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青峰斗真はゆずれない〜後〜

 青峰斗真はゆずれない。


 青峰斗真は何がゆずれないのか。


 それを語る前にまず知っておかなければならないのは、彼は執着という言葉とは離れた所にいるという事だ。


 固執とは無縁の男が、唯一ゆずれないものがある。




「危険です! 斗真さん!」

 ハンクォーの静止を聞かずに斗真は足早に駆けヒュドムに斬りかかる。

 斗真の技量、センス、聖剣の力を持っていても危険と判断できる状況となっている。


 ヒュドムと激戦が繰り広げられている大森林は、本来は鼻孔の奥にまでムンとした青臭さが突き抜ける場所であり、緑は三百六十度に広がりがあり。古代葉や陽に晒された長い蔦、大木がそこかしこに点在している。


 それが今は灰色の煙が視界を遮り、葉を燃やす炎が大森林を侵略している。

 これはヒュドムが吐く炎であり、炎は大森林を焼け野原に変える。


 騎士団やクラスメイトと連携し現在は七つある首を五つ切り落とす事に成功。

 残り二つ。一つは騎士団団長のマグタスの大剣が切断にかかる。

 もう一つの首はハンクォーと斗真が連携し相手をしていた。


 そして事態は刹那に動き出す。


 マグタスは首を切断しようと攻撃に転じた際に生まれたわずかな隙、それを見逃さずに急遽旋回するヒュドムは牙をマグタスに向ける。


 その瞬間、誰しもがマグタスの死を予感した。


 ——青峰斗真意外は。


 斗真はマグタスを狙う首を狙う為に強引に加速した。

 目指す先はヒュドムとマグタスの間。


 誰しもがその行為を無謀に思えたが——だが同時に、自分を犠牲にしてでも他を助けにいく行為に彼こそまさに勇者だと皆が感じた。

 ヒュドムの大口が斗真の目の前に迫る。

 短剣が並ぶ歯に捉えられればどんなものでも一溜まりもないだろう。


 普通の人間ならば恐怖で足がすくみ、目を閉じ、死を待つのみとなるのだろうが、斗真は、勇者は違った、彼は、彼の口は——口元は。


 ——笑っていた。





 青峰斗真という人間には共感力という言葉が欠如している。

 他人が他人と共感する光景をどこか別次元のように捉えている。

 それは子供の時からそうである。


 言ってしまえば自分以外の人間の喜怒哀楽が分からないのだ。

 子供の頃から勉強、スポーツ、芸術は、誰よりも優れた才を発揮するが、ある時を境にピタリとその才が成りを潜めてしまう。


 それは他人からみれば優しすぎるから。というように思われているが実際のところは違う。

 ただ単に面倒なだけなのだ。


 子供の頃に斗真に勉強で負けて泣く同級生、スポーツ、芸術で及ばずに泣く子らは、どうして泣いているんだろうと斗真は思っていた。


 それが悔しいという感情だと理解した時から一番になるのを止めた。

 そのほうが人から嬉しくもない称賛の言葉を浴びずに済むからだ。


 大人に褒められても、同年代のクラスメイトに褒められても共感という感情が欠落した斗真にその称える言葉も羨望の眼差しも、煩わしいものでしかなかった。


 ある日、たまたま手を抜いて試験を受けた時にいつも学年一位の斗真が二位になった。

 その時の周囲は非常に残念がったが、万年二位の子は遂に斗真に勝ったと自慢げに誇る。


 それを見て初めて——なるほど。彼は勉強で一番に成りたかったのか——と理解をした。


 ものは試しにスポーツや芸術でも同じように手を抜き順位を下げてみると、今まで一位になれなかった者は同じように斗真に勝ち誇り、周囲は残念だねという言葉のみを残し去っていく。


 何が残念かは分からなかったが——こちらのほうが自分へのトラブルは少ない——と判断した以降から、青峰斗真が一という成績をとることはなかった。


 人間関係に至っても同じである。斗真には友情、愛情を他人と共感するという感覚が無い。建前上は合わせているに過ぎない。


 青峰斗真にとっては友情を求める者は自分を目立たせない良い隠れ蓑であり、愛情を求める者は単純な性の捌け口として認識している。


 それでも周囲に人が絶えないのはその圧倒的なカリスマ性に起因する。

 また、共感ができないからといって人間に興味が無いという訳ではない。


 現に周囲から親友と認識されている古賀一樹——一方的に一樹が呼んでいるだけなのだが——などは気に掛ける程度には認識している。


 青峰斗真は聡い人物故に、自分が一般の人とは違う感覚を持っているのは子供の時から気付いていた。

 それでも周囲から軽蔑されずに、むしろ輪の中心となっていたのは彼の人間力と言っても差支えがない。


 それでも、どこかに不安はあった。


 いつか自身の共感力のなさが大きな事件を起こすのではないか?


 その不安は常日頃から頭の隅にあり。真綿でゆっくりと締め上げられるように心を苛んでいく。

 本人ですら気付かぬうちに日々焦燥にかられていた。





「斗真!」「斗真くん!」

 ヒュドムの牙が迫り、数秒先には死が待ち受けている状況。

 クラスメイトや騎士団が叫ぶ。恐らく本人に届いてはいないだろう。

 青峰斗真の口元は綺麗な三日月となっている。





 ——ようこそ勇者たちよ——。

 この言葉から始まった斗真の異世界生活。


 この異世界デンバースで斗真は初めて、生まれて初めて、ある事に高揚した。


 この時ばかりは共感力が芽生え、相手の気持ちと自分の気持ちが通じ合えた気持ちになれた。それは斗真にとっては青天の霹靂といっても良い。


 ——こんなに気分が高まる事を俺は今まで知らなかったのか、悔しい、もっと、もっと体験したい。もっと共感したい! もっと、もっと! 


 青峰斗真はすっかり共感の虜になった。


 これだけはゆずれない。

 




「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 気概の叫びだったが、ヒュドムの大口は斗真を当然のように丸呑みにした。金属が砕かれる耳障りな音と共に閉じられた大顎からは血が滴る。


 クラスメイトが斗真の名を呼ぶ、皆に絶望が一気に伝染する。


 騎士団が、ハンクォーが、マグタスが勇者の名を呼ぶと、ヒュドムの喉元から剣先が突如現れる。


 それは聖剣の剣先。ドレイク王より賜りし黄金色の剣はそのままぐるりと一周すると盛大な血吹雪と断末魔が焼け野原にこだまする。


「斗真!」「斗真君!」「勇者殿」「斗真さん」


 青峰斗真は生きている。


 ヒュドムの口内に意として飛び込み、敢えて喉奥に突っ込む事で牙の一撃を避けるが、全てを躱しきれてはおらず、体の数カ所が牙の餌食になり肉を抉れ血を滴らせる。


 傷を負ってまで飛び込んだ先は計算通りにヒュドムの舌の上。


 飲み込まれる前に聖剣を下顎に突き刺しそのまま力任せに一周させると、蛇に似た顔の半分が地面に落ちる。


 自分の血や、ヒュドムの血を浴びながらも斗真は立つ。


 ヒュドムは大きく体制を崩しその場に倒れ込む。もう片方の首は既に団長のマグタスが仕留めていた。


 勝利の雄叫びが上がると直ぐに消化活動が執り行われた。


「斗真、無茶しすぎだぞ」


 マグタスは褒めたいが手放しでは褒められない斗真の行動に苦言を呈する。


「勇者が死んだら元も子もないだろうが、俺の代わりはいるがお前の代わりはいないんだ」


 マグタスは責めるつもりはなかったが、厳しく言葉を告げる。その言葉に裏表は無い。斗真は少し逡巡するが直ぐに彼なりの答えを言う。


「団長の代わりはいませんよ、僕が団長を助けたかったから。ああしたんです。やっぱり勇者はピンチをチャンスに変えないとね、だってそのほうが——」


 子供の顔つきになる斗真は満足そうに笑う。


 マグタスは求めていた回答とは違ったが、その満足そうな顔に続けて苦言を呈する事を躊躇われた、それほどに斗真の顔は満たされていたのだ。


 駆けつけたクラスメイトにもみくちゃにされる斗真は、いつもの幼さが残る顔つきになり同郷の元たちとの会話を弾ませる。


 マグタスはそれ以上、責めるのは憚られ背を向ける事にする。



 ——だって、そのほうが生きてるって感じがするじゃないですか——。



 共感力の欠如した男が異世界で感じたのは、命のやりとりをする際のお互いの魂の共感だ。

 相手が死に瀕する時に斗真は初めて他者と共感できる。


 正確に言えば。死に瀕するではなく、死にゆく時、お互いの気持ちが一つになっていると実感でき、それが斗真にとっては何よりも快楽となる。


 元の世界では味わえなかった感覚。生を感じる。自分の命がすり減る時と相手の命が死にゆく時に斗真は身震いする。



 ——これが気持ちを通じ合わせるという事か——と。



 青峰斗真はゆずらない。


 彼は自分から死地に向かう。他者が死のうが関係が無い。今では死にいく者との共感に魅入られている。


 ゆずれない。


 危険と隣り合わせの異世界に常に身を置く事に。


 ゆずれない。


 他者を巻き込んででも死と隣り合わせの戦闘を。


 ゆずれない。


 この快感は誰にもゆずれない。


 ——青峰斗真はゆずれない。


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