微妙な二人
海国は商業が盛んである。
又、他種族との交流にも隔たりはない事が特徴としていえる。
海国という名の通り海と密に繋がった国であり、海産物は海国からの出が主流といえる。
主に海人族が往来を歩いているが、先の言葉通り他種族も往々として歩いている。
海人族は精霊族のように基本的には争いを好まず平和的な日常を送っている。
今日も今日とて海人族は漁に出る者や商いに精を出す。
この海国という国は平和そのものといえる。
「まぁ、ざっと、こんな感じだな」
ブットルが海国の説明を終える。
エアリアの転移で送り出された先は、海国の領土内の小高い山の上。
そこから見渡せる海国という場所は、青い宝石が詰め込まれた美しい景色といえる。
海は青より碧く。
澄んだ空気。
演出を際立たせる海鳥の鳴き声が耳を届き、否応にも気分は高揚する。
山から見渡す海国は広い。
先ほどまでいた亜人帝国よりも広く。
首を左右に振るが、海沿いに面した海国は途切れる事なく続いている。
「めっちゃ広いじゃん」
それが綾人の感想である。
脳内での海国のイメージは海の中にある国。
リアル竜宮城を連想していたのだが現実はそんな事はない。
海沿いに面した大きな国は潮の香りに満ちている。
「なるほどね〜」
下山しながらもブットルから海国の説明を聴き終えた綾人は相槌をうつ。
「なるほどね。じゃないわよ。このスカたん」
ティターニの妙なつっこみが冴える。
「誰? その亜人は? 同行者がいるなら正しく紹介をしなさい。人として正しくありなさいよ。そういう所よ綾人」
ブットルを指差しティターニが告げる。
凛との会話で日本特有の言い回しを体得しているので、普段よりも馬鹿にされているように感じてしまう。
「お前は本当にどこでもブレないな」
「お前じゃないわ。ティターニ様と呼びなさい蛆虫」
「はっ! もう、その毒には慣れたわ!」
「あら? おめでとう! 毒に慣れたという事は虫としてのレベルが一つ上がったという事よね? とてもめでたいわ。海国に着いたらお祝いをしましょう!」
「——ペチャパイ」
「死ね!」
新調された短剣を躊躇なく水平に振るうティターニ。
綾人は予想していたように屈み、死の一撃を回避する。
言い争いを繰り広げる二人をいつもの事と無視をするルード。
二人のやりとりを初めて見るブットルは開いた口が塞がらない。
先ほどのティターニの一閃は真剣に見え、肝を冷やした。
どうしてこの二人は仲間同士で殺し合いをするのか理解不能なまま固まっていたが、一向に止まないティターニの攻撃についに声を上げる。
「殺し合いはやめてくれ。二人は仲間じゃないのか? それとも敵同士なのか? 俺はどうすれば良いんだ?」
互いの悪態をつき終えた綾人とティターニは、ついとブットルを見る。
同じタイミングで、ルードもブットルを見る。
三人は薄目となっていた。
「な、なんだ? その妙な顔は、俺は変な事を言ったのか? 教えてくれ?」
三人は——ああ、こいつは本物なんだな——と理解する。
ティターニは溜息をつくとブットルに向き直る。
「水王ブットルよね? あなたは亜人族では有名人ですもの。私はティターニ・Lよ。よろしく」
「エルフでLって事はセルロス議員の血縁者なのか?」
「——えぇ、その認識で問題無いわ。でも、私の前でお兄様の名前はあまり出さないで頂戴。不肖の妹と繋がりがあると知れれば、お兄様にご迷惑をかけてしまうから。それよりも、一つ聞かせてほしいのだけれど、いいかしら?」
「あぁ。なんでも聞いてくれ」
ティターニの纏う空気が変化した。
狩人の目となったエルフは獲物の値踏みを開始する。
「一日戰爭では随分なご活躍だったけれど、それ以前はあまり良い噂を聞かないわ。私達の敵を正しく理解しているのかしら?」
「正しく理解しているつもりだ。悪魔と魔人族だろう。ルードと話す機会があったからな。事情は理解しているさ」
「そう。あなたは傭兵として魔人族に仕えていたわよね? そこは問題無いのかしら?」
「問題はないさ。魔人族とは金のみの関係だったからな。戦闘になっても、奴らを殺せるさ」
「その言葉はあまり信用できないわね。だってあなた——」
妖しく微笑むティターニは、あきらかな挑発の態度をとる。
「裏切りのブットルという名前も有名なのだから」
もう僅かで麓という場所で亜人両者から鋭い圧が放たれる。
ティターニは酷く緩慢な仕草で腰元にある二振りの短剣に手を置く。
兄の好意により新調された白と黒の短剣は、戦闘の合図を待つ。
ブットルはいつもの無表情である。
だがティターニのあきらかな挑発に難色を示す。
「裏切り者は否定しない。事実だからな」
くすり。と微笑むティターニの手が短剣を握る。——だが——とブットルは言葉を続ける。
「あの時は事情があったからだ。どうしても金の工面が必要だったんだ。金の為に依頼人や、雇い先を裏切った。条件が良い方に飛ぶ為に、だが今は金を欲する必要がなくなった。それに綾人に恩を返したい。師匠との約束を破るわけにはいかないからな」
ブットルの射抜くような目がティターニを捉える。
「もう、裏切ることは永遠にないさ」
数秒見つめ合うティターニとブットル。
「信用できないと感じたら直ぐに剣を突き立てるからそのつもりで」
「あぁ。遠慮なくそうしてくれ。その時は永遠にこないから問題ないさ」
ブットルの目の奥にある熱を確認したティターニは短剣から手を離し歩き出す。
途中から傍観していた綾人トとルードは二人の後を追う。
一人増えた旅仲間一行はもうじき海国へと着く事になる。
「まぁ、旅は道ずれ世は情け、ってな。仲良くしていこうぜ! そうだろルード?」
「そうだな。どうせなら楽しくいこうぜ! な? ティターニ? ブットル?」
「——そうね」
「——あぁ」
目的地はもう目と鼻の先であるが、先のティターニとブットルのやりとりから雰囲気は重い。
綾人とルードは努めて明るく振る舞うが、二人の反応は塩対応といってよく。
どうしたもんか。と二人を見る。
亜人両者はどうにもはっきりとしない。
腹に欺瞞を抱えているような態度で互いを意識している。
それからも、あの手この手で場を盛り上げようとするが一行に改善の兆しはなく。
俗物的にいうと微妙な空気のまま道中を歩き、海国へと辿り着く。




