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密会


「さて、随分と歩かされたな。もう十分だろ? 人払いの(ルーン)も仕掛けてあるのか、随分と手の込んだ事をする」


 ブットルは色街の隅にたたずみ地面に目をやる、人払いの印を見つけるとやれやれと言った声を出した。

 その場所は往来の脇道とはいえ、頻繁に人の行き来がある色街とは思えぬほど静まり返っていた。正確に言うならば静まり返り過ぎている。


 人の声も。足音も、何も聞こえない。無音である。

 それは先ほどブットルが言ったように、人払の(ルーン)が掛けられているのが理由なのだろう。


「誘っておいて黙りか? 帰りを待つ者がいるんだ。用が無いなら帰るぞ、それとも——」


 声に鋭さが加えられていく。水王は明確な戦闘の意思を見えない相手に向けると己の腕を口内に入れ、手早く引き抜くと 杖を引き抜く。


「やり合うつもりなら容赦はしない」

 

「乱暴なのね」


 暗闇から聞こえた声は艶のある女の声だった。


「姿を見せない奴には、それ相応の対応をするだけさ」


 声の方向に向けられた杖の先端には、水色の魔法陣が描かれる。

 牽制は十分と言って良い。だが、女はクスクスと笑うだけで姿を見せる気配は無い。


「何がおかしい?」


「だって。噂に聞く水王と違うもの、有無を言わさず水魔法が飛んでくると思ったけれど、随分と優しいのね」


 傭兵時代のブットルならばそのように対応していただろう。

 だが今は一人ではない。ルード、ティターニ、空上綾人に危害がいく事も想定される。故に行動は慎重になる。


「女性に優しくするのが男の務めだろ? そろそろ姿を見せてくれないか。相手が暗闇の中にいたらデートに誘う事もできないからな」


「噂というのは本当に当てにならないわね。生き急いでいたって聞いたけれど、そんな嬉しい事も言えるなんて」


 暗闇から長い足が現れる。細く、しなやかであった。続いて軽装の鎧に身を包んでいる体が現れる。

 鎧に包まれている体は明確な起伏があり男を魅了するには十分といってよい。長い銀色の髪は魅力を際立たせている。


「——珍しいな」


 女の魅力ある体よりも、ブットルはそれ以外に目がいく、それは女の肌と耳である。

 小麦色の肌に先が尖った耳。


「ダークエルフか」


「初めまして。水王ブッットル」


 美を集結させた美しい顔に微笑みが貼り付けられる。その笑顔に敵意は感じられず、ブットルは一度構えていた杖を下ろす。先端にある水色の宝石からは魔法陣が消える。


「初めまして。名前を教えてくれないか?」


「マリアンヌよ。こんな所まで呼び出してごめんなさいね。こちらに敵意はないわ。それだけは確かよ」


「だったら。俺の後ろにいる奴を下がらせてくれないか? 敵意がないとはいえ後ろに立たれるのは気分が悪い」


 ブットルの無機質な瞳とマリアンヌの銀色の瞳が交差する。

 しばらくの沈黙の後、ダークエルフは観念したように含み笑いをした。


「かなわないわね、飛鷹。下がって皆の所に戻ってなさい」


 水王の後ろの者は逡巡の気配をみせた後に離れていった。


「いつから気付いていたの?」


「初めからさ。というよりも気付かせるように、僅かに気配を漏らしていたんじゃないのか? 並の奴なら見逃すほどの微量な敵意を後の奴は放っていたぞ、それをアンタが上手く誤魔化していたんだろ? その為に人払いの(ルーン)をわざわざ偽装として使った。そんな所か」


 マリアンヌは工程も否定もせず、ただ妖しい微笑をブットルに送っている。


「後ろの奴のセンスは悪くないが荒削りだな。正しく指導しているのが見て取れる。だが教え子を取引の材料に使うのはいただけないな。少しアンタの事が嫌いになったよ」


 再び杖を向けるブットルは次第に圧力を増していく。


「要件を聞こうか?」


「水王の名は伊達じゃないのね。こうなったら私程度では——」


「いいや、アンタはまだ何か大事な事を隠しているだろ? そういう奴の目は今まで死ぬほど見てきたからな、もしも俺たちに危害を加えるようなら容赦はしない。もっともアンタからは俺程度には負けない(・・・・・・)という、傲慢な態度は隠せていないけどな」


 漆黒の瞳が閉じられ、観念したように両手を上げた。


「分かったわ。ここからは本心で話すと誓うわ——」


「何に誓う?」


「勿論。我らエルフの真祖たるアビスに」


 両者は数秒ほど睨み合う。その間にブットルの思考は加速し当面は問題ないだろう。との結論に至り杖を下げる。


「分かった。マリアンヌ。君を信じよう。それで俺を呼び出した目的はなんだ?」


「信じてくれてありがとう。貴方にお願いがあるの」


「聞くだけは聞いてやるさ。こっちも忙しい身だ。無理難題はお断りだぞ」


「そんな難しい事じゃないわよ。貴方の実力なら問題ないと私は思っているわ」


 影場からマリアンヌが動き、水王に近づいていく。


「貴方達は悪魔を追っているのよね?」


「どうしてその事を知っている?」


 ブットルは少し驚き、マリアンヌを警戒する。

 悪魔を追っている理由は空上綾人とティターニであって自分ではない。だが恩ある二人の為にブットルは身を粉にする事を誓っている。


 ダークエルフは何の躊躇もなくブットルの正面に立つ。やはり敵意は感じない。


「どうして知っているのかは簡単よ。私は天使の使徒だもの。悪魔と対峙する天使様から貴方達の存在を聞いたのよ」


「天使?」


「そうよ。悪魔がこの地を侵略するのを阻止するべく、私たち天使の使徒は天使様のお声をいただき。悪魔、それに加担する魔人族を討つ。それが私達、天使の使徒よ」


「初めて耳にする名だ。天使の使徒は——な、何人いるんだ?」


 想定外の言葉にブットルはズレた質問をしてしまう。


「人数は大勢いるわよ。悪魔も魔人族も大勢いるもの。私たちも数を揃えなければ話にならないわ」


「そ、そうか。天使は、み、見えるのか?」


「残念ながら見えないわ。私たちは天使様からの御告げを聞き、悪魔や魔人族の蛮行を阻止し殲滅しているの」


「な、なるほど。その声は俺にも聞けたりするのか?」


 ダークエルフの顔は真剣である。それに反して自分の質問がどうにも間抜けているとブットルは感じている。


「いいえ、洗礼を受けた者でないと無理よ。天使様達は今、悪魔の力によって、この世界の中心たる場所に封じ込められているの、その名は——」


 ——無限牢獄。


「無限牢獄」ブットルはマリアンヌの言葉をなぞる。どうにも現実離れしており、話についていけなかったからだ。

 水王の混乱を他所にマリアンヌの語りは続いていく。


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