水王動きます
「酷い雨ね」
「そうだな」
暴蘭士が窓の外に目をやり言葉を漏らす。
幼竜の返事は惰性と言ってよい。
蛙族の青年も窓の外を見ている。
「相棒はどこに行ったんだろな?」
「何処かしらね」
「——やはり、繋がらんな」
今度はルードが言葉を漏らし、ティターニが惰性で答えた。
最後の言葉はブットルである。
宿のロビーで話し合いが行われていたが、どうにも心此処にあらずの状態となっていた。
「ブットル? 相棒には連絡がつかないのか?」
「——あぁ。何度も試しているが繋がらんな」
ブットルは先ほどから通信魔法を使い綾人と接触を試みているが繋がらないようだ。
三名は気乗りしていない。その理由は、綾人に連絡がつかない事が原因である。
三日前の出来事を三人はそれぞれ思い出していく。
綾人と分かれてから三人は宿で一泊し当の本人が帰って来るのを待った。
帰ってきたら、これでもかといじり倒してやろうと決めていたのだが、綾人は三人の待つ宿に現れるどころか、連絡がつかない状態である。
しばらくの膠着状態の後にティターニが動く。
「バカがいなくても、今日も私は単独で調べてみるわ。この街のどこかに悪魔が潜み、虎視眈々と何かを狙っているのは確実だしね。それに個人的に色々調べてみたいし」
ベルゼの言葉”海国を救え”である。
おそらく亜人帝国同様に裏に悪魔がいることは間違いない。
それと同時にエルフの大虐殺の真相がここにある。との提示も綾人経由で伝えられている以上、ティターニは待てない気質である。
「あ、ティターニ」
「バカが戻ってきたら教えて頂戴」
ルードはティターニの名を呼ぶ事しかできず、エルフは雨の降る海国へと消えていく。
しばらくの間が空きブットルが立ち上がる。
「俺も外に出る。ルードはどうする?」
「お、俺は——とりあえずここで待つよ。場所は教えているんだろう? ならひょこり現れるかもしれないし、あのバカがいないと、どうにも調子が悪いしな」
「そうか、何か分かったら知らせてくれ。綾人、ティターニ、ルードと俺は心の中で問いかければ繋がるようにしてある」
それだけ告げるとブットルも宿を出て行く。
一人になったルードはロビーのソファに身を埋め出す。
「皆バラバラじゃねぇかよ——早く戻ってこいよ相棒」
呟いた言葉は、雨音に消され誰の耳にも届かなかった。
―――
ブットルは外套を頭から被り雨を凌ぐ。
行く場所は特に決めていない。
この三日間、気になる事を調べ回っている。
それが結果的には空上綾人を見つけ出す事に繋がるのでは、とブットルは考えている。
歩きながら街並みを見渡す。
雨の為か人通りが少ない。
行商人も今日はどこか覇気がなく、灰色に染まる空同様の雰囲気が海国全体を覆う。
足を止める、ブットルの目の前には色街が広がる。
この区域に関しては今日も今日とて、多くの男。客引きの男女がそこかしこにおり、雨の憂鬱さなど微塵も感じさせない。色街へと侵入していく。
ブットルという男はよく言えば柔軟な男であり、悪く言えば主義主張が薄い男といえる。
先の亜人帝国の一日戦争でも、その性格は垣間見得ている。
綾人のように、阿呆のふりをしながらも脳内で計算するタイプでもなく。
ティターニのように、完璧主義の合理性とも違う。
ルードのように、その場その場の直感で動くタイプでもない。
ブットルは適宜、周囲に合わせながらも最善手を見つけ出し、それとなく皆を誘導するタイプである。
端的に言えば器用貧乏と言える。
そんな男がティターニやルードとは別行動してるのには訳がある。
——明らかな違和感があり、二人を巻き込む訳にはいかないと感じた為の一人行動といえる。
その明らかな違和感とは——海国のどこにも高齢者がいない事である。
歩みを止め、左右を見る。
無機質な両生類の目にはやはり老人の姿は捉えられず、若者の姿しか見当たらない。
ブットルが昔、傭兵として海国に訪れた時は、確実に老人は歩いていた。
当時を思い出しながら再度歩く。
「すまない。串焼きを一つ。それと聞きたいことがあるんだが」
雨の日にも関わらず、生真面目に屋台で魚を焼いている店主はブットルに一瞥を送った後に手早い作業で串を渡す。
「海国は、以前訪れた時と随分雰囲気が違うな。若い人間が多い——店主も若いな。年寄りはいないのか?」
串を受け取り、硬貨を渡すブットル。
店主は胡乱げな眼差しで亜人族に視線を送ると「知らねぇよ」と若者特有の気怠げな回答をする。
「そうか」と返し、その場を後にする。
ブットルは道行く者や屋台に立ち寄り——どうして老人がいないのか? という質問を繰り返す三日間を過ごしている。
先ほどの魚焼きを売る屋台同様に返る言葉は素っ気ない回答ばかりで成果は得られていない。
老人がいない旨を尋ねても、皆、興味が無い振りをしながらも何かを隠している挙動をしている。
それが理解できている故に、ブットルは地道に聞き込みを続けていた。
まさに器用貧乏を体現している。
だが、その成果はもう直ぐ表れるとブットルは踏んでいる。
色街の小径をブットルは敢えて踏み入る。
「おい! そこの亜人族」
小径を進んで少し経った後、粗野な声が掛けられた。
緩慢な動作で振り向くブットルの指先には、淡い水色が灯る。
「何か用か?」
「この街を嗅ぎ回るのは止せ。さもねぇと殺すぞ」
小径の入り口を塞ぐように屈強な男が数名立っていた。
腰や背の武器を握り、いつでも暴力をふるえる用意をしている。
「嗅ぎ回っている。というのは表現が違うな。海人族の兄さん達。俺はどうして老人の姿が一人もいないのかを聞いているんだ。もし分かるんだったら教えてほしい」
「忠告はしたのにバカな亜人族だな! 死んで後悔しろ」
ブットルの飄々とした態度に、海人族の若者達は殺気立ちそれぞれ武器を掲げ出す。
直ぐに襲い掛からない所が、闘いを知らない証拠である。
本来なら有無を言わさずに先手を取るのが定石だ。
戦闘慣れしていないとなると、彼らに命令を下している人物がいると想定ができる。
ならばやる事は至極簡単である。
「やれやれ。揉め事は得意じゃないんだがな」
向かってくる暴漢に指先を向ける。
水色の光は空中で波紋を作り、水魔法が生成されていく。




