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戦い④

 混乱の渦中である。


 轟音の後に白煙が上がり、魔物の大多数が消えていく。

 大多数といっても魔物の数はまだまだ大多数の部類に入る。

 魔物は関係ないとばかりに牙を突き立てに目の前の相手を襲う。


 騎士団や転移者はそれに素早く対応し、再度混戦が繰り広げられた。

 急激な突風が吹き、白煙が四散すると何者かがそこにはいた。


 真緒の場所からはそれ以外は認識できなかった。

 急激な睡魔に襲われながらも、脳内での演算が加速していく。

 新手の敵勢であった場合、助けてくれる者達であった場合。そのどちらでもない場合。


 やはりリスクを取ってでも、大森林を入る前までには時間を巻き戻す必要があると腹を決める。

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃん」


 何とも間延びした、如何にも子供らしい声に真緒の集中力が削がれていく。


「アルス達が助けに来てくれるよ。可愛い精霊ちゃんとは私が遊んでいい?」


 魔人族の少女は真緒に小さな手を差し出す。

 真緒は少し戸惑いながらも、その手を握り返す。


「え⁉︎ うそ——」


 その途端に——急激な眠気は去っていった。


 愛くるしい笑顔を向けられた真緒は眉根がより何とも苦々しい表情となる。

 理解したいが情報が少なすぎる為に、混乱の大渦がどんどんと肥大していく。


「あ、ほら! お姉ちゃん。アルス達が来たよ!」


 魔人族の少女が前方を指差すと乱戦が始まっていた。




「メーヴェ。おいで」


 水色の髪を揺らすエルフ——レダが気だるげな声と共に手の平を天に掲げると、空から高速で何かが降りてきた。


「良い子。じゃあ魔物達を駆逐しようか」


 メーヴェは天馬である。

 美しい白色の毛と鬣、両翼を広げる翼も白く。一種の芸術品のような美しさがある。


 天馬の背には槍が乗せられていた。

 槍を持ちメーヴェの背に跨るレダは魔物の群れに突貫していく。

 一見無策に突進しているように見えるが、これはレダなりの計算である。


「纏めていくよメーヴェ。大型を倒すのは面倒くさいから皆に任せて、私たちは小物を大量に狩っていきましょう」


 計算といえば聞こえは良いが要は、単純に楽な戦いを取ったに過ぎない。

 だが、レダのいう小物の魔物の数は大軍である。大軍に一人で突貫するという行為は己の実力に自身がなければできない行為だ。


 レダが槍を構えると天馬が加速する。

 十字槍の先端が緑色に光り風を纏う。


「行くよ! 突ノ型(とつのかた)真空烈波(しんくうれっぱ)!」


 レダ自身が刺突の槍となり魔物の大軍を突き殺していく。

 威力の程はその光景をみれば一目瞭然である。叫び上がる断末魔の数々。

 直線上にいた魔物は肉片すらも残さぬまま粉微塵となり砂塵に変わっていく。


「相変わらず恐ろしい技じゃな」


 その光景を見ていたヨーダンが呟く。

 レダの技は威力が桁違いである。


 魔物どころか大森林の巨木や巨岩までもが削られ、さながらモーゼの十戒の如く、レダが技を繰り出した範囲は全てが左右に割れていた。


「どれ、後始末は老体が致そうか」


 亜人族のホビットたるヨーダンはよれよれの魔術服を翻すと、樫の木で作られた年季の入った杖が地面に落ちる。


 ヨーダンは杖の上に胡座をかき「上からいこうかの」と一言。

 杖はヨーダンの小さな体ごと浮上し上空に移動する。


「さて、あまり森を傷つけるのも考えものじゃな。となると木がよいかの」


 懐から枯れ枝を取り出す。


「木の精霊アッカーマンよ、後片付けを頼む」


 ヨーダンは木の枝を投げる。 

 枝は重力に従い地上に降下していく。

 メキリ。

 空中で音。

 メキリ。

 もう一度。


 それは枯れ枝から枝が生える音。メキリメキリメキリと何度も何度も。繰り返し生え続けた枝は絡み合い。重なり合うと大きな一本の枝となる。


 否、それはもう枝ではあらず、野太い丸太である。


 丸太からは腕や足が伸び、重なり、絡み合い、一本の木が人型になり、精霊アッカーマンが誕生した。

 アッカーマンが大地に着地する。下敷きになった魔物は圧死に終わる。 


「どっちの方が恐ろしいんだか」


 天馬を狩るレダはその言葉を残し別の魔物を狩りに行く。


「全てを飲み込めアッカーマン」


 ヨーダンが命令を下すと枝は自らの中心を押し広げていく。開かれた腹部の中には黒い炎が渦巻いている。


 獄炎を腹の中で止めているアッカーマン自身も徐々に燃やしていく。

 魔物は獄炎に吸われていく。

 吸い込まれる魔物の数は万を超えていき、全て飲み込んだアッカーマンは獄炎に焼かれ、黒煙と灰のみを残し消えていく。


 魔物が一掃された大森林を遥か上空から見下ろすヨーダンは「ふむ」と言葉を残し仲間の元へと移動する。




「ホッポウ殿、カナンの保護をお願いできますか?」


 白鎧を纏う人族の女——シルヴァの命令を聞き、黒鎧で全身を武装する超長身のホッポウが頷いく。


「私は少し——挨拶してまいります」


 黒騎士ホッポウはゆらりと、無遠慮に歩を進める。

 頭の天辺から爪先まで黒鎧に覆われている為、ホッポウが何族か、男か女かも分からない。

 見た目だけでいえば、見ているだけで薄ら寒い感覚を覚えてしまう。


 ——ホッポウを見送るシルヴァに二匹のヒュドム擬きが襲う。


「来い! 白夜」


 シルヴァの気高い声はよく響く。その声に応えたのは白竜である。


 白く硬質な鱗。気高い品格。天より来訪せし竜は、シルヴァに襲いかかるヒュドム擬きを踏みつけ秒殺。

 何事も無かったようにシルヴァに頭を垂れる。


「どれ。魔物共にドラゴンナイトの異名を見せつけてやるか、白夜よ」


 オン! と鳴く白竜に跨りシルヴァは戦場を駆ける。


 白い仮面を被ると、そこには一切の色を混じらせない純白の白騎士の姿があった。


「おいおいおい、あの白竜は、もしかして」


 白竜がマグタスにどんどんど近づいてくる。

 魔物の群れは白竜の爪、牙、尻尾の攻撃により次々と砂塵に変わる。

 跨る白騎士の白剣が魔物を斬り伏せる。


 ものの数十秒で白竜はマグタスの前に到達する。背後には無数の魔物の残骸。

 白竜の背から降りる白騎士にマグタスが声を掛ける。


「シルヴァか⁉︎」


「久しいな、マグタス!」


 白騎士が仮面を取り、その美貌を外気に晒す。


「おま、どうして、ここに! いや、それよりも、今までどこに消えていた⁉︎」


「アルス王子と共に世界各地を飛び回っていただけさ」


 無骨な重戦士マグタスと、気品の白竜騎士は会話を続けながらも攻撃の手を休めずに次々と魔物を狩る。


「アルス王子もいるのか⁉︎」


「ああ! 魔物共を蹴散らした後にでも挨拶をするといい」


「待て! 何がどうなっているんだ? 説明をしろ?」


「あいも変わらずだなお前は。自分の気になる所だけ妙に気にかかるその性格は何度も直せと言ったはずだぞ。だからお前はダメなんだ」


「——っつ! 部下が見ている前で止めろ! 何年も姿を消して何を急に——」


「マグタス。妻の言葉は素直に聞いておけ、私の意見はいつも正しいのはお前がよく知っているだろうが」


「——もっ! 元妻だ!」


「おや? 私は別れた覚えはないが?」


「——お、お前はいつもそうだ! こっちの事情など御構い無しにズカズカと——」


 マグタスは怒号と共にシルヴァ目掛けて大剣を振りかぶり、何の躊躇もなく振り下ろす。

 迫る大剣に合わせるように白騎士の白剣がマグタスに向かう。


 降ろされた大剣はシルヴァの背後にいた魔物の顔面を両断。

 突き出された白剣の剣先はマグタスの背後にいた魔物が突き殺していた。

 あまりにも手馴れた連携は、数十年の月日を連想させた。


「腕を上げたなマグタス。それでこそ王国騎士団団長の座を譲った甲斐があるというものだ」


「けっ! 俺は自分で勝ち取ったんだよ! お前には言いたい事が山ほどあるが、先ずはこの魔物の群れが先決だ」


「同意だな。どれ、地上の魔物は団長殿に任せて、私は空の魔物でも狩ってこよう」


 シルヴァは言葉を置き去りにし、白竜と共に上空に蔓延る魔物を蹴散らしにいく。

 気品の塊であるシルヴァの姿をどこか哀愁が漂う雰囲気で眺めた後、マグタスは再び戦いへと身を投じていく。





「ラピス姫は傷ついた兵達の回復を。ジーナは大型の魔物を。僕はヒュドムとスクルスを退治する」


「心得た」


「アルス無茶は禁物よ」


 ラピスとジーナに命令を下した後、アルスの姿が消える。

 次には魔物の断末魔の連続。

 トップスピードで被害の中心地にアルスは移動していく。


「ラピス姫、護衛は?」


「いると思う?」


「愚問でしたね」


 青い肌、額に一角がある海人族のジーナはラピスに一礼をし、大型の魔物に向かって走る。


「舞なさい癒しの旋律よ」


 ラピスの武器はハープである。


 身長の半分ほどのハープを道具袋より取り出す。

 ラピスの指が弦を弾き、曲が奏でられる。音楽という文化はこの異世界にもあり、それは広く普及されている。


 ラピスが奏でる曲は戦場において非常にちぐはぐである。

 殺し合いの場に流れる癒しの音楽。


 だが。その曲は傷ついた体を癒す。傷が塞がり、出血が止まる。欠損していた部位が再生され、命の尽きかけた者に生気を与え出す。


 騎士団達は歓声を上げる。

 仲間が死の際より生還した事により魔物との戦闘に士気を上げていく。

 ラピスには兵達の歓声は聞こえていない。己の音楽にただ没頭するのみとなっていた。




 大森林であるにも関わらず潮の匂いが満ちていく。

 周囲には海などあるはずがない。

 魔物達は鼻が利かなくなった事に困惑している。


 ジーナは舞を踊る。それは見る者を海の底へと誘う。


 彼女の周囲にいる魔物が次々と倒れていく。

 呼吸ができずに、海底に引き込まれたように圧が体を襲う。

 魔物の体は数カ所が凹み、そのまま死に砂塵に変わる。


 次には森では決して聞く事ない、大海獣の叫びが魔物を戦慄に染める。

 大海獣——クジラに似た超超大型の魔物である。


「海巫女に滅ぼされることを光栄に思うがよい魔物らよ」


 舞を踊るジーナの背後は暗く、心象風景が投影される。

 映し出されたものは大海獣の大口。


 緩慢な動きで大海獣は海巫女ジーナを頭部に乗せると、ヒュドム擬に襲いかかる。

 結果は言うまでもないだろう。




「——す、凄い」


 真緒は感想を漏らした。

 突然に現れた乱入者によって、魔物は次々と駆逐されていく。

 その光景は圧巻の一言。


「あ! ホッポウだ」


 真緒と手を繋ぎながら、魔人族の小さな女の子が指差すとホッポウがいた。


「——っ」


 全身を黒の鎧を纏い。身長が三メートル近いその姿に真緒は息をのむ。


「大丈夫だよお姉ちゃん! ホッポウは優しい地底人だから! それよりそろそろ戦いが終わるよ」


 魔物の数は増え続けている。

 戦況は圧倒的に有利だが、直ぐに終わる気配は毛頭ない。


 故に真緒は真意を問いただそうとするが、少女は笑顔のまま、仲間たちの戦いに目を向けた。


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