やかさとはかけ離れた、暗く、陰鬱で、惨めな空気が周囲一帯に流れている。

 

 通常ならばスラム街に踏み入る事すら戸惑いがあるが、ティターニには関係が無い。無遠慮に踏み込み周囲を観察する。美貌だけではなく、様々な死線をくぐり抜けた暴欄の女王だからこそ、威風堂々とした態度である。


 スラムの住人達は女の、それも最上級の女に喚き立つ、歩く先々で襲いかかるがその都度返り討ちに合い。無頼漢が地面に転がっていく。

 

 ティターニは海国に来ていらい、苛立ちを覚えている。

 小さな事を言えばキリが無いが、一番の理由は終始感じる視線。


 このスラム街のように陰湿で粘着質な視線は街を歩くたびに感じており、うんざりしていた。その原因を突き止められると思うと自然に歩く速度は速くなり、目は険しくなり、肩に力が入っていく。


 そしてスラムを数分歩いた所で——なるほどね。と呟いた。

 納得したティターニは腰に収めた二振りの短剣を引き抜く。


「スラムの出身だからあんなに粘着質な視線だったわけね。納得だわ。あなた、死ぬ覚悟は出来ているのよね? 私をずっと観察していたみたいだけれど。要件くらいなら聞いてあげるわ?」


 目の前の人物に吐き捨てるように言葉をぶつけ、短剣を向ける。


「キキキッ。おぉ、怖い。こっちに敵意はないさ。まずはその物騒な獲物を下ろしてくれ」


 人をおちょくったような声色をした魔人族の男であった。 

 不衛生を絵に描いたような男は猿に似ており、キキキッと笑う声はどうにも癪にさわる。


「私も物騒な真似はしたくないけれど、魔人族には良い思い出がなくてね。あなたがどんな存在か分かるまで我慢して頂戴」


「分かったよ。無駄な抵抗はしないさ」


「そうしてくれると助かるわ」


 ティターニの殺気を受けても飄々とした態度で猿は両腕を上げる。


「それで用件は何? どうして私を監視していたの?」


「いきなりだな、おい。こういう時はまず、名前から——っと、冗談だよ。頼むから斬らないでくれよ」


 余裕のある態度がティターニの琴線に触れた為、首筋に黒と白の短剣が当てられる。

 薄皮を切りつけ、斬る寸前の所で止まる。


「無駄話は嫌いなの。次に私の質問に答えなかったら容赦無く首を跳ねるわ」


「わ、分かったよ。ちゃんと答えるさ」


 狩人の目となったティターニに脅威を感じた男は軽薄な物腰を内にしまう。


「何故私を尾行していたの?」


「それは、あんたにある事を知らせるためさ」


「ある事?」


「あぁ、そうだ、おいおい、素直に答えてるだろ、短剣が首に食い込んでいるから止めてくれよ」


「うるさい。さっさとそのある事を伝えればいいのにどうして何日も尾行していたのよ」


「俺は伝言を頼まれただけなんだよ。あんたにある事を言うようにと、でも俺等みたいなスラムの出は情報を言った瞬間に首を切られることもあるんだ。だから数日あんたを観察して、問題ないか調べてたんだよ。それにあんたが一人の時に、そのある事を言うように頼まれたんだよ」


「——そう。理由としては一応は正当ね」


 男は早口で捲し立てた為に咳き込む。それはティターニが短剣を首元から離したことも理由としてあげられる。

 魔人族の男がいうように、スラムの住民達は存在を軽んじられる為、男の言葉は偽りではない。実際にそういう事件が起きたことも確かだ。


「で、誰に、どんな内容の言伝を受けたの?」


「大男に頼まれたんだ。海国で金髪のエルフを見かけたら声を掛けろって」


「大男?」


「あぁ、妙な格好の大男さ。骸骨のマスクを被った大男だったよ」


 ティターニの心臓が跳ねる。骸骨マスクを被った大男は十中八九あの悪魔の事である。


 ベルゼ——エルフは男を注視する。


 媚び諂うような顔でティターニを見ている。魔人族全てが悪魔に加担している訳ではない。中には心優しい魔人族もいる。故に躊躇が生まれた。

 この男は本当にベルゼの存在を知らないのか、それとも既にベルゼの手先となった魔人族なのかの判断に迷った。


 嘘を吐いている可能性もある。威圧するが、それにも気がつかずご機嫌をとるような笑顔を浮かべている。

 敵かどうかの判断は先送りにし、続きを促す。


「——そう。で? あなたが聞いたある事っていうのは?」


「あんたらの種族にとっては耳聡い話しだろうけど、あんたに話せば、金もらえるからよ。悪く思わないでくれよ」


「構わないわ」


「エルフ大虐殺」


「——ッ!」


 ティターニの声にならない声が喉で響く。

 てっきり、エルフの奴隷関係の話かと思っていたが、まさか一番聞きたい内容が飛んでくるとは思わなかった。


「ま、待ちなさい! 今、なんと言ったの。もしも私の前で、その事を、エルフ大虐殺の話が嘘であったなら、貴方を殺すわよ」


 男の首に再び短剣が押し当てられる。


「ま、待ってくれよ! お、俺はただ、あんたに伝えろって言われただけなんだ! 骸骨マスクを被った奴に。お、俺は悪くない!」


 男の必死さにティターニは幾分か冷静になるが、それでも押し当てられた短剣はそのままだ。


「何を、どう伝えられたの? 一語一句正しく言いなさい」


 男からの話が真実かは分からない。ましてやベルゼからの伝言という時点で非常に怪しいものである。


 だが、今まで何の証拠も得られなかった、かの大事件にようやく行き着いたという高揚感がティターニを支配し、血走った目には真実のみを渇望していた。


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