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八名

 一年C組は転移初日からの騒動を振り返ってみる。


 あの日、白い光に包まれて日本という場所から、異世界デンバースに転移させられた事に今だに納得がいかない者もいる。


 数日後。再度の転移でクラスメイトは強制的にばらばらになってしまう。


 一年C組の生徒達は強制転移で行方不明となったクラスメイトを探す為に、この異世界でも渡り歩けるように実力をつける事になる。


 訓練は苛烈を極めた。


 あまりの辛さに吐瀉物を吐き、戦意喪失する者も多く、その度に教師である忍成真吾(おしなりしんご)は王国側と騎士団側に直訴した。


 教師という職務は押成にとっては悪くない職業であった。

 元来面倒見の良い彼は、この状況で生徒達を守れるのは自分しかいないと考える。


 何故ならもう一人の教員である小野小梅(おのこうめ)は転移に巻き込まれた為、成人しているのは自分だけだからと、その思いは余計に増していく。


 転移された者達も勿論気にはなるが、今は目の前の生徒等の安否を優先してしまう。


「訓練が苛烈過ぎます! 彼らはまだ未成年なのです。もっと配慮をしてください!」


 彼の言葉は通る事はなかった。


 それどころか訓練に拍車が掛かり、以前よりも魔物狩り等の、命のやり取りの場数が増え、押成はその都度いたたまれない心持ちになり、何もできない歯痒い自分に焦燥していく。


 ある日、訓練に魔物の討伐はもうこれ以上はしたくない、無理という生徒の相談を受け、いつにも増して強く王国側に訴えた。


 揉めに揉めてなんとか、戦闘に不向きな、或いは戦闘にそもそも向いていない生徒達を守る事はできた、王国側からの条件は、勇者、並びに上位職のジョブに付く者は戦闘に参加してもらうという条件。


 選ばれたのは八名。


 押成は八名に頭を下げ、他の生徒を守るために力を貸してくれと頼んだ。

 戦闘を託された生徒は、嫌な顔をせず、クラスメイトを守る為だから問題ないと忍成に笑顔で告げた。


 特にクラスの中心人物の青峰斗真の力強い言葉に随分と心内の枷は軽くなった。


 現在、戦闘に参加していない生徒達は王城にて、不足な事態に備えた場合の軽い訓練や、王城内の仕事で日々を過ごしている。


 王国側から説明された日本への帰還の手立てはまだ進捗が無い。


 戦っていない生徒は、肉体的な傷は少ないが、精神的な面での——ただ、待つ——という苦痛は計り知れない。


 何名かはただ待つという事を嫌い。諜報部として働く事を志願した者もいた。

 人数は三名。


 忍成は自分が前線に立てないこと、生徒を守れない悔しさ、行方不明の七名の安否など懸念事項は多々ある者の一端は王城で暮らす生徒達の心のケアに専念をした。


 王城内の人間を全て信用したわけではない。忍成にとっては一日一日が勝負となっている。




―――




 ヒュドムを討伐した騎士団と勇者一行は傷の手当や体力の回復に努める。


「ありがとう。坂下さん。すっかり良くなったよ」


 斗真に回復魔法を施した坂下美桜(さかしたみお)は笑顔で応える。


「美桜〜私にも回復魔法掛けて〜」


「うひゃあ!」


 騎士団に参加する七海(ななみ)アスカが猫撫で声と共に美桜に後ろから抱きつくと、両手を胸部に持って行き、撫でるように触りだす。


 美桜は白い絹のローブを羽織り、体のラインは隠れているが。大きく、大きく膨れた二つのお宝の揉み心地をアスカは堪能する。


「うへ、うへへ、ここか。ここが良いんか、この胸は男を惑わす悪い胸だ」


「ちょっと! アスカちゃん!」


 目の前の痴態に斗真は視線を逸らす。近くいる古賀一樹(こがいつき)は七海アスカを軽蔑の眼差しで見る。

 少し離れた場所にいる石橋寛二(いしまきかんじ)は横目でチラチラと見る。貝塚翔(かいづかしょう)は「おぉ〜!」と奇声を上げ凝視する。


「良い加減に!」


 ——七海アスカの痴態を振りほどこうと美桜が体を反転させ、腕を振るうと七海アスカの顔に当たるが。


「にゅふふ、誰も私には触れない、でも私は触れる」


 アスカの顔に当たった美桜の腕は何にも当たらず通り抜けてしまう。


「我が暗殺士のジョブと煙媒体のスキルを持ってすれば、美桜の胸は我が手の内なり」


「こんな事でスキルを使うな!」


 七海アスカの顔の一部が灰色の煙となっている。

 正確に言えば、美桜の腕が通った箇所のみが煙となり、すり抜けた状態となる。



 七海アスカ ジョブ:暗殺士(あんさつし)



 小柄なアスカの体は、黒く薄紫色の装飾が僅かにある密着性の高い衣服を見に纏っている。伸縮性が高く暗殺者のジョブとは相性が良い。


 素早い動きが求められる暗殺士にはうってつけといえる。だが、密着性が高いので体のラインが丸わかりなのがたまに傷だ。


 小柄な体格に愛らしい顔立ち、ツインテールの髪型から真正ロリの称号を欲しいままにしている。


「この胸が! この胸が!」


 故にツルペタなのも、本人の是非もなく、周知の事実となってしまった。


 アスカが美桜の胸に固執するのは羨望か嫉妬か、とる者によって答えは千差万別だろう。

 もがく美桜とニマニマと口角を上げ胸を揉みしだくアスカ。数秒続いた痴態に救いが現れる。


「ったく、あんたは本当に懲りないわね」


 アスカの薄い衣服の襟元が伸びる。

 母猫が子猫の首元を掴むように、ひょいとアスカの体が美桜から離れる。


「うげっ! 真琴、いつの間に」


「いつの間にはこっちの台詞だっての。美桜。大丈夫?」


「うん。ありがとう、真琴ちゃん」


 美桜のお礼を受け園羽真琴(そのはねまこと)は笑顔で返し、地面にアスカを投げる。


 アスカの口からは衝撃で、うげぇ! という年頃の少女が出してはいけない声が漏れる。


「真琴のジョブは私との相性が悪すぎ!」


「私のジョブが捕縛士で良かったわよ、あんたの痴女行為から美桜を守れるんだから」


 騎士団から支給された白色と濃紺色の軍服をラフに着る園羽真琴は手の平をアスカに向ける。


「うぐっ! 卑怯なり!」


「何が卑怯よ」


 尻餅をつくアスカの頭を軽くこずく。真琴は煙になるアスカの体に触れられる。美桜はすり抜けてたのにも関わらず。



 園羽真琴 ジョブ:捕縛士(ほばくし)




 抜群のプロポーションを誇る真琴は背が高く、手足も長い。噂では九頭身の美女として陽菜高校にその名を轟かせている。


 ベリーショートの髪型で切れ長の目は多くの異性、または同性を虜にしている。

 少し大きめなサイズの軍服を着用している為、隠れ巨乳の称号はどうやら拝めないようだ。


「これに懲りたらさっさと消化活動でもしてきなさいよ」


 アスカに向けられた手の平から何かのスキルが発動しているのは確かである。現にロリ暗殺者が動けないでいるのが良い例だ。


「お前ら、緊張感持てよ」


 あまりの緩んだ空気に堪らずに古賀一樹が注意を促す。


 真琴同様に軍服を着る一樹。赤みがかった前髪を上げ、軍服を少し着崩す姿は若者の印象を強くする。


「分かってないな一樹ちゃん。私はこの張り詰めた空気を少しでも柔らかくしようとして、己を汚れ役になってでも良い! という大義名分のもと、美桜のおっぱいを揉んでたのが分からんのかね?」


「分かんねぇよ」


 やれやれといった仕草で一樹に言葉を送るアスカ。それを聞いた美桜は——他にもやりようはあるでしょ——と異論をだすが右から左に流れているようだ。


「まったく一樹ちゃんはどうしてそんなに馬鹿真面目なのかね。健全な男子だったら、あっちのバカ(寛二)スケベ()の反応が正しいものだけどね? こんな美人で巨乳の胸はそうそう拝めないんだからね」


「悪かったな馬鹿真面目で、俺はいつ敵に襲われるか分からねぇ状況だから緊張感を持てっていってるだけだよ、それに坂下が可哀想だろうが。真琴もちゃんと躾とけよ」


「うげぇ。私にふるなよ一樹。この痴女はもう手遅れなんだっての。来世に期待しとこう」


「おい〜! 私の人生これからだっての! ねぇ斗真ちゃん」


「ははっ、まいったな」


「もう、アスカちゃん、邪魔! 斗真君の治療はまだ終わってないんだから」


「美桜が冷たいぃ〜。分かった、分かった! 私のおっぱい揉んで良いから機嫌直して」


 アスカは腰をくねらせしなを作るが、体型と合っておらず。見る者の心に冷風が吹く。


「笑止」

「ショボ」


「おい、今何つったそこのバカゴリラとスケベ猿! おどれら全国ロリ組合の使徒から抹殺されろ! ったくどうせ私の体は貧相っ——」


「おま! 皆いる前で何てポーズしてんだよ!」


「なに慌ててんの、一樹ちゃん?」


 遠巻きに見ていた石橋寛二は侮蔑の笑いと共に言葉を吐き出し、貝塚翔は本当に残念という顔で感想を言った。


 服装だけは男の情欲を唆る薄手で露出が多い格好なのだが、着用しているのがロリ体型なので、一部の者にしか刺さらない。


 その一部の者が顔を真っ赤にし、身振り手振りでアスカのポーズを止めさせようとする。


 旅の序盤からその事に気付いていた真琴はニマニマと表情を変え一樹に耳打ちする。


「旦那。アスカは他人の色恋には敏感だが自分の事となるととんと無頓着だ。思いを伝えるなら早い方が良いですぜ」


「るせぇな! どこのお代官だよお前は、お前に相談した事が俺の人生最大の失敗だよ」


 アスカの不思議顔を意識しつつ一樹が真琴を睨む。真琴はニシシと笑うその姿は美女特有の色香があるが、実に男らしい下卑た表情が上塗りされる為、いまいち色気とは無縁となっている。


「お前こそどうなんだよ、ハンクォーさんはクラスの女子ほぼ全員が狙ってんだぞ、競争率の高さから早めに好きだって言ったらどうなんだよ」


「ちょ! バカ! 声デカいっつうの!」


 高校生とは思えない淑女たる雰囲気を持つ真琴だが、自分に及ぶ恋の話には赤面し意中のハンクォーが聞いていないかを探し出す。


「仲が良いね二人は」


「「良くない!!」」


 二人の密談に美桜が感想を述べると同時に同じ言葉の返事が返って来たので、一樹と真琴以外の皆が笑う。


「ちょっと。怪我で動けない人もいるんだからもう少し配慮するように、大声で笑うのは禁止」


「あ、真緒! 後方の被害はどうだったの?」


 真琴が反応し声を掛ける。


「問題無し。軽傷者が数名程度よ、皆も四方の守りお疲れ様。正面の大物は斗真君が倒したのね。流石ね」


 眼鏡を持ち上げ、淡々と返すのはクラス委員長の奏真緒(かなでまお)


 ヒュドムが砂塵に変わるのを一年C組の皆が眺める。

 青峰斗真、古賀一樹、石橋寛二、貝塚翔、坂下美桜、七海アスカ、園羽真琴、奏真緒この八名は騎士団に身を置き第一線で活躍している。


 絶え間無い訓練、多くの実践を経て、八名は騎士団の中でもトップクラスの実力を誇っている。

 青峰斗真が率先し、人族の多種多様な範囲を巡り多くのクラスメイトを救出してきた。


 この八名の絆は固く、絶対の信頼をそれぞれが置いている。


 魔物と戦う過酷な日々で年頃故に恋話に花を咲かせるのはしょうがない事だ。現に彼らの若さや物怖じせず魔物と対峙する姿は多くの騎士団の心の支えになっている。


「ところで、石橋君と貝塚君は同じ場所で同じ格好で、同じ方向を見ているけど、どうしたの?」


「それは、あれだよ真緒ちゃん。レフィーナ小隊長が現れるのを待ってるんじゃないかな」


 真緒の質問に美桜が苦笑いで答える。

 バカとスケベは腕を組み、森林の一定の方角を見つめている。


 二人が待っているのは美桜がいうようにレフィーナ小隊長を待っている。

 レフィーナとは。王国騎士団の小隊長を務める者の名である。


 銀髪銀眼の美女であり、異世界の美女をそのまま描いた美しさを誇っている。


 美桜よりもメリハリの効いたボディを無理やり鎧に押し込め、白馬を駆けレイピアで敵を討つ姿。その際に流れるような長い銀髪が揺れる姿に、バカとスケベは恋をした。


 性格も聖母のように慈悲に溢れており、C組の男子女子だけに収まらず騎士団内でも女神と称されている人物でもある。


 レフィーナに褒めて貰おうとバカとスケベは、彼女が来るのを今か今かと待っている状態である。


「美人は大変ね。悪い虫がすぐ寄るから。私には関係無いけど」


「うっ! 真緒ちゃんがそれを言うかね」


 真緒の悪い虫発言にアスカが顔を引きつらせながら反論する。アスカだけではなく美桜も、一樹も、真琴も顔に渋面が貼り付いている。


 支給された軍服の上から白いマントを羽織る真緒。その真緒の容姿は綺麗であり、可愛いであり、美しいと言って良い。


 単純に見るものによって印象を変えるのだ。

 可愛いがタイプの男にはアイドル以上に可愛く見え、綺麗がタイプの男にはモデル以上に見え、美がタイプの男には一流の絵画で描かれた女性のように見える。


 王国内では密かにファン倶楽部ができるが、当人が全く色恋に興味を示さないため噂の一つも立たない。

 旅が続いたある日に、一人の騎士が真緒に告白したことがある。


 その者は、一生を俺に捧げてほしいと真緒に言う。


 彼は自信があった若い頃からハンサムと持て囃され、剣の腕も悪く無い。そんな彼は真緒の美に当てられ骨抜きにされ告白に至った。


 が——。


「ごめんなさい。私貴方を異性として見られないわ。それよりもこの世界で一生を添い遂げるのは私にとってどんなメリットがあるのかしら?」


 というのが真緒の答えだった。


 真緒は悪気があってそう言ったのでは無い。彼女の本質は驚くほどの合理性で満ちている、それだけなのだ、故に自分の容姿に微塵の興味も無い。


「真緒ちゃん」


「なあに?」


 美桜は何かを言うべきか迷ったが結局は言わずに黙る。何度となく真緒ちゃん可愛いと伝えても当人が興味が無いようなので、意味は無いと言葉を飲み込む。


「ん? ちょっと待った。気配がおかしい——」


 大型の魔物を討ちとってから和やかな雰囲気となっていたが、暗殺士の一言で空気がガラリと変わる。


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