戦い
「ん? ちょっと待った。気配がおかしい——」
大型の魔物を討ちとってから和やかな雰囲気となっていたが、暗殺士の一言で空気が変わる。
「—————————」
アスカの言葉から数秒遅れて敵襲の笛の音が、寛二、翔が見つめる方角から鳴る。
次いで銀髪銀眼のレフィーナが顔を歪ませながら白馬を駆り、皆のいる方向に走ってきた。
「レフィーナ! 何があった!」
直ぐに団長マグタスが声を上げる。
「大型! 魔物の奇襲により小隊は———————」
レフィーナの言葉が獣の咆哮で掻き消される。
後ろにはヒュドムに似た大型の魔物二匹がレフィーナに迫っていた。
違うのは首が七つではなく一つだということ、だが大きさは変わらない。
魔物は一つ首のヒュドム擬きだけでは無い。
獅子の頭に、昆虫の胴体、蜘蛛の足の魔物。
水牛の姿形をしているが二足歩行のミノタウロス。
人の姿だが手足、首が以上に長く奇怪な面を付け、槍や剣、弓で攻撃してくる、人に近い魔物など、その他にも多数の魔物が迫っていた。
ヒュドム擬き二匹が長い首をしならせレフィーナを食いかかろう迫る。
躱せぬ距離であった為、レフィーナの銀色の瞳が強く閉じられた。
美しい銀髪銀眼の乙女の命は無残にも散る事を——。
「てめぇ! 魔物如きに俺のレフィーナちゃんを殺させるかボケ!」
「レフィーナさんを襲うとは不届き千万、この石巻寛二が成敗してくれる!」
——猿とゴリラが許さなかった。
貝塚翔 ジョブ:槍騎士
石橋寛二 ジョブ:鋼斧士
訓練や戦闘実績を積み二人は上位ジョブへと至っている。
レベル、技巧。実力は転移初日に比べると桁違といってよい。
「来い! イクシオン! レフィーナちゃんを守るぞ!」
「きたれよ! アルカバン! レフィーナさんを守ろうぞ!」
翔と寛二がそれぞれに叫ぶと手の平が光る。
次には無数の光の粒子が現れそれが形作られると、翔の手にはイクシオンと呼ばれる細槍が、寛二の手にはアルカバンと呼ばれる巨斧が握られる。
イクシオンは線の細い工芸細工のような槍である。
真っ直ぐに伸びる槍は刃先の鈍色を光らせると主人の要望に応える。
「イクシオン! トランスフォームだ!」
叫んだ次には翔の体が白い光に包まれる。
光は瞬時で発光が終わると翔の全身は鎧に包まれていた。
槍の穂先同様の鈍色の鎧は身体にピタリと張り付いているが、翔のスピードは変わらない。
鎧は耐久が高く動きを邪魔しない仕様となっている事が伺える。
故に最速でレフィーナの元に駆けつける。
兜の面頬を下げると翔の軽薄な面構えが隠れ、戦士の風貌となる。
「最大火力で行くぜ!」
ヒュドム擬きは大口を開けレフィーナを捕食しようとしたが、閉じられた口内は女の柔肌ではなく硬質な細い槍が収められた。
「槍滅一閃光」
技名を叫ぶと蛇に似た口内から光が溢れ出す。
光は一条の閃光となり魔物の口内を突き抜け、頭部と胴体を抉り空へと伸びやがて消えていく。
翔の最大火力の技は一撃で大型魔物を始末した。
「アルカバン! 全身武装せよ!」
叫ぶのは寛二。
掲げるアルカバンは両刃の斧で見た目は荒々しく。
鉛色の巨斧は身長百八十センチある寛二と同じ大きさである。
主人の叫びに巨斧が呼応し白く光る。
次の瞬間には寛二も翔同様に全身が鎧に包まれていた。
寛二の鎧はいかにも重戦士といった見た目となっている。
速度も遅く、一歩一歩が非常に重い。速度でレフィーナを救うのは困難である。
「行くぞアルカバン! 一撃両断!」
天に掲げられるアルカバンは大きくなる。
どんどんと大きくなる。ヒュドム擬きも、周囲の木々も、空にかかる雲すらも超え、巨大になる。
「ぬぅわあああああああああああああああああああ!」
寛二は叫ぶと同時に空まで伸びた巨斧を振り下ろす。
————轟。
体全体だけではなく、胃の底にまで重低音が響く。
大地に大きな亀裂を作ったアルカバンはするすると小さくなり、元の大きさまで戻っていく。
標的となったヒュドム擬きは技の名の通り大きな体を真っ二つに両断されており、そのまま倒れ砂塵に変わる。
翔と寛二の活躍によりレフィーナの危機は救われたが、二人はそのまま尻餅をつく。
「やべぇ。一日一回しか使えない超大技を使っちまった」
「我々はしばらく動けん。後は頼んだ」
大技を繰り出した事により、縛りにも似た倦怠感が二人を襲う。
「ったく、面倒しかかけないなあんたらは!」
「マジでダサい」
真琴とアスカが動くと同時に四方から魔物の咆哮が響き渡る。
「おいおい! 囲まれてるじゃねぇかよ!」
地面に尻を付け、肩で息を切らす翔が状況を説明する。
騎士団を囲むように大量の魔物の群れが襲い出す。
急激な展開であり歴戦の戦士たるマグタスの指揮でも統率が乱れ始める。
そしてこの窮地にも転移者である者たちの活躍は一際目立っていた。
「とぉ!」「てぇや!」「ちょっい!」「せいや!」
翔と寛二に襲いかかる魔物をアスカが音もなく忍び寄り、小剣で首根を掻き切り絶命させる。
右翼側でもアスカが小剣を投擲し襲われかけた騎士団員を救う。
左翼にもアスカがおり小剣を逆手に握り魔物を斬り伏せる。
後方にもアスカがおり、ライダーキックの要領で魔物を蹴りつけている。
都合四人の七海アスカは四方から襲う魔物に同時に対峙していく。
アスカの影から姿形そっくりのアスカが這い出し、魔物の群れに襲いかかる。
分身が現れまた数を増やしていく。再度増え、また増える。
「これぞ我が究極奥義、ロリ分身である!」
どんどんと増えて行くアスカは次々と魔物と対峙していく。
その数約五十人。アスカ自体の戦闘力はそこまで高くは無い。
騎士団の中でも中の下程の実力しかないだろう。
だが、このスキルと攻撃を通さない、自身を煙にする能力で多くの窮地を救ってきたのも事実。
現に統率が乱れていた騎士団達はアスカが大量の魔物と対峙してくれたおかげで徐々に纏まり、本来の陣形を形成する十分な時間を作った。
「アスカ、もういいよ。私が動くからあんたは後退してな」
真琴が動く。レフィーナ、翔、寛二を騎士団の中心へと移動させた後に魔物の群れと対峙する。
「お言葉に甘えさせていただく。後はその妙ちきりんなジョブに任せた」
軽い口調で告げるとアスカは守りの中心地に後退していく。
そして言葉通りにアスカの分身は消えていた。
「さて、お仕置きの時間だよ」
真琴が悪い微笑みを魔物達に送る。
四方に群がる大量の魔物の動きがピタリと止まる、本能が危険と察知し動けないでいる。
真琴が腕を掲げ、開いた手をゆっくり握ると魔物達が引き寄せられるように真琴に近づいていく。
まるで見えない鎖に捕らえられているようだ。
「一樹、ヘタレ! さっさと終わらして!」
「相変わらずおっかないスキルだな、それ」
「あんたもでしょうが。火傷させたら許さないんだから」
「分かってるよ! きぃきぃうるせぇな!」
「うっさい! 早く片付けろ」
不可視の鎖で縛られている魔物を尻目に、馴れた様子で連携のやりとりが行われた。
この旅で実際に幾度となく繰り返された連携は、二人は勿論、他の騎士団内でも強い信頼がある。
真琴は掲げていた腕の五指をゆっくりと握る。
その動作は重く、まるで鎖を引いているようだ。
だが引かれているのは魔物達ではない。それは魔物達の足元から現れる。
鋼鉄の棺である。無数の棺が地中より現れる。
棺の扉が開くと中には鋭い棘が無数にある。
拷問器具、アイアンメイデン——鉄の処女——にも似た棺は、動けぬ魔物達の手を引くように誘う。
魔物は自ら棺に歩を進め、自ら納められる。
無数の棘が魔物の肌を貫通し多数の棺から赤、青、紫の血が流れいく。
魔物の狂ったような叫びは扉が閉まるとさらに悪化する。
だがトドメを刺すにはもう一歩足りない。だがそれは連携の相手に任せられる。
古賀一樹が自身を鼓舞するように己の胸を叩くと、周囲に熱が広がる。
熱の次は一樹を中心に周りが赤に染まる。赤とは炎の赤。
立ち姿がどんどんと変わっていく。髪が目が肌が真紅に染まる。次には炎が一樹の体から発せられる。
炎が一樹を包むと真紅の衣を纏い始める。
「行くぜ!」
掛け声を上げると、背から炎の翼を広げ空へ飛ぶ。
火炎の翼からは火の粉が舞い。一樹自身も炎と一心同体となっていく。
古賀一樹 ジョブ:炎滅士
上空で停止した一樹は、左手で右手首を掴み地に向け叫んだ。
「百億万度だ!!!!」
上空から炎の波が熱波となり地上に降り注ぐ。
波状に広がった熱は赤よりも紅く、熱よりも熱く。
炎よりも獄炎に近い熱が棺に閉じ込められた魔物に降り注ぐ。
魔物と対峙する場所は開けているとはいえ、周囲に木々が茂るこの場所には向いていない。
現に騎士団や不可視の鎖を掴む真琴にも直撃している。
「一樹! 何度も言ってるけど絶対に一億万度も無いから! 頭悪いぞ!」
「真琴うるせぇ! 人が決めてる時に下がること言うな!」
真琴や騎士団は獄炎に包まれているにも関わらず、火達磨になることなく会話をしている。
炎滅士である一樹の技量で燃やすものとそうでないものとに与える温度を分けている。
分かっているが故に誰もが、紅い炎が降ってきても逃げる者はいなかった。
それが信頼という言葉で築き上げられた二人の連携である。
一際大きな断末魔が鼓膜を突く。
発生源はヒュドム擬きである。獄炎に燃やされながらも最後に一矢報いようと突貫を仕掛けてきた。
「ヘタレの炎を食らって生きているなんて頑丈だね」
暴走する大型魔物は、幾多もある棺を破壊して進み、真琴目掛け大きな足で踏みつけようとする。
——がそれは無残な結果に終わる。
真琴は慌てる様子もなく、つま先で地面を二度軽く蹴ると、ヒュドム擬きの背後に大きな棺が現れる。
サイズが今までとは桁違いであり、大きさはビル二十階ほどの高さまである。
扉が開かれると中からは巨大なマトリョーシカが現れた。
——あのマトリョーシカである。
工芸品と同じようにパカリと丸い胴体が上下に分かれる。
普通であればそこに同じ細工が施された、一回り小さいマトリョーシカがあるのだが。
開かれた内部は何も無い。
ただただ暗く黒い。だがそれは目を凝らして見るとただ黒いだけではなかった。
宇宙が広がっていた。
マトリョーシカの腹の内部には星が煌めき、小惑星があった。
黒い空間——宇宙内が渦を巻くと小規模なブラックホールが出現。
何十トンもあるヒュドム擬きが浮き上がると、炎に身を包まれたまま小宇宙が広がる腹の内部に飲み込まれる。
それから何もなかったかのようにマトリョーシカは分かれていた上下を合わせ、元の形状に戻る。
当然のようにヒュドム擬きと小宇宙はもう存在しない。
マトリョーシカは大きな棺に戻ると、棺は地中に消えていく。
規格外の、最早なんの能力なのか不明といえる、真琴の未知のスキルと一樹の炎で一難は去った。
——と思われたが、四方から小規模の陣形を組んでいた騎士団から悲鳴が上がる。
東西南北に分かれた五人一個小隊は全てが全滅していた。
そこには死んだ者の地肉を啜る魔物がいた。
魔物といっても形状は人間に近い。そう思わせるのは両足で立っているからだろう。
浅黒い肌には濃い体毛が全身を覆っている。楕円形の顔には目が幾つもある。口は裂け、舌が異常に長い。手に握る武器は無骨な槍。
「——ス、スクルス」
騎士団の誰かが歯を鳴らしながら、そう呟く。
スクルスという魔物に対峙したら逃げる。というのが冒険者や騎士団の中では共通の認識となっている。
理由は至極単純である。
その戦闘能力の高さと残忍性から、出会うと殺されるという見解がある故だ。
加えてスクルスは極めて厄介な癖があり。それは——。
「あいつ! くそっ!」
「今直ぐ止めさせろ!」
スクルスは死んで横たわる。
騎士団員の女性の頭に槍を突き刺すと、その体を弄り、服を脱がし、長い舌を体に這わせ、男性器を露出させる。
スクルスという魔物は人間を屍姦する癖があるのだ。
遠くで悲鳴、殺されてしまった騎士団の男が既に屍姦されていた。
「魔物が!」
それを見て、かつて同僚であった団員数名が指示を無視して飛び出す。
スクルスに挑むが、結果は直ぐについてしまう。
剣で切りかかった団員はスクルスの高い機動性を捉えられず空振りとなる。
隙だらけの腹部に槍が刺さり絶命。
同様の光景が四方で行われていた。
一体だけでも厄介なスクルスが四体もいる事は絶望といえる。
「行くぞ! 男女!」
「命令するなヘタレ!」
これ以上の犠牲は出させまいと、一樹と真琴が動いた。
大量の魔物を殺した時のように不可視の鎖で拘束を試みるが、四足となって動くスクルスの機動力は高く、捕まえる事が出来ない。
「そんな! 捕まえられないっ——」
真琴の焦りの声は止まる。それはいつの間にか目の前にスクルスがいたのだ。
次に真琴が捉えたのは血で真っ赤に染まった槍の穂先。
「真琴!」
その危機を救ったのは一樹。
緋色の翼を最大限に稼働させ真琴の前に現れ、スクルスの迎撃に当たる。
炎の拳や蹴りを繰り出すがスクルスは俊敏な動きでそれらを躱し、今度は無骨な槍が炎滅士を襲う。
炎と化した一樹だが体は人間のままである。
スクルスの攻撃を全て回避する事ができずに一樹の腹部に槍が貫通する。
腹に穴を開けられ一樹は膝を付く。
真琴の悲鳴が四方に広がる。
スクルスが次の標的にと真琴に手を伸ばすが、一樹はスクルスの体に抱きつきそれを阻止。
自身も燃え上がらせる程の炎で発火し、スクルスと共に自滅を図る。
「一樹ちゃん!」
「行くぞ寛二! 休んでる場合じゃねぇ!」
「言われるまでもない!」
仲間の窮地にアスカ、寛二、翔が動くが二体のスクルスが三人を襲う。
見ると騎士団は全滅に近い被害を受けていた。
マグタス、ハンクォーはいまだ増え続ける魔物との対峙で身動きができない。
斗真は二体のスクルスと対峙していて助けに入る余地が無い。
——悲鳴。
それは真琴の悲鳴。アスカが槍で心臓を突かれたからだ、続いて翔、寛二も首を飛ばされて絶命する。
悲鳴は止む。真琴の口内に槍が侵入。そのまま絶命してしまう。
騎士団は壊滅といってよい状態である。
重症の手当てをしていた坂下美桜に一体のスクルスの魔手が伸びる——。




