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追及はしない方が良い時もあったりする。

「どうじゃた空上綾人よ? 途中までだったが良き喜劇であったろう?」


 期待に満ちた目で綾人の顔を覗き込むレヴィ。つまらなそうな顔のまま一瞬だけレビィと視線を交差させ次にはエアリアに視軸に向ける。


「全然おもしろくねぇよ! っつか、何だよあれ?」


「なんじゃ? 見て分らんかったのか? 亜人族黒幕の成り上がりヒストリーに決まっておろう」


「——我々を襲った理由はなんだ」


 体の縛りがとれず今だ綾人の腕に収まっているエアリアが呟く。


「そんなもの決まっておろう」


 目で射殺さんとするエアリアの睨みを悪魔は鼻で笑いながら受け流す。


「ベルゼの策に決まっておろう。妾の予定した喜劇内容にはそなたらチミっ子種族を襲う演出はされておらんからの」


「なっ! そんな——」


「チミっ子よ。お主はベルゼの言葉をそのまま信じたのかえ? 阿呆としか言いようがないの、あやつは悪魔の中でもとりわけ舌が回る奴じゃ。それに——」


 レヴィは一度言葉を切り綾人に意味ありげな視線を送る。


「悪魔を信じちゃいけなのじゃよ」


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 エアリアは叫ぶと同時に無理やり体を動かし右手をレヴィに突き出す。脳が焼き切れる負荷が襲うがそれを無視し風の刃を発生させる。


「おっとと、危ないのうチミっ子」


 身をひねり優雅に躱すレヴィは口端を上げて言葉を続ける。


「あそらくじゃが、ベルゼにこう言われたのじゃろう? 『精霊達を助けるには亜人帝国と戦争をするしかない。段取りは全て僕がつけよう』どうじゃ? 当たっておろう?」


「黙れ! 黙れ! 黙れ!」


 小さな羽根を広げ綾人の腕から飛び立つ精霊は次々に風の刃を生み出す。


「おうおうおう。危ない、危ない。それからおそらくじゃが、協力の条件として空上綾人との接触。といった筋書きかの?」


 一瞬だがエアリアの攻撃が止まる。だがほんの一瞬だった。エアリアの攻撃は直ぐに再開される。


「空上綾人を戦争に巻き込むことで悪魔の手を借りる。実にベルゼらしい搦め手じゃ。可哀そうに巻き込まれてしまってのう」


 風の刃を躱しながら悪魔は憐れみの視線を綾人に送る。


 利用されただけの存在——空上綾人はこの戦争に於いてはただそれだけの存在だったと。頼られたのではなく利用されただけ——その事実を知った時、人はどう思うか。それは今の悪魔の顔をみれば明瞭だろう。


 ニタニタと底意地を撫でるような悪魔の笑顔は、早く、早く、と急かすように綾人の言葉を待つ。


 ——早く、早くお主の絶望を妾に触れさせておくれ——。


 期待に満ちた悪魔と、憤怒に身を委ねるエアリア。綾人はタルウの半生を見た時同様実につまらなそうな顔をしながら答えた。


「知ってたよ」


 その言葉を受けた悪魔と精霊の動きが止まる。


「な、なに?」


 綾人の言葉にレヴィは眉根をしかめる。


「んなもん。とっくに気づいてたっつうの! 決め手が無かったから予想に過ぎなかったけどよ」


 悪魔の瞳に興味という二文字が貼りつき表情が卑しく歪む。続きを言えと言わんばかりの態度に綾人は敢えてのる。


「けっ! テメェら悪魔のそのしたり顔はほんっとムカつくわ! クソ野郎が考えそうな事だろ。そもそもあいつがこの場所のどっかにいることは分かってんだ。亜人帝国で会おう。って言われたんだ。だいたい分かるだろ。多分だけど——­­」


 綾人はエアリアに一瞥を送る。エアリアは俯き務めて綾人を見ないようにしている。


「多分だけど、先生が言ってた協力者っていうのがベルゼの事なんだろ。それは何となく気付いてたよ」


 エアリアはゆっくりと綾人を見る。綾人は努めてエアリアを見ない。


「何か——隠してる事は、分かってたよ」


 背を背け続ける小さな妖精は何かに耐えるように震えだす。


「利用されていたのはとっくに知ってたつうの」


「ほうほう。気づいていたのか空上綾人。洞察力は優れているようじゃな。しかし解せぬな、気付いたうえで手をかしたと? 騙されると分かってチミっ子らに力をかしたのか? お主が憎むベルゼとこのチミっ子は裏で繋がっておったのじゃぞ? お主を手玉にとり殺そうとしていたのかもしれんのに随分と優しいのじゃな——」


「黙れ悪魔!」


 何かの糸が切れたようにエアリアは叫ぶ。全身に風を纏わせレヴィに突進を仕掛ける。


「いい加減うるさいぞチミっ子よ」


 レヴィは手に持つ傘をくるりと回し地面に突き刺す。次の瞬間にエアリアの姿が消えた。音もなく、一瞬間に消えた。最後の攻撃は届きすらもしなかった。


「よし。邪魔者は消えたの。なんじゃその顔は別に殺したわけじゃいぞ、転移してもらっただけじゃ。今も阿呆のように争っている戦争の渦中にな」


 一瞬で消えたエアリア。首を左右に振るがどこにも見当たらない。綾人はレヴィに向き直る。


「何か言いたそうな顔じゃな。何が聞きたい、答えてやるぞ」


 レヴィは歩を進め無遠慮に綾人の近距離まで近づく。


「ベルゼはどこにいんだよ?」


「それは知らん、あやつのことじゃ。安全な場所からこの状況を見ているのじゃろうな」


「あっそ」


「むぅ。その拳は引っ込めぬか妾はお主と争うつもりはないぞ」


 固く握った右拳に一瞥を送るレヴィ。


「あ? うるせぇよ。てめぇは先生の敵だろ? ならぶっ殺すだけだ」


 綾人の言葉が意外だったのかレヴィはキョトンとし目をパチクリさせる


「お主は先ほどの妾の話を聞いてなかったのか? チミっ子はお主を騙していたんじゃぞ。同族を助ける代わりにお主をこの戦争に参加させた。一歩間違えれば死んでいたかもしれん。どうじゃ? 憎かろう? お主は始めから騙されて、裏切られていたのじゃぞ。この戦争の間にベルゼと裏で結託し主を殺そうとしていたかもしれぬのじゃぞ? 悔しかろう? 信頼を寄せていたのはお主だけでチミっ子はお主の事など何も考えておらんかったというのに、そもそも——」


「うるせぇな! んなもん関係ねぇんだよ!」


「なに?」


 綾人の言葉はレヴィの間抜け顔を生んだ。


「んなもん関係ねぇって言ったんだよ! 俺を頼ってくれたんだ。助ける理由なんてそんなもんで充分だろ。そもそも先生の性格は大体分かってんだよ、俺のクラスメイトを必死で助けようとしたあの行動は本物だよ、良い人なのは間違いねぇんだ。きっと俺を巻き込むのだって悩みに悩みまくってだした結論だ。ずっと俺の近くにいる事が何よりよりの証拠だろうが」


 亜人帝国に転移してきてからずっとエアリアは綾人の側を離れないようにしている。もしベルゼと今だに結託していた場合は罠に嵌められる好機はあったはず。


 だがエアリアの行動は常に綾人を守り、傷ついた体を癒す事に努めレヴィに転移させられる直前まで綾人の心持ちに常に気を配っていた。


 行動の裏側を考えれば答えはとうに出ていた。


「なんとかしてクソベルゼと関わらないようにしてあげたかったけど、やっぱ遅かったか。クソに絡んでも良い事は一個もないからな」


 レヴィのキョトン顔はまだ続いている。


「これは、また何とも言えぬ阿呆じゃなお主は、阿呆の上に愚か者じゃ、さらには無頼者でもある」


 だが——と言葉を区切ると容貌が変わり実に悪魔らしい顔付きで続きが紡がれた。


「素養はある——嫌いではないぞ」


 レヴィから異常と感じる気が溢れ出す、言い換えれば綾人を自分のものにできない“嫉妬”のような悪感情。その波にのまれた綾人は咄嗟に拳を繰り出す。


 拳は風をきりレヴィに迫るが顔を反らし躱すレヴィ。


「乱暴じゃの」


 嫉妬は消え、愛くるしい少女の雰囲気に戻っていた。


「妾を殺そうとするだけ無駄じゃ」


 だろうな——悪態をつく綾人。エアリアの極級魔法でも仕留められなかった事が何よりも物語っている。


「一つ聞かせろクソ悪魔。この戦争はお前らが仕組んだんだよな?」


「——そうじゃな。ベルゼと妾が仕組んだ事になるのかの? 戦争の筋書きはベルゼじゃが、その種は妾がまいたようなものじゃな」


「じゃあ、今も戦争している精霊と亜人は黒幕がお前らだって知らねぇんだな」


「そうじゃな。あの豚の喜劇映像だけでは汲み取れぬと思うぞ」


 だろうなと返し綾人はレヴィを睨む。レヴィは微笑みを綾人に送る。


「事情も知らねぇで殺し合いとか馬鹿すぎんだろ!」


 苛立つ声を吐き出すと踵を返し、レヴィに背を向け走り出した。


「これこれ、どこに行くのじゃ⁉」


「あぁ! 戦争を止めるに決まってんだろ‼」


 レヴィの開いた口はなかなか閉じなかった。返事を待たずに背を向け走り出そうとすると。


「ぷ、ぷはっ、ぷはははははっ! お主は根っからのお人好しじゃな。こんなに愉快な気持ちは久方ぶりじゃぞ。待て待て空上綾人よ。貴様に良いことを教えてやろう」


「何だよ、こっちは急いでんだよ!」


 綾人は振り返るとレヴィは目の前にいた。一秒も経たずに詰め寄った悪魔にうすら寒い感覚が付きまとう。


「豚の人生の映像に大きな木があったじゃろう? あれは亜人どもにとっては神にも等しい大事なものじゃ」


「木? なんだよ? 急いでるから邪魔すんなよ」


「そう無下にするな。あの木はな、今も豚のせいであのような姿になっておる」


 ついと指を刺す方向は亜人帝国後方にある赤茶けた山の連なり、ひと際高い山の頂上には枯れた大樹らしきものが弱々しく存在している。


「大樹が枯れた原因は豚の仕業。この戦争自体は悪魔が仕組んだもの、いや違うな。全ては皇帝を操り戦争を起こした豚の仕業と聞かせれば亜人達の暴動はやむかもしれんな。あの鏡の映像はこの帝国内に居る者全てが見ているからな」


 綾人にしなだれかかるレヴィ。幼い少女の面影が妖艶に変わっていく。


「だが、双方止められぬじゃろうな。例え真実が分かったとしても争いの火はそうそう消えぬ、だからお主が教えてやれば良い。利用されただけで争う必要はないと。精霊どもにはチミっ子が言い聞かせれば何とかなるじゃろ。これで戦争は止められるぞ」


 綾人の腕に体を摺り寄せたレヴィはくすりと怪しく笑うとぼんやりと消えていく。景色と同化し完全に消える前に一言だけ呟き消えていく。


「見ておるぞ。空上綾人」


 消えたレヴィがいた空間に拳が襲うが空を切るばかりに終わる。


 悪態をつき綾人は走り出す。速度をどんどんと加速させ今だ戦争の音が響く中央広場に向かう。


 うすら寒く感じたレヴィへの恐怖は心根のどこかにべったりと張り付いている。




「ここは」




 零れた言葉は周囲の騒音にかき消される。


「誇り高き亜人の民よ剣を掲げよ‼ 魔法を射て一匹でも多くの虫をなぎ倒せ!」


 遠くからでも耳を震わす大声は獅子の老人。鎧を軋ませ目の前の精霊族に斬りかかろうとしていた。


「戦争の只中」


 状況を理解したエアリアは小さな体を震わせながら獅子人に襲われそうな同胞を救いに飛ぶ。道中幾つもの敵の首を飛ばしつつ。戦況を確認する。


 精霊族も亜人族も色濃い疲労を顔に張り付かせながらも、それでも目の前の敵を葬ろうと躍起になっている。


 現状を考えると雑念が頭をよぎる。純な笑顔で心配顔をこちらに向ける綾人の顔。傷つき窶れた野々花凛の顔、同胞達の顔、この状況を作り出した悪魔どもの顔。今すぐにこの無意味な争いはやめるべきだとは理解している。理解しているが——それでも、今更止められない。


「はぁぁぁぁぁ!」


 エアリアは迷いを振り切るように叫び、風の鎧を小さな体に纏わせ獅子人に突貫を仕掛けた。

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