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再開

 旅の支度を終えた綾人、ルード、ティターニは王城内の謁見の間に立つ。


 広い正四角形の謁見の間は床には赤い絨毯がひかれ、頑丈そうな石造りの壁には亜人帝国の国旗、剣、盾が等間隔で並ぶ。


 正面奥には三段の階段があり、その上には豪華な椅子が鎮座し他者を威圧する空間が広がる。


 二人と一匹は中央に立ち、これから訪れる者達を待つ。


 綾人は暇を持て余し己が着る衣服を見る。


 いつものように黒一色となった服装だが、どれも性能はお墨付きだ。


 防具屋泣かせのスカジャン、スキニーパンツ、ブーツ、肌シャツは耐久力だけでもそこらの鎧より遥かに格上な仕上げとなっている。


 腰には自分で稼いで得た円筒上の小さな腰袋。


 ティターニの防具も一級品となっている。衣服が目立つ簡易の鎧には兄の愛情がこれでもかとばかりに詰め込まれ、防具の質としては最上級といっても差支えがない。


 両腰にある二対の短剣も一流の鍛冶屋にて鍛え直されている。


 ルードには道具袋が下げられ、中には回復薬が数種類収められている。


 これらの装備品は亜人族と精霊族から、戦争を止めた功績を讃えて贈呈されたものだ。


 新しい防具は非常に着心地が良く。動きの邪魔をしない軽さ。見るからに上質な仕立てにどこか浮き足立っている者を嗜める声。


「綾人」


「分かってるよ。気は引き締めてるよ」


「分かってくれているようで嬉しいわ。海国に行く目的を明確にしておきましょう」


 長年の相棒のように、互いのニュアンスで意思疎通をする二人の会話は続く。


「あの糞野郎と勝負しに行く。嘘なのは分かってんだ。ベルゼは勝負してやるっていってたけどよ、どうせ嘘だ——でもなんらかの形で勝負はやるはずだ。ムカつく糞野郎だけど言ってる事だけは守ってるからな」


 これまでのベルゼの行動は全て綾人を翻弄し周囲を巻き込み、被害を広げていくという手法が行われている。


 ベルゼは直接的には対峙はしないが、搦め手で綾人を生きるか死ぬかの瀬戸際に放り込み、その状況下の行動一つでその後の状況が変わるというのを楽しんでいる。


 実に陰湿なやり口だが、結果的には亜人帝国では会えた。約束は守られてはいる。


 会った時の状況は最悪だったが、其処だけを見ればベルゼは嘘はついていない。


 あの白い空間で話した“勝負”というのがどういう形かは分からない。


 が、それでも――。


「とことんまで追いかけてやるよ。あいつは殺す」


 綾人の脳裏をよぎるのは、ベルゼの被害に合った人々の顔。誰もが下を向き、悔しさや、やるせなさに泣き、仇をとってくれと懇願する顔。


 その思いを裏切ってはいけないと決意を新たにし、灼熱を越す熱量でベルゼを追う事を誓う。


「ミストルティン。亜人帝国では大勢の方が亡くなったわね。海国では下手を打たないよう最善手を尽くすように」


「はいはい」


「はいという返事は一度で十分よ」


「へ〜い」


 綾人が動くと血が流れ、屍体の山ができる。


 海国では何としてでもそれは避けなければならない。


「それと確認になるけれど、言っていたのよね? あの事を」


「え? あぁ、そうそう。お前も必ず海国に来いってよ。そしたら何たらの真相を教えてやるってよ」


「その言葉、ベルゼの事だから信用するには度し難いけれど、少しでも手がかりになれば良いわね」


 ティターニの雰囲気に僅かばかりの影が差す。


「やっぱ、付いてくるのか?」


「あら? 私が同行者では不満かしら?」


 微笑むティターニは隣に立つ綾人に顔を向ける。


「別に、ありがたくて涙が出そうだよ」


 明後日を向きながらもぶっきらぼうに答える。


「光栄だわね」


 それが感謝の意が込もった照れ隠しというのをティターニは理解している。


 それが伝わっているのが綾人にも理解できている。困難を乗り越えた二人は背中を預けるには十分に価する。


 綾人はティターニの――分かっているわよ。というその笑顔に舌打ちで返答する。


「それよりも綾人の世界から来た人は大丈夫なのかしら?」


「あぁ。今日会える見たいだけど大丈夫なのかな?」


 野々花凛はこの一週間。精霊族の領土で過ごしている。理由は精神と肉体の傷を癒すのに専念する為である。


 綾人は気になっていたがエアリアが自分の手で癒したいと強く訴えた為に、後のことは任せてある。


 話した事はないクラスメイトとはあの日――日戦争――以来会っていない。


 本日は綾人らの旅立ちを見送る為に、エアリアと共にこの謁見の間に訪れる手筈となっている。


「そうじゃなくて、言っていたのでしょう? 海国にも居ると」


「あぁ、そうだな。クソ野郎が言ってたな。誰が居るのかは分からねぇ――いや、そもそも論だが、俺はクラスメイトの顔と名前はほぼほぼ分からないけどな」


 その言葉にエルフの眼差しが慰みを帯びた目に変わる。


「友達、いないものね」


「まぁな。って、うるせぇよ! いるよ友達は、お前と一緒にすんな」


「ふっ。大丈夫よ。私の前では強がらなくていいのよ。ボッチキングの称号は独占だものね?」


「誰がボッチキングだ。というかお前は最近どこでそういう言葉を覚えてくるんだ? っつかその憐れみの目を止めろ、腹立つ。お前はボッチクイーンだろうが」


 いつものように軽口の応酬が始まる。


 このやりとりも今となっては定番である。


「お二人さんよ。仲が良いのは分かるがもう集まってるぜ」


 そしていつものようにルードが止めるのも定番だ。


「あなた様」


 エアリアはボッチキングとボッチクイーンのやりとりを微笑ましく眺めていた。


 いつもと変わらない親しみやすい慈愛の中に凜とした空気がエアリアにはある。


 薄手の緑色の衣をまとい、白磁のように美しい肌。背中には極彩色の羽根がゆっくりと動き宙に浮いている。


「や、や、やあ! 先生、今日もい、いいい。良い天気だ、ね」


 ファーストキスの相手であるエアリアには今だに動揺をしっぱなしだ。


「そうでございますね」


 日本の感覚で言うならば、隣に住む母性溢れる大学のお姉さんである。


 美しい顔が笑顔になるだけで綾人のドキドキ心拍数は跳ね上がっていく。


「王子!」


「おうっふ!」


 エアリアにドギマギしていると、誰かに抱きつかれ綾人から奇声が出る。


「凛。はしたないですよ。皆様がいるのですから」


「は〜い」


 綾人に抱きついた後に、エアリアに指摘され離れたのは――。


「へへっ」


 無邪気に笑う野々花凛であった。


「っ――」


 綾人は声を掛けようとしたが言葉を失う。


 それは野々花凛の顔には拷問でうけた傷が複数残っていたからだ。


「あぁ〜、ははっ。参っちゃうよね、この傷」


 凛は猫を思わせる大きな目を伏せると、セミロングの茶色い髪の毛に触れる。


 次には指先を顔の傷に当てなぞり出す。


 左こめかみから顎にまである大きな縦傷。


 次には左耳下から右頬まで伸びている横傷。さらには右目下から顎にかけても深い傷が残っている。


「体にも、あったりするんだよ、ね」


 顔の傷を自身の指先で撫でた後に、右手で自身の左腕を強く握る。手の甲にも小さな傷が無数に見える。


 彼女は今、黒一色のパンツスタイルで上からベージュの羽織物、足元はロングブーツの格好となっている。


 生前の凛は露出が多く派手な格好を好んでいたが、現在の格好は肌の露出が一切ない。


 帝国で過ごした何日かで趣味嗜好はすっかり変わってしまったといえる。


 凛の傷は時間と呪いによるものだ。


 綾人のように大きな傷を負っても直ぐに高度な回復魔法を施されたのであれば傷は残らない。


 だが凛の場合は傷を負ってからの時間が長く、呪いが込められた拷問が原因である。それらの要因が重なり一生消えない傷となってしまった。


「まぁ。生きてるだけで丸儲けっていうしね。私の傷よりもっと酷い仕打ちされた精霊ちゃん達もいるし、それに比べたら全然!」


 野々花凛は本来であれば、他人への興味が薄く。自己保身が長けた人物だ。


 だがその性格もこの亜人帝国で過ごした数日により変わっていった。


 痛みを知った彼女は自身より他者をという考えが根幹になっている。


 それはあの、小さな精霊の男の子の存在が大きい。あの時に地下牢に閉じ込められていた時に感じた温もり。


 自身の恐怖や苦痛よりも、凛を労ったあの優しさが、今の野々花凛の思想の全てといって良い。


 彼は――凛の涙を拭いた男の子は、今は精霊族の里で穏やかに暮らしている。


 その事を思い出すと凛の気持ちは幾分か軽くなる。


 周囲はそんな凛の傷を見ると、どんよりと空気が重くなっていた。


「でも困ったよ。凛ちゃん自慢の顔にこんな傷が残っちゃってさ。お嫁に行けなくなったらどうしようってね、ははっ――本当、どうしよっ――」


 自虐を言い雰囲気を明るくしようとするが、言葉の勢いは尻窄みとなっていく。


 割り切れない葛藤も当然にあるからだ。


 女性の顔に大きな傷、それが身体にもあるとなると、十七歳という年齢を考えれば否応にも言葉は詰まり目尻に涙が浮かんでくる。


 顔の傷が原因でこの先にある不幸考え気を落とすと——。


「え? 何で?」


 その声は綾人。気持ちが落ちる意味が本当に分らないと言った、その態度に凛は少しばかり辟易する。


「何でって? 当然じゃん。顔に傷のある女なんて――嫌でしょ?」


 これは凛の本心でもある。


 俯瞰で考えた時に自分なら、との考えに至り導き出した結論だ。


 これを考えると凛の心には楔が打ち込まれ、前向きになった心は、どんどんと悪い方向に物事を考えてしまう。


 そして全てに、この異世界に飛ばしたあの国、精霊族に飛ばされたあの時、精霊族を殺した亜人族、自分の身体を傷ものにした者など、様々な方面に増悪が向か――。


「いや、全然。傷なんて関係ないじゃん。一緒にいたいかどうかじゃないの? 俺は全然気にしないけどね」


 ――増悪が向かうことは金輪際訪れることは無いだろう。


「え? ——王子? それって――」


「っていうか何で俺のこと王子って呼ぶの?」


「そんな事より、さっきのはどういう意味?」


「いや、だからさ。顔とか体に傷があっても関係無いじゃん。中身がバッチリだったら問題なくね? 少なくとも俺は気にしないけど。むしろ傷ある位の女の方が気合い入って格好良いじゃん!」


 綾人の言葉に凛は目を潤ませ口元に手を当てる。


 嘘偽りなく思った事を言えるのはこの男の美徳でもある。


「そもそも基本明るくて良い女なんだからさ、相手なんて直ぐに見つかるんじゃないの?」


 この言葉もまた本心である。


 凛の心内の増悪が肥大する事は今後は少なくなっていくだろう。何故なら目の前に全てを受け入れてくれる相手が現れたのだから。


「今のって、プロポーズって事でいいのか、な?」


「え? プロっ、え? 何?」


「王子‼︎」


 再び綾人に抱きつこうとしたが――。


「凛! いい加減にしなさい!」


 ふわりと凛の身体が浮くと、空中を緩く移動したのちエアリアの隣に立つ形になる。


「綾人様が困っているではありませんか、それにこの場には私たちだけではないのですよ」


 その言葉のおかげで綾人はようやく気付いたが、謁見の間にはエアリアと凛だけではなく、亜人族の面々もいた。


 ホローロ枢機卿の後ろには隠れるようにマルシェ・デミ・カイザー。そしてマルシェを守るようにバスクード元帥が側におり、後方にはティターニの兄、セルロスもいる。


 凛は亜人族を全面的に許している訳ではない。故に顔を強張らせエアリアの後ろに隠れる。


 エアリアもそれが分かっている故に、子を守る母のように前に出る。


「ありがと」


 凛の口からは素直な言葉が出る。それを受けるエアリアは微笑みを返す。


「でもさ、エアリア?」


「何でしょうか?」


「王子を独占されたくない気持ちは分かるけど、そこは私を応援してほしいな。だってエアリア別に興味無いです。みたいな顔してるけど王子をチラチラ見過ぎ出し。色々とバレバレだよ」


「へ‼︎ な、な⁉︎ 何を言ってるんですか、凛! 私は、あなたが迷惑をかけないようにと見ていた訳で――」


「はいはい。じゃあそういう事にしとくね」


「何ですかそういう事というのは――」


 まるで仲の良い姉妹のように、仲が良すぎてよく喧嘩する姉妹といった方が的確だろうか。


 凛の心持ちが回復したのはエアリアの存在が非常に大きい。


「おいおいヤバイよティターニ。あいつ自分の事を王子って呼ばせてるのか? っつかあの面で王子って、ぷぷ。やばい凛にとっては感動の再開なのに笑っちゃ駄目なのに。ぷぷっ」


「やめてあげてルード。あの男にできた最初で最後のモテ期よ。ここは暖かく見舞もっておきましょう。確かにあんな阿保面で王子はないと思うけれど凛がそういうのだから、そういう事にしておきましょう。きっと凛も大人になったら気がつくのよ。どうしてあんなどうしようもないクズを王子と呼んでいたのかと、後悔する日が。でも私は敢えて凛には後悔させてあげたい。これから出会う将来の男性とあの如何にどうしようもない駄目な男を比較した時の参考にしてほしいから」


「うるせぇよお前ら! ヒソヒソ話になってねぇから! 全部聞こえってっからな! おい、止めろその、嘘聞こえてたの? みたいなキョットン顔! 腹立つわ」


「あ! ティターニとルードだ!」


 いまだプリプリと怒っているエアリアの背中から離れ、二人の元に駆け寄って行く。


「凛。傷の具合はどう?」


「全然平気だよ! ありがとティターニ」


「凛。相変わらすひょろひょろだな? ちゃんと野菜は食ってるのか?」


「ルードは相変わらす野菜推してくるね。大丈夫。ちゃんと食べてるよ」


「おい、ちょっと待て」


 あまりにも自然に会話する光景に綾人は口を挟む。


「どうしてそんなに親しげなんだ? 面識あったっけ?」


 至極当然の質問だ。


「面識も何も俺様とティターニは何度も凛に会ってるぞ。エアリアの転移魔法で精霊族の領土に行って傷の看病とか諸々していたんだ」


「綾人がこの一週間毎日のように戦争復旧活動をしていた時に凛と会っていたのよ」


 戦争終結後、綾人は困っている亜人族の力になりたいと軍と共に汗水流しながら復旧活動に勤しんでいた


 綾人の行動はそれはそれで素晴らしいのだが、当人にはどうしてか仲間はずれのような感覚に陥り愚痴が溢れる。


「何だよ。言ってくれよ。それなら俺も行ったのによ、なんか仲間はずれみたいでスゲー嫌だわ〜。ショックだわ、何この裏切られた感」


「言ったじゃねぇか! 凛に会いに行くぞってよ、でも相棒は軽返事して直ぐに災害現場に行っていたじゃねぇか。きちんと話を聞かない相棒が悪い」


 正論を言われてはどうしようもない。綾人は口をへの字に曲げて押し黙る。


「まあまあ、王子は王子で忙しかったからしょうがないよ――それよりも」


 凛はティターニとルードに体を向けると丁寧にお辞儀をする。


「その節はお世話になりました。傷の手当や色々なお話をしてくれてありがとうございました」


 凛の傷や心の回復が早かったのはこの二人の献身もあったのだろう。


 頭を下げる凛を見てティターニは気にしないでと声を掛けると、視線はそのまま移動し綾人を見据える。


「な、なんだよ、その目は」


 ティターニは道端に転がる汚物でも見るような目をしている。


「別に、凛に出会って“日本人”という種族も良い種族だと思っただけよ」


 ティターニは今まで日本人は綾人しか知らなかった。


 その異世界人たる綾人は、言う事を聞かない。直ぐに反抗するどうしようもないバカという印象しかなかった。


 故に異世界人というのはそういう、救いようのないバカという認識をしていたが、凛にあった事でそれは変わった。


 受け答えは的を得ており。素直で、純粋で、こちらの意図を汲んでくれるその器量の良さにティターニの中で異世界人の定義が変わった事は確かだ――。


「あ! お前、今心の中で悪口言ってるだろ⁉︎」


 それでも、この男の立ち向かう姿勢だけは大きく評価はしている。


「自意識過剰だわ綾人。ボッチキングたるものもっと堂々としていないさい」


「クソッ! お前のその妙な言葉使いはそういう事だったのか」


 綾人は凛を見ると、一人納得した。


「あのね、王子。王子達は今から海国っていう所に行くんでしょう?」


 凛は真剣な表情になり綾人に近づく。


「本当はね私も連れて行ってほしいんだ、やっぱり同じクラスメイトだし一緒に居た方が良いと思うんだ——」


 二人にとっては一緒にいた方が都合が良い事の方が多いのは事実だろう。


「でもね——」


 凛は僅かに首を動かしエアリアを見る。


「私が認めるまで同行は許されませんよ」


 綾人の旅立ちに合わせて凛は精霊族を旅立つ決意をするが、それはエアリアに認めてもらう事が出来なかった。


 綾人の旅は危険が付き纏うとエアリアは考えている。何せあの得体の知れない悪魔を相手取っているのだから。


 今回のように、戦争に巻き込まれる。という状況にいつ陥るかは分からない。


 そうなった時に最低限。自分の身は自分で守れるようにならないと、死という危機が当然のように凛を襲うだろう。


 エアリアは自分が認めた実力になった暁には、綾人の旅へと同行する事を許可した。


「凛のセンスは悪くありません。そう時間を掛けずに合流できるでしょう」


「そういう事なんだ。絶対王子達の力になるくらい強くなるから、だからその時は私も連れて行って欲しいの」


 ギュッと綾人の手を両手で握る凛。その真摯な眼差しには嘘偽りもなく、純粋に力になりたいという思いが込められている。


「一緒に日本に、お家に帰ろう!」


「へへっ! 応っ! 帰ろうぜ」


 歯を見せながらお互いが素直に笑い合う。


 その光景を少し離れたところで羨望の眼差しが向けられている。


 握られている小さな拳には私も——という思いが込められているのだろう。だが精霊族の代表としての地位がある彼女には、そんな勝手は許されない。


 一度深呼吸した後にはいつもの意思の強い表情と声に戻る。


「あなた様」


「先生」


「凛の事はお任せくださいませ。合流の際は私が責任を持ってお送りいたしますので」


「応っ、もちろん! 先生のこと信用してっからさ」


 その言葉は綾人の純粋な言葉だ。純粋故にほんの僅かにエアリアの胸が痛んだ。


 二度と嘘をつき、利用しない事を誓う。


「あなた様の旅は困難に溢れているでしょう。今だ出会えぬクラスメイトの方達を探す事。悪魔との決着をつける事。そして日本に帰る事。おそらく並大抵の事ではないと思います。できれば、せめてもの罪滅ぼしとして、お側でサポートしてあげたいと思いますが——」


 嘘をつき、利用し、挙句に攻撃し傷つけた負い目もあるので、なんとか力になりたいと考えている。


 だがそれは出来ない。自分でも分かっている。やる事は山のようにある。


 戦後の処理だけでも何日掛かるのか検討もつかない状態となっている。そんな状況で自身が守る場所を離れるわけにはいかない。


「——大丈夫だよ先生」


 その言葉に、いつの間にか閉じていた目が開かれた。


「先生は俺を利用した事とか攻撃した事なんかを気にしてるようだけどさ、んなもん一ミリも気にする必要ねぇから! 俺だって先生を利用したといえば利用したようなもんだしさ」


 ある意味今回は、ベルゼとの邂逅はエアリアに加担していなければ成し得なかったかもしれない。


「それにほら——人を呪わば穴七万っていうしさ——。だから怨みつらみなんて一切無し! 俺は先生に感謝しかないから!」


 いつかのどこかで聞いたような台詞にエアリアは微笑んだ。なのでこう切り返す。


「もしも困難に陥った時は、その時は私の名 ——エアリア——を呼んで下さい」


 いつかの何処かで聞いたような言葉に綾人も同様に微笑んだ。

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