戦い③
「——————」
各々が体を休めてから数分で、大森林に獣の咆哮が轟く。
「おいおい、嘘だろ」
貝塚翔は絶望の声を上げる。
「マジかよ」
古賀一樹が失望の声を出す。
「緊急事態ね」
不可視の階段の上で真緒は下唇を噛む。
七つの首を持つ超大型のヒュドムが数十体。
一つ首のヒュドム擬きも多数。
一体でも困難なスクルスが群れで進行している。
その他にも多種多様な魔物の襲来。
皆の表情が強張る。
眠気に邪魔されながらも真緒の視軸が向いたのは、斗真と美桜。
斗真は魔物の大群を睨み聖剣を握るが、大技の反動から動けずにいる。
美桜は堕天使の姿から通常の姿に戻っており。膝を付き玉の汗を地面に落としている。
先の戦いの要であった両者は疲弊。
斗真と美桜だけではない皆が先の激戦で酷く消耗している。
それらを認識する真緒自身も相当な睡魔が襲う。
状況は絶体絶命であり。誰も口には出さないが死の文字が頭に浮かぶ
真緒は再度時間を巻き戻す事を決意するが、どこまで巻き戻るかで迷う。
激戦の時か、それともヒュドムと遭遇した時か、そもそも大森林に踏み込む前か。
先ほどスクルス対策の為に巻き戻った時間が約三分。
三分の代償は三日〜五日の睡眠という形で支払われる。
巻き戻る時間が長ければ長いほど、睡眠の時間は倍増していく。
魔物の数を見誤った結果を考えるに、大森林に侵入する三日前に戻り、対策を練り直す必要がある。
だが三日前に時を戻すとのはあまりにもリスクが高い。
もしかすると、そのまま、永遠に目を覚まさない可能性もある。
仮に数分前に戻ったとしても、そこは魔物との混戦中であり。
逃げの一手を取ったとしても、今の魔物が大群で押し寄せる状況を回避できるわけではない。
それでは意味がない。堂々巡りだ。
真緒は判断に迷う。
——悲鳴。
魔物が、スクルスが、ヒュドムが襲いかかりにきた。
騎士団は剣を構えるが、既に闘志は低い.
万全の体制であればこの窮地は凌げた可能性は大いにある。
何名かの騎士団員が魔物と交戦し倒れていく。
ヒュドムの口から火炎が吐かれ全てを燃やす。
スクルスが無骨な槍で騎士団員達の命を削っていく。
ヒュドム擬きの長い首がしなり、仲間を再起不能にしていく。
大盾を展開しそれらを受ける寛二は耳、鼻、両目、口から血を流す。
一樹が自身を燃え上がらせ、ヒュドムの炎と対峙する。
翔、アスカ、真琴が連携し少しでも多くの魔物達を相手取るが物量に押されていく。
ハンクォー、マグタスがスクルスを相手にするがジリ貧である。
全滅はもう目と鼻の先にある。
ようやく斗真が復活し、参戦するが焼け石に水である。
真緒は迷う、どこの時間に巻き戻るべきか、早くしなければ犠牲は増えるだけだ、意を決しコッコちゃんを呼び出そうと右肩を撫でる——。
「可愛いね。その精霊さん」
その声は唐突であった。
声から予想すると少女である。白いローブを頭から被っているため容姿は分からない。
少し舌足らずな喋り方が特徴的であり、
不可視な階段に立つ少女は真緒を見上げる。
「可愛い精霊さんだね!」
小さな少女は元気いっぱいに同じ言葉を繰り返した。
真緒はどう反応していいか分からなかった。出来なかった。
見上げた為に、被っていたフードが落ちる。
赤い髪、左右に巻き角。浅黒い肌。青い瞳。
「魔人、族」
微笑む少女の顔は愛嬌の塊であった。
そして自体は急展開を向かえる。
——爆音。
押し寄せる魔物の群れの中心から白煙が上がる。
「あら? 目標場所を誤ったのかしら? ねえ、ヨーダン? 魔物がいっぱいいるけど、ここはどこなの?」
「うむ。レダよ。ここは人族の領土である大森林ではなかろうか?」
「そう。にしても魔物の数が多くないかしら?」
白煙の中で亜人族の二名が積み重なった魔物の死体の上にいた。
レダと呼ばれたのは美しいエルフの女。軽装の鎧から伸びる手足は白く。水色の髪が肩口まで伸びている。
ヨーダンと呼ばれたのはホビットの老人。灰色のローブを着用しており、白いヒゲが胸元まで伸びている。
「お二方。移動の際は最小限でお願い致します。といつも言っていますが?」
別の女の声が、レダとヨーダンを嗜める。
「シルヴァ。私は悪く無いわよ。ヨーダンが転移の時に魔力を込めすぎたのよ」
「ふむ。一理あるな。しかしどうしてか目的地の場所とは随分違う所に着いてしまったのか、誰かに呼ばれたのかの? どう思うシルヴァよ?」
「そうですね」
魔物の死体が砂塵に変わり、レダとヨーダンは地に足をつける。
二人の視線を受けたシルヴァという女が姿を現す。
「ヨーダン殿の転移術式に強制介入できる者などそうそうおりますまい。となると運命がこの場所に飛べと我々に指示したと考えるのが妥当かと」
シルヴァは人族の女である。
首から下は真っ白な鎧に身を包み一切の肌の露出を許していない。
顔だけを外気に晒している。
亜麻色の髪を背に流し。美しい顔、切れ長の目が周囲の状況を確認する。
額に巻かれた青い布当てには人族の王国国旗の模様が描かれている。
「アルス様いかがなさいますか? 我が国の騎士団と見慣れぬ者八名が戦闘中です。ここは助力致すのが妥当かと」
シルヴァが指示を求めた相手も同様に周囲を見渡していた。
「そうだね。助けよう。騎士団の中には何名か傷を追っている者もいるようだね。皆もそれでいいかな?」
アルスは白空色の鎧を着込み、黄緑色の髪をした人族の青年である。
柔和な笑みが仲間達に向けられる、第一印象だけなら少し気弱な好青年といった風貌
である。
「王子。そなたが我々の主である。我々の行動はそなたが決めれば良い」
「ありがとう。ジーナ」
ジーナと呼ばれた高身長の女がアルスの右隣に立つ。
青い肌に灰色の一角が額にあるジーナは海人族である。
見た目は人族と何も変わらない。
二メートル近い上背、細い身体にしなやかな四肢。
知的な顔立ちのジーナは体に吸い付くようなピタリとした青と黄色の薄布を纏っている。
「貴方が下すのは命令よアルス。上に立つ者としての自覚を持ちなさい」
「うん。ありがとう。ラピス姫」
左隣に立つラピスと呼ばれた者とアルスは互いに微笑み合う。
ラピスは白銀のティアラを頭に乗せた女性である。
見た目が若く十代後半の少女である。
美と可愛さを融合した顔立ちは男女問わずに魅了する。
橙色の長髪と、髪の色に似た胸当てをつけ、同じ色のマントを着用している。ドワーフと人族の混じり子であるラピスの見た目は人族である。
「ホッポウも頼んだよ」
アルスは後ろを振り向く。
背を守るように立つのは全身を黒色の鎧に身を固めたホッポウと呼ばれた人物。
シルヴァと違い、顔も黒い鉄仮面で隠れている為どんな人物かは分からない。分かるのはその異常な大きさ。二メートル近いジーナをあっさり抜いている。
アルスに問われたホッポウは頷き了承の意を送る。
レダは気だるげに同意の返事をし、ヨーダンは「相分かった」と返答。シルヴァは胸に手を当て浅く頭を下げる。
「あれ? そういえばカナンがいないけど?」
アルスが唐突に口にし、それぞれがそういえばと周囲を見渡す。
「安心なされよ王子。近くに気配はある。おそらく好奇心をそそられる何かに遭遇したのじゃろう」
「そうか。ヨーダンが言うなら間違いないね。危ない目に会う前に早めに保護しておこう。じゃあ方々、抜かりなく」
「御心のままに」
シルヴァ、レダ、ポッポウ、ヨーダン、ラピスが返答する。
仲間達からの言葉を聞きアルスは前を向く。
「行くぞ!」
主から命によりそれぞれが魔物の討伐に動き出した。




