興味はあります。
潮の匂いに満ちた国は、ミストルティンや亜人帝国よりも活気に満ちていた。
「おおおおおっ! スゲー人通りだな! 祭りでもやってるのか?」
「おい相棒! はしゃぎすぎだぞ。田舎者みたいで恥ずかしいな、どれ。屋台はどこにあるのかな?」
海国の入り口に立ち綾人が感想を言う。
その発言通りだが、祭りでもやっているかのように通りは人で溢れていた。
湿り気がある石作りの通りには苔が生え、魚を売る商売人の声があちこちから響き渡る。
平坦な建物がひしめき合っている為、国というよりは民家の集合体のように見えてしまう。その集合体もかなりの数である。
通りを歩くのは当然のように海人族が多いが、人族、亜人族、魔人族、中には精霊族も多数いる。
「しかし、相変わらずだが、魚が二足歩行で歩くのはどうにも微妙な気持ちになるな」
細長い魚が上下茶色のボロを着て、荷を両手で支えながら歩いている。
そんな海人族の一人を見て、綾人が呟く。
その姿も様々であり、秋刀魚、海豚、鯨、など様々な海人族が歩いている。
「日本では珍しいのかしら?」
「珍しいっつうか、魚は歩いてない! 魚は海を泳ぐもんだ。そもそも、食べるもんだし」
ティターニの返答に綾人が答える。
やはり一番は食す魚が自分と同じ背丈になり、当たり前のように歩く姿に困惑があるのだろう。
「というか、海人族の男女の見分け方が分からん」
「海人族には男女という概念はないのよ。彼らは自在に性転換が可能となっているの。先程まで男だったものが、子供を産む為に女になる事だってよくあるのよ」
「じゃあ鯨のルルフパイセンも女になったりならなかったり、なのか?」
綾人の脳裏にミストルティンで出会った海人族の顔がよぎる。と同時に鼻腔を掠める刺激的な匂いに哀愁がもれ出てしまう。
一行は通りに進むと、賑やかな雰囲気に包まれる。
若々しく張りのある商いの声はあちこちから。
通りの向こうでは魔物が出たと威勢のいい若者の声。
さらに奥ではこれまた若者同士がケンカを繰り広げ、実に活気がると言って良い。
一通り海国を眺めた後に綾人は感想を漏らす。
「にしてもなんか、男多くね?」
その言葉通りに通りには男性の人族、亜人族、魔人族の姿が多い。
商いをするのも男性、先ほど魔物だと騒いでいたのも男性であり、通りの奥でケンカしていたのも男性である。
もちろん女性の姿も見かけるが数はかなり少ない。
「まぁ、海国は色街とも呼ばれているからな」
綾人の疑問にブットルが答える。
「色街?」
なんだか胸がときめくワードであるが故に、綾人の鼻の穴が少しばかり膨らむ。
「あぁ。ここは行商エリアだからな、女性も多少はいるが、娼館のエリアになったら男しかいないぞ」
「へ〜、あっそ」
そっけない素振りで返答する綾人だが、娼館という言葉に興味の文字が瞳に貼りつく。
「海国って所はいろんなエリアに分かれるのか? ここが行商エリアだとしたら、さっき言ってた何だっけ? しょ、娼館エリアだっけ? エリア毎に分かれているから広いのか。というか、なんだ色街って? この世界にはそんな破廉恥な場所があるのか?」
興味は無いけど、一応聞こうかな。といった抑揚で話す綾人。
その質問にもブットルが答える。
「海国は亜人族と違って、王がいない国だからな。各エリアの代表がそれぞれ仕切っているんだ。行商エリア、移住区エリア、娼館エリア、大きく分けるとこんな所か。あと有名なのは海産物だ。それとこの国を守る五剣帝という手練れの五名が有名だな」
「五剣帝は有名ね、亜人三英雄。四大精霊と同等の力と聞いた事があるわ。噂が本当なら是非手合わせしてみたいわね」
ティターニの発言に賛同も否定もせずブットルは黙り込む。
一方の綾人は、そんな事を聞きたいんじゃない! と叫ぶ気持ちを堪え、努めて冷静な素振りで娼館の場所を聞き出そうと試みる。
「そうなんだ。詳しいなブットル。さてはお前! 海国に何回も来ていたりするのか? おいおい、まさか、あれか⁉︎ 色街目的か?」
「いや、海国には傭兵として何度かな」
「あ、そうなんだ。でもあれだろ! やっぱりお前、アレだろ? その娼館エリアの色街に通っちゃったりしたんだろ⁉︎ このムッツリ野郎が!」
「いや、娼館には行った事がない」
「え? って事はお前、どうてっ——」
「仕事で男娼の真似事なら何度かしたがもう性行為は当分遠慮したいな。一生分はやったように思う」
水王の二つ名は伊達では無い。
うら若き淑女などは優秀な種を求めて水王の争奪戦を繰り広げていたのは、ある界隈では有名な話でもある。
「あ、そう。ふ〜ん。まぁ、アレだな、あの、アレだわ。俺と、一緒だな。俺も一生分は、うん、アレしたかな——な、なんだよ、その目は」
思わぬ猛者に声が裏返りつつ返答をすると、視線を感じた為首を動かす。
そこには薄目のティターニとルードがいた。
心なしかルード、ティターニ、ブットルが固まり、綾人が少し離れた場所に立っていたので、
まるで線引きをされていたような状態となっている。
「相棒——」
「なんだよ?」
「綾人——」
「だから何だよ! お前らのその雰囲気ムカつくから止めろ!」
あたかも、経験済みと未経験で分けているような感覚に陥り、声を荒げてしまう。
ルードとティターニはまるで悟りを開いたかのような顔で綾人を見ている。
ティターニがすっと綾人に近寄る。腰にあるポーチから何かを取り出し、それを綾人の手の平にのせる。
「これだけあれば、きっと大丈夫よね」
手の平には金貨が二枚載せられていた。
「おい、クソエルフ。なんだこりゃ——」
「いいの! 何も言わないで。私からの、ほんの——気持ちよ」
語尾がウィスパーボイスとなっていた事が余計に苛立つ。
「いや、だから、なんだっ——ってオイ!」
ティターニは言葉を待たず背を向け、ルードとブットルがいる場所に戻る。
入れ替わるように今度はルードが綾人に近寄る。首から下げられた布袋を漁ると一つの瓶を渡してきた。
透明な瓶の中身は黄色い液体。
この世界でのエナジードリンクのようなものである。
それを渡すとルードは微笑みながら元いた場所に戻る。
「待て! お前らが大体何を言いたいのか分かったよ! 全然興味無いから、娼館とか! 行くわけねぇじゃん! バカかお前らは! 大体お前らだって未経験だろうが!」
綾人の猛攻にティターニとルードは微笑むばかりで回答をしない。
——敢えて無言を貫くか——綾人の心内の声はそのまま表情にも現れていたようで、ますます孤立していく。
「あぁ。そういう事か。娼館はこの通りを抜けた所にあるぞ」
天然蛙が自分なりに自体を飲み込み娼館の方角を指差す。
「待て! なんだ急にお前は! 天然も大概にしとけよ、娼館なんて全然興味無いからな!」
「相棒。先に宿決めとくからよ。ゆっくり、な? 悪魔対策は、明日にしよう。今日はついたばかりだし、相棒はゆっくり、な? ブットル宿の案内を頼む」
「分かった。娼館での事が終わったら教えてくれ。宿の場所は後ほど共有するから」
「ふっ」
ルードは大人ぶった対応でその場を去る。
ブットルは何を怒ってるんだ? という雰囲気でそそくさと背を向ける。
ティターニに至っては何故か勝ち誇った笑みのまま背中を向ける。
「おい! 待てって! オイ!」
怒りの声は海国の往来に響くと、周囲の喧騒に消えていった。
―――
綾人を置き去りにし三人は宿を求めて歩く。
「にしても、妙だな?」
ブットルは立ち止まり振り返る。
海国全体を見渡した後、終始感じていた懸念を吐き出す。
「どうして若者だらけで、年寄りの姿がないんだ?」
その言葉通りに周囲には高齢者の姿は一人も見当たらなかった。




