戦いの後
「初めまして。勇者殿。私はアルスと申します」
「青峰斗真です。助けていただき、きありがとうございました」
斗真が頭を下げる。
視線を感じ頭を上げるとシルヴァ、ヨーダン、ラピス等が斗真を凝視し、次には異界の戦士の顔を繁々と観察する。
「えっと、俺の顔に何か付いてますか?」
「いえ、そうじゃないですよ。異界の勇者様達に皆が興味を示しているのです。勿論僕も」
微笑むアルスは柔和な雰囲気を発しており、スクルスの大群を一人で全滅させた圧力は感じない。
「ちょっと、めっちゃ見られてない? そんなに私って魅力的だったかしら?」
「誰もお前のツルペタなんて興味ねぇよ」
「然り」
「んだと猿とゴリラ! てめぇらはマジで死んでこいや! 美桜〜カス二匹がいじめてくるよ〜」
「ちょっと! アスカちゃん、胸も揉むの止めてよ! 煙にならないでよ!」
「何やってんのよロリスケベ。ったく私がいないとセクハラしかしないのか」
「うぐぅ。真琴のせいで我が至福の時間がっ——って何やってんの一樹ちゃん?」
「え? はっ? べ、別に!」
アルス一行からアスカを隠すように立つ一樹に、悪い笑みを送る真琴。
「何やってんのよあんた達は」
真緒の声でしょうもないやりとりが終わる。
「姉上!」
ハンクフォーが割り込む。
「おぉ! ハンクフォー息災であったか?」
「戦闘中に白夜を見かけましたので、もしやと思いましたが、やはり姉上でしたが」
「私もお前の戦闘を見ていたぞ、腕を上げたな。寝小便を垂れていたお前があんなに強くなるのは姉として誉に思うぞ」
「姉上は一体何年前の話をしているのですか」
姉弟の力関係は直ぐに判断がつく。
「ハンクフォー。姉とはいえそれに関わるな。時間の無駄だ」
「それとは随分な言い草だな。妻にかける言葉とは思えんぞマグタス」
あまりにも変わらないシルヴァの性格に辟易するマグタスとハンクフォー。
「え? 妻? ちょ、え? しかもハンクォーさんの姉? は? 団長はこんな、どちゃくそ美人の妻がいるとか、なんて裏切りだよ!」
「翔の言う通りだ! 団長は同じ漢だと思ってたのに何て裏切りだ! 石巻寛二、悔しいです! 美人なお姉さんに頭を撫でられたいです!」
「ほんとこの猿とゴリラはいつもブレないわね。ある意味関心するわ。にしても、こんな美人の奥さんとか、マジ? マグハンで過程していた色々なシチュが壊れるわな」
「いや、アスカ。いつも言っているけど、ハンマグだから。そこは譲れないから」
「真琴ちゃん。アスカちゃん一旦黙ろ。一樹君も、アスカを守るように立たなくていいから」
「はっ? 何言ってんだよ坂下⁉︎ 俺がいつ守るように立ってたよ! なぁ、斗真?」
「ははっ。まいったな」
「いい加減黙りなさい」
真緒の一言でしょうもないやりとりが終わるのは、定番になっているようだ。
元騎士団団長:白竜騎士:シルヴァ。
その名はあまりにも有名である。
数々の武勇を誇るシルヴァは唐突に騎士団団長をマグタスに譲り、また突然に消息を絶ったのも有名な話である。
「久しいなマグタスにハンクフォー。国は変わりないか? 父上と母上、それにレイは変わり無いか?」
「お久しぶりでございます。王子」
マグタスとハンクフォーは同時に傅く。
アルスは幼少期より、光の王子と呼ばれていた。
才に恵まれ、学問、武芸には驚くべき成長を見せ将来を期待されていたが、成人の儀を迎えると同時に消息を絶つ。
二人の前に立つアルスの姿は数年ぶりとなり、実に立派な青年へと変貌を遂げていた。
「アルス王子。聞きたいことは多くございますが、まずは、ご無事で何よりです。聡明な王子の事です。姿を消した事には多くの理由があるかと思います。教えて下さい。成人の儀を迎えたあの日から今日まで、一体どこで何をしておられたのですか?」
マグタスは立ち上がり、王子に詰め寄る。
「マグタス。僕の目的は皆と一緒だよ。魔人族が悪魔をこの地に呼ぶことを止めさせたい。思いは皆と同じさ」
アルスはマグタスから視線を外し、勇者一行を見る。
「皆さんも聞いて下さい。この世界からあなた達のいた世界に戻るには無限牢獄という場所に行く必要があります」
周囲に緊張がはしる。
中でも動揺しているのは騎士団長のマグタスである。
彼は胸元を弄り何かを触る。
カサリと乾いた紙が擦れ合う音。マグタスは胸元に忍ばせている手記に触れる。
「お、王子! ど、どうして無限牢獄を知っているのですが、ああ、あれは、あの話はただの与太のはずだ。どうして、あ、あなたが——」
「アルス〜!」
「カナン⁉ ダメじゃないか勝手に離れたら」
マグタスの言葉を遮ったのは魔人族の女の子カンナである。
唐突に現れたカナンは真緒の足元に抱きついた後、アルスの元にはしゃぎながら近づいていく。
自分から離れていくカナンを寂しそうに見詰める真緒の姿。
氷の女王の母性にクラス一行と隠れファンの騎士団員は尊い視線を送る。
「なに? その目?」
視線を感じた真緒は直ぐにい無表情へと転じていく。
皆が明後日の方向に視線を逸らすのを確認すると王子へと一歩近付く。
「すみません。一つよろしいですか」
「はい。なんなりと」
真緒がアルスと対峙する。
「先ほど言っていた事は事実なのですか? だとしたら私達はその無限牢獄に行けば地球に、日本に帰れるという認識でよろしいのでしょうか?」
「はい。概ね問題ないですよ」
「では、その無限牢獄にはどうやっていけばよろしいのでしょうか?」
「方法は三つあります」
「教えていただけても?」
「構いませんよ。まず一つは——」
「ちょっと待ちなさいアルス! こいつらに無限牢獄への行き方を教えるつもりなの?」
小生意気な声色の美少女が声を上げた。
長い栗色の髪の毛を手で払い毅然とした表情で真緒を睨む。
「ダメかなラピス姫? ある程度の情報は伝えて、悪魔の犠牲を未然に防げるようにしないと」
「アルスは甘いわ。こいつらが全員信用できるとは限らない。私の国が滅んだ理由をアルスは知っている筈よ。悪魔が流した、たった一つ噂話よ。言いたい事は分かるわよね」
人の良すぎる王子に亡国の姫が喝を入れる。
情報は何よりも大事であり、話す相手を、頼る相手を、選ぶ相手を慎重にしろという意思をアルスが汲み取る。
「待って、待ってください! 王子! 無限牢獄は、アレは、うちの何代も前の爺の与太のはずだ! それが実在するなんて——」
マグタスの様子は明らかにおかしい。
皆の、転移者の、騎士団の頼れる団長の姿ではない。
「マグタス。無限牢獄はあるよ。この世界のどこかに実在している。それに無限牢獄の最初の脱出者がマグタスの血縁者と子を成しているのも事実だ。違うか?」
「お、王子——そんな、じゃあ。手記は本当、なのか、そんな、じゃあ俺には、化け物の血が——」
膝を崩すマグタス。項垂れ、力なく口元を動かすがその声は聞こえない。
「転移者の皆さん。この世界の戦争に巻き込んでしまい申し訳ございませんでした。父が皆さんを呼び寄せた責任は俺にもあります。黙って出て行かずに話し合えば良かった、でも誰が悪魔と繋がっているか、その時は分からなかった」
「アルス〜お腹すいた〜」
手を引くカナンにアルスは微笑みを返す。
「でも、今はカナンがいます。祓魔士のカナンがいれば悪魔と繋がりがある人物を特定できる」
「アルス! お人好しも大概にしないさい! 先にこちらの手札を見せるのは愚行よ!」
「——ごめん。ラピス姫。君のいう通りだ。でも僕は信じたいんだ。僕が持てなかった聖剣を持つことのできる勇者様を。カナンどうだい? この中に悪魔はいるかい」
ラピスが怒り、アルスが謝るのはいつもの光景とばかりにカナンはさして気にした様子もなく、周囲を見渡す。
「悪魔はいないよ。全員正常だよ。アルス」
「良かった。ありがとうカナン」
斗真は胸を撫で下ろし、カナンの頭に手を置き転移者と騎士団を見据える。
「悪魔はこの世界を遊び場にしています。あなた達がこの世界に転移したのは悪魔の筋書きでもあります」
「悪魔の筋書き? すみません。先ほどから私には要領を得無い話ばかりです」
あまりの突飛な話故に、真緒がアルスに真意を確かめる。
「王子。あまり悠長な時間はないぞ。早く我が祖国に行かねば、悪魔を逃してしまう可能性もある」
「あぁ、そうだね。ジーナ」
海巫女に答えた後にアルスは己の不甲斐なさを呪うかのように下唇を噛む。
「すみません。時間があまりないので僕らはもう行かねばなりません。去り際にこんなことを言うのは気が引けますが、どうか父を、そして王国の人間をあまり信じないで下さい。もう悪魔に関わっている可能性があります」
「お、アルス王子。な、何を言っているのですか⁉︎ 国王が悪魔と通じているという事ですか? 姉上。私には事の真意が分かり兼ねます」
「ハンクォー。アルス王子は嘘をつかない。今の話は事実だ。私が王子に付き従うのが全ての理由だ。早期に悪魔の対応をしなければこの世界は滅ぶだろう。勇者殿一向も悪魔に遊ばれ、元の世界に帰還が難しいでしょうね」
そんな——。ポツリと漏らしたその言葉は誰のものとも知れないが、周囲に絶望が広がっていく。
「今のままだったらね。私たちはそれを阻止しているのよ! そろそろ行くわよアルス!」
終始怒りながらもラピスは背を向け去っていく。
「すみません。もう行きます。最後に一つだけ、王城内にある絵画を——天使が描かれている絵画を確保して下さい。それが無限牢獄に繋がる鍵となります。頼みます勇者殿」
アルスは一礼すると仲間の元へ行く。
「いつまで呆けているマグタス。成すべき事を成せ。子供を守るのは大人の務めだ。そうだろ?」
シルヴァに正され——あぁ。気の抜けた返事を返すが目には意志が戻り始める。
「ちょっと待ってアルス!」
カナンがアルスの元を離れ、小走りである人物の前で止まる。
「あのね。お姉ちゃんが本当に困った時に、助けてってお願いすれば、その願いは叶うよ!」
「え? う、うん。ありがとう?」
カナンが去り際に声を掛けたのは美桜である。
無邪気な笑顔を向けられた美桜は微笑んで返答するが、言葉の意味を理解しかね要領を得ない返答とった。




