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青峰斗真はゆずれない〜前〜

 青峰斗真(あおみねとうま)は完璧である。


 皆が口を揃えて彼をそう評価する。


 何をもって完璧というのか、それは勉強が得意、スポーツが得意など人によって解釈が違うが、青峰斗真に至っては全てが完璧と言って良い。


 彼を語る上で、どのエピソードは何が良いかと考えるが何も思い浮かばない。

 勉学は常に一位ではない、運動も一位ではない、だが彼は完璧なのだ。


「斗真は優しすぎるんだよ」


 彼の親友はそう答える。


「あいつは本当なら何でも一番なんですよ。でも譲っちゃうんですよ。優しすぎるから」


 青峰斗真は勉学、スポーツに於いては誰よりも高い成績と実績を残す事ができる。

 だが自分が一番になった事で二番、三番の人が傷付くのではないか。

 という事を恐れ、わざと一位を取らず、優秀と言われるギリギリを狙ってその席に着く傾向がみられる。

 周囲から青峰斗真はそのように思われている。


 完璧な男は人への配慮もできる故に完璧と言えるのだろう。

 では、完璧と言われる人間の人柄はどうだろう。

 それは彼の周囲を見れば考えなくても済むだろう。


「斗真」「斗真君」「斗真さん」「トーマ」


 多くの男女が彼を呼ぶ。その声を受けて嫌な顔一つせずに応対する。

 誰にでも平等に接し、弱気を助け強きを挫く。彼の周りはいつも人が集まっている。

 皆が羨望の眼差しで彼を見る。

 またその甘いマスクで多くの女性を魅了している。

 クラスの、学年の、学校の中心は彼と言っても問題はないだろう。

 青峰斗真には圧倒的なカリスマがある。


 また、青峰斗真は怒らない人物でもある。それも彼の魅力の一つなのだろう。

 一度彼を怒らせようと悪戯を仕掛けた事がある者達がいた。

 悪戯は本当に些細な事だが人によっては酷く憤慨する事もあるだろう、だが多くの人にとっては笑って受け流せる程度の悪戯だった。


 青峰斗真を困らせたく。また怒った顔がみたく彼と仲の良い三人の男子が悪戯を仕掛けた。


「まいったな」


 悪戯を受けた第一声がそれだった。


 もちろん彼は怒らなかった、悪戯を笑い飛ばしその日の帰りは斗真と三人は悪戯の話題に花を咲かせながら帰宅した。


 不思議な事にその三人は一週間後に交通事故にあい、一ヶ月ほど入院生活を送る羽目になった。

 仲間内で入院先に赴き、見舞いに赴いた時などは——斗真に悪戯した罰が当たったんだと——皆で笑い合っていた。


 単純に三人が事故にあったという観点でみれば別段不思議な事はない。

 だが奇妙な事に——時間と場所と経緯を加えると不思議なものになる。



 三人は同じ時間帯に、別々の場所で、似たような事故にあったのだ。つまりは同じ時間に別々の場所だが似たような事故に遭い入院を余儀なくされたのだ。



 この事に関しては仲間内では「不思議だね」「偶然だね」と声を揃えるだけで誰もその、不思議な部分には触れなかった。


 ——いや、違う。


 触れさせないように意図的に、偶発に見せかけ、その事に触れられないように会話の誘導が行われていたのだ。


 自然に会話が逸れるよう仕向けられた事を知る者は誰もいない。

 それはけしかけた人物の計算と言って良い。

 その人物とは誰なのか?

 それを答えるのはあまりにも野暮である。




 青峰斗真はゆずらない。

 彼は今、自らが立っている場所を死守しなければならない。

 彼の背には恐怖に染まる顔がいくつもある。

 聖剣を強く握り一歩前に出る。

 斗真の闘志に呼応するように白銀色の鎧が光る。


「ここまで来たんだやろう皆! 道は俺が作る!」


 振り向く斗真は笑顔でそう告げると目の前を睨む。

 斗真の視線の先にはヒュドムと呼ばれる超大型の魔物がいる。


 全長は十二メートル〜十五メートル。おおよそビル三階分の巨体である。

 ヒュドムは像の様な体型をしているが、胴体から伸びる首は七つあり、その先にも同じ数の顔がある亜竜種の一種。


 野太い胴体と短い手脚、尻尾は長く鞭のようにしなる、七つある面は蛇に似ている。首から蛇の面までで約三メートル、七つの首はそれぞれに意思を持ち縦横無尽に動き、一つの首が大きく口を開き斗真を威嚇する。


 開かれた口には鋭い牙が覗き、滴る唾液はヒュドムが鎮座する岩を溶かす。唾液には毒が含まれており、触れただけで致死量というのが見て取れる。


「あいつを倒せば、奥にいる占術士に会えるはずだよ、そうすればクラスの皆なもきっと探し出せるさ!」


 青峰斗真率いる騎士団と、一年C組の一部の生徒は今、大森林の中にいる。

 木々が倒れ、強制的に見開きが良くなった場所でヒュドムと対峙している。


「斗真さん! 無茶はしないように」


 王国騎士団副団長のハンクォーが斗真の隣に立つ。

 美丈夫たるハンクォーの顔は疲弊し頬や額から鮮血が流れている。纏う鎧は数カ所が砕け重傷というのが見て取れる。


「ハンクォーさん、皆は?」


「怪我人は美桜さんと真緒さんが処置しておりますのでご安心を、四方の守りも皆さんのおかげで保っております。それと、そろそろ団長が仕掛ける頃合いです。連携していきましょう」


「はい!」


 答える斗真はヒュドムを睨み聖剣を握り走り出した。





 斗真達がどうして大森林にいるのか、それはクラスメイトを保護する旅に出ている過程での事である。

 あの強制転移の日から、王国からの情報を元に転移に巻き込まれた者を探し出し保護をする日が続いていた。


 近くに転移したクラスメイトは日付を要せずに保護している。

 馴れない土地で不安に怯えながら日々を過ごし、発見された時は男女問はず多くのものが泣きながらクラスメイトらと再会した。


 見つけた者、見つけられた者は口々に良かった、良かったと言葉を繰り返し、今までどう過ごしてきたのかを語り、一丸となって無事を喜んだ。


 だが、すべての生徒を救出できた訳ではない。


 現在のクラスメイトの数は二十三名。未だ発見されていない生徒が六名いる。

 さらには教員の一名も転移にあっているので実質は七名が合流できていない。


 野々花凜。曽我部嵐。三木頭慧。六堂飛鷹。千波彩香。空上綾人。加えて教員の小野小梅が現在も合流できていない状態となっている。


 合流に至っていない者たちを探し回る日々は、おおよそ二ヶ月が経過しており、未だ発見に至っていない者達の安否が危惧されている。


 救出の旅は決して容易では無かった。

 転移者の情報が入ると直ぐに騎士団と共に王城を飛び出し目撃情報の街や村、時には洞窟のような場所に赴いた。


 道中では多くの魔物と戦い、時には無頼漢との戦闘もあったといえる。

 そこで傷を負い、戦闘はもうしたくないと懇願するものもいた。家に帰りたいとい泣き喚く者もいた。恐怖でただ動けぬ者もいた。


 当たり前である、彼ら彼女らは皆、十代の子供なのだから自分を殺しにくる魔物、人間でいえば盗賊、山賊に殺されるとは思ってもいないからだ。


 ここは異世界。魔物が出てくる、剣が、魔法が使えるというゲームに似た世界の現実は、実にあっさりと生徒等の予想を裏切り、死が隣合わせの日常に身を置いている事を自覚した。


 さらには強制転移された者の中には、一人で異世界に放り出された恐怖により失語症に近い状態の者や精神を磨耗している者もいた。


 そんな状況を見て、さらに多くの生徒が戦闘に拒絶を見せた。それもまた当然である。

 戦闘を拒絶する者達は、教員である忍成慎吾が生徒達を少しでも危険から避けるべく掛け合い。王城で傷を癒すように、または精神を癒す事ができるよう奮闘する。


 教員の働きにより戦闘に参加せずとも王城内で無事に暮らせる者もできた。

 戦闘には参加できないが、クラスの皆を早く保護したいという者達は、王国の情報部隊と一緒に各地を巡り、少しでも情報を得られるよう蹶起している者もいる。


 一ヶ月近くが過ぎでも行方不明中の七名の情報が掴めず悪銭苦闘していた。

 だが情報部隊より一つの可能性が提案され、自体は変わった。

 それは——発見できない者達は人族の領域の外にいるのではという考え。


 早期発見に繋がった者達は皆が人族の領域におり情報の伝達が素早く、発見するのが早かったといえる。

 人族の領土は隈なく探したが残りの者達はどうやっても見つからない。


 ——見つからないまま一ヶ月が過ぎた頃に先の考えが提案された。


 人族の領土以外での転移は初めから示唆されていた考えでも有ったが、王国側は誰しもが口を噤んでいた。

 何故なら他領土で人族が発見された場合は死んでいる可能性が高いからだ。人族にとっての多種族の見え方はそのようになっている。


 故に誰もがその考えを口にせず、暗黙の了解のまま時が過ぎていく。

 それを破ったのは情報部隊に志願したC組生徒の一人である。


 騎士団は行動に移す。

 王国側に直訴し強引にでも出発する意思を伝える。

 だが、当然のように王国側はこれを拒否。理由はあまりにも危険だからと。


 戦争を繰り広げてきた他種族の領土に踏み込むのは、常に亜人族や魔神族に標的にされる。王国側は勇者を失いたくないからだ。

 騎士団は訴える、それは見殺しにする行為だと、同じ訓練をし同じ飯を食った時点で仲間であり、仲間を見殺しにする事を騎士団は拒否する。


 急遽開かれた会議は、行く、行かないの問答で長い時間を要したが——勇者の一言により、会議は終わりを迎える。


「大丈夫ですよ。俺ら大分強くなってるんで! なぁ、斗真⁉︎」


 なかなか進まない話し合いに痺れを切らし、古賀一樹(こがいつき)が斗真に同調を求める。

 一樹はこういった状況でも斗真に掛かれば好転するとういう事を知っているからだ。

 クラスメイトと王国側の人間、騎士団の視線が集中した事に少し照れながら答える斗真は、一度言葉を探す。


「まいったな」


 この言葉は彼の口癖である。

 この言葉の次には大体が斗真の言葉通りに話が進む傾向にある。


「強くなった自信はある、かな——それに、なんていうか。まだ見つかっていない人がいるのも心配だし、危険な目にあっているなら早く助けてあげたい。その為の鍛錬や実践は積んできたと思っています。だから行かせてください」


 斗真の言葉を受け、王や宰相が深く思案する。


「それに、皆さんが俺の事を勇者と呼ぶのなら、その勇者である俺の言葉を信じてください」


 ——青峰斗真はゆずらない。


「他種族の領土に行かせてください」


 結局はこの言葉がきっかけで王国側は勇者らの旅立ちを承認した。


 ——否、承認させられたのだ。そうなるように仕向けたのだ。


 会議場では敢えて黙り、

 行く末を見守り、

 一向に解決しない問答に痺れを切らし、

 強引にでも同意を求めてくるように仕向け、

 こう着状態から承認するように、タイミングと言葉を選んで発言したのだ。


 それでも想定通りに行くとは限らず、王国側の妥協案として、人族の領域の果てに大規模な森林の地区があり、そこに森の賢者と呼ばれる占術士がいる。


 人族にも関わらず何百年と生きている占術士は千里眼を使用するといわれている

 千里眼とはこの世界では、全てを見通す力であり。それを使い行方不明者がいる場所を割り当ててから探しに行くようにと提案した。


 大森林の魔物達を相手にしなければならず、その魔物に勝ち、占術士に合う事ができるのであれば、他種族に乗り込む事を許可した。


 要は大森林の魔物に負けるようであれば、直ぐに多種族に殺られてしまうという意味が込められている。

 また占術士の千里眼で探し的を絞ったほうが確実だからというのもある。

 王国側の考えがそれだけでは当然無いのだが、ここではその事実は些事といえる。



  ——命が関わる事に関してはそうそう上手くはいかないか、なるほどね。次はもっと上手くやろう。



 斗真はその提案をのみ、クラスメイト八名と騎士団と共に大森林へと移動を開始した。


 出発前。青峰斗真は後ろを振り返る。親友の視線に気付いた古賀一樹が精悍な顔立ちで見返した。

 隣には巨斧を担ぐ石巻寛二(いしまきかんじ)がおり。その奥に欠伸をする貝塚翔(かいづかしょう)

 斗真が視線を転じた先には坂下美桜(さかしたみお)七海(ななみ)アスカ、園羽真琴(そのはねまこと)奏真緒(かなでまお)がいる。


 斗真を含めたこの八名は戦闘部隊に志願し騎士団と共に多くの死線を潜り抜けた者達だ。

 その実力は並みの騎士団員を遥か凌駕しており、前線を戦える実力と信頼が十分にある。


 大森林に辿り着いた一行は、最奥に座すと言われる占術士の元まで進む。

 道中では多くの魔物と戦いながら三日の時を掛けて後一歩の所までたどり着くと、超大型の魔物、ヒュドムと出くわした。


 圧倒的な質量で騎士団をなぎ払い、混戦に待ちこまれる。七つある口全てから獄炎が吐き出される。

 斗真は先頭に立ち聖剣の力を使うと獄炎が半分に裂け、被害は木々が焼かれるのみに留まった。

 仲間を守るためにも青峰斗真はこの場所を死守しなければならなかった。

 青峰斗真はゆずれない。

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