距離が縮まる時
「本日も共に巡回いただきありがとうございました」
五剣帝・四の剣。サマリ・ビデンは頭を下げる。
時刻は夜半。五剣帝と共に海国を巡回するようになって一週間ほど経過している。
空上綾人の行方はいまだ知れずとなっている。
「最近アクアの姿が見えないけれど?」
ティターニは実につまらなそうにサマリに問いかける。水王は周囲を見渡している。
サマリは困った表情で——あうあうと何事かを言おうとしていたが先にコーガが答えた。
「アクア様は忙しいお方だ。貴族に華族と、各地区をまとめる代表者などの会議場に赴き、海国の行末を決める会議をしている」
五剣帝・四の剣。サマリ・ビデンと五の剣・コーガ・モトブ。それとティターニとブットル。加えて憲兵数名でこの一週間巡回を行なっていたが、どうにも手掛かりなどは掴めていない。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
ブットルの声にコーガが煩わしそうに答える。
巡回初日に比べれば、コーガの反応は随分柔らかくなったが、それでも一定の距離感がある——とは言うものの、ブットルやティターニとて仲良くやるつもりはない。
二人は少しでも、何かを——アクアが隠している何かを突き止める為にこの巡回に文句を言いながらも協力しているに過ぎない。だがここ数日、アクアは巡回に参加していない。
「他の五剣帝はどうしたんだ」
「別の任務に当たっていますよ」
サマリは明朗な返事をする。
「よければ教えてくれないか?」
「おい、水王。我々の内情を知ってどうするつもりだ」
「どうもしないさ。ただ興味があるだけさ」
コーガの高圧的な態度をブットルは受け流す。
サマリは取り繕うように説明を開始する。ティターニは興味ないとばかりに明後日の方向に目を向ける。
「えっと、ブットルさん。私から説明します。三の剣・ナレン・ビデンは現在貿易護衛の任務のため、海国を離れております。近々戻るとおもいますよ。二の剣。シンラ・クゥオートさんは、ある研究機関の護衛の為に、その研究所に常駐しております」
「サマリさん! どうして内情を喋っちゃうんですか!」
「え? ダメだったの?」
「国の内情と勢力を説明するのはダメに決まってるでしょ!」
コーガがサマリに激を飛ばすが本人は、どうして怒られるのか謎? といった顔をしている。またしても始まる二人のコント。
実力は十分だがサマリはどこか抜けている節があるようだ。
サマリの説明にブットルとティターニは視線を交わす。
「いや、すまない。揉めないでくれ。今のは聞かなかった事にするから、コーガも怒りをしずめてくれ。サマリも国外からきた人間にはそういった事情はあまり喋らない方がいいと思うぞ」
「は、はい」
「今の情報は忘れろよ水王!」
サマリは首を傾げながら、ブットルに返答し、コーガは怒気を含ませながら返答した。
「しかしナレン・ビデンの名は傭兵時代に聞いた事がある。確か前任の一の剣だった憶えがあるが?」
「はい! そうです! ブットルさんはお姉ちゃんを知っているのですか⁉︎」
サマリの灰色の瞳がキラキラと輝きだす。
「あぁ、知っているというと語弊があるが、噂を耳にした程度だ。今のアクアが一の剣になる前はナレン・ビデンという名であった事を覚えている」
「はぁ〜やっぱりお姉ちゃんは凄いな〜。有名な水王ブットルさんに名前を覚えてもらってるなんて〜」
「あぁ、そうか。サマリ・ビデンか。二人は姉妹なのか」
「はい! お姉ちゃんのナレン・ビデンは私の自慢の姉なんです——」
そこからサマリの姉自慢がしばらく続く中で、ブットルは己の記憶のナレンと認識を合わせていく。
一の剣前任のナレン・ビデンは明朗快活であり、一太刀は力強く不動の如く。誰しもが平伏す一閃と恐れられている。
カリスマ性を持ち合わせ、人を従える器量をもつ指導者である。
アクアとの一騎打ちで敗れ、一の剣を譲るとアクアより貿易の任務に当てられ、海国を離れているのが現状である。
「いつまでベラベラと喋っているんですかサマリさん。今日の巡回は夜組に任せて上がりますよ」
コーガはサマリの説明を止め、憲兵に指示を出しサマリを連れて去っていく。
「明日も同じ時間に来いよ!」
去り際に連絡事項を告げる辺りが、コーガの性格を表している。
「さて——」
「さてと——」
憲兵も去った後、ブットルとティターニはそれぞれそう呟く。
「ティターニ。どうする?」
「そうね。さっきから私にだけ熱烈で粘着質視線を送っている奴をそろそろ捕まえたいところね。向こうも痺れを切らして随分と尾行が雑になっているから。今日辺りが狙い目だと思うわ」
「そうか。俺や五剣帝の二人が気づかないと言う事は、ティターニのみを標的にしているんだな」
うんざりしたように「えぇ」と答えるティターニ。
「貴方はどうするのかしら? サマリが言った。研究所とやらに行ってみるの? あの様子と口振りだと二人は研究所で何が行われているのか知らないみたいだけど、二の剣がいるというのは、どうにもね——ブットル?」
「ん? あぁ、すまん」
ティターニが喋っている間。ブットルは明後日の方向を見ていた。
「確かに研究所というのは気になるが。ここ数日、俺にも熱烈な視線を送る奴が現れてね。今日は随分と大胆に誘ってくるから乗ってみようと思う」
「あら? 私が気が付かないなんて相当ね。さすが水王、随分とモテるのね」
「ティターニほどじゃないさ」
二人は妖しく微笑み合う。
おそらく、それぞれに監視している人物は別系統の輩であろう事を推測する。
もしも有益な情報に繋がれば、海国の闇、悪魔の存在。そして空上綾人に通じる何かと遭遇できるのではないかと予想を立てる。
「あまり遅くなると、ルードが心配するわ。手早くね」
「あぁ。直ぐに片付けるさ」
ルードは今も、綾人の帰りを一人で待っている。
「じゃあ、気を付けて」
ティターニの言葉にブットルは目を丸くする。エルフは微苦笑を含ませながら背を向け歩きだす。
心の底から心配している訳ではないと思うが、あの傲慢エルフからまさか気遣いの言葉をかけられるとは思っておらず、ブットルはしばらく呆けた後に「そっちこそ、気を付けて」とティターニの背に言葉を掛けた。
エルフは背中を向けたまま片手を上げてそれに答える。
その様子を見て、ブットルも微苦笑をしつつ振り向く。
ブットルは今、歯痒い感情に包まれており少し困った顔をする。
一人で戦い続けていた時には味わわなかった感覚に戸惑いを覚えつつも、嫌いではない。と微笑し歩きだした。




