赤い瞳
消化活動が終わると同時に、ブットルとティターニは五剣帝と向き合う。
先頭に立つのはもちろんアクア・スカイラ。彼女の赤い瞳がエルフと蛙を捉える。
「さて、まずは双方の認識のすり合わせから始めましょう。よろしいですか?」
「あぁ。是非そうしよう」
「お美しいエルフの民。よろしいですか?」
赤い瞳と無機質な目が交差する。
蛙からエルフに視線を移動すると、目が合わずに言葉で了承の意を送る。
「——えぇ。別に良いわよ」
どこか投げやりな態度でティターニは返答した。
アクアは不機嫌者の視線を追ってみる、どうやら終着点は自分の胸元のようだ。
軍服の上からでもはっきりと盛り上がる胸。まるで——狭い、狭いと跳ね除けようとしている躍動感がある。
男からしてみれば、実にけしからんおっぱ——胸である。顔も美しく。スタイルも良い。性を煽るその体はもはや暴力。
ティターニの舌打ちは、半分はアクアの胸に、もう半分は自身の胸に向けられているのかもしれない。おそらく、多分、きっと。
ブットルは大きなため息の後に話し始めた。
「回りくどいのは苦手だ。単刀直入にいこう。俺たちは敵じゃない。悪魔を探している。さっきの爆発は、まぁ、その、なんだ。不可抗力というやつなのか——」
「——えぇ。敵からの攻撃に咄嗟に魔法を使ってしまったわ。私もまだまだ未熟者ね、反省するわ」
実際は嫌な視線に我慢が効かず魔法を使ったというのが真相だが、平然と嘘をつくティターニを見て。もう一度ため息を吐くブットル。
聴き終えたアクアは少し眉根が寄る。
「悪魔ですか?」
「あぁ。それと悪魔に加担する魔人族。何か心当たりはないか?」
「そうですね。私には心当たりはありませんが——」
アクアは振り向き、待機している。ナレンとコーガの両名を見る。
二人も心当たりは無いと返事を返した。
「仮に悪魔がこの海国に侵入し、悪さをするのなら。我ら五剣帝によって滅ぼしてみせましょう」
アクアの物言いは少し傲慢が過ぎるが、裏を返せばそれだけの実力があるといえる。
だが、悪魔にはこちらの攻撃は通用しない。それを知るティターニとブットルは敢えて伏せ、会話の続きを始める。
「もう一つ質問させてほしい。どうして老人、老婆の姿がない? 昨日から滞在しているが一人も見当たらない。どうなっているんだ?」
「それに関しましては私たちも調査をしている段階です。突如でした。ある日唐突に高齢者の姿が消えてしまったのです。真相を突き止めたいと思っております。そんな時に水王ブットル。貴方が聞き込みをしている事が情報としてあがってまいりました。直ぐにコンタクトと思ったのですが、コーガははやとちりなので、貴方が犯人かと勘違いしたようで、お手数お掛けして申し訳ございませんでした」
アクアが頭を下げたので、コーガも慌てて頭を下げる。
「いや、問題ない頭を上げてくれ、五剣帝の一の剣。アクア・スカイラに名を知って貰えるのは光栄だな。もう一つ聞かせてくれ、高齢者はいつからいなくなったんだ?」
「ここ数日の間です」
——なるほど。と相槌をうつブットルはティターニに目配せする。
エルフはつまらなそうな顔のまま首を横に振り明後日の方向を見る—— 私からは特にない——という意味合いである。
「最後に一点。俺は小径に入った時、海人族のチンピラに絡まれたんだ。その時の奴らは何かを知っているようだった。俺を襲うように命令されていたようだ。何か心当たりは?」
「私にはありません」
「そうかい。そっちの兄ちゃんは、何か心当たりはあるかい?」
ブットルはアクアの後ろ、コーガに視線を送る。
「心当たりはない。むしろお前が共犯だと思っていたくらいだ」
「そうか」
ブットルは簡素な返事をし、彼らを思い出す。おそらく火の手にのまれ、死体は炭化しているであろう。
「俺からの質問は以上だ。次はそっちの番だ」
「かしこまりました。こちらからの質問は一点だけです——」
アクアからは柔和な雰囲気が消え、海国一の強者の面構えとなった。
「貴方たちは敵ですか? 味方ですか?」
赤い瞳は鮫のようである。
獲物は逃がさない。そう語られるように思えてしまう。非常に広い意味であり、様々な答えが想定できる故にブットルは言葉を詰まらせた。それはティターニも同様といえよう。
水王は、敵と答えた場合の想定をする。
結果は安直で、自身の首が飛ぶ未来予想図である。
赤い瞳が色合いを深めていく。赤く緋く朱く紅く——紅蓮の瞳が否応無しに回答を引き出す。
「勿論。敵ではないさ。俺たちは海国を悪魔や魔人族から救いに来たんだ」
「それは——良かったです。では我々と行動を共にし、この真相を突き止めましょう。水王と暴蘭の女王が我々に協力していただければ、悪魔や魔人族など敵ではありません」
アクアの言い草は一見判断を委ねているようだが、強制である。
水王に続き暴蘭の女王であるティターニもこの世界では有名と言ってよい。なのでアクアがティターニの名を知っていたとしても何ら不思議は無い。
だがどうにも引っかかりを覚える。アクアのどこか段取りのような、そんな雰囲気にだ。
「こちらこそ頼もしい。噂に聞く神剣を拝めるなら」
ブットルの言葉にアクアは微笑みで返すした。
——神剣。とはアクアの二つ名である。その一太刀は神の一刀と言われている事が由縁である。
「それでいいかティターニ」
「えぇ。問題ないわ。こちらとしてもあの気持ち悪い視線の正体を知りたいし——」
「協力関係を結ばせていただきますが——暴蘭の女王。あなたが周囲一帯に火炎魔法を使用した罪は許されてはいませんよ。共に行動する事でしっかりと罪を償ってくださいね」
アクアの言葉にティターニの眉根が寄る。
自業自得といえばそれまでだが、顰め面したのには理由がある。
聡明なティターニが街中で敢えて魔法を使った意図すらも見抜かれていたように感じたからだ。
「派手な騒ぎを起こしたのに、綾人は現れなかったな」
天然蛙の発言にティターニは返答をせずに一瞥のみを送りため息を吐いた。
―――
「ブットル。貴方どう思っているのかしら?」
「どうとは?」
「ちょっと、私にまで腹芸は止して頂戴。五剣帝に関してよ」
「そうだな。何かを隠しているのは間違いないだろうな」
「そうね」
ブットルは思案する。
時刻は夜。降っていた雨は止み、夜空には星が輝いている。
五剣帝や憲兵とは別れ、二人は色街を抜けて宿に向かっている。
明日は海国の巡回に同行する手筈となっている。
「悪魔が絡んでいるのは間違いないとは思うけれども——五剣帝の態度がどうも腑に落ちないわ、まるで——」
「全てを知っているような雰囲気を感じたな」
「そうね」
それっきり二人の会話は終わる。
五剣帝の長たるアクア・スカイラは何かを隠している。二人はそう予測するがそれが何かは分からない。
高齢者が消えた事に噛んでいるのか。悪魔ベルゼと内通し此方を欺いているのか。
どちらにせよ情報が少なすぎで明確な判断は困難である。
「おう。ティターニ、ブットル。相棒は見つかったか?」
加えて空上綾人の不在。
宿のロビーでルードが出迎えてくれたのはいいが、ルードの口ぶりからすると、当の本人は合流していないようだ。
三人は顔を見合わせ、簡易的な状況を説明しそれぞれの部屋に行き、床に入る。
次の日、ティターニとブットルはアクア・スカイラと共に海国の巡回に向かう。特にコレといった問題や事件等は起こらずに一日が終わる。
空上綾人は当然のように姿を見せていない。次の日も、また、次の日も、そうして同じような日々が一週間過ぎようとしていた。




