表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/188

慎みを


「綾人君! 僕も君に色々と言いたいことがあるんだけど、今は話を聞いてほしいんだ!」


「話? んなもん聞くまでもねぇだろ、その男——」


「綾人君、待って!」


 綾人が顎で指す場所には、人族の男が地面に突っ伏したまま倒れている。

 この男は、先ほど飛鷹と口付けをしたあと倒れた男である。

 強引に歩き出す綾人を飛鷹は体を張って阻止する。


「飛鷹どきなさい、この事を口外されると面倒だわ。残念だけれどその男は——」


「マリアンヌ様! お願い致します。少しお時間を——」


 綾人の歩みを飛鷹は止められない。引きずられながらしがみ付く。


「おいおい! 随分と挑発してくれんじゃねぇかよ銀髪エルフ。これだからエルフは好きになれねぇぜ! 俺はその男がっ!」


「——黙りなさい。先ほどのから我が種族を口にするが、本来は貴様のような下賎な者が口にするのは万死に値するぞ」


「うわぁ〜。そっくり〜! その上から目線そっくり! これだからエルフってやつはよ、俺はただ——」


「そっくり? 貴様は先ほどから要領を得ないことを、我が種族はこの世界では希少というのを知らないのか⁉︎ 無知な男ほど見るに堪えない者はないな」


 綾人とマリアンヌの両者は殺気立つ。

 もう数秒で殺し合いでも始まるような雰囲気に飛鷹の制止が再び入る。


「お願いですから二人とも落ち着いてください!」


「さっきからギャアギャアうるせぇよお前は! でかい声出すなや! 俺はただ——」


 一番声が大きいのは綾人である。

 ルードもティターニもいないこの場でツッコむものは誰もいない。


「俺はただそこの男が——妙な匂いがするから気をつけろって言いたいだけだよ!」


 意をつかれた発言にマリアンヌと飛鷹は横に転がる男を見る。

 飛鷹の拘束が緩むと同時に綾人は倒れている男に駆ける。


「だらしゃぁぁぁ!」


 横たわる男を蹴り上げるが空振りに終わる。

 何故なら倒れていた人族の男は、蹴りがくる刹那、俊敏に動き出し闇へと消えていく。


「キキキキッ! 面白くなってきたな。最近うちの縄張りを荒らしているのはお前らか?」


 その声は闇から、三人の視線が奥へと吸い込まれる。

 闇から声と共に近づいてきたのは——。


「その肌の色は、あれか? ま、ま、——麻婆春雨。じゃなくて、ま、ま、ま——」


「魔人族だよ、綾人君」


 一瞬の沈黙の後、細目になった綾人は目を見開く、ほんのり頬は朱に染まっている。

 だが、それは間違えた恥ではなく、魔人族自体に神経が過敏になっているに過ぎない。


 赤黒の肌、頭部には三本の角。腰には蝙蝠のような羽。

 着ている服は先ほどまで人族が着ていた上下麻色の服を纏っている。


 キキキキッ——。猿に似た魔人族の男は特徴的な笑いでこの場の不安を掻き立てる。


「魔人族がいるという事は、当たりで間違いないようね」


 音もなく前に立つのは銀髪のエルフ。


「アスモデア様の邪魔をしているのは貴様かエルフ?」

「ラフィール様の邪魔をしているのはお前か魔人族?」


 マリアンヌと共に飛鷹も前に出る。

 綾人は現状を正しく認識する為に少し離れた場所で静観するが、いつでも行動できるよう重心を落とす。


「キキキッ! 一対三じゃあ分が悪いな。ここは退くとしようか」


 瞬時に魔人族が闇にのまれ空間ごと消えていくが、


「逃すはずないでしょう」


 銀髪を手ではらうとマリアンヌが指を鳴らす。湿気がないこの空間で、その音は良く響いた。

 途端に乾いた赤土の地面が湿り気を帯び始める。


「痺れる刺激はお好きかしら?」


「雨?」


 綾人は空を見ると水滴が頬に落ちる。やがて小粒の雨が地面を濡らしだす。

 次には厚い灰褐色の雲の塊が空へと集まり出す。


「キキッ、エルフで雨雲を呼ぶと言うことは、噂に聞く雷蘭の姫か。ますます分が悪いな。おっと——もう結界が張られているのか」


 魔人族の男は脱出か何か試したのだろう。

 それが叶わず観念したように両手を上げ降伏のポーズをとる。


「飛鷹!」

「はい!」


 刹那のやりとりで連携を見せる両者だが、あと一歩の所で失敗に終わる。


「この体とはオサラバだ」


 その言葉と共に魔人族は自らの両手で心臓を貫き瞬時に絶命する。

 飛鷹が駆け寄ると魔人族であった男は、人族の男に戻っていた。

 だが貫かれた心臓はそのままであり、地に伏せた体は身動きが一切無い。


「逃してしまったわね。でも悪魔には確実には近づいてきているわね」


「申し訳ございません。僕がもっと早く動いていれば」


「気にしないで飛鷹。良い動きだったわ。それに奴らもこれで警戒して動きが鈍くなるでしょうね。そこが狙い目でもあるから」


「はい!」


 良くできた主従関係であり、互いに信頼しているからこその言葉である。


「あの? 結局、君たちは何なの?」


 飛鷹とマリアンヌが振り向くと、状況をのみ込めない男が一人。


「綾人君。お礼をしていなかったね。さっきは助けてくれてありがとう」


「あ、うん。こちらこそ、どういたしましてっ——じゃなくて、何がどうなっているんだよ! 説明——」


 視線を感じた為、顔を向けると銀髪のエルフが綾人を凝視している。


「な、な、なんだよ⁉︎ なにか用ですか?」


 よくよく見れば——よくよく見なくても絶世の美女たるマリアンヌである。

 美の視線は綾人を照れさせ、妙な言葉使いとなる。


「先ほどは助けられた礼を言おう人族。ここで起こった事は忘れる事を勧める。その方が——貴様の為になる」


 マリアンヌは目配すると、飛鷹は頷き了承の意を送る。


「いや。忘れるも何も。見ちゃったし、というか待て。聞きたい事は色々ある! まずどうして女なんだ? あとお前ら悪魔っ——」


 綾人の言葉が唐突に詰まる。当然といえる。


「あら? それは——もしかして」


 今、マリアンヌと綾人の距離は非常に近い。

 指三本程詰めれば鼻と鼻が当たる程の距離感である。

 マリアンヌの形の良い鼻が、可愛らしくスンスンと動く。


「え! ちょっと何すか〜! 近い近い、慎みを、慎みをもてし!」


「ま、マリアンヌ様!」


 飛鷹は顔を真っ赤にし、抗議の感情が込められた声でマリアンヌの名を呼んだ。

 ドキドキ心拍数が大きく、妙な言動になる綾人。強がりの口調だが体は棒立ちのまま硬直している。

 一切を無視してマリアンヌは綾人の肩口から、髪の毛を摘み己の顔に近づける。それは、綾人の髪ではない。長い絹糸のような美しい金髪であった。


「——そう。あなたは——ではこれも天使のお導きによる出会いなのかしら」


 華の色香が綾人に目眩を起こさせる。

 マリアンヌは薄く微笑み自身の唇に指を当て、その指を綾人の唇に当てる。


「あなたが見たのは全て夢よ」


 目を見開く綾人は動揺し何も言えない。

 絶賛の美女との関節キスは童貞を黙らせるには十分といえる。


「おやすみ」


 マリアンヌの吐息混じりの甘い声が脳内に響く。

 次の瞬間に綾人は意識を手放した。

 視界が閉ざされる直前で、見えたのはマリアンヌの憂いをおびた瞳であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ