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戦い②

「何なのかしらこの気持ち悪い魔物は?」


 ——緊張感の無い声と共に全てが停止した。


 奏真緒の声である。

 全てが止まっている。


 傍若無人に殺戮をするスクルスも。

 一方的な殺戮を受けた騎士団やクラスメイトも、人だけではない、光も、風も、音も、何もかもが停止していた。


 その中で唯一動ける真緒はゆったり歩く。

 クラスメイトが目の前で殺されているにしてはあまりに呑気な態度である。


「う〜ん。こいつを倒すには骨が折れそうね。速さでは捉えられ無い。半端な攻撃では倒されてしまう」


 美桜に手を伸ばそうとするスクルスに近づき、繁々と観察する。


「私が倒せれば楽なんだけど、それは無理だし」


 真緒は己の手をじっと見る。


 奏真緒 ジョブ:時法士(じほうし)


 再度欠伸をしながら、停止した世界でスクルスの対応について考える。

 真緒がスキルが発動し、今、この世界は、世界という機能を停止している。

 時を止めるという論理も概念も倫理も全て超越したスキルである。


 三度欠伸をした後、目尻に浮かぶ涙を拭う。

 思考の末に行き着いたのは至極単純な答えだった。


「圧倒的物理で速さを上回れば倒せるわね。界王拳百倍みたいな感じで」


 とりあえず力で押す戦法であった。


 奏真緒はその氷のような美貌、合理主義な考え、厳しい口調で誤解を受けがちだが、根は少年漫画が好きで、やや天然の気がある少女である。


 戦法が決まればと、脳内で勝利への方程式を組み立てていく。


「初手で貝塚君と石橋君を——次手でアスカではなく美桜を——青峰君と樹君の——いえ、それよりアスカを先行させて真琴を——最後は——でも、初手から青峰君を——それもいいけど、敢えて貝塚君と石橋君を——そこで古賀君——マグタス団長とハンクォー副団長を配置、それからレフィーナさんを——」


 一人ぶつぶつと試行錯誤を繰り返す真緒。

 彼女の強さはここにはある。幾つもの手から最善手を導き出す頭の回転の速さ。

 並みの人間では行き着かない思考の柔軟性。

 ともすれば人外に近い計算力。


 盤上でチェスを配置するが如くクラスメイトと騎士団、魔物を配置しゲームを繰り広げるが如く。

 次々と一手一手を試し、取り止め、また試す。

 真緒の脳内では無数の行動パターンが計算されている。


「——騎士団を左右に展開して——良し。これならいけるわね。コッコちゃん」


 真緒の右肩の空間が歪む。

 歪みの中心から手のひらサイズの猫が現れる。

 真緒のいかにも女性らしい肩の上で降り立つ。


「やあ真緒、久しぶりだね」


「久しぶりねコッコちゃん。早速だけどお願いできるかしら?」


「勿論。真緒のお願いは断らないよ。その代わりいつもの対価はいただくよ」


「ええ、構わないわ」


「じゃあ契約成立だね」


 三毛猫のコッコちゃんは毛繕いを始める。

 ひどく特徴的な声、これまた酷く特徴的な顔。

 よく言えばブサ可愛い子猫のコッコちゃんは「ニャ〜」と鳴く。

 真緒はコッコちゃんの鳴き声を聞きながら目を閉じる——。

 

 時法士は、時を司る神と契約をする。

 その際、時間の神は使い魔を窓口にする。

 神の代弁者たる使い魔は、真緒の場合はブサ可愛い子猫のコッコちゃんだが。

 人によっては大型の獅子や蛇、ときには人間といった存在の場合もある。


 真緒が時間の神と契約して得た能力は二つある。

 一つは好きな時に「時間を停止」できる能力。

 そしてもう一つは「時を遡る」という能力である。


 コッコちゃんと契約成立を終え、二、三秒ほど目を閉じる。




ーーー





「仲が良いね二人は」


「「良くない」」


 目を開けると——馴染みの面子が騒いでいた。


 美桜の発言に一樹と真琴が声を揃えて反論し、斗真が苦笑いをしている。

 アスカは不思議な顔のまま首を傾げ、少し離れた場所に寛二と翔が同じ場所を向いて立っている。


 先ほどスクルスに命を奪われた皆の姿が目に入る。

 そこは丁度、斗真がヒュドムを倒し小休止をしている最中。


「なるほど。ここまで戻れたのね」


 真緒はそう呟くと思考をフル回転させ、先ほどよりも短い時間で最善手を導き出す。


「——くっ、眠い」


 時を止めた時とは桁違いな眠気が真緒を襲う。

 異常な眠気である。一週間ほど寝ないで過ごしたような状態が近い。


 これは時を停止し、さらには遡った故の縛りが発動している。

 時間を操るという。超越したスキルである為に、使用後の反動は大きい。

 時を操る反動が、どうして眠気なのかは謎となっている。


 真緒は下がる瞼を押しとどめ思考する。

 時を遡る前の真緒の行動は、はしゃぐクラスメイトを窘めたが今回は違う。


「コッコちゃん。いつもの階段を用意して」


「はいはい」


 真緒はごく自然な動作で階段を上がる。


 だがそこに階段は無い。傍目からみれば何も無い。

 無いのだが真緒は階段を上がる動きをし、実際に一段、一段と真緒の視線は高くなる。

 目に見え無い階段を六〜七段上がると足を止め周囲を見下ろす。


 その様子に気付いた騎士団の一名が真緒を見上げると、慌てて団長マグタスの名を叫んだ。

 その声に周囲も反応し、一斉に先の叫び声の意図を察し真緒に注視した。


 これは合図となっている。


 ——真緒が見え無い階段を上がり、空中に凛々しく立つ姿は——これから我々は全滅するという合図。


 時法士の力を正しく使用する為に決められた合図となっている。


「皆。私の指示に従うように」


 その声は冷たく鋭利であり、氷柱を連想させる。

 誰もその言葉に反論しない。

 何故なら真緒のおかげで幾度となく全滅という決定を覆してきたのだから。


「騎士団は六人で一個小隊を形成。四方から現れる魔物の北と東の二面を小隊で対峙せよ。指揮はハンクォー副団長お願いします。」


 真緒の指示に騎士団は素早く行動する。

 指揮を命じられたハンクォーは胸に手を当て、了承の意を送る。


「西と南の魔物はアスカと古賀君、貝塚君の三人で対峙するように。四方全体のサポートは真琴。できるわね?」


 問われたアスカ、一樹、翔、真琴は同タイミングで頷く。

 迷いなく応じるのは信頼の証。


「マグタス団長、後数秒後にレフィーナさんが大型の魔物二匹に襲われながら現れます。レフィーナさんの救出と大型魔物の対峙をお願いします」


「任せろ、お嬢ちゃん!」


 真緒は場所を手早く指示する。

 マグタスは数秒後に向けたレフィーナ救出に向け走り出す。


「美桜、混戦後に厄介なのが四体出現するわ、アレ(・・)で対応お願い、石巻君は美桜をフォローしてあげて」


「承知」


 寛二は直ぐさま答えたが美桜の反応は鈍かった。

 答えたいが答えられない。迷っているのが見て取れる。


「美桜? 怖い?」


 当然のように見越して真緒が尋ねた。


「うん。少し——怖い」


「そうよね。でも私の事は信じられるよね?」


「う、うん! 真緒ちゃんの事は信じてる」


「お願いできる?」


「うん、分かった」


 美桜は意を決し頷く。その仕草に優しく微笑み最後の指示を飛ばす。


「青峰君。最大出力でアレ(・・)をお願い。合図は私が出すから」


「分かった!」


 指示を出し終えた真緒は大きく息を吐き己の頬を叩く。

 

「ねぇ真緒? 眠いでしょ? 早く寝ようよ。夢の中で一緒に遊ぼうよ」


「コッコちゃん。すぐ終わらせるから待っててね。因みに今回の対価は、なに?」


「今日はね、棒の先にふわふわ揺れる綿をつけた物を、真緒に振ってもらいたい」


「お安い御用よ」


 真緒の指がコッコちゃんの喉を撫でると、コロコロと小気味良く喉が鳴る。

 コッコちゃんの対価は案外重いものではないようだ。

 眠気で崩れそうになる膝に鞭打ち、魔物の襲撃に備える。


 時を止める、遡る能力を得た代償は眠くなるだけでは無い。

 最も大きい代償は真緒のレベルが一から上がらない事だ。


 それはレベルという、数値が上がれば自身の強化へと繋がる概念があるこの世界では致命的である。

 どうして真緒がこのジョブになったのか。

 

 それは恐らく、真緒が誰よりも理解しているからだろう。


 この世界は遊びでは無いという事を。

 正しく捉えているが故に——もし誰かが目の前で死ぬ時は自分の能力で時を戻せれば——一人の少女の願いが時法士というレアジョブへと至らせたのかもしれない。


「マグタス団長今です! 全力の一撃を九時の方向に」


「了解した!」


 マグタスは指示された方向に大剣を全力で振るう。

 黒く無骨である大剣は普通の人間は持ち上げることもできない。

 騎士団団長だから使える大剣に何かが当たる。


「——————————」


 次には耳障りな魔物の絶叫。


「団長⁉︎」


「レフィーナ! あとで嬢ちゃんにお礼を言っとくんだぞ!」


 白馬の手綱を握り、難を逃れたレフィーナにマグタフが叫ぶ。


 レフィーナを襲っていたのは前回同様ヒュドム擬き。

 長い首をしならせレフィーナに攻撃を仕掛けた箇所は、マグタスの大剣が勢いよく振られており。見事に首を切断。


 太い首はズルリと落ちる。

 この場ではマグタスにしかできない力技である


「レフィーナさん! そいつの注意を引きつけて、団長と連携してもう一体の対応を!」


 レフィーナは真緒の声に反応する。

 白馬を駆り、左右へ移動しもう一体のヒュドム擬きを撹乱する。

 その隙にマグタスは間合いを詰め黒く無骨な鉄の塊を、長い首をめがけて全力で振るう。


 マグタスが身につける上腕、胸部、肩周りの鎧が弾け飛ぶ。

 膨れに膨れた筋肉は鎧を内側から破壊している。

 一撃に込められた質量は桁外れであり。

 結果は大型の魔物の屍体が二体転がる事になった。


「四方からきます! 各自対応せよ!」


 真緒の言葉の数秒後に大量の魔物が四方から攻めてくる。

 迎撃体制は既に整っている為、混乱は皆無。


 ハンクォー率いる騎士団は見事の連携で撃破していく。

 反対側ではアスカが大量の分身を作り数の不利を防ぎ、一樹の広範囲の炎で魔物を滅していく。

 溢れた魔物は翔が素早い動きで次々と駆逐していく。

 それでも魔物の数は多いが、四方全体のサポートをする真琴がフォローに入り、わらわらと湧き出す魔物を捕縛し棺に閉じ込め、時には大きなマトリョーシカを出し、暗黒空間へと誘って行く。


「美桜! お願い」


 真緒の合図を受け坂下美桜は深呼吸の後に、目を閉じ天に祈りを捧げる。

 光の粒子が美桜の周囲を包み出す。

 数秒後に現れたのは闇色の衣を纏った坂下美桜が立っていた。


 坂下美桜 ジョブ:堕天士


 漆黒の翼を広げるその者を美桜と呼んでいいのかも憚られる程に、全てが変わっている。

 普段の清廉潔白な雰囲気は消え、淫らで卑猥で狂う女がそこにいた。

 化粧などしなくとも赤く魅惑ある唇を舐める姿は隠微である。


 白いローブは黒に変わり、露出が多く、大きな胸元がより強調されている。

 伸びをする体のラインは男ならば誰もが抱きつきたくなるほど性の匂いが満ちている。

 だが男は誰も見ない。意図的に美桜を見ようとしない。

 絶対な性の誘惑には大きな代償があるからだ。


「各自一時後退! 美桜。今から厄介なのが四体現れるわ。対応お願いできる?」


「アハッ。良いよ。真緒ちゃん」


 美桜の返事が真緒の耳元で返された。

 離れた場所で待機していたにも関わらず一瞬で間合いを詰め、返事をし、真緒の首筋に流れる汗を舐めとる。


「美味し」


 誘惑の言葉を残し美桜は真緒の立つ不可視な階段から飛び立つ。


「ス、スクルスだ!」


 騎士団の誰かが叫んだ。

 多眼に長い舌。浅黒い肌。丸出しの男性器。手には不出来な槍。

 スクルスが四体より現れる。


 魔物との交戦は続くがスクルスという言葉で騎士団の皆が身構え緊張した。

 真緒の表情も曇る。

 前回はスクルスのせいで全滅させられたのだから。

 その雰囲気を察し、転移者たる皆にも緊張が走る——ただ一人を除いては——。


「趣味じゃないけど、どうしてもって言うなら。遊んであげるよ? 気持ち良い事しよっか」


 指を唇に当て、大きな目を潤ませ、腰を捻らせる美桜は、スクルスを誘惑する。

 四体の化け物は一斉に美桜に駆け寄った。まるで密に群がる蟻のように。


「アハッ。ガッつかれると直ぐに欲しくなっちゃう!」


 美桜が両手を掲げると、開かれた指先が形を変えていく。

 指先が異常に伸び、広がり、太くなると獣の形に変わる。

 右の指先からは狼が群がるように数十頭と現れ。

 左の指先からは蛇が何十匹と現れスクルスに襲いかかる。


 指先と一体化している狼と蛇の群れは標的を殺そうと次々に、溢れるように出現していく。

 スクルスはこれを躱し、時には槍で殺していくが、殺しても殺しても狼と蛇の群れは途絶えることがない。


「良い! これで死なないのは良いよ! アハッ! じゃんじゃんいくよ」


 背にある漆黒の両翼が広がると怨嗟の声が周囲に満ちる。発生源は漆黒の翼。

 黒より暗い翼には人面が埋め込まれている。

 黒の中に浮かぶ肌色は老若男女の顔が左右の翼に十面あり。

 口を開け怨嗟を発生させている。


 人面の眼窩からは黒い涙が流れ、開く口は歯がなく闇を覗かせ、翼に張り付く顔の皮膚は癒着して決して取れないように見える。


 怨嗟の叫びを聞き続けるスクルスは膝を付き、吐血した。

 何百年も拷問を受け続けたかのような人面の叫びには呪いがあり、それがスクルスを苦しめている。


 呪いに体を侵されながらも迫る狼と蛇の群れを殺していくスクルスの胆力は異常とも言える。

 捌き切れない狼や蛇の群れはスクルスの体に噛みつき肉を咀嚼していく。

 それに溢れた狼は方向を変え騎士団に襲いかかる。

 蛇もまた同様に騎士団と魔物に標的を定め獰猛な毒入りの牙で襲いかかる。


「アルカバン! 守護たる大盾を!」


 石巻寛二は巨斧を天に掲げると空より鋼鉄の大盾が四枚降りそそぐ。

 大盾はビル三階程の大きさであり、スクルスと美桜を囲うように地面に突き刺さり隔離する。


 標的であった騎士団を大盾に遮られた為、狼や蛇は鋼鉄の塊に衝突すると狂ったように鳴き、盾を破壊しようとその凶暴性をぶつけていく。


 盾に激突し潰れて絶命しても次々に狼と蛇は激突を止めない。

 一体一体の質量が然程ではないが積もりに積もれば、その質量は何トンもの被害に及ぶ。


 アルカバンを掲げる寛二が膝をつく。

 矛先が騎士団とクラスメイトに向かないように、美桜の攻撃を大盾内で全て防ぐのは相当な負担が見て取れる。


 大盾の中ではスクルス四体は蛇と狼の猛攻を躱し、呪いを受け、血を流しながらも美桜の近距離まで接近。

 自身を苦しめる美桜に凶器の塊を向け殺傷行為に移す。


「アハ。そんなに求められたら、濡れちゃう」


 美桜は右手で自身の豊満な胸を揉み。

 左手を右腰に回しスクルスを魅了する。

 まるでその所作は性行為を受け入れるといったような仕草である。


「でも! いっぱい、いっぱい我慢したほうがぁ〜もっと気持ち良いよ!」


 蠱惑的に微笑む美桜は舌を出す。

 果実のように赤々と艶かしい舌の腹には黒い模様が刻まれている。


 模様は子宮に似ており、子宮の周囲には炎の模様が伺える。

 美桜は舌を突き出すと、白く輝く上下の歯で模様を甘く噛む。


 ————。


 派手な耳鳴りと共に地面が割れる。

 美桜の周囲に桃色の炎を纏った無数の触手が地面から這い出る。


「アハッ。最後の試練だよ。いっぱい感じてね!」


 艶のある叫びと共に触手がスクルスに襲いかかる。

 狼と蛇に肉体を食われ。

 漆黒の翼から生える人面の呪いを受け。

 桃色の炎に焼かれながら触手の拘束を受けるスクルスは絶命に近い。


 だがこの魔物の恐ろしいところはここからだ。


 スクルスは体を一度震わせると口を大きく開ける。

 大きく、大きく、常軌を逸する程に口が開かれると口内から姿形がそのままのスクルスが現れる。

 

 口が開ききったスクルスは干し柿のように萎れると、触手に絡め取られ、桃色の炎に焼かれ焼失する。


 残ったのは無骨な槍のみ。

 口から産み落とされたスクルスは槍を手に取り、何事もなかったように美桜の命を狙いにいく。


 スクルスの恐ろしさはこの脱皮にある。

 傷ついた体を捨て、無傷の体に生まれ変わるところだ。

 スクルスを殺すには脱皮を繰り返す前に体ごと消失させるしかない。


 高い戦闘能力。

 殺しても死なない体。

 さらには屍姦をする悪癖。

 これらが冒険者や騎士団の間で最悪と名前が上がる所以である。


「キッモッ〜イ! キモすぎて昂ぶっちゃう!」


 美桜の攻撃が激しさを増す。

 両の指先からの狼と蛇が縦横無尽に暴れまわり、翼に生える目のない人面が呪いの叫びを強くする。

 桃色の炎と触手はそれらに呼応するように暴れまわる。


 スクルスは何度も生まれ変わりながら美桜の命を狙う。

 被害が拡大しないように大盾を維持する寛二はあまりの負荷に膝をつき吐血する。


 奏真緒は見極める。


 寛二の状態で盾内が激しい戦闘を繰り広げているのが分かる。

 周囲は騎士団やクラスメイトの活躍により均衡を保っていたが、北面を守る騎士団の一角が崩れてきている。


 アスカが疲労の為か分身の数が少なくなっており。

 一樹の炎も威力が弱まり魔物を焼き殺すまで至っていない。

 翔の動きも鈍くなり傷を負い始める。

 騎士団やクラスメイトの補助する真琴も疲労し、棺を出す数が少なっている。


 疲労が色濃く見えるが魔物の数は増え続けている。

 このままでは先ほど同様に全滅の未来が待ち受けているだろう。

 だが、それすらも見越しているのが奏真緒である。


「青峰君! お願い!」


 真緒が斗真に合図を出す。


「分かった!」


 交わされた言葉は勝利への約束事。

 斗真は激戦の中、動かずに力を溜め、聖剣を掲げていた。


 金色と紺碧で整えられた聖剣は幾多の戦闘を繰り広げていたにも関わらず、切れ味は一向に衰える気配はない。

 目を奪われる美しい色合いも同様に翳る気配はない。

 真白な光を発する聖剣が地に振り下ろされると同時に斗真が叫んだ。


「定められた勝利」


 聖剣を持つ勇者のみができる唯一のスキル。


 真白な光が四方に伸びる。

 戦闘を繰り広げる範囲を優に越え、皆がいる大森林をも越え、世界の一角を白に染める。

 白い光はどこまでも白く、他色が入り込む余地は無い。


 次には派手な鼓膜を揺らす音。

 全てが収まると戦っていた魔物はもういない。

 勇者が放った一撃によりこの世から消失したのだ。


 大軍の魔物も大型のヒュドム擬きも、死を乗り越えるスクルスでさえその一撃に耐える事はできなかった。


 定められた勝利という言葉通りに。戦闘は勝利という形で幕が下りる。


「皆。お疲れ様」


 周囲を見渡し真緒が呟く。

 森林の一画は未だ焼け野原と化しているが魔物の姿は無く、真緒の一言を聞き終えた騎士団員が歓喜の叫びを上げる。


 その後は慌ただしく救護手当、消化活動が行われた。

 勇者一行と騎士団の全員に色濃疲労が見える。

 激戦だったといえる。

 だが、止まるわけにはいかない。


 クラスメイトの皆を助けるために、この世界を救うために。占術士を求める。

 だがここは人族の領土内で最も危険といわれる大森林。

 魔手は途絶える事なく訪れる。

 彼らの未来を暗示するかのように。


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