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登場のタイミングはいつだって演出の範囲

 エアリアの行く手を遮る綾人は不敵な笑みを送る。


「なんだよ先生、どかねぇよ! 通りたきゃ俺をブッ飛ばしてけよ」


 エアリアは目を閉じ小さく溜息を吐く。その態度はこれ以上子供のわがままには付き合えないとの意思が伺える。


 一瞥を送る精霊は綾人を無視してバスクードの元へと移動を始めるが——。


「待てよ。俺をブッ飛ばしてからだって言っただろうが」


 綾人はエアリアの小さな身体を五指で掴む。成人した人間の肘から指先程の体は掴まれて数秒は動かなかったが圧力がどんどん増していく。それはいい加減にしろという最後の合図。


「——離しなさい」


「話し聞いてたのかよ先生? 早く俺をブッ飛ばっ——」


 精霊の体から緑色の煙が出た為、綾人の言葉が止まる。何か仕掛けてくると身構えたが、その気配はない、だが煙の量は増していく。


 なんらかの魔法である事は間違いなく、結果エアリア自体も煙となり綾人の拘束を逃れた。煙がバスクードの前で一箇所に集まりだすとエアリアの姿形へと変貌する。


 仕切り直しとばかりにバスクードの首を狙おうとしたが再び龍の鉤爪に拘束された。


「——離しなさい——離せと、言っています!」


 我慢がきかずエアリアは叫んだ。これ以上は耐えられぬと行動に移す。それは風の一撃。


 圧を纏った風の塊が綾人の顔面を襲う、だが威力はそれほどでもなかったようで現に龍の拘束は解かれていない。もう一度風の塊を繰り出す。もう一度、次には威力を上げる。だが拘束は解かれない。


 エアリアは無論手加減をしている、何度か痛い目にあえば拘束は解かれるだろうと考えていた。だがその考えは甘く、龍と化した少年は最も容易く想定を越えていく。


「いいねぇ先生! 早く虎を殺して戦争を始めたいんだろ! だったらブッ飛ばせよ、俺の事をよ! そんなんじゃ全然足りねぇぞ、あぁぁあオイ!」


 エアリアが振り向くと鼻血と吐血を流した綾人が笑っていた。


 顔が目の前に迫る。血だらけの綾人の顔は嬉々としていた。まるでこの状況を楽しんでいるような顔。エアリアは早く同胞の仇を討ちたく焦れている為、迫る綾人が純粋に敵に見えた、故に。


「いい加減にしろぉ!」


 理性は途絶えた。こいつを——綾人を——倒さねば戦争は終わらない。同胞の仇は打てない。思考がそのように切り替わる。


 先ほどまでとは比べものにならない魔法が生成される、風が乱舞し、それが暴力へと変わり容赦なく綾人を襲う。擦り傷、切り傷などではすまない。大鎚で体を殴られたような痛み、加えて鋭利な刃で手足を傷つけられていく痛み。通常の体ならば死んでいたのは間違いないが——。


「全然っ痛くないんですけど! 気持ちいいいいい! チョー余裕だわ! こんなクソ攻撃! ほらもっと来いよ、来いよ! 早くこの腕を切り落とせよ! じゃなきゃあの虎は殺せねぇだろ!」


 顔は腫れ、血を流し、全身打撲の状態だが綾人はエアリアを挑発する事をやめない。その鬼気迫る行動に、発言に、誰しもが何も言えなくなっている。異常な人族がいる。そう捉えているのであろう。


「——離せ! 私の、邪魔をするなぁぁぁああああ!」


 エアリアが激昂する。精霊族の代表の態度とは思えぬほど、小さな体をバタつかせ髪を振り乱し、極彩色の羽を暴れさせ龍の鉤爪の拘束からのがれる為、攻撃を放ち続ける。


「エアリア、様——」


 精霊族の誰かが呟く、その意味には何が込められているのかは分からない。


 意識が明瞭になり始めたバスクードは立ち上がるが何もできない。目の前の光景が理解できていない。


 絶え間なく続く風の刃により、ついに綾人の片腕は切断されエアリアは拘束を解かれる。龍化した腕とはいえ、一点集中で狙われれば強度など関係ない。


「——っ!」


 綾人は叫ぶ事を、よろめく自分を、痛みで焼き切れる脳を、全てを堪え叫ぶ。


「気持ちぃぃいいい! おら、どうしたよ! 早くしろよ! まだ俺は立ってんだろ! 早くブッ飛ばして殺し合いでもなんでも始めろよ!」


 エアリアの表情は動かない。何も感じない、それこそ人形に近い、表情のない顔となっている。


「お前らはバカだよ! クソバカだよ! めんどくせぇんだよ、お前らはよ! 他人の掌の上で踊らされて、クソッみてぇな喧嘩してんじゃねぇよ! ぶっ殺すべきは悪魔なんだよ! あいつらが企てた計画でお前らの仲間が死んだんだよ——目の前の奴はその当て馬っ——」


 頭をハンマーで殴られたような衝撃で綾人の言葉は止まる。前のめりに倒れる寸前で何とか耐える。


 エアリアの魔法が的確に急所を狙いだす。


「黙れ! 死んでいった同胞の為に害虫を殺すだけだ! 全ては同胞の——」


「違う!」


 綾人は叫びその言葉を止める。頭からは大量の血が流れる。龍の目がエアリアを捉える。


「仲間が殺されたのは確かに許せぇよ! それを全部自分の所為にしてんじゃねぇよ! 悪魔に頼らなきゃいけねぇような状況に貶めたのは、先生が頼ったその悪魔だ! 相手を間違えてんじゃねぞ」


「う、うるさい! 黙れ!」


 風の一撃で綾人の体が浮くと。全身を万力にでも掛けられているような圧迫感が襲う、吐血の量が増していく。全身が軋み。今すぐにでも楽になりたい、だが言葉を続ける事を止めようとしない。


「先生が戦争を起こすと言ったらこいつらは従うしかないんだよ! これ以上の殺し合いで傷つく必要はもうねぇんだよ! 見ろよ、あの死体の山を! お前らもだよ亜人族! お前らも悪魔に操られてだけなんだよ! 悪魔と契約した豚が戦争をけしかけた、ぶっ飛ばすのはそいつらなんだよ! あの映像を見ただろうが!」


 エアリアはようやく周囲を見る。


「エアリア——様」


 死んだ同胞を抱え涙を流す同胞達。それが多数点在している。エアリアの名を呼ぶ赤い精霊サラマンは羽根と足が欠損しており、地を這いずりながらエアリアの行動を見守っている。


 同じようにバスクードも周囲を見る。そこには傷つき、疲弊し、仲間の死に涙をながす者や手足を失って茫然自失の者が多数いた。


「相手を、間違えてんじゃねぇよ!」


 無事だったのはエアリアやバスクードの周囲にいた者達だけだった。


 加えてあの映像。悪魔レヴィが出現させた大きな鏡。そこから亜人族、並びに精霊族に届けられた小さな手鏡。そこに映し出された真実。タルウ公爵が悪魔の手を借り皇帝を騙し、操り、この戦争を引き起こしたこと。




 広場に集まる者は力なくうな垂れ戦意が低下していく。確かな黒幕を誰しもが認識した。




「目の前で仲間が死んでるのにそれを見もしねぇで、何が戦争だよ! くだらねぇんだよ! 相手が違うだろうが、これ以上無意味な犠牲を増やしてどうすんだよ、めんどくせぇことしてんじゃねぇよ! さっさと止めちまえよ無駄な殺し合いはよ!」


 数秒間の沈黙があった。戦争に加担する者達は冷静になっていく。無駄な争いはするべきでは無い。綾人の伝えた熱は全ての者たちの戦意を削ぐには十分な効力があった。


 だが、——とめらえれない。


 それはエアリアが呟いた言葉。誰の耳にも届く事のない言葉。


 エアリアはバスクードに向き直る。目に飛び込んできた老獅子の戦意が明らかに逸れていた事に余計に憤慨した。


「待てよ先生。俺がまだこうして立ってるだろ、俺をブッ飛ばせよ! この両手を地面につけたら、好きなように殺し合えよ!」


 


 エアリアは綾人によって振り向かされる。


 綾人の表情は変わらない、見えない風の圧力で体が圧迫されている。その状態でも、血塗れで、腫れた顔のまま挑発をしている。


 エアリアの表情は変わらない無言のまま魔法を生成していく。が明らかな狼狽、動揺が見える。綾人の言葉に動かされたのは間違いない。これ以上同胞が傷付くのは我慢がならない今すぐ戦争はやめるべきだが今更止まれない。憤りをぶつけるために邪魔をする者を排除にかかる。


風の乱舞が綾人を襲う、肉は裂け、骨は砕け、内臓もやられているだろう。満身創痍となった体は立てる筈は無い。それでも綾人は立つ。


「そんなんじゃ、死なねぇぞこらぁ——」


 強気の言葉とは裏腹によろめく体は大きくバランスが崩れた。足を切断されたのだ。激痛で声を張り上げそうになるが、歯が欠ける程くいしばり強引に押し込める。転がる綾人を見た後にバスクードを仕留めようとする為、綾人に背を向けっ——


「まらだ——」


 言葉と共に大量の血が吐き出される。


「まら、しょうぶはついてねぇだろうが!」


 地を這いながら血塗れの手が向けられる、叫んだ時に口腔から吹き出た血がエアリアの顔に付着する。


 ある種の狂気にも通じる執念にエアリアは気が動転する。見えない何かに真綿で首を締められていく感覚――。




 それは恐怖。精霊族の代表として君臨し、膨大の知識、強大の魔法を幾つも操る者が異界の——この世界に来るまでは何の力も持たなかった高校生に感じるには、ありえない感情だった。


「ああああああああああああああああああ!」


 エアリアの感情は爆発した。風の圧力、超重力の風を綾人の体に叩きつける。


 何百キロ、何千キロの圧力、それでも伸ばされた手は地についていない。圧力を増すと抗えないように手首が地につく、あとは手の平が地につけばまた戦争は始まる。だがそれは、この場にいる誰が望んでいるのか――エアリアには分からない。


「もう、やめよ」


 その声は老獅子の声。エアリアの感情の揺らぎは側から見ても明らかだ。老獅子とて人族——綾人——がどうなろうとどうでもよい、だが戦争をする意味の無さに気付かせてくれたのは認めている。恩義に近い感情は抱いている。それだけの事、故に強くは止めない、それ以上も言わない。


 バスクードの意図はエアリアには伝わらない。だがその言葉は余計にエアリアの感情の揺れを肥大させていく。


「止めるくらいなら! ――始めから剣を向けるなぁ!」


 風の圧力が増す。綾人の体が悲鳴を上げる、内臓を直接かき回されたような、目、耳、鼻からも血が流れる。この男の命はあと数秒で終わる。それほどの激痛が襲う、故に叫んだ——


「———————————————」


 それは声にならないただ叫んだだけ、圧力で顔は上げられない。手の平は付いている。人差し指だけがほんの僅か上がっているが数秒後には地面につき、綾人の言うブッ飛ばされた状態になるだろう。何を叫んだのか。それは本人にしか分からない、余りの痛みに泣き言を言ったのかもしれない。


 否、それはありえない。必死に抵抗する人差し指を見れば分かる。おそらく——。




 まだ、俺は負けてない。かかってこいよ。それに近い言葉を叫んだ筈だ。だが本人の意思は無情にも砕かれる。


 最後の抵抗をしていた人差し指は地につき戦争開始の合図となる。




 ——が、その場を動くものは誰もいなかった。


 エアリアは目を閉じ、天を仰ぐ。何を思っているのか、祈りかはたまた懺悔をしているのか、こればかりは本人にしか分からない。




 ——静まりかえった場に、そぐわぬ水音が聞こえた。


 地にひれ伏す綾人と少しの距離を置くエアリアの間に水溜りが現れる。


「やれやれ、この男には大きな借りがある。死なすわけにはいかないな」


 水溜りより現れたのは蛙顔。


 中央広場を騒がせた人物は傷付いた体で水溜りから浮上すると綾人を守るように立つ。空気がひりつき、その場にいた誰しもが息を飲む。


「大丈夫か、空上綾人?」


 水王ブットルは銀杖を綾人に向け、僅かだが治癒魔法を施す。


「——」


「生きているようだな。悪いがもう少し待っててくれ」


 僅かにしか治癒をできないのは、脳内で別の魔法を生成しているからだ、ブットルはいざとなったら綾人を連れて逃げ出そうと考えている。


 何故か。それはこの場の均衡がいつ壊れてもおかしくないからだ。


 張り詰めた糸のように、誰かが動けばまた戦争は始まる。誰もがそれは避けなければいけないとは分かっている。だが誰からも、代表者の二名に戦争を止めるとは切り出せていない。


 言ってはいけない、その言葉は口にしてはいけない。——それを口にすればこの戦争で死んでいった者達は無意味に命を散らした事になるからだ——誰もがそう思い込み口を噤む。




 だが、誰かが言わねばこの無意味な戦争は終わらない。




 中央広場の光景は陽が沈みかけ茜色へと染まっていく。戦争開始からそれなりの時間が経過したのが分かる。徐々に温度が低下する広場。それでも緊張感からブットルは汗を流す。


 逃げる算段を立てつつも周囲を見回すと感歎を漏らす。死者、負傷者が見渡す限り多く。たまらず目を背ける。生まれ育ったこの地には思い入れがある。愛国者を語る訳ではないが、思考はこんな戦争は早くに終えるべきだと至る。


「酷い状況だ。それもこれも一人の男が引き起こしたと思うと、何とも言えないな」


 その言葉の意味は直ぐ知ることになる。


 ブットルが足元に広がる水溜まりに腕を入れ引きずり出したのはタルウ公爵。戦争を止めるキーマンの一人である。


 襟首を捕まれたまま水溜りより引き出された公爵は気を失っている。水王の三本の指が動き浮遊魔法を施すと、手足をだらりとさせながらタルウ公爵は空中へと持ち上がる。


「俺も鏡に映された映像は見させてもらった。亜人族にとって悪いのはこのタルウだ」


 ブットルは聡明であるが故におおよその自体は把握し、自分が何をすればこの状況に一番良いかを理解する。


「そしてこの男は精霊族にとっては命を刈るべき相手、もちろん俺にとっても」


 ブットルの魔力が渦のように中央広場にいる者達を飲み込み始める。その迫力には凄みがある。


「だが、俺はもう充分だ。救いたい者を救えた。それで充分だ」


 その言葉の意味を知る者はこの場には誰もいない。


「タルウが悪魔の力を借り、皇帝と亜人帝国を操り精霊族との戦争を巻き起こした張本人」


 ブットルの声はこの場で亜人帝国を纏められるバスクード元帥に向いていた。続いてブットルは水溜りからもう一人の男を引きずり出す。その男——奴隷商人のコウレツも気を失っており、タウルと同じように魔法で宙へと移動する。


「こっちの人族はタルウ公爵と通じていた奴隷商人で、多くの精霊族に奴隷紋を施した人物だ。こいつから情報を聞き出せば、今捕まっている精霊族の人達は助かる。関係のない俺たちが争う必要はどこにもないんだ」


 ブットルが話し終わる。皆が固まる。殺し合いをしていた者同士が見つめ合う。互いに戦意は感じない、だがどうしていいか分からない。皆が皆、互いの出方を伺うだけの時間が過ぎ去る——。




 ブットルは己の口下手を呪った。戦争を止めるピースは十分に揃っている筈なのにと、焦れた様子で周囲を見渡す。


 この状態で弁舌が上手い者がいたなら止める手立ては十分と言えただろう。だが語るのは武に精通した無骨な者。口ではなく技を磨いていた弊害が起きたが、ここで運という言葉が見事に作用した。


「ブットル坊、口下手のお前さんにしてはよく喋ってるじゃないか」


「ホローロ婆さん! まだ生きていたのか?」


 緊迫が押し迫る状況で現れたのは亜人評議会の一翼を担う小人族の老婆、ホローロ枢機卿。


 ホローロ枢機卿は処刑執行時にタルウに異を唱えた人物である。


 ホローロとブットルは顔見知りの様だが、この場でその事実は些細な事といえる。皺が深く刻まれたホローロ枢機卿の顔がブットルの言葉で歪んだ。


「死ぬわけないだろ。亜人帝国が真に他種族と手を取り合うまでは死んでも死にきれないよ」


 口が悪いがその膨大な知識と若い頃に豪傑として名を馳せたため女傑と呼ばれている。


「あんたには色々言いたい事があるけど、今は先に言葉を交わさないといけない人物がいるね。さて、精霊族代表のエアリア様でよろしいですかね?」


 ホローロ枢機卿がエアリアの前に立ち一礼した後、実直な視線を宙に浮く精霊へと向ける。


「貴女が我々に協力していた亜人側の代表ですか?」


 ひりつく空気がエアリアより発せられる。


「はい。その通りです」


 加害者と被害者の立場は明確だ。


 エアリアとホローロの話合いの内容次第で、戦争が続くか、それとも和平かの道が決まる。


「私の要望は変わりません。精霊族の領土に踏み入った者、同胞を手にかけた者、同胞を奴隷に貶め苦しめた者、それと——」


 エアリアの視線はブットルの魔法で宙に浮くタルウに注がれる。


「あの者の死をもって、これ以上の亜人帝国への攻撃は中止いたしましょう」


 悪魔——ベルゼの悪知恵で戦争反対派のホローロ枢機卿とは話はもう話がついている。ベルゼらしく絶望の中に小さな逃げ道を用意する卑しさが実にあの悪魔らしい。


「エアリア様、私は話を持ちかけてきた胡散臭い悪魔は信用しておりませんが貴女は信用しております。貴女の態度、行動、変わらない意思が全てを物語っている」


 ホローロはエアリアの後ろに控える精霊族に視線を送る。精霊達はどんな状況でもエアリアを信じ、どこまでもついていくだろう。そう思わせる——人格者たる出で立ちがエアリアにはある。


「その条件、全てのみます。亜人族の降伏という形で受け入れます。戦争はもう——終わりに致しましょう」


 この場の誰もが求めた言葉をホローロは容易く口にする。この雰囲気にのまれずその言葉を言える老婆もまた人格者たる器である。


「ホローロ枢機卿、どうして貴殿がそれを決める! その決定権があるのは皇帝のはずだ」


 話に割り込んだのはバスクードだ。根が皇帝教のこの男はこの状況でも皇帝であるマルシェ・デミ・カイザーが「やれ」と言えば一人で戦争を続ける男だ。この男を説き伏せれば、この場は戦う意思を持つ者はいない。


「元帥、今すぐマルシェ皇帝の元に駆けつけなさい。まるで人が変わったように怯えているよ、目の前で戦争を、生が無残に散る場面を見たからなのか、それとも——タルウの洗脳が解けたからは分からない」


 ホローロ枢機卿もエアリアと同じように天を仰ぐ。


「皇帝が戦争を停止しろと仰りました。私の言葉は皇帝の言葉。だからもう、戦争は——」


 唐突に硬質の金属音が響く。


 カランと音が鳴り、後にはウワン、ウワンと鳴った、その音が連鎖して同じ音の連なりが奏でられる。


「戦争は終わりです」


 ホローロのその言葉に硬質の音は一斉に鳴り始める。亜人帝国の兵士達は、次々に武器や武具を石畳の地面へと投げ、ウワン、ウワンという音を出し戦争終了の合図を鳴らす。


 次には歓声が上がる。それは歓喜の叫び。これで死ななくて済む。これで殺さなくて済む。これで家族の元に帰れる。涙を流す亜人。傷を癒す亜人。仲間の看病を始める亜人達、それは精霊族も同じだった。魔法を解き、叫び、傷付いた仲間を癒す。精霊族と亜人族で握手をする者もいた。


 この戦争を止めた男はブットルの治癒魔法で徐々に回復をしだすが満身創痍の為、起き上がれないまま歓喜の声を耳にする。血まみれの顔のまま笑った。


 喧騒の中でエアリアはホローロとの会話を一旦区切り綾人の元に移動する。


 ブットルは身構えるが直ぐにその必要は無いと確信する。エアリアの顔はどこか憑きものが落ちたような、清々しい顔となっていた。綾人の体はエアリアの魔法により浮き上がり、仰向けの状態となる。




「——あなた様」




 エアリアの声は甘えるように、叱るように、救うように、注意するように、様々な感情の声だった。極彩色の綺麗な羽を動かし綾人の近くまで行き回復魔法を施す。


 綾人はエアリアに笑いかける。


 それは俺のおかげだろと言わんばかりの顔だったが、顔面が血だらけでは決まるものも決まらない。


 その様が可笑しくてエアリアは笑った。


 同胞や凛が亜人に攫われて以来声を出して笑った。目尻に涙を浮かねながら綾人に近づく、さらに近づき、顔と顔が触れ合うほど近づき、これ以上はという限界以上に近づくと——ゆっくりと唇が重なった。




 ファーストキスは血の味でした。 by空上綾人。




「せ、ん、せい——」




「あなた様が、一番めんどくさいです」




 エアリアは微笑んだ。その笑顔はどんな男も魅了するほどの愛くるしさがあった。


 エアリアとブットルの回復魔法により欠損した部位が再生されていき、足、腕が再生されたが重傷の体はいまだ動ける気配が無い。


 周囲の喧騒は激しさを増す。戦争が終わった事実は光の速さで四方に散り、一層の歓声を生んだ、綾人は安堵に瞬きをした——瞬間に全ての音が途絶えた。


 


 唐突に——無音の世界になった。


 


 音を無くした世界は色も無くしていた。


 真っ白な空間。音も無い。何も無い。


 その空間に綾人は大の字のまま寝そべっている。


 体は動かない。回復途中の体は指一本も動かせないほどの傷を負ったままだ。血の味が広がる口内は何とか動く


 


 拍手が聞こえる。


 パチ、パチ、パチ、と。まるで安物で悪趣味な悲劇でも観た観客の拍手だ。


 続いて足音。人を小馬鹿にするようなふざけた足音が徐々に大きく聞こえる。


 綾人は直ぐにこの状況に当たりをつける。


 回りくどく、稚拙で、ピンポイントで特定の人間に責苦をしいる人物は一人しかいない。


「殺す」


 足音は止まる。


「ハッハ〜! 相変わらず面白いな〜綾人は」


 声は真上から聞こえた。


「うるせぇ。早く殺されろ、もしくは死ね、やっぱり俺が殺す」


「殺すって君〜指一本も動かせる状況じゃないのによく言えるね〜」


 その通りで綾人の体は今指一本と動かせない。気分を不快にさせる骸骨マスクが綾人を覗き込む。


「ベルゼ君、関心〜!」


 綾人にとって最悪の状況で現れる悪魔ベルゼは実に嬉しそうに声を弾ませた。

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