戦いの後②
「今度は水面に広がる波紋のように緩やかに移動しようぞ」
「静かに頼みますよヨーダン殿——」
ヨーダンが杖を掲げ、シルヴァが嗜める間に救世主達は転移し消えていく。
激戦を終えた大森林は静けさのみが広がる。
静寂を破ったのはハンクォー。
「あの方、アルス王子はとても優秀な方です。武力も知力も、私より遥かに優秀です。」
——少し優しすぎますがね。と続けるハンクォーは騎士団長に視線を向ける。
「団長。私は貴方を尊敬しています。例え貴方が別の種族の血を引くとしても、憧憬が途絶える事はありません。ですのでお答えいただきたいのです。無限牢獄とは何ですか?」
「俺も、詳しくは分からん。この手記を親父から渡されて無限牢獄という存在を知っているに過ぎない」
マグタスが胸元から、擦り汚れた黒革の手記を取り出す。
「俺の何代も前の爺の手記だ。この爺はイかれててよ。新人類を誕生させようと躍起になってたんだよ。他種族や魔物と自分の娘を交配させては新たな種族を作り出そうとしていた。そん時だよ。異形の奴に出会ったそうだ。その異形は——自分はこの世界のどこかにある無限牢獄からきた——と説明したそうだ。俺が知ってるのはそれくらいだよ」
言い終えたマグタスは、あまり悩んでもしょうがないな。と呟き。勇者に視線を向ける。
「斗真。アルス王子は嘘をつかない。恐らく今の話は全て本当だ」
「という事は、王国側には既に悪魔の魔手が伸びているという認識で問題ないのですね」
「その通りだ、お嬢ちゃん」
真緒とマグタスの会話はそれきりで終了する。
「王国にいる。皆、大丈夫かな」
「そうだね」
「って! そうだよ! 危ないじゃん」
アスカ、真琴、一樹がそれぞれ反応をする。
「合流できていない八名も気になりますが、王国にいる方々も気が気ではありませんね」
ハンクォーの言葉に皆が頷く。
「どう動くかを決めた方が良さそうね。青峰君。あなたの意見を聞かせて」
「そうだね——じゃあ。こうしよう」
真緒が真意の決定を斗真に委ねる。
勇者は僅かに思案した後に、これからのプランを伝え出す。
斗真のプランは実にシンプルであった。
とりあえずは占術士に会う。可能であれば助言を貰うというものだった。
——ここまで来たんだし。と苦笑する斗真に皆が賛同し行動を開始する。
だがそれぞれの胸には大きな不安という靄がべったりとこびり付いてた。
「貴様が勇者か、思っていたより若いの」
それが占術士の第一声だった。
斗真の「とりあえず占術士に会う」という案に皆が賛同し移動を開始しようとした際に、その
言葉は降ってきた。
着物を着た少女が斗真の目の前に唐突に現れた。
「き、きみは?」
「お主ならが探している占術士である」
——え? と言ったのは斗真だけではない。全員が同じ反応をしたからだ。
噂で聞くには何千年と行きている人族と聞いていた故に、老婆を想像していたからだ。
「これが本物のロリ婆か」
「こらアスカ! ロリ婆なんて失礼でしょ! もっと聞こえないように小声で言え」
「真琴ちゃんの声の方が大きいよ」
「美桜はすっかり、ツッコミ担当なのね」
「真緒さんも、すっかり分析担当になってますね」
アスカ、真琴、美桜、真緒が順々に喋り、最後は騎士団小隊のレフィーナが結ぶ。
占術士は一連のやりとりをしていた女性陣を見る。
「ふむふむふむ。お主らは問題ないじゃろう」
指を向けられたのは、アスカと真琴とレフィーナ。
「お主とお主は、少しややこしいの。まぁ、最終的には良いように収まるじゃろう」
次に指を向けられたのは美桜と真緒。
あまりにも唐突だった故に美桜は遠慮がちに質問する。
「えっと、な、何の事を言っているんですか?」
「なに、女子が集って話し合う話題は恋ばなと決まっておろう」
——へ?
占術士の意地の悪い微笑みが送られると、五人は同じ反応をした後に固まってしまった。
「次にはお主らの聞きたい事を、教えてやるかのぉ」
「お、お待ちください。あなた様は本当にかの有名な占術士——千姫様なのですか」
ハンクォーはたまらずといった様子で話に割り込む。
「ふむ。貴様も、また随分と苦労人じゃな」
千姫がハンクォーにさほど興味はないようで、直ぐにマグタスに向き直る。
「貴様はあまり物事を深く考えないで良いぞ。ふむふむ。異国人の男共も、まぁ懸命に生きるが良い」
一樹、寛二、翔を順繰りに見た後に斗真に向き直る。
「お主は、少し問題じゃな——」
「俺が? 問題ですか?」
「自分でも分かっておるくせに、その歳で腹芸もできるとは恐れいるわ」
ニタニタと粘着質な千姫の笑顔を斗真は微笑みで返す。
「腹芸なんてしていないですよ」
「ほぅ。平気で嘘を言うのか。なかなかに興味が湧いたぞ勇者よ」
見つめ合うから、睨み合うに変わる勇者と占術士。
千姫が先に表情を崩し、声高らかに叫んだ。
「お主ら全員、人族の領土に戻れ。お主らの問題は待っていれば解決する。全員が無事かどうかまでは分からんが、それが最善手である」
多くの犠牲を出した結果が自らの土地に帰れという一言に周囲が騒めく。
「どれ、暇じゃから妾もお主らに付いて行ってやろう。そうと決まれば女子同士で仲良く会話しようぞ」
聞きたい事は山程あるが、その視線を振り切るように千姫は女子グループに走り去っていく。
それ以上は無駄に時が流れ、結局は千姫を連れて人族に戻る事で強引にそれぞれが納得し歩き出す。
「もう間もなく会えるかもな」
帰路の途中で千姫は美桜に向けてそう言った。
「え?」
ニマニマとからかいの表情となる千姫。
「お姉様! 会えるというのは、誰のことでしょうか? もしかして、髪が金色でヤンキーの男の事でしょうか?」
アスカは千姫をお姉様と呼んでいる。
同じロリ同士波長が合うのだろう。
「もしかして。それって、あの日、決闘場で愛の告白をした、あの男の事でしょうか?」
「ちょ、っ、ちょっと! 二人とも!」
アスカ同様、真琴がニヤニヤとしながら千姫に質問する。
美桜は真っ赤な顔で逃げる二人を追いかけ回す。
「会えるといいの」
千姫が漏らした言葉は誰の耳のも届く事はなかった。
外章は二話ぐらいの予定だったのにどうしてこんなに長くなったんだろう……




